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イグニッション計画
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「もう一本、お願いします!」
「よし、来い」
和真は、心を落ち着かせてじっくりと見極める。しかし待つのではなく、相手を攻める気勢を持つ。しばらく二人は見合った。まだ、出てこない。和真は、相手に隙があるように見える。
(堪えろ。…落ち着け)
和真は自分に言い聞かせた。相手の隙は、わざと作ったものだ。それは誘いである、と見抜いた。ここで早まってはいけない。和真は辛抱する。
(くそ。自分から仕掛けた方が、よっぽど気楽だぜ)
相手の攻め気が戻る。相手は切先で中心を取りに来た。和真はそれを返し、また耐える。まだ――出所ではない。
相手の中心を取り、押す。やがて、相手の気が動いた。
「――面ッ!」
相手の竹刀はすり抜け、自分の竹刀だけが相手に当たる。会心の面だった。
「よし、それだ」
面がねの奥で、択真が嬉しそうに笑った。
佑一も同様の稽古をつけてもらい、そうして稽古が終わった。
面を外して汗を拭きながら、和真は口を開いた。
「けどさ、まず『攻めろ』って教えられるじゃんか。判定だって、待ってばかりじゃ消極的って判断されて負けになるだろ?」
「まあ、試合時間には制限があるからな。守ってばかりの試合じゃしょうがないだろう。とはいえ初級者は、攻め方から覚えなければならない。攻め方が判らなければ、本当の守り方が判らないからな」
択真はそう言うと、少し息をついた。
「そもそもだが、人を殺すのには技術はいらない」
急に出てきた言葉に、和真と佑一は少し驚いて択真を見た。択真は、静かな表情で言葉を続けた。
「包丁一本あれば、誰でも人が殺せる。技術なんかない素人が、よくそういう事件を起こしてる。けどな、包丁を持ってる相手を無傷で制圧しようと思ったら――それには技が必要だ」
択真は真面目な面持ちで、そう言った。
「人を傷つけようとするのは邪気であり、それは自分に隙を生み出すものだ。人の邪気に向き合い、己を邪気に侵させぬ事。『武』という漢字は、『戈(ほこ)』を『止める』と書く。つまり暴力から人を守ることこそ、武の本質だ。それが俺の……武の道だよ」
そう言った後で、択真は顔をほころばせた。
「――なんて言ってもな、俺もまだ修行中の身だ。つまり俺だって、まだまだ成長途中なんだ。そして俺にも、夢がある」
「夢……? 父さんの?」
「そうだ。俺の夢…八段になり、八段戦に出ることだ」
択真はそう言って、はにかむように微笑んだ。
(父さん)
不意に、父の笑顔がぼやけていく。周りの風景が消え去り、真っ白な世界へと吸い込まれていく。
(父さん、夢があるんじゃなかったのかよ)
択真は笑顔を見せたまま、背中を向けようとしている。和真は必死に、呼びかけようとした。
(まだ夢の途中だろ。何処へ行くんだよ、ちゃんと夢を叶えろよ)
僅かに横顔を見せる択真の姿が、小さくなっていく。和真はその背中に手を伸ばした。
(父さん、行くなよ。まだ俺は……教わってない事が沢山あるんだ)
択真の唇が、何かを言っている。だが和真には聞こえない。和真は叫んだ。
(――父さん!)
“戦いが始まってるぞ”
*
和真は飛び起きた。
「きゃあっ!」
隣であがった声に、和真は横を向く。そこには泉雪乃と、西村の元妻――三ツ谷百合がいた。二人は驚いて、目を丸くしている。
「……なんだ、お前ら?」
「な、なんだじゃないわよ! 起こそうと思って名前を呼んだり、『朝だよ』とか声をかけたのよ。けど全然、起きないじゃない」
「…それで?」
雪乃は腕を組むと、口を尖らせた。
「しょうがないから、『戦いが始まってるぞ』って言ったの。まさか、それで本当に起きるなんて――あんた、本当に武道バカね」
和真は呆けたように、雪乃の顔を見た。
「……お前の言葉だったのか」
「え? 何?」
ぼんやりと呟いた和真に、雪乃が怪訝そうな顔を向ける。和真は独り苦笑した後に、雪乃に笑ってみせた。
「ありがとうな、泉。おかげでばっちり目が醒めたよ」
「馬鹿ね、あんたなんか別に寝てたっていいんだけど、三ツ谷さんがどうしてもあんたに会いたいっていうから、連れてきただけなんだからね」
和真は隣に座る三ツ谷百合の方を見つめた。
「三ツ谷さん、どうかしたんですか?」
「あの――」
三ツ谷百合は躊躇いながらも、口を開く。
「西村から、メールが届いたんです」
「えぇっ!」
和真の代わりに、雪乃が驚きの声をあげた。和真は怪訝な顔をしてみせる。
「あ――ごめんなさい。続きをどうそ」
「昨日の夕方に来てたんですが、夜になってパソコンを開けてから気づいたんです。そしたら、動画が添付されてました。それを見てほしくて、朝一番に来たんです」
百合はそう言うと、鞄の中からPCを取り出した。
「けど、どうして俺のところに? 所轄の刑事たちが、警護してたと思うんですが」
「動画の中で西村が――本当に信頼できる警察官にだけ見せろ、って言ってたものですから……」
パソコン画面の中で、動画が始まる。そこには、西村の姿が映っていた。
「百合、こんなメールが届いて驚いてることと思う。このメールが届くという事は、多分、僕は死んでるだろうからね。正直、君に寄り添う事のできなかった僕が、君を頼るのは筋違いだと思う。けど、とても重要な事で、しかも僕には他に頼れる者がいないんだ。どうか許してほしい」
西村はそう言うのを聞いて、和真は目を細めた。
「このメールは、僕のパソコンに入ってる、ある計画の起動キーをダウンロードすると、自動的に転送されるようになっていたんだ。その計画の名は、『イグニッション計画』。それは僕が開発に関わったイグニスという弾道ミサイルを使う計画だ。
このミサイルは迎撃されにくく、しかも非常に正確に対象を狙うことができるミサイルだ。僕は防衛のため――いや、自分のレーダー開発のために、このミサイル開発に参加していた。しかし、ある時から中国の工作員が僕に接触してくるようになった。最初は蓮花もそうなのかと疑ったが、彼女は違っていた――と思う。やがて工作員は、彼女の無事と引き換えに、僕に情報を要求してくるようになったんだ」
画面の中の西村は、苦渋の表情を見せた。
「彼女は囚われ、ひどい仕打ちを受けていた。僕は仕方なく、情報を小出しにして、なんとか彼女を解放できるように交渉していたんだ。無論、それが機密漏えいの罪に問われるのは判っていた。しかし、彼女の命と引き換えにはできなかったんだ。王世凱という中国の工作員は、僕を脅し続けた。だが、或る時から、王世凱は僕に干渉しなくなった。それはイグニスがもう完成間近になってからだ。そして僕は計画の首謀者、宗方弦陸佐から『イグニッション計画』の真の姿を聞いた」
西村が、一旦、言葉を呑む。その表情は、恐ろしさに満ちていた。
「宗方は――戦争を起こすつもりだ」
西村の言葉に、和真と雪乃は息を呑んだ。
「21日。北京で全国人民代表大会という共産党政権の指導者を決める大会が行われる。そこには現政権のトップである劉真杯が、四期目に選出される見通しだ。宗方はそこに…イグニスを撃ち込むつもりだ」
「なんだって……」
さすがの内容に、和真は絶句した。
「僕は反対した。そんなミサイルは作れないと。相手は核ミサイルを持つ中国だ。全面戦争になったら、ひとたまりもない。そんな戦争は馬鹿げていると言ったんだ。だが宗方の計画では、ミサイルを撃った五分後に、中国に向けてミサイル誤射の通報を送る、というのだ。そしてそのミサイルは弾道ミサイルだが核弾頭は積んでなく、こちらから自爆させることもできない。その内容を世界中に向けて公表する。そしてなんとか迎撃をしてほしいと頼むのだ。
しかしミサイルは発射十分後には北京に到達する。そこで独裁者の劉真杯および現政権幹部を、狙い撃ちにするのが真の目的なんだ。国際テロ組織や、ならず者国家の指導者――それらのリーダーだけを狙い撃ちにする。それが『イグニス』の役目だ。組織全体、国全体に被害を与えれば、相手は全力で対抗してくる。しかし独裁的な指導者だけが消えれば、後は工作で次の指導者を懐柔したり、敵内部やその界隈の潜在的な対抗勢力をたきつけることができる。つまりこれは、こちら側勢力全体の利益になる――そういう論理だ」
西村はそこまで一気に話すと、息をついた。
「しかし、話がそううまくいくとは到底思えなかった。核弾頭を積んでないという話を、中国側が信じる保証はない。けど、実はそれにも手が打ってあるという。その矢先、僕と同じようにイグニッション計画に反対していた井口が死んだ。自殺と言う事だったが、明らかな嘘だと判った。そうして宗方は、僕に母の動画を見せて僕にシステムを完成させるように促した。母をいつでも井口のようにできる…それが宗方の、無言の圧力だった」
西村は、疲弊した表情でため息をついた顔で、再び話を始めた。
「……僕は、日本を戦争に巻き込みたくなかったし、蓮花の故国とも戦争したくなかった。しかし母と蓮花を人質に取られている。僕はぎりぎりまで、宗方を説得するために、イグニスの完成間際に、それがないと全システムを起動できない『起動キー』を造った。そして、それが始動しても、途中で解除できる『中止キー』を造ったんだ」
西村は此処まで話すと、急にうつむいて頭を抱えた。
「けど……奴らは、僕を追いつめて起動キーを手に入れようとしている。彼らは核戦争にならない局地戦なら、中国と戦争をしてもいいと考えている。いや、それが目的なんだ。僕は――いつまで、彼らの脅しに対抗できるか…正直判らない。彼らの仲間には警察もいる。政治家もいる。『イグニッション計画』は、もしかしたら極秘の国家プロジェクトである可能性さえある。起動キーで始動すると、イグニスは21日の11:00に発射される。この動画を見ているのが、その時刻の前であることを願う。そして――誰か、君が本当に信頼できる警察か政治家などに、この計画を阻止するよう伝えてほしいんだ」
西村は、苦悩に満ちた表情を見せた。
「こんな事に君を巻き込んですまない……。僕が馬鹿だったんだ。研究欲や金銭に負けて、戦争の道具を造ることを…甘く考えていた。それで戦争が起きたら、多くの人が実際に死ぬ。軍人も民間人も関係ない。多くの人が戦争に巻き込まれるんだ。
その事の恐ろしさを……僕は判ってなかった。僕がこの事の責任で死ぬのは、仕方ないと思っている。けど、君も含めて…この国に平和に暮らす多くの人たちを――戦争に巻き込みたくない。君はなんとか平和な世界で……幸せに生きてくれ」
西村は最後に、無理をして笑ってみせた。そこで動画は途絶えた。
「こんな事って……」
雪乃が口を押えて絶句している。和真はぼそりと呟いた。
「なるほど……こりゃ向うも必死だわ」
「ちょっと、そんな余裕かましてる場合なの? どうするのよ!」
「まずは…佑一に連絡しないとな。…あいつが追ってたのは、まさにこの秘密の計画なんだろ。…ところで、今日、何日なんだ?」
「21日よ! あんた、まる一日寝てたんだから」
「どうりで、すっかり疲れが取れたよ」
和真はベッドの傍にあるスマホを手に取った。その和真に、雪乃が悲壮な顔で言う。
「もう、8:34だよ。っていうか、あたしたちにできる事あるの?」
「お前は三ツ谷さんを、念のため保護して送り届けてくれよ」
「佐水はどうするのよ?」
和真は、不敵に笑ってみせた。
「決まってるさ。――もう、戦いは始まってるんだろ」
「よし、来い」
和真は、心を落ち着かせてじっくりと見極める。しかし待つのではなく、相手を攻める気勢を持つ。しばらく二人は見合った。まだ、出てこない。和真は、相手に隙があるように見える。
(堪えろ。…落ち着け)
和真は自分に言い聞かせた。相手の隙は、わざと作ったものだ。それは誘いである、と見抜いた。ここで早まってはいけない。和真は辛抱する。
(くそ。自分から仕掛けた方が、よっぽど気楽だぜ)
相手の攻め気が戻る。相手は切先で中心を取りに来た。和真はそれを返し、また耐える。まだ――出所ではない。
相手の中心を取り、押す。やがて、相手の気が動いた。
「――面ッ!」
相手の竹刀はすり抜け、自分の竹刀だけが相手に当たる。会心の面だった。
「よし、それだ」
面がねの奥で、択真が嬉しそうに笑った。
佑一も同様の稽古をつけてもらい、そうして稽古が終わった。
面を外して汗を拭きながら、和真は口を開いた。
「けどさ、まず『攻めろ』って教えられるじゃんか。判定だって、待ってばかりじゃ消極的って判断されて負けになるだろ?」
「まあ、試合時間には制限があるからな。守ってばかりの試合じゃしょうがないだろう。とはいえ初級者は、攻め方から覚えなければならない。攻め方が判らなければ、本当の守り方が判らないからな」
択真はそう言うと、少し息をついた。
「そもそもだが、人を殺すのには技術はいらない」
急に出てきた言葉に、和真と佑一は少し驚いて択真を見た。択真は、静かな表情で言葉を続けた。
「包丁一本あれば、誰でも人が殺せる。技術なんかない素人が、よくそういう事件を起こしてる。けどな、包丁を持ってる相手を無傷で制圧しようと思ったら――それには技が必要だ」
択真は真面目な面持ちで、そう言った。
「人を傷つけようとするのは邪気であり、それは自分に隙を生み出すものだ。人の邪気に向き合い、己を邪気に侵させぬ事。『武』という漢字は、『戈(ほこ)』を『止める』と書く。つまり暴力から人を守ることこそ、武の本質だ。それが俺の……武の道だよ」
そう言った後で、択真は顔をほころばせた。
「――なんて言ってもな、俺もまだ修行中の身だ。つまり俺だって、まだまだ成長途中なんだ。そして俺にも、夢がある」
「夢……? 父さんの?」
「そうだ。俺の夢…八段になり、八段戦に出ることだ」
択真はそう言って、はにかむように微笑んだ。
(父さん)
不意に、父の笑顔がぼやけていく。周りの風景が消え去り、真っ白な世界へと吸い込まれていく。
(父さん、夢があるんじゃなかったのかよ)
択真は笑顔を見せたまま、背中を向けようとしている。和真は必死に、呼びかけようとした。
(まだ夢の途中だろ。何処へ行くんだよ、ちゃんと夢を叶えろよ)
僅かに横顔を見せる択真の姿が、小さくなっていく。和真はその背中に手を伸ばした。
(父さん、行くなよ。まだ俺は……教わってない事が沢山あるんだ)
択真の唇が、何かを言っている。だが和真には聞こえない。和真は叫んだ。
(――父さん!)
“戦いが始まってるぞ”
*
和真は飛び起きた。
「きゃあっ!」
隣であがった声に、和真は横を向く。そこには泉雪乃と、西村の元妻――三ツ谷百合がいた。二人は驚いて、目を丸くしている。
「……なんだ、お前ら?」
「な、なんだじゃないわよ! 起こそうと思って名前を呼んだり、『朝だよ』とか声をかけたのよ。けど全然、起きないじゃない」
「…それで?」
雪乃は腕を組むと、口を尖らせた。
「しょうがないから、『戦いが始まってるぞ』って言ったの。まさか、それで本当に起きるなんて――あんた、本当に武道バカね」
和真は呆けたように、雪乃の顔を見た。
「……お前の言葉だったのか」
「え? 何?」
ぼんやりと呟いた和真に、雪乃が怪訝そうな顔を向ける。和真は独り苦笑した後に、雪乃に笑ってみせた。
「ありがとうな、泉。おかげでばっちり目が醒めたよ」
「馬鹿ね、あんたなんか別に寝てたっていいんだけど、三ツ谷さんがどうしてもあんたに会いたいっていうから、連れてきただけなんだからね」
和真は隣に座る三ツ谷百合の方を見つめた。
「三ツ谷さん、どうかしたんですか?」
「あの――」
三ツ谷百合は躊躇いながらも、口を開く。
「西村から、メールが届いたんです」
「えぇっ!」
和真の代わりに、雪乃が驚きの声をあげた。和真は怪訝な顔をしてみせる。
「あ――ごめんなさい。続きをどうそ」
「昨日の夕方に来てたんですが、夜になってパソコンを開けてから気づいたんです。そしたら、動画が添付されてました。それを見てほしくて、朝一番に来たんです」
百合はそう言うと、鞄の中からPCを取り出した。
「けど、どうして俺のところに? 所轄の刑事たちが、警護してたと思うんですが」
「動画の中で西村が――本当に信頼できる警察官にだけ見せろ、って言ってたものですから……」
パソコン画面の中で、動画が始まる。そこには、西村の姿が映っていた。
「百合、こんなメールが届いて驚いてることと思う。このメールが届くという事は、多分、僕は死んでるだろうからね。正直、君に寄り添う事のできなかった僕が、君を頼るのは筋違いだと思う。けど、とても重要な事で、しかも僕には他に頼れる者がいないんだ。どうか許してほしい」
西村はそう言うのを聞いて、和真は目を細めた。
「このメールは、僕のパソコンに入ってる、ある計画の起動キーをダウンロードすると、自動的に転送されるようになっていたんだ。その計画の名は、『イグニッション計画』。それは僕が開発に関わったイグニスという弾道ミサイルを使う計画だ。
このミサイルは迎撃されにくく、しかも非常に正確に対象を狙うことができるミサイルだ。僕は防衛のため――いや、自分のレーダー開発のために、このミサイル開発に参加していた。しかし、ある時から中国の工作員が僕に接触してくるようになった。最初は蓮花もそうなのかと疑ったが、彼女は違っていた――と思う。やがて工作員は、彼女の無事と引き換えに、僕に情報を要求してくるようになったんだ」
画面の中の西村は、苦渋の表情を見せた。
「彼女は囚われ、ひどい仕打ちを受けていた。僕は仕方なく、情報を小出しにして、なんとか彼女を解放できるように交渉していたんだ。無論、それが機密漏えいの罪に問われるのは判っていた。しかし、彼女の命と引き換えにはできなかったんだ。王世凱という中国の工作員は、僕を脅し続けた。だが、或る時から、王世凱は僕に干渉しなくなった。それはイグニスがもう完成間近になってからだ。そして僕は計画の首謀者、宗方弦陸佐から『イグニッション計画』の真の姿を聞いた」
西村が、一旦、言葉を呑む。その表情は、恐ろしさに満ちていた。
「宗方は――戦争を起こすつもりだ」
西村の言葉に、和真と雪乃は息を呑んだ。
「21日。北京で全国人民代表大会という共産党政権の指導者を決める大会が行われる。そこには現政権のトップである劉真杯が、四期目に選出される見通しだ。宗方はそこに…イグニスを撃ち込むつもりだ」
「なんだって……」
さすがの内容に、和真は絶句した。
「僕は反対した。そんなミサイルは作れないと。相手は核ミサイルを持つ中国だ。全面戦争になったら、ひとたまりもない。そんな戦争は馬鹿げていると言ったんだ。だが宗方の計画では、ミサイルを撃った五分後に、中国に向けてミサイル誤射の通報を送る、というのだ。そしてそのミサイルは弾道ミサイルだが核弾頭は積んでなく、こちらから自爆させることもできない。その内容を世界中に向けて公表する。そしてなんとか迎撃をしてほしいと頼むのだ。
しかしミサイルは発射十分後には北京に到達する。そこで独裁者の劉真杯および現政権幹部を、狙い撃ちにするのが真の目的なんだ。国際テロ組織や、ならず者国家の指導者――それらのリーダーだけを狙い撃ちにする。それが『イグニス』の役目だ。組織全体、国全体に被害を与えれば、相手は全力で対抗してくる。しかし独裁的な指導者だけが消えれば、後は工作で次の指導者を懐柔したり、敵内部やその界隈の潜在的な対抗勢力をたきつけることができる。つまりこれは、こちら側勢力全体の利益になる――そういう論理だ」
西村はそこまで一気に話すと、息をついた。
「しかし、話がそううまくいくとは到底思えなかった。核弾頭を積んでないという話を、中国側が信じる保証はない。けど、実はそれにも手が打ってあるという。その矢先、僕と同じようにイグニッション計画に反対していた井口が死んだ。自殺と言う事だったが、明らかな嘘だと判った。そうして宗方は、僕に母の動画を見せて僕にシステムを完成させるように促した。母をいつでも井口のようにできる…それが宗方の、無言の圧力だった」
西村は、疲弊した表情でため息をついた顔で、再び話を始めた。
「……僕は、日本を戦争に巻き込みたくなかったし、蓮花の故国とも戦争したくなかった。しかし母と蓮花を人質に取られている。僕はぎりぎりまで、宗方を説得するために、イグニスの完成間際に、それがないと全システムを起動できない『起動キー』を造った。そして、それが始動しても、途中で解除できる『中止キー』を造ったんだ」
西村は此処まで話すと、急にうつむいて頭を抱えた。
「けど……奴らは、僕を追いつめて起動キーを手に入れようとしている。彼らは核戦争にならない局地戦なら、中国と戦争をしてもいいと考えている。いや、それが目的なんだ。僕は――いつまで、彼らの脅しに対抗できるか…正直判らない。彼らの仲間には警察もいる。政治家もいる。『イグニッション計画』は、もしかしたら極秘の国家プロジェクトである可能性さえある。起動キーで始動すると、イグニスは21日の11:00に発射される。この動画を見ているのが、その時刻の前であることを願う。そして――誰か、君が本当に信頼できる警察か政治家などに、この計画を阻止するよう伝えてほしいんだ」
西村は、苦悩に満ちた表情を見せた。
「こんな事に君を巻き込んですまない……。僕が馬鹿だったんだ。研究欲や金銭に負けて、戦争の道具を造ることを…甘く考えていた。それで戦争が起きたら、多くの人が実際に死ぬ。軍人も民間人も関係ない。多くの人が戦争に巻き込まれるんだ。
その事の恐ろしさを……僕は判ってなかった。僕がこの事の責任で死ぬのは、仕方ないと思っている。けど、君も含めて…この国に平和に暮らす多くの人たちを――戦争に巻き込みたくない。君はなんとか平和な世界で……幸せに生きてくれ」
西村は最後に、無理をして笑ってみせた。そこで動画は途絶えた。
「こんな事って……」
雪乃が口を押えて絶句している。和真はぼそりと呟いた。
「なるほど……こりゃ向うも必死だわ」
「ちょっと、そんな余裕かましてる場合なの? どうするのよ!」
「まずは…佑一に連絡しないとな。…あいつが追ってたのは、まさにこの秘密の計画なんだろ。…ところで、今日、何日なんだ?」
「21日よ! あんた、まる一日寝てたんだから」
「どうりで、すっかり疲れが取れたよ」
和真はベッドの傍にあるスマホを手に取った。その和真に、雪乃が悲壮な顔で言う。
「もう、8:34だよ。っていうか、あたしたちにできる事あるの?」
「お前は三ツ谷さんを、念のため保護して送り届けてくれよ」
「佐水はどうするのよ?」
和真は、不敵に笑ってみせた。
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