5 / 10
第5話・本当の婚約者
しおりを挟む
「ーーーーは……?」
「ですからっ、私が本当の婚約者ですわ!そのお方はどちら様か存じ上げませんが、完全なる人違いです!」
シーン、というオノマトペが実際に耳に聞こえそうなほどの、強い静寂が会場を包んだ。見れば、唖然とした顔の男とその隣の少女がいる。
「本当に、いつ入っていいか分からず……貴方様には大変不快な思いをさせてしまいましたわ。申し訳ありません」
真紅のドレスのスカートを摘み、丁寧な謝罪をする彼女にパールは微笑みかけた。とうやら、常識を持った淑女のようだ。先程まで知能指数の下がった阿呆らしい会話をしていた身が洗われるようであった。
「お気になさらないで。貴方に非はありませんもの」
「まあ……」
優雅にそう言い、たおやかに白い手で口許を抑えるパールの美貌に、少女は魅入った。先程まで不機嫌そうに眉を顰めた表情をしていたが、こうして柔らかく微笑むとなんともまあ可憐で美麗な淑女だ。きっと、この会場で一番美しい令嬢であろう。そこまで思って、少女は眩しそうに目を細めてパールを見た。
「おい、おいっ、どういうことだ!?」
直後、無理やり声を荒げた下品な言葉が聞こえて、美しく微笑んでいたパールはしかめっつらに戻った。なんて勿体ない、もっと見ていたかった、と会場中の者が思うのも気にせず、男はずかずかとパール達の方に近寄ってくる。
「初めから、私は言っていたでしょう?人違いです、と。」
「そ、それは……っ、そ、の」
言い訳が思いつかないのか、男はパールのその言葉にハクハクと口を開閉した。
その様が酸素を求める稚魚のように滑稽で、思わず吹き出しそうになるのを堪える。顔はそこそこ整っているから、間抜けな動作をするとより可笑しい。
「そも、何故私だと決めつけたのです?人の話も聞かないで性悪だの最低だのと罵ってくださいましたけど」
流石にばつが悪いのか、うろうろと男は忙しなく視線を泳がせた。なんの関係もない公爵令嬢を責めたとなれば、非難が自分に行くと理解したのだろう。例え婚約者でも同じだと思うが。
ちらり、とルゲインという男の婚約者だという淑女に視線を向ければ、呆れたように小さくため息をついていた。
容姿も整っているし、所作も優雅で高等な教育を受けてきたのだろうと分かる。優雅なこの少女に、あの男は相応しくないだろう。
そんなことをパールが考えていると、少女は頭痛が痛いと言わんばかりの表情で口を開いた。
「ルゲイン様……婚約破棄、大変結構です。謹んでお受けしますわ」
もにょもにょとばつが悪そうにしていたルゲインと、ルゲインに絡みついていたリリーナはその言葉にそう言えばそんな話だった、という顔をし、次に喜面を浮かべた。
「そ、そうか、そうか!リリーナ、これで僕たちはやっとーーー」
「で、す、が」
喜々として抱きあおうとした二人を、凛とした声が遮った。
「貴方が宰相を継ぐ条件である、私との婚約ーーーいえ、正式には、少々頭が足りないあなたを補う、王家へのコネ、つまり血筋ですね、を持った令嬢と婚約する、が達成されないため、貴方はただの公爵令息になりますが。もちろん慰謝料も貰いますし、そちらの公爵令嬢様にも払うことになるでしょうけど」
少女は、分かっておりますよね?とゆるりと首を傾げた。
※頭痛が痛い ずつうが-いたい
『頭が痛い』という意味ではなく、目で見たり聞いたりするだけで頭が痛くなるような様を表す重言(二重表現)。
「ですからっ、私が本当の婚約者ですわ!そのお方はどちら様か存じ上げませんが、完全なる人違いです!」
シーン、というオノマトペが実際に耳に聞こえそうなほどの、強い静寂が会場を包んだ。見れば、唖然とした顔の男とその隣の少女がいる。
「本当に、いつ入っていいか分からず……貴方様には大変不快な思いをさせてしまいましたわ。申し訳ありません」
真紅のドレスのスカートを摘み、丁寧な謝罪をする彼女にパールは微笑みかけた。とうやら、常識を持った淑女のようだ。先程まで知能指数の下がった阿呆らしい会話をしていた身が洗われるようであった。
「お気になさらないで。貴方に非はありませんもの」
「まあ……」
優雅にそう言い、たおやかに白い手で口許を抑えるパールの美貌に、少女は魅入った。先程まで不機嫌そうに眉を顰めた表情をしていたが、こうして柔らかく微笑むとなんともまあ可憐で美麗な淑女だ。きっと、この会場で一番美しい令嬢であろう。そこまで思って、少女は眩しそうに目を細めてパールを見た。
「おい、おいっ、どういうことだ!?」
直後、無理やり声を荒げた下品な言葉が聞こえて、美しく微笑んでいたパールはしかめっつらに戻った。なんて勿体ない、もっと見ていたかった、と会場中の者が思うのも気にせず、男はずかずかとパール達の方に近寄ってくる。
「初めから、私は言っていたでしょう?人違いです、と。」
「そ、それは……っ、そ、の」
言い訳が思いつかないのか、男はパールのその言葉にハクハクと口を開閉した。
その様が酸素を求める稚魚のように滑稽で、思わず吹き出しそうになるのを堪える。顔はそこそこ整っているから、間抜けな動作をするとより可笑しい。
「そも、何故私だと決めつけたのです?人の話も聞かないで性悪だの最低だのと罵ってくださいましたけど」
流石にばつが悪いのか、うろうろと男は忙しなく視線を泳がせた。なんの関係もない公爵令嬢を責めたとなれば、非難が自分に行くと理解したのだろう。例え婚約者でも同じだと思うが。
ちらり、とルゲインという男の婚約者だという淑女に視線を向ければ、呆れたように小さくため息をついていた。
容姿も整っているし、所作も優雅で高等な教育を受けてきたのだろうと分かる。優雅なこの少女に、あの男は相応しくないだろう。
そんなことをパールが考えていると、少女は頭痛が痛いと言わんばかりの表情で口を開いた。
「ルゲイン様……婚約破棄、大変結構です。謹んでお受けしますわ」
もにょもにょとばつが悪そうにしていたルゲインと、ルゲインに絡みついていたリリーナはその言葉にそう言えばそんな話だった、という顔をし、次に喜面を浮かべた。
「そ、そうか、そうか!リリーナ、これで僕たちはやっとーーー」
「で、す、が」
喜々として抱きあおうとした二人を、凛とした声が遮った。
「貴方が宰相を継ぐ条件である、私との婚約ーーーいえ、正式には、少々頭が足りないあなたを補う、王家へのコネ、つまり血筋ですね、を持った令嬢と婚約する、が達成されないため、貴方はただの公爵令息になりますが。もちろん慰謝料も貰いますし、そちらの公爵令嬢様にも払うことになるでしょうけど」
少女は、分かっておりますよね?とゆるりと首を傾げた。
※頭痛が痛い ずつうが-いたい
『頭が痛い』という意味ではなく、目で見たり聞いたりするだけで頭が痛くなるような様を表す重言(二重表現)。
44
お気に入りに追加
7,208
あなたにおすすめの小説
この国において非常に珍しいとされている銀髪を持って生まれた私はあまり大切にされず育ってきたのですが……?
四季
恋愛
この国において非常に珍しいとされている銀髪を持って生まれた私、これまであまり大切にされず育ってきたのですが……?
学園にいる間に一人も彼氏ができなかったことを散々バカにされましたが、今ではこの国の王子と溺愛結婚しました。
朱之ユク
恋愛
ネイビー王立学園に入学して三年間の青春を勉強に捧げたスカーレットは学園にいる間に一人も彼氏ができなかった。
そして、そのことを異様にバカにしている相手と同窓会で再開してしまったスカーレットはまたもやさんざん彼氏ができなかったことをいじられてしまう。
だけど、他の生徒は知らないのだ。
スカーレットが次期国王のネイビー皇太子からの寵愛を受けており、とんでもなく溺愛されているという事実に。
真実に気づいて今更謝ってきてももう遅い。スカーレットは美しい王子様と一緒に幸せな人生を送ります。
ええ、婚約破棄は構いませんが、今まで貸したお金は返してくださいね?
水垣するめ
恋愛
「お前との婚約は破棄する! 卒業パーティーだしいい機会だからな!」
主人公ローラ・ベネットは婚約者のニック・エドマンドにいきなり婚約破棄された。
どうやらニックは卒業パーティーだからという理由で思いつきで婚約破棄したようだ。
ローラはそんなニックに呆れ返り、こんなのと婚約していられない!と婚約破棄することを受け入れた。
するとニックは「当然だ!お前みたいな女より俺にはもっと相応しい相手がいるからな!」とローラを貶め始めた。
ローラは怒りが溢れそうになったが、何とか我慢する。
そして笑顔でニックにこう言った。
「今まで貸したお金を全て返して下さい。卒業パーティーだしいい機会なので」
ニックは今までローラから友人と遊ぶためのお金を借り続けていた。
それは積りに積もって、大金となっていた。
その額にニックは「覚えてない」と逃げようとするが、ローラはすかさず今までの借用書を突きつけ逃さない。
「言い逃れは出来ませんよ? 指紋も押してあるしサインもしてあります。絶対に絶対に逃しませんから」
一転して莫大な借金を背負ったニックはローラに許しを乞うがもちろんローラは許すはずもなく……。
婚約なんてするんじゃなかった——そう言われたのならば。
ルーシャオ
恋愛
ビーレンフェン男爵家次女チェリーシャは、婚約者のスネルソン伯爵家嫡男アンソニーに振り回されていた。彼の買った時代遅れのドレスを着て、殴られたあざを隠すよう化粧をして、舞踏会へ連れていかれて、挙句にアンソニーの同級生たちの前で「婚約なんてするんじゃなかった」と嘲笑われる。
すでにアンソニーから離れられやしないと諦めていたチェリーシャの前に現れたのは、長い黒髪の貴公子だった。
メイクをしていたなんて俺を騙していたのか、と婚約破棄された令嬢は自分の素顔を見せる。素顔をみてまた婚約してくれと言ってももう遅い
朱之ユク
恋愛
メイクが大好きなお年頃のスカーレットは婚約者に自分がメイクをしていることを言うと、なんと婚約者のグレイからメイクをしているなんて俺を騙していたのかと言われて、なんと婚約破棄されてしまった。
最後の両親との話し合いの時にメイクをせずに挨拶に行ったら、やっぱりあの時の言葉は嘘だったと言われたけど、そんなことを言われてももう遅い。
私はメイクをしながら自由に生きていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる