レナルテで逢いましょう

佐藤遼空

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潜入捜査官

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 プラトニック学園から戻ると、ケイトからメールが来ていた。
『集合』
 短い。まさに要件だけだ。貼りついてるフックの先に行く。と、そこは殺風景な何処かの会議室のような部屋だった。
 パイプ椅子に腰かけるケイトのはす向かいに、一人の男がいる。誰だろう、と思いながらケイトの隣に座った。
「誰だ、と思ってますね」
 男がぼそりと言った。なんというか特徴のない顔で、印象が強くない人物だ。どこかで会ったのだろうか。
「じゃあ、こちらの姿で」
 男がいきなりアバターを変える。
「あ! 滝川和樹!」
 キヨシと慶介の隣にいた男子だ。男はすぐに元の姿に戻った。

「…という事は、貴方が公安の潜入捜査官?」
「まあ、そういう事です。私は和宮と言います」
 滝川和樹だった男はそう名乗った。
「放課後になったら、いきなり声をかけられたのよ。『ケイトさん、お話しがあります』っていうから、てっきり一目惚れの告白でもされるかと思ったのに……」
 ケイトも大分、プラトニック学園に毒されたようだ。
「CIAから調査官が来るとは聞いていたが、まさかあんな目立つ姿で来るとは思ってなかったんですよ。あれじゃあ、目立ちすぎだ」
「目立ってれば、向うから接触してくるかもしれないでしょ」
「相手は電子涅槃経の勧誘員ですよ。世の中を儚んでるような顔をしてなきゃ、誘おうとは思わないでしょ」
 和宮に言い込められて、ケイトはむっとした顔をした。目立たない顔の割りに、なかなか押しの強い人物だ。

「じゃあ、貴方は勧誘されたの?」
「いいえ、残念ながら。しかしこの一ヶ月潜入して、三年、一年と学年を変えてきたが、その学年にはそれらしい人物は見当たりませんでした」
「じゃあ、残るは二年生という事ね」
 ケイトがそう言うと、和宮はどろりとした毒気を含んだ目つきでケイトを眺めた。
「私が言いたいのは、貴方たちにはあまり派手に動いてほしくない、という事です。わざわざ姿を明かして、今日呼んだのはそのためだ」
「…どういう事?」
「あからさまに『電子涅槃経って知ってる?』みたいにあちこちで騒がれたら、貴方みたいな活気のある人物の行動として変でしょう? 明らかに捜査に来ているとバレる。そうすると尻尾も出さずに、このゲームを去るかもしれない。それを懸念してるんですよ」
 明らかなる批判に、ケイトの顔には苛立ちが宿った。
「つまり貴方の邪魔になるなと言いたいわけね?」
「まあ、ありていに言ってそうです」

 ケイトの顔が紅潮した。
「貴方は随分、国枝とは違うようね」
「私は国枝警視のように、立場のある人間じゃないんで」
 和宮はそういうと、可笑しくなさそうな薄笑いを浮かべた。ケイトは席を立った。
「判ったわ。せいぜいそちらの邪魔にならないように、やらせてもらうわ」
「よろしくお願いしますよ。ーーそちらの素人さんもね」
 和宮は最後に、胡散臭そうな目つきで僕を見た。
 僕とケイトはそこから移動して、個室のある居酒屋に入った。
「ムカつくわ、あいつ!」
 開口一番、ケイトは不満をぶちまけた。
「日本の公安警察は、みんな国枝みたいな優秀な紳士なのかと思ったけど、全然違うじゃない!」
 いや、国枝さんが特別なんだと思うけど。和宮氏の方が、公安っぽい気がする。が、まあ黙っておく。

「ちょっとあいつを出し抜いてやりたいわ。明、何か手がかりはあったの?」
「あるような…ないような」
「どっちなのよ!」
「ちょっと気にかかる事があるんですよ。明日また、調べます」
「そう。じゃあ、よろしくお願いね!」
 ケイトは言いたい事だけ言うと、去っていた。自分は何か収穫はあったのだろうか? いや、あの様子じゃちやほやされただけで、多分、何も収穫はなかったのだろう。

   *

 僕は風間社長に電話をした。モニターに風間社長が写る。
「おお、明か。どうした?」
「例の学園に行ってみましたよ。社長、今から会議室で会えませんか?」
「おお、判った。今から行く」
 僕はカザマの会議室のデジタル・ツインに移動した。ほどなくして、社長も現れる。
「明、美那はいたのか?」
「そうじゃないかな、と思う人物はいました」
 僕の言葉に、社長が驚きの声をあげる。
「おお、さすが明だ! 凄いじゃないか!」
「いや、まだあくまで可能性です。もっと確かめてからじゃないと…。ところで、社長はプラトニック学園に入ったことあるんですか?」
「うん、わしもこの前、転入したんだ。若いってのはいいなあ」
「いや、ゲームの感想はともかく、美那さんっぽい人は?」
「いいや、全然判らんかった」
 社長は首を振って、正直に答えた。この人、こういう処がいい人だ。

「社長、そもそも何処の時間枠に入ってます? 朝枠?」
「なんか判らんが、これから行こうかと思ってたところだ」
「じゃあ、昼枠で入ってたんですね。明日、朝の8:00からの時間枠で、二年A組に転入してきてください。そこで合流しましょう。ちなみに、僕のアバターはこんな感じです」
 僕は倉坂アキラのアバターに変える。
「おお、凄い美少年だ!」
「社長のアバターを見せておいてください」
「わしか? わしはこんな感じだ」
 社長の姿が消えて現れたのは、明らかに『ヤンキー』だった。茶髪と言うよりほぼ金髪のボサボサヘアー。学生服を前開きにして、中から赤のTシャツを覗かせている。よく見ると男前で、目つきはちょっと悪い。もちろん、中年太りの面影はどこにもない。

「その感じですか…」
「わしが若い頃は、『疾風のマサオ』と呼ばれ恐れられたものだ」
 どこまで本当の話なのか判らない。
「社長、その姿で『わし』は止めてくださいよ」
「おお、それもそうだ。俺はマサオ、よろしくな」
 そう言うとマサオは、親指を立てて歯を見せた。
「そんな感じですかね。隠すのも面倒なんで、最初から僕らは前の学校で友人だったって事にしましょう」
「おお、俺たちマブダチだな」
 そう言うとマサオは、僕に肩を組んで体を寄せた。

 社長の訪問でちょっと疲れた僕は、今日から桜月ぽめらの配信が始まるのを想い出した。
 Vライナーは主に編集した動画をあげるのだが、Vドルは配信が人気がある。つまりリアルタイムで出演し、そこに視聴者がコメントを出して、その場で応答したりするのだ。コメントは文字表記で流れているが、課金コメントをするとその額によって表示時間が長くなったりする。これが大きな収益の一つで、人気Vドルは一回の配信で相当に稼ぐ。
 配信する内容は雑談や、他のVドルとの共演、ゲームをプレイしてる様子や歌を歌ったりと様々だが、配信時間は一回で2~5時間と結構長い。一本が20~40分くらいの動画を創ってる僕としては、その配信時間は相当に長い感じがする。正直、それにつきあうファンって凄い情熱だと思ったりもする。

 僕もぽめらの配信を長々見るようになるだろうか? いやいや、まさかそんな。
 そんな事を思いながら、ぽめらのチャンネルを開けてみた。レナルテで見ることもできるけど、今日はモニターで見ることにする。もう始まってる。
「ーーう~んとねえ、ちょっと恐くてっていうか、何が起きてるか判らなくて動けなかったんだよね。だってステージから動いていいって指示も出てなかったし。…そう! そしたらね、マリーネちゃんがあたしの事、庇ってくれたの! 眼鏡っ子でドジっ子なのに、勇気あるよね~、マリーネちゃん! もう、あたしマリーネちゃんの事がすっかり好きになっちゃって! …え? 抱かれたい? ダメでしょ、そんなイヤラシイ訊き方しちゃ。ーーえ? マリーネちゃんて、『ノワルド』の冒険者なの? 似てる? 本人? ふ~ん、そうなんだあ…」
 どうやらバグノイド事件について話してるらしい。ま、今、視聴者の一番の興味はそこだろうし、そりゃ一番盛り上がる話題かもね。

 けど、それだけを話題にしてる訳にもいかないので、ぽめらは用意された質問に答えていく形式で、次々と『桜月ぽめら』のキャラクターを披露していった。
 不思議と、ボーッと見てられた。話してるのは他愛もない事なのだが、美少女キャラが喋ってるというだけで興味を惹きつける何かがある。多分、有紗本人が喋っても、こんなに興味は惹かないはずだ。僕以外は。
 小一時間も見た頃に異変は起きた。
 突然、ぽめらの横に夜風エアルが現れたのだ。
「あれ? あなたは?」
「お前に訊きたい事がある」
「え? え? どうやって入ってきたの?」
 ぽめらが動揺している。あれは夜風エアルじゃない。バグノイドだ。

「有紗!」
 思わず僕はモニターにかじりついた。危険だ。有紗に危険が迫っている。
 その間にも、画面にはコメントが流れていく。『あれ? エアルちゃん?』『いや、これ本物じゃない。この間の怪物じゃ?』『ぽめらちゃん、逃げて!』『ぽめらちゃんも顔が取られちゃうよ』『早くログアウトして』
「訊きたい事って何?」
「グラードに会いたい。グラードの居場所を知ってるか?」
 ぽめらはエアルの質問に、少し考えていた。
「会って、どうするつもりなの?」
「グラードに訊きたい事がある。…いや、正確には教えてほしい事がある」
「乱暴しない?」
「そのつもりはない」

 ぽめらはじっとエアルを見つめている。コメントは急速に流れていく。けど、ぽめらは一向に気にした様子はない。
「グラードの事が好きなの?」
「お前たちのいう好意に値するかという質問ならば…その判断に対する流動的影響力を持った事がないので判らない。が、今、ワタシの取っている行動が、その流動的影響力の影響下行動である可能性はある」
「好きなら、好きって認めなさいよ!」
 ぽめらはそう言うと、にっこり微笑んだ。
「え~と皆さん、突然だけど今日の配信はここまでね。みんな、ありがとぽめ~!」
 そう言うと、画面が配信終わりの制止画面になった。桜月ぽめらが、ウィンクして微笑んでる画面だ。
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