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第5話・本当の婚約者

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「ーーーーは……?」
「ですからっ、私が本当の婚約者ですわ!そのお方はどちら様か存じ上げませんが、完全なる人違いです!」

シーン、というオノマトペが実際に耳に聞こえそうなほどの、強い静寂が会場を包んだ。見れば、唖然とした顔の男とその隣の少女がいる。

「本当に、いつ入っていいか分からず……貴方様には大変不快な思いをさせてしまいましたわ。申し訳ありません」

真紅のドレスのスカートを摘み、丁寧な謝罪をする彼女にパールは微笑みかけた。とうやら、常識を持った淑女のようだ。先程まで知能指数の下がった阿呆らしい会話をしていた身が洗われるようであった。

「お気になさらないで。貴方に非はありませんもの」
「まあ……」

優雅にそう言い、たおやかに白い手で口許を抑えるパールの美貌に、少女は魅入った。先程まで不機嫌そうに眉を顰めた表情をしていたが、こうして柔らかく微笑むとなんともまあ可憐で美麗な淑女だ。きっと、この会場で一番美しい令嬢であろう。そこまで思って、少女は眩しそうに目を細めてパールを見た。

「おい、おいっ、どういうことだ!?」

直後、無理やり声を荒げた下品な言葉が聞こえて、美しく微笑んでいたパールはしかめっつらに戻った。なんて勿体ない、もっと見ていたかった、と会場中の者が思うのも気にせず、男はずかずかとパール達の方に近寄ってくる。

「初めから、私は言っていたでしょう?人違いです、と。」
「そ、それは……っ、そ、の」

言い訳が思いつかないのか、男はパールのその言葉にハクハクと口を開閉した。
その様が酸素を求める稚魚のように滑稽で、思わず吹き出しそうになるのを堪える。顔はそこそこ整っているから、間抜けな動作をするとより可笑しい。


「そも、何故私だと決めつけたのです?人の話も聞かないで性悪だの最低だのと罵ってくださいましたけど」

流石にばつが悪いのか、うろうろと男は忙しなく視線を泳がせた。なんの関係もない公爵令嬢を責めたとなれば、非難が自分に行くと理解したのだろう。例え婚約者でも同じだと思うが。
ちらり、とルゲインという男の婚約者だという淑女に視線を向ければ、呆れたように小さくため息をついていた。
容姿も整っているし、所作も優雅で高等な教育を受けてきたのだろうと分かる。優雅なこの少女に、あの男は相応しくないだろう。

そんなことをパールが考えていると、少女は痛が痛いと言わんばかりの表情で口を開いた。

「ルゲイン様……婚約破棄、大変結構です。謹んでお受けしますわ」

もにょもにょとばつが悪そうにしていたルゲインと、ルゲインに絡みついていたリリーナはその言葉にそう言えばそんな話だった、という顔をし、次に喜面を浮かべた。

「そ、そうか、そうか!リリーナ、これで僕たちはやっとーーー」
「で、す、が」

喜々として抱きあおうとした二人を、凛とした声が遮った。






















「貴方が宰相を継ぐ条件である、私との婚約ーーーいえ、正式には、少々頭が足りないあなたを補う、王家へのコネ、つまり血筋ですね、を持った令嬢と婚約する、が達成されないため、貴方はただの公爵令息になりますが。もちろん慰謝料も貰いますし、そちらの公爵令嬢様にも払うことになるでしょうけど」



少女は、分かっておりますよね?とゆるりと首を傾げた。


















※頭痛が痛い ずつうが-いたい

『頭が痛い』という意味ではなく、目で見たり聞いたりするだけで頭が痛くなるような様を表す重言(二重表現)。


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