42 / 119
第二章
08 それを恋などとは言わせない(ただしこれは犬と呼べ)(2/2)
しおりを挟む
立ち上がった第四王子は、両の拳を握りしめている。宰相はそんな王子を無表情に見やる。
他国の王子を宰相が怒らせたなど、これが宮であれば大騒ぎになろうが、ここは宰相邸。
いつのまにか先ほどの白い獣たちが客間の四隅に現れていた。王子の怒りに反応してか、グルグルと威嚇するように低く唸っている。それを見て王子が顔を歪ませる。
「父上は、私をお見捨てになったか?」
「いいえ」
「ははは」
王子は泣きそうな顔で笑う。宰相は国王が捨てる気があるのなら、とうに捨てさせている、と言ってやりたかったが、やめた。
「私は父にも見捨てられこのまま、王国に帰れぬのだな? あのように恐ろしい魔狼を私に向けさせてよく言う」
「いえ、犬でございます。失礼いたしました。畜生のすることです。お見逃しを」
やめなさい、と宰相が言うのに、叱られた四頭がクーンと鳴いて、宰相に擦り寄り耳を伏せる。
「いや、あの。犬じゃないだろう」
馴れてはいるがどう見ても大きい。王子が言うのに、宰相は平然と「犬でございます」と繰り返す。
「いや、急に部屋に現れたぞ」
「扉が開いていていたのでしょう」
「いや。たしかに閉めたし、閉まってるし」
「閉めるときに滑り込んだのでしょうか」
「いや、そんな大きなものが音もなく四頭もか?」
「はい、足音は驚くほど軽いでしょう犬は」
「それは猫だろう」
「そうでございましたか」
宰相の答えに王子が沈黙する。
何を思ったか、宰相は真顔で犬たちに命令する。
「おすわり」
四頭が並んでビシッと座る。
「伏せ」
四頭揃って伏せる。
「芸をするので犬でございます」
「わかったもういい」
あくまで犬と言い張る宰相に、第四王子は投げやりに言う。椅子にどかりと座り、なんの話だったか、と呟く。
「お父上があなた様をお見捨てになったかどうか、でございましょう?」
宰相が言うのに王子が嫌な顔をする。それに構わず宰相は言う。
「先にお見捨てになったのはあなたさまではありませんか?」
亡命を企てた。
それが父王に対する裏切りでなくてなんであろう? しかも一進一退の両軍が激突している最中でのことだ。ザイが阻止しなければ、王国兵の士気は下がり、戦の結果も変わっていたかもしれない。
「ご自分の行動がどういうことか、まさかおわかりでなかったはずはありますまい」
宰相の断罪に、第四王子は黙る。
「とは言え、私には何ら関係のないことでございます」
宰相が静かに言うのに、王子は顔を跳ね上げる。しかし宰相は続けて言う。
「ただ、帝国の神子を隠れ蓑になさろうというのであれば、話は別でございます」
いつもの無表情ではない、明らかに怒りをたたえた宰相に、第四王子は身を縮ませる。それでも王子は言う。
「それは違う、私は本当に」
「それは叶わぬと申し上げました。
あなた様が父王様にまことの忠誠を誓うのであれば、それは、そもそも、抱きようのない『想い』です」
「それは、それでも」
「一体それを誰があなた様に焚きつけたか、私は想像するしかございませんが」
宰相の哀れみがにじむ眼差しに、王子の「違う」という言葉は、口の中で張り付いて音にならない。
宰相は再び無表情に戻る。
「あなた様がどのようにお考えであろうと、それは父王様への不忠、国王、その王妃への侮辱、そして帝国への侮辱」
平坦な声音は、どんな恫喝よりも恐ろしい。
「第四王子であるあなた様のお命をもってしても贖い切れぬ罪でございます」
最後はいっそ関心がなさそうに宰相は言った。
王子はもう、顔を上げることもできない。
他国の王子を宰相が怒らせたなど、これが宮であれば大騒ぎになろうが、ここは宰相邸。
いつのまにか先ほどの白い獣たちが客間の四隅に現れていた。王子の怒りに反応してか、グルグルと威嚇するように低く唸っている。それを見て王子が顔を歪ませる。
「父上は、私をお見捨てになったか?」
「いいえ」
「ははは」
王子は泣きそうな顔で笑う。宰相は国王が捨てる気があるのなら、とうに捨てさせている、と言ってやりたかったが、やめた。
「私は父にも見捨てられこのまま、王国に帰れぬのだな? あのように恐ろしい魔狼を私に向けさせてよく言う」
「いえ、犬でございます。失礼いたしました。畜生のすることです。お見逃しを」
やめなさい、と宰相が言うのに、叱られた四頭がクーンと鳴いて、宰相に擦り寄り耳を伏せる。
「いや、あの。犬じゃないだろう」
馴れてはいるがどう見ても大きい。王子が言うのに、宰相は平然と「犬でございます」と繰り返す。
「いや、急に部屋に現れたぞ」
「扉が開いていていたのでしょう」
「いや。たしかに閉めたし、閉まってるし」
「閉めるときに滑り込んだのでしょうか」
「いや、そんな大きなものが音もなく四頭もか?」
「はい、足音は驚くほど軽いでしょう犬は」
「それは猫だろう」
「そうでございましたか」
宰相の答えに王子が沈黙する。
何を思ったか、宰相は真顔で犬たちに命令する。
「おすわり」
四頭が並んでビシッと座る。
「伏せ」
四頭揃って伏せる。
「芸をするので犬でございます」
「わかったもういい」
あくまで犬と言い張る宰相に、第四王子は投げやりに言う。椅子にどかりと座り、なんの話だったか、と呟く。
「お父上があなた様をお見捨てになったかどうか、でございましょう?」
宰相が言うのに王子が嫌な顔をする。それに構わず宰相は言う。
「先にお見捨てになったのはあなたさまではありませんか?」
亡命を企てた。
それが父王に対する裏切りでなくてなんであろう? しかも一進一退の両軍が激突している最中でのことだ。ザイが阻止しなければ、王国兵の士気は下がり、戦の結果も変わっていたかもしれない。
「ご自分の行動がどういうことか、まさかおわかりでなかったはずはありますまい」
宰相の断罪に、第四王子は黙る。
「とは言え、私には何ら関係のないことでございます」
宰相が静かに言うのに、王子は顔を跳ね上げる。しかし宰相は続けて言う。
「ただ、帝国の神子を隠れ蓑になさろうというのであれば、話は別でございます」
いつもの無表情ではない、明らかに怒りをたたえた宰相に、第四王子は身を縮ませる。それでも王子は言う。
「それは違う、私は本当に」
「それは叶わぬと申し上げました。
あなた様が父王様にまことの忠誠を誓うのであれば、それは、そもそも、抱きようのない『想い』です」
「それは、それでも」
「一体それを誰があなた様に焚きつけたか、私は想像するしかございませんが」
宰相の哀れみがにじむ眼差しに、王子の「違う」という言葉は、口の中で張り付いて音にならない。
宰相は再び無表情に戻る。
「あなた様がどのようにお考えであろうと、それは父王様への不忠、国王、その王妃への侮辱、そして帝国への侮辱」
平坦な声音は、どんな恫喝よりも恐ろしい。
「第四王子であるあなた様のお命をもってしても贖い切れぬ罪でございます」
最後はいっそ関心がなさそうに宰相は言った。
王子はもう、顔を上げることもできない。
2
お気に入りに追加
144
あなたにおすすめの小説
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる