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第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ
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駅に向かう叔父の運転は、本人の温和な性格らしく終始ゆっくりと落ち着いたハンドルさばきだった。
「すまないね、駅までしか送ってあげられなくて」
「いえ、叔父さんだって仕事でしょう。おれ、やっぱりここから歩きますから」
「遠慮しなくていいよ」前を見ながら、叔父が顔をほころばせる。「出社は午後からでも大丈夫だからね」
「すいません、いろいろ迷惑かけちゃって……」
叔父は首を横に振ると、「遠慮はいいってば。それに勇三くんをちゃんと駅まで送っていかないと、僕が叔母さんに怒られてしまうからさ」
「すみません……」
車内を沈黙が包む。
「僕はね、ただの一度も勇三くんを迷惑だなんて思ったことはないよ」
そう切り出す叔父に、俯いていた勇三は顔を上げた。
「きっと叔母さんも同じ気持ちだよ……だから君はいつも元気でいて、ときどき顔を見せてくれればいいんだ」
車が赤信号の前で停止する。叔父は助手席にいる勇三に向き直った。
「またいつでも遊びにおいで」
返事をするより先に信号が青になり、叔父は前を向いた。頭がかっと熱くなると同時に、喉の奥がきゅっと締まる。
(言わないと!)涙とともに溢れそうになる、全てを打ち明けたいという感情を堪えながら、それでも勇三は強く思い続けた。(おれがどこで、なにを見て、そこでなにをしてきたのか……この人たちに全部言わないと!)
角を曲がると、道の先に駅舎が見えてきた。
「どうかした?」制限速度をたもったまま叔父が眉根を寄せる。
「いえ、なんでもないです」答える勇三の目元からは涙が消えていた。「ありがとうございます」
守りとおさなくてはならなかった。秘密ではなく、自分にとって大切な人たちを。そのためには、真実はおろかためらいすらもおくびに出してはならない。
「ただ……ごめんなさい。おれ、嘘ついてました。休みなんかじゃなかったんです、昨日。学校……ちょっといろいろあって、それで休んじゃったんです」勇三は頭を下げた。「本当にごめんなさい。またちゃんと、学校通います」
きっと叔父は自分を強く軽蔑するだろう、もしかするとこれきり見限られるかもしれない。
だがなによりも勇三を軽蔑していたのは、彼自身だった。
自分は真実を明かすまいと決断した直後に、嘘をつき続ける苦しみを和らげるために学校を休んだことを話してしまったのだ。瞬間、この告白が綻びとなり、自分はおろか叔父たちにも危害が及ぶかもしれないという考えが、頭から消えていたのだ。
きたるべき罰にそなえて、勇三はかたく目を閉じた。
「すまないね、駅までしか送ってあげられなくて」
「いえ、叔父さんだって仕事でしょう。おれ、やっぱりここから歩きますから」
「遠慮しなくていいよ」前を見ながら、叔父が顔をほころばせる。「出社は午後からでも大丈夫だからね」
「すいません、いろいろ迷惑かけちゃって……」
叔父は首を横に振ると、「遠慮はいいってば。それに勇三くんをちゃんと駅まで送っていかないと、僕が叔母さんに怒られてしまうからさ」
「すみません……」
車内を沈黙が包む。
「僕はね、ただの一度も勇三くんを迷惑だなんて思ったことはないよ」
そう切り出す叔父に、俯いていた勇三は顔を上げた。
「きっと叔母さんも同じ気持ちだよ……だから君はいつも元気でいて、ときどき顔を見せてくれればいいんだ」
車が赤信号の前で停止する。叔父は助手席にいる勇三に向き直った。
「またいつでも遊びにおいで」
返事をするより先に信号が青になり、叔父は前を向いた。頭がかっと熱くなると同時に、喉の奥がきゅっと締まる。
(言わないと!)涙とともに溢れそうになる、全てを打ち明けたいという感情を堪えながら、それでも勇三は強く思い続けた。(おれがどこで、なにを見て、そこでなにをしてきたのか……この人たちに全部言わないと!)
角を曲がると、道の先に駅舎が見えてきた。
「どうかした?」制限速度をたもったまま叔父が眉根を寄せる。
「いえ、なんでもないです」答える勇三の目元からは涙が消えていた。「ありがとうございます」
守りとおさなくてはならなかった。秘密ではなく、自分にとって大切な人たちを。そのためには、真実はおろかためらいすらもおくびに出してはならない。
「ただ……ごめんなさい。おれ、嘘ついてました。休みなんかじゃなかったんです、昨日。学校……ちょっといろいろあって、それで休んじゃったんです」勇三は頭を下げた。「本当にごめんなさい。またちゃんと、学校通います」
きっと叔父は自分を強く軽蔑するだろう、もしかするとこれきり見限られるかもしれない。
だがなによりも勇三を軽蔑していたのは、彼自身だった。
自分は真実を明かすまいと決断した直後に、嘘をつき続ける苦しみを和らげるために学校を休んだことを話してしまったのだ。瞬間、この告白が綻びとなり、自分はおろか叔父たちにも危害が及ぶかもしれないという考えが、頭から消えていたのだ。
きたるべき罰にそなえて、勇三はかたく目を閉じた。
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