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1.趣味の悪い出版社
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それから僕は給与や待遇、それから株式会社アイトがどんな会社なのかという説明を聞いた。
ここでは、会社名と同じ『アイト』という雑誌を毎月発行しているらしい。今年で創立6年になるという。
長らく天野社長と長洲さんの二人で仕事をしてきたけれど、発行部数も伸びてきたし、少し規模を拡大したいということで従業員を増やすことにした。まとめるとこんな内容だった。
「それで星井君。どうかな。働いてくれる?」
天野さんは期待に満ちた目で僕を見る。正直に言って雑誌の内容はあまり好みじゃないけれど、お金を稼げるのならこだわることでもない。
「やります。働かせてください」
「ありがとう!長洲君、私二回もスカウト成功しちゃった」
「星井君、天野さんに振り回される日々になるだろうけど、がんばってね」
「が、頑張ります」
はしゃいでいる社長と、呆れ顔の長洲さんと話していると、突然扉がガチャリと開いた。
「お疲れ様ですー」
扉の影から、栗色のロングヘアの女性が現れた。ずいぶんきれいな人だ。趣のある……、はっきり言ってしまうとボロい事務所とあまりにもそぐわない。
「あれ、誰ですか?その人」
女性は僕を見て不思議そうな顔をして、それから天野社長と長洲さんを交互に見た。
「新しく入ったバイトの星井君だよ。野々原さんと同じ大学の一年生なんだって」
「へぇ。すごい偶然」
どうやら彼女がさっき話に出てきた野々原さんらしい。野々原さんは、一瞬驚いたような、引きつったような表情を見せた。しかし、すぐにこちらを向いて笑う。
「初めまして、野々原紗姫です。私も二週間前に入ったばかりですけど、よろしく。私はあんまり大学行ってないから、校内で会うことはないと思うけど」
「星井優です。よろしくお願いします」
僕は野々原さんの笑顔に見惚れそうになりながら挨拶をした。あんまり大学に行っていないとは授業の関係だろうか。一年生の僕は月曜日以外は割とびっしり授業が詰まっているのだけれど。
「野々原さんも来たところで。早速だけど、星井君。野々原さんと二人で群馬まで行ってきてくれないかな」
「え?」
「え、私もですか?」
僕と野々原さんは同時に社長を見る。
「うん。群馬一家焼死事件って知ってる?呪われたお屋敷で13年前に一家が火事で全滅したってやつ」
「あ、覚えてます。確か鷲がつく珍しい苗字の一家の……。当時よくニュースでやってましたよね」
「私も覚えてる!小学生の時あれの再現ドラマ観て眠れなくなった覚えがある」
「そう。それそれ。石鷲見一家の事件。再現ドラマもよくやってたね」
社長はにこやかに頷く。
群馬一家焼死事件。起こった当時僕は5歳だったからリアルタイムの様子は覚えてないけれど、数年おきに特集番組をやるから内容はよく知っている。裕福な一家を突如襲った悲惨な事件だ。
しかし、群馬に行って欲しいってまさか。
「二人にはその事件について調べて来て、記事を書いて欲しいんだよね」
「いきなりですか?二人で!?」
「うん。突然で申し訳ないんだけど」
思わず大声で聞いたら、社長は全く申し訳ないと思っていなそうな楽し気な口調で言った。二人って、せめて社長か長洲さんのどちらかは一緒に行ってくれないんだろうか。僕は今日入ったばかりなんだけど。僕は助けを求めて長洲さんの方を見る。
「社長がごめんね」
長洲さんは悲しそうに笑うばかりで助けてくれそうにない。僕は仕方なく続きを聞くことにする。
「……わかりました。いつですか?」
「星井君は大学があるよね。今月のスケジュール教えてくれる?」
言われた通り、手帳を取り出してスケジュールを教えた。社長はなるほどと言いながら、ペンで勝手に僕の手帳に何か書き込んでいる。戻ってきた手帳を見たら、5月16日と17日の欄に『群馬取材』と書かれていた。
「星井君、野々原さん。今週の土曜日から取材よろしくね!」
強引だなと呆れつつ、僕はわかりましたと頷いた。野々原さんは、横でのん気な声ではぁいと返事をしていた。
ここでは、会社名と同じ『アイト』という雑誌を毎月発行しているらしい。今年で創立6年になるという。
長らく天野社長と長洲さんの二人で仕事をしてきたけれど、発行部数も伸びてきたし、少し規模を拡大したいということで従業員を増やすことにした。まとめるとこんな内容だった。
「それで星井君。どうかな。働いてくれる?」
天野さんは期待に満ちた目で僕を見る。正直に言って雑誌の内容はあまり好みじゃないけれど、お金を稼げるのならこだわることでもない。
「やります。働かせてください」
「ありがとう!長洲君、私二回もスカウト成功しちゃった」
「星井君、天野さんに振り回される日々になるだろうけど、がんばってね」
「が、頑張ります」
はしゃいでいる社長と、呆れ顔の長洲さんと話していると、突然扉がガチャリと開いた。
「お疲れ様ですー」
扉の影から、栗色のロングヘアの女性が現れた。ずいぶんきれいな人だ。趣のある……、はっきり言ってしまうとボロい事務所とあまりにもそぐわない。
「あれ、誰ですか?その人」
女性は僕を見て不思議そうな顔をして、それから天野社長と長洲さんを交互に見た。
「新しく入ったバイトの星井君だよ。野々原さんと同じ大学の一年生なんだって」
「へぇ。すごい偶然」
どうやら彼女がさっき話に出てきた野々原さんらしい。野々原さんは、一瞬驚いたような、引きつったような表情を見せた。しかし、すぐにこちらを向いて笑う。
「初めまして、野々原紗姫です。私も二週間前に入ったばかりですけど、よろしく。私はあんまり大学行ってないから、校内で会うことはないと思うけど」
「星井優です。よろしくお願いします」
僕は野々原さんの笑顔に見惚れそうになりながら挨拶をした。あんまり大学に行っていないとは授業の関係だろうか。一年生の僕は月曜日以外は割とびっしり授業が詰まっているのだけれど。
「野々原さんも来たところで。早速だけど、星井君。野々原さんと二人で群馬まで行ってきてくれないかな」
「え?」
「え、私もですか?」
僕と野々原さんは同時に社長を見る。
「うん。群馬一家焼死事件って知ってる?呪われたお屋敷で13年前に一家が火事で全滅したってやつ」
「あ、覚えてます。確か鷲がつく珍しい苗字の一家の……。当時よくニュースでやってましたよね」
「私も覚えてる!小学生の時あれの再現ドラマ観て眠れなくなった覚えがある」
「そう。それそれ。石鷲見一家の事件。再現ドラマもよくやってたね」
社長はにこやかに頷く。
群馬一家焼死事件。起こった当時僕は5歳だったからリアルタイムの様子は覚えてないけれど、数年おきに特集番組をやるから内容はよく知っている。裕福な一家を突如襲った悲惨な事件だ。
しかし、群馬に行って欲しいってまさか。
「二人にはその事件について調べて来て、記事を書いて欲しいんだよね」
「いきなりですか?二人で!?」
「うん。突然で申し訳ないんだけど」
思わず大声で聞いたら、社長は全く申し訳ないと思っていなそうな楽し気な口調で言った。二人って、せめて社長か長洲さんのどちらかは一緒に行ってくれないんだろうか。僕は今日入ったばかりなんだけど。僕は助けを求めて長洲さんの方を見る。
「社長がごめんね」
長洲さんは悲しそうに笑うばかりで助けてくれそうにない。僕は仕方なく続きを聞くことにする。
「……わかりました。いつですか?」
「星井君は大学があるよね。今月のスケジュール教えてくれる?」
言われた通り、手帳を取り出してスケジュールを教えた。社長はなるほどと言いながら、ペンで勝手に僕の手帳に何か書き込んでいる。戻ってきた手帳を見たら、5月16日と17日の欄に『群馬取材』と書かれていた。
「星井君、野々原さん。今週の土曜日から取材よろしくね!」
強引だなと呆れつつ、僕はわかりましたと頷いた。野々原さんは、横でのん気な声ではぁいと返事をしていた。
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