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第一章 再会茶と蜜柑ぎゅうひ餅

就職の条件

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「条件その一、神様茶屋で甘味を提供しろ。茶屋なのに甘いものがないのは、あの店の欠点だと俺も常々思っていた」

 私は頷く。今でもあのお茶一本の神様茶屋は、十分素晴らしい。だが、思う存分泣いたあとに甘いものがあれば、さらに嬉しいかもとは思って手伝いを名乗り出たのだ。権限を持つ発心門様と利害が一致した。

「俺は毎日、甘味が食いたい!王子に供物はめったにないんだ!」

 く~と額に手を当てて食べたいと繰り返す発心門様に、自分が食べたいだけではないのかと疑問がわいたが飲み込む。上司には無駄なことを言わないものだ。

 茶屋で出すような甘味は製菓短大でよく作っていた。さらにこれから徹底研究をすればいい。発心門様は二本目の指を上げた。

「条件、その二。伏拝王子の目を、取り戻せ」

 発心門様の瞳が愁いを帯びたようにやや細くなり、高い声が低く落ち着いた大人の声になった。

「伏拝王子って、神様茶屋のご主人のことですよね」
「さすが縁が太いだけある。よくわかったな」
「目が……なくなったんですか?」

 由真は日記の中で、伏拝王子だと予測されている神様茶屋の主人の姿を思い描く。目を隠した特徴的な髪型は日記に記載されていたが、実際に目がなかったとは書かれていなかった。

「自ら、目を塞いでしまったんだ」
「そんなことできるんですか?」
「我らはしがない八百万の神だが、自分の姿の調整くらいできる。名残(なごり)は消せないが」
「名残?」
「俺たちが宿る本体の、名残だ」

 発心門様のお尻で、もふもふ尻尾がぱたぱたと主張するように動いた。狐の尻尾のように見える。発心門様の本体は狐だということだろうか。発心門様が改めて、子どもの身体に似つかない朗々とした声を放つ。

「伏拝王子の目を一年以内に取り戻せ。それができたら、見習いではなく永久就職させてやる」
「正式就職……」

 私は就職の魅力にぱっと目を輝かせて前のめる。

「どうする?」
「もちろん、精一杯やらせていただきます」

 目を取り戻すなんて想像もつかない。だが、神様茶屋で働くためにここまで来たのだ。やるしかない。私が間髪入れずに答えると、発心門様はケラケラ笑った。

 いたずらっぽい顔をする発心門様がぴょんと賽銭箱から飛び降りて、子どもの小さな手で小指を立てた。

「よし由真、一年で契約だ」

 神様からの契約の響きには、仰々しいものがある。背筋がぴんと伸びた。

「俺は由真に茶屋へ出入りする許可と、高位の八百万神を視る力を与える。由真は神様茶屋で働き、伏拝の目を取り戻す。いいな?」

 にやりと口を広げて笑う発心門様に子どもらしい表情は微塵もなかった。凛々しい口調と堂々とした雰囲気。怏々として導かれている。私はやや腰を屈めて小指を、彼の指に絡めた。

「契約成立」

 全身がもふっと温かいものに覆われた感覚が訪れた。私がもふもふに覆われた違和感の消えない両手をしばしば眺めていると、発心門様がからっと笑った。

「違和感か?俺の神気だ。そのうち慣れる。あ、三つ目を言い忘れたな」

 私も契約が済んでから、三つ目の条件確認を忘れたことに気が付いた。重大なミスだ。

「三つめ、茶屋では制服着用だ!」
「制服ですか?」
「契約で使える力は普段の能力とちょっと違うから、面白いぞ!」

 三つ目の条件の過酷さを心配したが、制服着用くらいなら大丈夫だろう。

「じゃあ、行くか」

 発心門様がてくてく短い足を進め、石の鳥居の前へ赴いた。

 発心門様は石の鳥居に小さな手をかざして、ぐるんと丸を描く。私から見える鳥居の向こう側がぐにゃりと歪んだ。発心門様がどうぞと歪んだ鳥居の向こう側に手を差し出して、私に行くべき先を示す。

「神様茶屋への道を開くのが、俺の仕事だ」

 私はごくんと唾を飲み込んで、鳥居の向こう側へと足を踏み入れた。
 
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