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第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ
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勇三は崩れた欄干のそばからゆっくりと踵を返すと、横転していた愛車へと向かった。
戦いは終わったのだ。訪れた虚無感のなかに、死骸となった怪物の姿が焼きついていく。
「速水勇三!」
不意に声をかけられて振り返った次の瞬間、勇三は鋭い衝撃を感じながら地面に倒れこんだ。遅れて左の頬を痛みが走る。
起き上がると、目の前に拳を固めた高岡が立っていた。どうやら彼が予告無しに殴ってきたようだ。
「おまえ、なんのつもりだ!」突然のことに目を白黒させる勇三に向かって、高岡は吐き捨てるように言った。「入江にもしもの事があったら……どうするつもりだったんだ!?」
勇三は地面に座りなおすと、左頬を押さえながら俯いた。
突然殴り飛ばされたことには納得いかなかったが、言い返すつもりはなかった。間に合ったからよかったものの、高岡の言うとおり、たしかに霧子を危険な目に遭わせた一因は自分にあったからだ。
「だが、入江を助けてくれたことは……くそ、それについては礼を言っておく」
高岡はそう言うと勇三たちのもとを去り、この騒ぎに手を止めていた<特務管轄課>の面々に厳しい声をかけた。
「言ってることとやってることが逆じゃねえか」
下あごを左右に動かしながら勇三は言った。その鼻先に手が差し出される。
見上げると、そこには霧子が立っていた。
「やられちまった……」勇三は苦笑しながら、差し伸べられた手を掴んで立ち上がった。
「まったく、あの直情癖はどうにかならないもんかな」霧子が肩をすくめる。「これはわたしが勝手にやったことなんだから」
「いいって」勇三は手を振ってみせた。「いまなら、おまえやトリガーに殴られても文句言えねえや」
「手打ちが必要なら、もう高岡がやってくれただろ」
「そりゃまあ、たしかに」
言ったあとで、勇三は頬が痛むのも構わず笑い出した。
「どうした?」
「いや、なんでも」
自分でも理由がよくわからないまま、それでも笑いを堪えることができなかった。
とうとう勇三が相好を崩すまでに感情をあらわにすると、その様子を見ていた霧子もつられて笑い出した。
スーツの集団が血なまぐさい現場の後片付けをする地下世界。少年と少女は腹を抱えていつまでも笑った。
ここ最近の出来事が嘘のように心が軽くなっていた。高岡が殴ってくれたおかげなのか、勇三にとり憑き、心を掴んで離さなかった暗いなにかはどこかへ消えていた。
ひとしきり笑うと、勇三は涙を拭った手を霧子に差し出した。
「まあ、これからもよろしくな。いつまでになるか、わかんねえけどよ」
「安心しろ」霧子が勇三の手を力強く握り返す。「たった一千万ドルの違約金だ。なに、すぐに払い終わるさ」
勇三は頷いた。
「さあ、ふたりとも」傍らで様子を見ていたトリガーが口を開いた。「仕事は終わりだ、帰ろうか。まずはバイクを起こさないとな」
戦いは終わったのだ。訪れた虚無感のなかに、死骸となった怪物の姿が焼きついていく。
「速水勇三!」
不意に声をかけられて振り返った次の瞬間、勇三は鋭い衝撃を感じながら地面に倒れこんだ。遅れて左の頬を痛みが走る。
起き上がると、目の前に拳を固めた高岡が立っていた。どうやら彼が予告無しに殴ってきたようだ。
「おまえ、なんのつもりだ!」突然のことに目を白黒させる勇三に向かって、高岡は吐き捨てるように言った。「入江にもしもの事があったら……どうするつもりだったんだ!?」
勇三は地面に座りなおすと、左頬を押さえながら俯いた。
突然殴り飛ばされたことには納得いかなかったが、言い返すつもりはなかった。間に合ったからよかったものの、高岡の言うとおり、たしかに霧子を危険な目に遭わせた一因は自分にあったからだ。
「だが、入江を助けてくれたことは……くそ、それについては礼を言っておく」
高岡はそう言うと勇三たちのもとを去り、この騒ぎに手を止めていた<特務管轄課>の面々に厳しい声をかけた。
「言ってることとやってることが逆じゃねえか」
下あごを左右に動かしながら勇三は言った。その鼻先に手が差し出される。
見上げると、そこには霧子が立っていた。
「やられちまった……」勇三は苦笑しながら、差し伸べられた手を掴んで立ち上がった。
「まったく、あの直情癖はどうにかならないもんかな」霧子が肩をすくめる。「これはわたしが勝手にやったことなんだから」
「いいって」勇三は手を振ってみせた。「いまなら、おまえやトリガーに殴られても文句言えねえや」
「手打ちが必要なら、もう高岡がやってくれただろ」
「そりゃまあ、たしかに」
言ったあとで、勇三は頬が痛むのも構わず笑い出した。
「どうした?」
「いや、なんでも」
自分でも理由がよくわからないまま、それでも笑いを堪えることができなかった。
とうとう勇三が相好を崩すまでに感情をあらわにすると、その様子を見ていた霧子もつられて笑い出した。
スーツの集団が血なまぐさい現場の後片付けをする地下世界。少年と少女は腹を抱えていつまでも笑った。
ここ最近の出来事が嘘のように心が軽くなっていた。高岡が殴ってくれたおかげなのか、勇三にとり憑き、心を掴んで離さなかった暗いなにかはどこかへ消えていた。
ひとしきり笑うと、勇三は涙を拭った手を霧子に差し出した。
「まあ、これからもよろしくな。いつまでになるか、わかんねえけどよ」
「安心しろ」霧子が勇三の手を力強く握り返す。「たった一千万ドルの違約金だ。なに、すぐに払い終わるさ」
勇三は頷いた。
「さあ、ふたりとも」傍らで様子を見ていたトリガーが口を開いた。「仕事は終わりだ、帰ろうか。まずはバイクを起こさないとな」
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