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第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ
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「おいおい……」傷のある男が薄笑いを浮かべる。「ここはいつから託児所になったんだ?」
少女を前に、男がふんぞりかえってみせる。だが高岡のときと打って変わって、その尻馬に乗る者は少なかった。せいぜい周囲の取り巻きが、愛想笑いを返す程度だった。
「知ってるぞ……ニンフズだ」誰かが囁くように言う。
「ニンフズって、あの<EOS>の?」
「まだガキじゃねえか」
「いや、間違いねぇ。おれも見たことがあるぞ三ヶ月前のギガンテス級襲撃のときだ」
室内がふたたび話し声に包まれる。ただし今回のやりとりは、地雷原の上を歩くように密やかだった。
傷のある男以外、誰ひとりとして少女を正面から見ようとする者もいない。
「なあ、おい……入江」直前まで意識していた<グレイヴァー>との距離感も忘れ、高岡は言った。「それは、おまえもおとり役に加わるってことか?」
霧子は首を横に振ると、「加わるんじゃない、わたしひとりでレギオンをおびき寄せてやると言ったんだ」
霧子のこの言葉に、その場にいる全員が一斉にどよめいた。
「ハンヴィーを使うのか?」と、高岡。
「いや、車はいらない。こいつでじゅうぶんだ」霧子は自分の脚を叩くと、「その代わり、報酬にハンヴィーのチャーター料を上乗せしてもらおうか。借りられる車は何台だ?」
このあつかましいとさえも言える申し出に、誰も口を挟もうとしなかった。
「それから成功報酬にも色をつけてもらおうか」そう高岡に言ったあと、霧子は周囲の<グレイヴァー>たちに向き直った。「この条件で話に乗るやつはいるか? まあ、それだけのガッツがあればの話だが」
霧子のこの言葉は彼らの反感を買うのにじゅうぶんだった。さきほどの高岡への敵意も相まって、少女を相手にしているとは思えないほど口汚く罵りはじめる。
もっとも、非難を受けている当の霧子本人は涼しい顔をしていたが。
机を叩く激しい音をきっかけに、会議室はみたび静まり返った。
高岡をはじめ全員が音のしたほうを見やると、傷のある男が叩きつけた拳を握って身体をわななかせている。
「こいつは、なんの茶番だ?」
立ち上がった男の身長は二メートルに届こうとしていた。それに見合った歩幅で、霧子のほうに大股で歩いていく。
「とんだクソガキがいたもんだ。ままごとならほかでやんな」
「なんだ、お山の大将はまだいたのか?」男を見上げながら霧子が言う。「怖ければ遠慮せずに帰っていいんだぞ」
男が霧子をつかもうと手を伸ばす。それはヘビのように素早かったが、襟首に触れる前に動きをぴたりと止めてしまった。
霧子が無造作に、それでいて男よりも素早く無駄のない動きで股間に銃を突きつけていたからだ。誰も彼女が銃を抜き取る姿を目にすることはできなかった。蛇など比べ物にならない、それは稲妻のような速さだった。
少女を前に、男がふんぞりかえってみせる。だが高岡のときと打って変わって、その尻馬に乗る者は少なかった。せいぜい周囲の取り巻きが、愛想笑いを返す程度だった。
「知ってるぞ……ニンフズだ」誰かが囁くように言う。
「ニンフズって、あの<EOS>の?」
「まだガキじゃねえか」
「いや、間違いねぇ。おれも見たことがあるぞ三ヶ月前のギガンテス級襲撃のときだ」
室内がふたたび話し声に包まれる。ただし今回のやりとりは、地雷原の上を歩くように密やかだった。
傷のある男以外、誰ひとりとして少女を正面から見ようとする者もいない。
「なあ、おい……入江」直前まで意識していた<グレイヴァー>との距離感も忘れ、高岡は言った。「それは、おまえもおとり役に加わるってことか?」
霧子は首を横に振ると、「加わるんじゃない、わたしひとりでレギオンをおびき寄せてやると言ったんだ」
霧子のこの言葉に、その場にいる全員が一斉にどよめいた。
「ハンヴィーを使うのか?」と、高岡。
「いや、車はいらない。こいつでじゅうぶんだ」霧子は自分の脚を叩くと、「その代わり、報酬にハンヴィーのチャーター料を上乗せしてもらおうか。借りられる車は何台だ?」
このあつかましいとさえも言える申し出に、誰も口を挟もうとしなかった。
「それから成功報酬にも色をつけてもらおうか」そう高岡に言ったあと、霧子は周囲の<グレイヴァー>たちに向き直った。「この条件で話に乗るやつはいるか? まあ、それだけのガッツがあればの話だが」
霧子のこの言葉は彼らの反感を買うのにじゅうぶんだった。さきほどの高岡への敵意も相まって、少女を相手にしているとは思えないほど口汚く罵りはじめる。
もっとも、非難を受けている当の霧子本人は涼しい顔をしていたが。
机を叩く激しい音をきっかけに、会議室はみたび静まり返った。
高岡をはじめ全員が音のしたほうを見やると、傷のある男が叩きつけた拳を握って身体をわななかせている。
「こいつは、なんの茶番だ?」
立ち上がった男の身長は二メートルに届こうとしていた。それに見合った歩幅で、霧子のほうに大股で歩いていく。
「とんだクソガキがいたもんだ。ままごとならほかでやんな」
「なんだ、お山の大将はまだいたのか?」男を見上げながら霧子が言う。「怖ければ遠慮せずに帰っていいんだぞ」
男が霧子をつかもうと手を伸ばす。それはヘビのように素早かったが、襟首に触れる前に動きをぴたりと止めてしまった。
霧子が無造作に、それでいて男よりも素早く無駄のない動きで股間に銃を突きつけていたからだ。誰も彼女が銃を抜き取る姿を目にすることはできなかった。蛇など比べ物にならない、それは稲妻のような速さだった。
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