レナルテで逢いましょう

第７章、ジェイコブ・レイン レナルテ創始者たちの歴史

　２０３３年、アンディ・グレイは３２歳で、オープン・メタバース『レナルテ』を創り上げた。出身はアラバマ州の小さな街で、幼い頃からコンピューターが好きな少年だった。本人の口から語られた話によれば、ほとんど友達はいなく、独りでいる事が多かったという。

　最初の頃はゲームをしていただけだったが、次第にプログラミングに興味を持ち、非常に才能を発揮するようになった。加えてアンディは、ＶＲヘッドセットを着けてダイブするメタバースに非常に強い関心を持つようになり、次第に仮想現実の世界に入り浸るようになったという。
　コンピューター技術を独学する傍ら、アンディはＭＩＴに入学する。そこではさほど目立った成績も事跡も残していない。しかしそこで、同じ授業を受けていたジェイコブ・レインと知り合う。

　ジェイコブ・レインはアンディより一つ年上で、知り合った当時は２２歳だった。本人はコンピューターにも長けていたが、専門は大脳生理学だった。コンピューターによって脳の機能解析することを研究していて、その知識の高さから在学中に大手医療機器企業と共同研究をしており、そのまま就職する。後にその知見を見込まれ、ジェイコブはある企業に引き抜かれることになる。その企業がアマギ・エレクトロニクス。後にＡＭＧと社名変更される新進企業だった。

　アマギ・エレクトロニクスを創った天城広河は、日本人の父親とアメリカ人の母を持つハーフである。ニュージャージー州出身で、ハーバード大を卒業した。卒業後は米国の大手医療機器メーカーに勤めたが、１０年後に独立。アマギ・エレクトロニクスを創り、二年後の２０３０年にはヒット商品となる『テレモニター』を発売する。
　テレモニターは、頭に取りつけると画面に見えているアバターが思い通りに操作できる、という器具だった。これは後のメタバースに意識が丸ごと入れる『フロート・ピット』の技術の原型ともなるシステムであると同時に、ＡＲで様々な事をする器具に活用されるようなった。

　ゲーム関連はいうまでもないが、テレモニターは危険場所での作業などに、アバターの動きを機械がトレースするシステムと組み合わせることで、様々な場面で活躍することになった。高所や極地、深海、火山地帯の地下など、多くの場所でテレモニターは活用された。
　中でも大きく貢献したのは手術用精密機械の『ＯＰＥ・１』が特に有名である。ＯＰＥ・１は画面に映った患部を見ながら、医者がアバターを通して手術を行う。機械を人の手で操作する場合、僅かの手の震えが大きく影響したりする問題があったが、ＯＰＥ・１ではアバターの動きを機械がトレースする仕組みを用いる事で、イメージ通りに精密手術を行う事が可能になった。このＯＰＥ・１は、アマギ・エレクトロニクスが自社のシステムを援用して発売した製品である。

　このテレモニターの開発に大きな貢献をしたのがジェイコブ・レインであった。天城広河はジェイコブ・レインを引き抜くことで、独立を果たしたと言っても過言ではなかった。このテレモニターで大きな利益を得た天城が取り組んだのが、フルダイブ・システムである。そのプロジェクトに参加したのが、メタバース・クリエイターとなっていたアンディ・グレイであった。
　アンディを天城に引き合わせたのがジェイコブであり、三人は新しい技術の開発のために大志を抱く同志となった。三人はプライベートにおいても友人であった。出会った時に、天城広河は３５歳、ジェイコブ・レイン３０歳、アンディ・グレイ２９歳であった。

　天城広河は三つのプロジェクトを同時に進行させていた。一つはフルダイブ・システムである『フロート・ピット』の開発。もう一つは、そのフルダイブする対象であるメタバース『レナルテ』の開発。そして最後に、そのメタバースで遊ぶためのメイン・コンテンツ『ノワルド・アドベンチャー』の開発であった。この三つを間をおかずに発表する事は、当初から天城の計画であり、そのために天城は優秀な人材と資金を惜しみなく投資した。
　大きく言うと天城広河は全てのプロジェクトの管理官であり、ジェイコブ・レインは『フロート・ピット』と『ノワルド』の両方に関わっていた。しかし『レナルテ』は、ほとんどアンディ・グレイの独力によって作られたと一部では伝えられている。

　２０３３年、『レナルテ』は、誰でもが無料で使用できるオープン・プラットフォームとして発表された。その高い性能に世界は驚き、瞬く間に『レナルテ』の使用者は広まっていった。世界はこれだけの高い技術をオープンにした事で、アマギ・エレクトロニクスを称賛したが、一部ではそれは天城広河の本意ではなかった、という話も伝わっている。天城はそれを自社管理するメタバースとして発表するつもりだったが、開発者であるアンディがそれにどうしても首を振らなかった、という話である。これが事実かどうかは、今のところ判らない。が、独占管理者を持つｗｅｂ．２から、独占管理者のいないｗｅｂ．３への転換は、レナルテによってなされたという見方が一般的になった。

　レナルテとフロート・ピット、そしてノワルド・アドベンチャーは驚異的な成功を見せ、アマギ・エレクトロニクスはＡＭＧと社名を変更した。
『ノワルド・アドベンチャー』は最初アマギ・エレクトロニクスから発売されていたが、ＡＭＧになった際にソフト部門を別会社化する。それがＡｎ．ＧｅｌとＢ―Ｒａｉｎであり、Ａｎ．Ｇｅｌの社長にはアンディ・グレイ、Ｂ―Ｒａｉｎの社長にはジェイコブ・レインが就任した。
　ソフト制作の会社を二つにした経緯について天城は次のように語っている。「グループ内にも競争があった方が、良いものができるという判断だ」と。Ａｎ・ｇｅｌはアメリカに本社を持ち、Ｂ―ｒａｉｎは日本に本社を置いている。日本の有能なソフト開発者を取り込み、アメリカ開発者との差異化を図るのが狙いであるという。これは後に、インドに本社を置くＣ／Ｅｎｔｒｙが創られたのも同じ意味である。しかし一方ではジェイコブ・レインとアンディ・グレイのソフト開発を巡る方針上の対立が原因ではないかと囁かれた。

　レナルテ創始者であるアンディ・グレイは、世界中で注目の的となっていた。特にレナルテをオープン・プラットフォームにした経緯については、多くのマスコミがインタビューを重ねた。その中で、アンディ・グレイの最も有名になった言葉がある。

「Everyone can become who they want to be.（誰もが、なりたい自分になる）That’s Renalt（それがレナルテです）」

　アンディ・グレイはｗｅｂ．３時代の、新しい民主主義の象徴のように扱われた。レナルテ内の仮想通貨レナルを、ドルではなく円に合わせたことも、支配的なドルの体制から脱却するためと本人は語っている。アンディ・グレイはその発言の全てに注目が集まるようになった。端正で繊細そうなアンディ・グレイの風貌も、その人気に一役買っていたと思われる。しかしその中、突然の訃報が発表された。
　天城広河によると、彼は自殺であった。

　機械による感電死、と警察発表があり、一部では事故死ではないかと噂されたが、アメリカの警察はそれを否定している。状況によると、自ら接続しなければそのような通電現象が起こらない状況であったと、警察は説明をした。
　自殺の動機については、全く発表がなく、様々な憶測が流れた。しかしそのどれもが憶測にすぎず、決定的な説明には至っていない。天城広河とジェイコブ・レインは哀悼の意を表したが、アンディ・グレイの死の理由について語ることはなかった。

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　ーーと、いうのが概ね僕の調べたところである。
「じゃあ結局、アンディ・グレイの自殺については何も判ってないんじゃない」
「そうなんです」
　ケイトの声に、僕はそう答えた。