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婚約破棄編

第8話・カイベルの決意

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ーーーカイベル・フォンディナムには、恋しい少女がいる。
そして、カイベルは、その少女に2度恋をした。

ゆるく波打つ蜂蜜色の髪から香る、甘い香りが好きで、
どこまでも透き通った、淡い緑色の瞳が好きで、
滑らかな真白の肌が、好きで、
ただ、美しくある彼女が好きで、
一度目の彼の恋は、一目惚れだった。

けれど、2度目の恋はーーー。

「カイベル!カイベル!!開けるわよ!?」

喜色が滲んだ、まるで抑えきれないと言わんばかりの大声で姉がドンドンと扉を叩いた。
この家の両親とは血がつながっておらず、疎まれてきたカイベルは、この姉に気に入ってもらうことでなんとか居場所を死守している。あの親たちは親バカなうえ、甘やかすことでしか愛を伝えられない哀れな人だ。
だから、いつ如何なるときも姉の言うことを絶対とし、微笑んで話を聞かなければならないのだ。
カイベルは、一瞬嫌悪に顔を歪めると、すぐに優しく微笑み扉を開けた。

「どうしたんですか、姉様」
「どうしたもこうしたもありませんわ!!あの、あのっ、あの女が!!やっとーーー」

カイベルは、興奮した状態の姉の様子にざわざわと嫌な予感がした。
顔を真っ赤にして喜ぶ彼女が、あの女と呼ぶ女性は、もしかしなくても自身の恋しい少女なのではーーー。
彼女の喜びようからして、もしかして、おそらく、可能性の話だが、彼女に何かあったかもしれなくもない…?
認めたくない想いを胸にいだく。ざわざわと騒ぐ胸が煩い。
胸のざわめきを抑えるように姉に優しく微笑めば、望まずとも姉は上機嫌にペラペラと話し始めた。

「あの女が、国外へ追放されるのよ!不敬罪ですって!聞いてよ、私の殿下をたぶらかして、あの女、自分が聖女だって!!フフフフ!」

噛みしめるように笑みを浮かべる様子のスカーレットを見て、とうとうカイベルはサッと顔を青くした。

「ね、姉様、あの女とは…」
「え?ああ、エミリアに決まってるでしょ」

お前如きが呼び捨てにするな、なんて思う暇もなく、カイベルの脳内は混乱にのまれた。

(なんで?どうして?不敬罪?いや、そんなことをする人じゃない。あの人は臆病で極端だ。じゃあ、なんで?いや、殿下と言ったのか?今。言ったな。第2王子はエミリアのストーカーじゃないか!!それに、聖女なのは本当だろうが!!むしろ、エミリア以外に誰が聖女だってんだ!!は?姉様?馬鹿いえ!!)

カイベルは、表面上は取り繕いながらも内心は大変荒ぶった。
何故なにどうしてが止まらず、カイベルはスカーレットの話の大半は聞いていなかった。

「あ、カイベル、良かったわね、あの女から付きまとわれていたのでしょう?もう安心ね!」

カイベルは、その一言を行った途端表情が消えた。
スッと真顔に戻ったカイベルに一瞬驚くスカーレットだが、都合よく解釈し、きっと喜びのあまり無表情になったのだろうと勝手に思う。

「カイベル、よかっーーー」
「出てけ」


スカーレットは、己の耳を疑った。
昔から自身に優しく、いつでも微笑んでいた美しい弟とは違うそれを前に、思わずたじろぐ。

「ーーー出ていけ!!!」

聞いたことのないほどの大声に、ビクリと肩を揺らす。

「な、なんで…」

そう言うスカーレットの背を強引に押し、カイベルは扉を閉めてしまった。



ーーー(うそだ、うそだ、嘘だ!!)

彼女が国外追放になったら、ここにいる自分の存在意味は一体なんなのだ。
カイベルは自問するも、答えが見つからなかった。





カイベルは、ある少女に二度恋をした。

一度目は単なる一目惚れ。




二度目はーーー、


カイベルは、静かに決意をした。
この国にいる意味はないと、静かに想いを募らせる。

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