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第七章・世界は優しい嘘に包まれて
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ひどく散文的な夢から、霧子は目を覚ました。
というより、ずっと起きていた自分の顔から、誰かが蜘蛛の巣よりも薄いヴェールを取り去っていったような気分だった。
起き上がって壁にかかった時計を見る。長いあいだ眠っていたという予想に反して、針はほとんど進んでいなかった。
カウンターの上に置いていた右手を握りしめていたことに気づく。開いてはみたが、にじんだ汗以外にはなにもなかった。
それでも霧子は確信していた。トリガーはあの場所にいる、と。
いましがた見た夢が御告げのように手がかりを与えてくれたとも、論理的に考えた結果導き出した答えとも言えなかった。炎は熱く、氷は冷たいのを知っているのと同じように、物事の本質をわかってはいても理屈で説明できないのと同じだった。な
霧子はカウンターに置かれたままの首輪をつかむと、スツールから飛び降りて出口へと急いだ。勇三と輝彦に連絡をとることすら念頭になかった。
唯一彼女に残された理性は、ポケットに連絡用の端末が入っていることにだけ向けられ、あとは沈黙したまま本能に座を譲った。傍から見ればこの行動は、尻に火が着いているのとなんら変わりはなかった。
それでも霧子は雑踏で賑わう表通りに飛び出すと、人々の隙間を風のように駆け抜けていった。すれ違う少女を人々が振り返るなか、傾いた夕日がビルの窓で乱反射し、その数を百とも千とも増やしている。
夢で見た白さとは違って、世界は赤々とした光で満たされていた。
〝思い出深い場所〟
調整器を開発した男はそう言っていた。
なにもなければ、霧子もその言葉を額面通り参考程度に留めていたことだろう。
だが彼女はいま、あの夢を見てしまったのだ。
自分がなにを成すべきなのか気づいたとき、残された時間があまりにも少ないことを思い知らされてもいた。あの男が提示した制限時間のこともあったが、なにより自分の見た夢が、トリガーの自我が危機に瀕しているということを冷徹に告げていたのだ。
それでも手遅れというわけではない。
たとえどれだけ残された時間が少なくとも、行くべき場所がわかっている以上、一歩でも多く近づいていくべきだ。
まだ間に合う、救ってみせる。
〝守るために戦い、救うために殺す。それがおれたちだろう〟
走りながら、昔のトリガーが言っていた言葉を思い出す。
(違う)霧子は思った。(わたしたちは戦うだけじゃない。それ以外の方法でも、誰かを守り、救うことができるんだ)
顔をあげた霧子の目の前で視界が開け、空が大きくなる。ビルの谷間は、はるか後方へと消えていった。
というより、ずっと起きていた自分の顔から、誰かが蜘蛛の巣よりも薄いヴェールを取り去っていったような気分だった。
起き上がって壁にかかった時計を見る。長いあいだ眠っていたという予想に反して、針はほとんど進んでいなかった。
カウンターの上に置いていた右手を握りしめていたことに気づく。開いてはみたが、にじんだ汗以外にはなにもなかった。
それでも霧子は確信していた。トリガーはあの場所にいる、と。
いましがた見た夢が御告げのように手がかりを与えてくれたとも、論理的に考えた結果導き出した答えとも言えなかった。炎は熱く、氷は冷たいのを知っているのと同じように、物事の本質をわかってはいても理屈で説明できないのと同じだった。な
霧子はカウンターに置かれたままの首輪をつかむと、スツールから飛び降りて出口へと急いだ。勇三と輝彦に連絡をとることすら念頭になかった。
唯一彼女に残された理性は、ポケットに連絡用の端末が入っていることにだけ向けられ、あとは沈黙したまま本能に座を譲った。傍から見ればこの行動は、尻に火が着いているのとなんら変わりはなかった。
それでも霧子は雑踏で賑わう表通りに飛び出すと、人々の隙間を風のように駆け抜けていった。すれ違う少女を人々が振り返るなか、傾いた夕日がビルの窓で乱反射し、その数を百とも千とも増やしている。
夢で見た白さとは違って、世界は赤々とした光で満たされていた。
〝思い出深い場所〟
調整器を開発した男はそう言っていた。
なにもなければ、霧子もその言葉を額面通り参考程度に留めていたことだろう。
だが彼女はいま、あの夢を見てしまったのだ。
自分がなにを成すべきなのか気づいたとき、残された時間があまりにも少ないことを思い知らされてもいた。あの男が提示した制限時間のこともあったが、なにより自分の見た夢が、トリガーの自我が危機に瀕しているということを冷徹に告げていたのだ。
それでも手遅れというわけではない。
たとえどれだけ残された時間が少なくとも、行くべき場所がわかっている以上、一歩でも多く近づいていくべきだ。
まだ間に合う、救ってみせる。
〝守るために戦い、救うために殺す。それがおれたちだろう〟
走りながら、昔のトリガーが言っていた言葉を思い出す。
(違う)霧子は思った。(わたしたちは戦うだけじゃない。それ以外の方法でも、誰かを守り、救うことができるんだ)
顔をあげた霧子の目の前で視界が開け、空が大きくなる。ビルの谷間は、はるか後方へと消えていった。
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