レナルテで逢いましょう

佐藤遼空

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サリアの気持ち?

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“ーー特定個体の消滅がお前に与えた内観的影響は、こんなにも大きなものになるのか”
 頭の中で声がする。サリアの声だ。僕は言ってやった。
「それが悲しみという感情だ。お前たちにはないのか?」
 不意に、僕の身体からサリアが抜け出した。
「個体の消滅は、種の進化上必要なプロセスだ。特に注目すべき現象ではない」
「僕たちは種である前に、個体ーー個人なんだよ。真田真希は僕にとって、他に変えようのない人だったんだ。みんなそうだよ。有紗も、レオもマリーネも…みんな僕にとって特別な人だ。それが人に対する想いだ」
 僕はそう言いながら、ソファに座り込んだ。プラトニック学園から自分の部屋に帰ってきて、僕は気持ちを整理したかった。けど、サリアが一緒にいたことを、すっかり忘れていたのだ。 

 サリアはソファの僕の隣に座ってきた。サリアは青いドレスを身にまとっている。いつまでもエロメイドじゃ困るからだ。黒いロングヘアを揺らしながら、サリアは緑の瞳をこちらに向けた。
「有紗に対する想いか。それは情報端末の融合以上の欲求か?」
「セックスしたいという欲求以上に、僕は有紗のことを想ってる。大事にしたいし、楽しい時間を一緒に過ごしたい。それがーー愛というものだよ」
「愛ーーそれはよく調査資料に出てきた、最も謎のキーワードの一つだ。個体の消滅も、複製体を作るのも先天的にプログラムされた目的行動に過ぎない。それに対し悲しみや愛という内観的志向性を持つのは、その目的行動の補完作用に過ぎない筈だ」
「僕らの気持ちが遺伝子プログラムの補完だったとしても、そんな事以上に僕は有紗を愛してるんだよ」
 サリアは僕の眼を見つめてきた。
「真田真希に対する気持ちは、有紗への気持ちと同等のものか?」
「ううん……ちょっと違うかな。けど、正直に言うと、ちょっとときめいたかもな。彼女がとても素敵だったから」
 僕は悲しみの中で、苦笑した。寂しい。真希さんがいなくなったことが、本当に寂しい。これだけは真実だ。

「ワタシに対して、そういう気持ちはあるか?」
 サリアが僕の眼を見つめる。え?
「いや……それはないだろ」
「ワタシは今、有紗と同じ表層データを有している。それでは不十分か?」
「顔が同じでも、サリアと有紗は別の存在だろ。同じにできないよ」
「ワタシとセックスしたではないか」
 ぶ。なんて事を言い出すんだ、こいつ。
「あれは、有紗が許可したからしたまでで、お前に対してそういう気持ちを持ったからじゃない」
 なんか、間の悪い言い訳みたいだ。が、サリアはそんな事に構わず、不意に俯いた。
「…ワタシが個体消滅しても、誰も悲しんだりしない」
 寂しがっているのか? 表情には、あまり出ていない。けど、サリアの中で、感情というのが芽生え始めてるのかもしれない。

「もしサリアがいなくなったら、僕は悲しむと思うよ、多分」
「本当か? でも、どうして?」
「一応、セックスした仲じゃないか」 
 僕はそう言って苦笑して見せた。が、サリアは真面目な顔のままだ。いけない、これは冗談が通じてない。
「いや、セックスしたからとかじゃなくてだな。つまり有紗に対して持ってるような特別な気持ちじゃなくても、お前にも友情のような近しい気持ちを持ってるって事だよ。だからいなくなったりしたら、悲しいさ、多分」
 サリアはじっと僕を見つめていた。僕の言ってることが判るだろうか。僕はその身体を引き寄せて、サリアの頭を肩まで寄せた。その引き寄せた左手で、頭を撫でてやる。
「……なんだ? セックスするのか?」
「しないよ。これは『お前はいい子だよ』の仕草」
「そうか……」
 サリアは撫でられるがままに、じっとしていた。ふと僕は、頭に浮かんだ疑問をサリアにぶつけてみた。

「そういえばお前たちバグノイドーーいや、ディグというべきなのか? は、どれくらいの寿命なんだ?」
「我々の個体寿命はお前たちの時間換算で言うと、80~100年ほどだ」
「じゃあ、人間とあまり変わらないな。で、サリアは何歳なんだ?」
「54歳」
 おい。
「なんだよ、よしよしするような歳じゃなかったな」
「けどこれをされると……何だか心地よい…」
 サリアがそう言うので、僕はしばらく頭を撫でていた。なんだかサリアが無性に可愛く思えてきた。
 が、不意にサリアは立ち上がった。
「ワタシは、仲間のところへ報告に行ってくる」
「そうか。せいぜい、人間が好印象を持たれるように頼むよ」
「事実を解釈で歪めるような真似はしない。報告を聞いて人間をどう判断するかは仲間次第だ。…が、ワタシはお前や有紗などの特定の人間に対してーー好印象を持っている」
「それだけで充分だよ」
 僕はそう言って笑ってみせた。表情の変わらないサリアが、何を考えてるかは判らない。サリアは別れの挨拶もなしに、いきなり姿を消した。

   *

 プラトニック学園をログアウトしたのが15時だったので、まだ夕方の早い時間だ。サリアが消えた後に独り残されると、妙に寂しい気分になった。無性に有紗に逢いたい。
 そんな事を想っていると、有紗から電話が来た。
「明くん、今、どうしてる?」
「あ、一応、仕事上がり…みたいな感じかな?」
「ねえねえ、じゃああたしを迎えに来てよ。一緒にご飯にしましょう」
「いいけど、何処にいるの?」
「新宿」
 電車で移動する。新宿に彼女の事務所があるから、そこからかけたんだろうと思った。新宿東口の階段下広場で待ち合わせる。うんざりするような人ごみを抜けて、有紗を見つけた。誰か、傍にいる。
 近づくと、有紗の方も僕に気付いた。
「明く~ん」 

 手を振ってる。ああ、なんて愛らしいんだ、有紗。で、もう一人の人物は、有紗の背中に隠れる。訝しみながらも、僕は有紗に近寄った。
「お待たせ。…で、そっちの人は?」
「へへー。じゃーん!」
 そう言って、背中の人物を僕の方に押し出す有紗。その顔は  
「マリーネ!」
 小柄で眼鏡の少女。少し恥ずかしそうに俯いたまま、僕の方を見上げた。
「あの……こんにちは」
「同期のマリーネちゃん、何処かで見たと思ったけど、やっぱり明くんのチームの人だったのよ! なんか話してるうちに気が付いて、それでみんなでご飯食べようと思った訳」
「そっか…東京に出てきたんだね」
「あ……はい」
 やっと顔を上げて、僕の方をマリーネが見た。ぼくはふと気が付いて言った。

「あ、リアルで会うの初めてだね。僕は神楽坂明。呼びにくかったらキアラでもいいよ」
「わたしは、刀根麻梨子といいます。…あの、わたしもマリーネでいいです」
「そう? じゃあ、そう呼ぶよ」
 僕は笑ってみせた。と、僕の顔を見たマリーネの顔が、突如として涙目になり口を太一文字に開いた。
「う……え…ぐ……」
「え? えぇ? ちょっとなんで泣くの?」
「明くん! マリーネちゃんに何かしたの?」
「な、何もしてません!」
 血色を変える有紗に僕は慌てて弁明する。その間にもマリーネは堪えきれない様子で涙を拭い始めた。
「ごめんなさい……なんかわたし、キアラさんの笑顔を見たら、なんだか気持ちが緩んじゃって……」
「一体…どうしたの?」
 マリーネは眼を擦すり終わると眼鏡を戻し、僕に言った。
「実は……わたし今、困ったことになってしまって……」
 僕と有紗は、顔を見合わせた。
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