ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ

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「そうだな……」

 霧子は銃口を支えに腰をあげ、立ち上がった。右足首から脳髄まで吐き気すらもよおすような痛みが貫いてきたが、それでも彼女の心は落ち着いていた。

「けっきょく、これしかできないんだ。わたしも……おまえも」

 拳銃が静かなままなのは意志を持たない物体だからではなく、持ち主が引き金を引かないからだ。引くことを諦めてしまっているからだ。

 階下からいよいよ凄まじい轟音が響き、建物が大きく揺れる。霧子はそれを合図に、そばにある窓ガラスを拳銃で粉々に撃ち抜いた。
 右足の痛みを無視して、破壊された窓枠から外に飛び出す。眼下には怪物の広い背中があった。
 その背中にむけて、霧子は空中で引き金を引き続けた。弾丸が分厚い外皮を貫くことはできなかったが、いっこうに構わなかった。

 銃弾を撃ちつくした霧子は、滑り降りた山の傾斜のような怪物の背中を蹴って着地した。
 ありがたいことに興奮状態にあるせいか、右足の痛みは全身の繊細な感覚ごと消えていた。戦闘が終わったあとにぶり返してくるだろうが、少なくともここで死ねば痛みそのものを感じることもあるまい。

 両方の拳銃から空になった弾倉を外すと、霧子はしゃがみこみ、スカートから新しいものを三つ出した。

「来いよ」新しい弾丸を込めながら霧子は言う。「殺してやる」

 その戦意に呼応するように、怪物が雄叫びをあげた。霧子は三つ目の弾倉を口にくわえ、拳銃を構えた。

 もはやキルゾーンまで逃げるつもりはなかった。怪物と正面から対峙し、引き金を引き続ける。
 この仕事で稼いだ前金が、勇三の負担を少しは減らしてくれるだろう。そのあとのことはトリガーがなんとかしてくれるはずだ。
 ふたりがこれから先、一切会わずに済むということは難しいかもしれない。霧子もよくわかっていない手続きやらで、なにかと顔を合わせる機会もあるだろうからだ。

 霧子の猛攻など意に介さないかのように、怪物はゆっくりと前進してきた。霧子は弾切れを起こした拳銃の弾倉を、口にくわえていた新しいものと取り替えて連射を続けた。もう片方の拳銃も弾切れとなるや、スカートから取り出した新たな弾倉を込めなおす。

(あいつら、仲良くできるかな)霧子は殺意の無い、凪のような心の部分で思った。(まあ仲良くしてたら、それはそれで少し悔しくもあるか)

 いつしか心の全体が平穏なものに変わっていた。
 生への執着も、闘争本能も無い。目の前にあるのは怪物ではなく、吸い込まれそうなほど魅力的な存在だった。

 彼女はこれがなにかを知っていた。

 霧子は銃撃をやめた。弾が尽きたのではない、これ以上は無駄だと悟ったのだ。
 道路の中央線を境に、立ち止まった怪物と見つめ合う。目の前て城門のように巨大な口が開く。あれだけ心を満たしていた殺意は、水を抜くようにどこかへ消え去っていた。

 霧子はそっと目を閉じた。

 怪物が食らいつこうとしたまさにそのとき、ライフルの連射音とともに、いくつもの銃弾が怪物に命中した。
 不意打ちに動きを止めた怪物に向けて、今度は銃声とは違う鈍い発射音が鳴った。次いで視界の端から霧子の頭上にかけて、こぶし大のなにかが飛んでくる。
 反射的に身をひるがえした彼女の背後で、それが……炸薬を満載した榴弾が破裂した。
 驚きと痛みに満ちた怪物の悲鳴があがる。

 爆発音の残響と立ち上る砂煙の中で顔をあげた霧子は、そこにバイクに乗った勇三とトリガーの姿を見た。
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