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第一話
しおりを挟む「これが最後ですか?」
「ええ、それが最後です。」
葉山はハガキ大のスキャン用紙をその最後の荷物、ゴルフバッグにあてた。2~3秒、情報の読み取りと変換に時間がかかる。すべて光粒子へ変換が完了するとと同時に、ゴルフバッグはスキャン用紙へ吸い込まれた。用紙を確認すると、ゴルフバッグが紙に収まって立体写真のようになっている。少し傾けると動きにあわせて立体的に見える。それを、他の用紙と一緒に専用リュックに丁寧にしまいこんだ。リュックの中にはA3サイズからハガキサイズまでの大きさのスキャン用紙が順序よく収納されていた。
「以上ですか?」
「はい、以上ですね。」
「すごい量ですね。まるで引っ越しだ。」
「お金持ちだからネットショップで爆買い、ってところですかね。新製品が出たら即買いするんですよ。テレビも冷蔵庫も。」
「そりゃ凄い。私なんか、テレビが調子悪くてリモコンで動かなくなってますが、本体操作で使い続けてますよ。はははは。」
「それも不便ですね。ははは。でも、我々貧乏人はそうですね。私もPCやスマホの画面がおかしくて、色の調整ができないですけど使ってますからね。最新の商品じゃなくていいからなんとか安くて良い商品を手に入れたい、なんてそんな気持ち、お金持ちにはわからんでしょうな。」
「あーーーー、そういや私も10年同じスマホ使ってますね。もうストレージが一杯で・・・あははは」
はははは、と二人して寂しさのこもった笑い声をあげた。
「さて、あとは・・・・、特別運送の件だけです。」
「なるほど、承知いたしました。では。」
葉山はスキャン用紙専用リュックを背負った。金持ちの爆買い品の輸送のため荷物の数は大量だったが、重さは大したことなかった。実際、光粒子変換されデータ化された物体は、ほぼ重量を感じない。厚さ3ミリのスキャン用紙の重さだけだ。実際紙ではなく光沢のある布、という見た目なので当然紙よりは重さがあるが、たかが知れている。
「あ、あの・・・・・」
「と、特別運送の件ですが。」
依頼人が真剣な表情で切り出した。
「特別念入りなご案内でお願いします。本当に、凄くお世話になった方なので。」
思い詰めたかのように強く念を押した。
「おまかせください。ご事情は把握しております。」
「え、・・・ああ、そうですか。」
「はい。こちらも商売ですので。調べさせてもらってます。おまかせください。」
依頼人の年配の男性、塩狩は黙って葉山を見つめた。葉山は誠意を込めてその視線を受け止めた。その眼には、年老いた一人の人間の長年積りに積もった思いが、そしてその同じ長い年月の間、彼の周囲に生きた者達の思いも背負い、苦しんで苦しんで生きて来た彼の思いが小さく光っていた。やがて、塩狩はゆっくりと深く頷いた。
「何卒、よろしくお願いします。」
塩狩は白髪も薄くなった頭を深々と下げた。
「では。」
葉山は頷きながら短く答え、その場を後にした。
最寄りの駅へ向かう。ポータルを利用するのでポータル間の移動自体に時間はかからないが、過去の鉄道会社の駅を利用する形となっているため、乗り換え駅を利用する必要がある。目的地まで5回、路線を乗り換えてポータル移動しなければならなかった。駅から駅まで徒歩の箇所もあり、ポータル前の行列がなかなか進まない駅もあったため、思わず時間がかかってしまった。
やっと「草木津駅」に着いた。山奥の駅だ。ここからが大変だと聞いている。終点であるこの駅で降りた後、更に歩かなかければならない。目的地まで徒歩だと10時間はかかるそうだ。
「よっと。」
葉山はリュックを背負い直し、歩き始めた。駅の周囲では2~3人の地元民が行ったり来たりしている。山奥で観光名所でも無いこの場所に、さらに奥に住んでいる人たちがいるようだ。ガードレールも何もない川沿いの道を歩く。田んぼのあぜ道のような道だった。川は、深さは10メートルほど幅7メートルほどで、しっかり水量もある川だった。おそらく腰くらいまでの水深があるだろう。駅の近くあたりはとても綺麗で、川底から整備されているが、両岸はうっそうと草が生えている。駅から離れるにしたがって、川のコンクリートが古く深い灰色に変わっていく。
やがて、川沿いの道路の舗装が無くなり砂利道に変わった頃、川の流れは確保しながらも川の整備工事が始まり、歩きにくいことこの上なかった。ある場所では道路が無くなり、わたり板を横に3枚並べてあるところを慎重に歩き進めなければならない。ある場所からは水量は減って流れが速くなった水の流れるすぐそばまで下りて行き、盛り土で作られた不安定な道を歩かねばならなかった。
これは、本当にちゃんと工事をしているのだろうか。でたらめに掘り返しているんじゃないか、とさえ思える状態だった。ただ、驚いたことに一時間に一人の割合で、反対側を行く人とすれちがうのだった。日が暮れて工事現場を照らす照明しかなく、その周囲は暗闇でさらに漆黒の山影が覆いかぶさっている。葉山は懐中電灯を取り出し足元を照らしながら慎重に歩を進めた。
「こんなに文明が発達したのに、こんな不便な所に住むなんてどうかしてるよ、まったく。」
光粒子変換技術の発達により、移動や輸送に関する技術は飛躍的に進歩した。重い荷物はスキャン用紙に取り込み楽に運べるようになった。どんなに大きくても重くてもスキャン用紙に取り込めば場所もとらないし軽い。用紙に設置されているre-emerging(再出現)ボタンにタッチすれば取り込んだものは再度立体になり紙から出現する。生物も光粒子に変換できるため、ポータル間は亜光速で移動できる。ただ、生物は光粒子の状態で長時間存在できない。移動用に使用するのは安全だが、本棚や冷蔵庫と違いスキャン用紙に生物を取り込むと、すぐに再出現させないと脳死状態になってしまう。あまり時間が経過すると死亡してしまう事がわかっている。世間的に、魂のあるものはスキャン用紙に魂を奪われる、と迷信のように思われているが、光粒子変換の状態で長時間存在していると、自律神経系などの基本的な生物としての活動自体が失われてしまうようだ。そのため、スキャン用紙には安全装置が組み込まれており、生物活動の存在を感知すると、スキャン時に警報が流れ機能がストップしてしまうよう設定されていた。生物が光粒子変換テクノロジーを直接利用するのは、移動にのみ限られていた。
ポータルは主に旧鉄道会社の駅に設置され、線路という物は無くなってしまった。線路は一部観光用に残るのみだ。そして主要幹線道路にも設置されはじめてはいるが、ポータル設備の設置はまだまだ限られており、「どこでもドア」の気軽さからは程遠かった。まだまだ公共施設や大会社、一部有力者の物だった。
葉山は、スキャン用紙を利用した「運送屋」だ。荷物をスキャン用紙に取り込み運ぶ。目的地で再出現させて終わりだ。気楽なものだった。スキャン用紙による運搬とポータルによる移動。まさに、光粒子変換テクノジーのおかげで生活をしていた。最近ではギャラの相場が下がってしまったが。
ずっと、川底の基礎工事を行っているようだ。葉山は、川底に作られた、盛り土でできた不安定な道を延々と歩いていた。工事現場用の灯りのみがぼんやり、点々と続いている。水の流れる音がすぐ近くで聞こえる。目的地まではこの川に沿って歩くしかない。
「金持ちってのはホントやっかいだよな。だいたい、まともな道も無いのに、本人はどうやってその山奥の家まで行ったんだ?ヘリか?特別にポータルでも設置したのか?俺たち貧乏人はずーっと金持ちとそのボンボンに振り回される人生か。」
ぶつぶつ言いながら、それでも葉山はしっかりとした足取りで歩を進めた。暗闇の中、カラスやムクドリの鳴き声が聞こえなくなり、フクロウやその他野鳥の鳴き声が聞こえるようになった。上り坂になり、ザクザクと足音をたてて登ると、ひらけた草地の広場、原っぱとでも言おうか、に出た。川沿いにずっと獣道が続いている。
と、少し離れた場所に動く気配があった。暗くてよく見えないが、藪や背の高い草地を利用しながら巧みに姿を隠しながら移動している。こちらを伺いながら、5つつの影が自分を取り囲み一方向に追いやるように素早く移動しているのがわかった。
「犬、野犬か?これはまずいな。」
ぐるりと囲まれている。イヌ科の動物なのは確かだが、とても統制がとれている。訓練をうけているかのようだ。しかしこんなところで野犬に襲われるとは・・・・、
「冗談じゃない。昔話じゃあるまいし。」
ウウッ、グルルルル、という唸り声まで聞こえるようになった。明らかにこちらを襲う気だ。こんな場所では助けも呼べない。本当に昔話の山奥で災難に会う話そっくりだ。
「まいったな、この分じゃ、鬼とか山姥とかも出てきそうだな。」
狸が旅人を化かす話なんかは好きなんだけどな。と葉山は思った。だがまずはこの野犬の群れをなんとかしなければ。このままでは野犬たちの夜食になってしまう。それは願い下げだ。彼はスピードをゆるめず歩き続けながら考えた。
END
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