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第三章・血斗
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「ギガンテス級だよ」
ヤマモトが食堂に入るやいなや、色めき立った仲間たちの中からヘザーがそう言ってきた。
「三番手か……」ヤマモトが誰にともなく呟く。「厄介な相手だな」
「さいわい、単独行動をする性質らしいけど」
「おれには瘤つきに見えたけどな」脳裏では、あの悍ましい子供たちの姿がよみがえっていた。
「それ、笑えない」
ヤマモトはかぶりを振ると、「それにしても……降ってわいたわけじゃなし、とうしてあんな大物がいきなり出てきたんだ? <特課>の監視網もそこまでザルってわけじゃないだろう?」
「さあね。確かに妙ではあるけど」
ヘザーは右肩に頬擦りするように身をすくめた。
その振る舞いはどこかなよなよとしており、百二十キロのベンチプレスを持ち上げるマッチョマンには少々そぐわない仕草だ。
長い付き合いの中で、ヘザーが持つマイノリティな性的趣向については承知はしているつもりだったし、誰とよろしくやろうが「ヘザー」という女性のような名前を名乗ろうが、仕事に支障をきたさなければいっこうに構わなかった。
そもそも異性愛者であるヤマモトが、ヘザーにとっては異質なのだからお互い様だ。とどのつまり、こんなあなぐらの奥深くでは個々人の好みに対する関心など二の次だった。
「あの坊主はどうしてる?」
そう訊ねてきたのはドーズだった……ちなみに彼はヤマモトと同じく、ブルネットやブロンドをしたおっぱいの愛好家だ。
「休ませた。あいつの働きを考えれば文句も無かろう?」
「あんたが決めたことなら、おれは口出しするつもりはないね」ドーズは刈上げた髪をさすりながら、にやりと笑ってみせた。「それにしても、なかなかガッツのある坊主だ」
ヘザーが頷くと、「確かに。さすがはトリガーさんが世話してるだけあるね」
「手は出すなよ、ヘズ」
「まさか!」ドーズの指摘にヘザーが大げさに天井を仰ぎ見る。「あんなのまだ子供じゃない。もう少し大人になったら考えてあげてもいいけど」
ヤマモトは苦笑を浮べたものの、ヘザーの言うことに得心もしていた。
速水勇三という少年が、戦闘において将来的な可能性を秘めているように思えたからだ。
今回の仕事に参加したのは、トリガーから受けた恩を返すという動機が強く働いていたからだった。世話になった人からの頼みだからこそ、年端もいかない素人同然のガキの面倒を見るのだと、そう自分に言い聞かせてすらいた。
ところがそんなヤマモトの予想に反し、勇三は非常時に思わぬ力を発揮したかと思えば、救出の立役者にまでなっていた。
「多大な功績、というやつか」
横合いから差し込まれた声にそちらを振り返ると自分たち以外の四人組……<デッドマンズ・ウォ-ク>のメンバーが立っていた。
「その大活躍とやらが、蓋を開けてみれば死にかけの人間ひとりの救出だけとはな」先頭に立つサングラスの男が言う。
「寝グソを垂れるのに忙しくて襲撃にも気づけもしなかった誰かさんには言われたくないね」ドーズがやりかえす。「それとも四人で仲良くマスでもかいてたか?」
その言葉に殴りかかろうとする<デッドマンズ・ウォ-ク>のメンバーをヘザーが迎え撃とうとする。双方を制止したのは互いのリーダーたちだった。
「仲良くしようぜ。救助が来るまでの我慢だ」ヘザーの前に片手を差し上げたヤマモトが言う。「あのギガンテス級を相手にせにゃならん、おれたち全員でな」
サングラスの男はしばし黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。
気の短い部下の肩をつかみながら、見えない瞳から放たれる視線は、片時もヤマモトから離されることはなかった。
ヤマモトが食堂に入るやいなや、色めき立った仲間たちの中からヘザーがそう言ってきた。
「三番手か……」ヤマモトが誰にともなく呟く。「厄介な相手だな」
「さいわい、単独行動をする性質らしいけど」
「おれには瘤つきに見えたけどな」脳裏では、あの悍ましい子供たちの姿がよみがえっていた。
「それ、笑えない」
ヤマモトはかぶりを振ると、「それにしても……降ってわいたわけじゃなし、とうしてあんな大物がいきなり出てきたんだ? <特課>の監視網もそこまでザルってわけじゃないだろう?」
「さあね。確かに妙ではあるけど」
ヘザーは右肩に頬擦りするように身をすくめた。
その振る舞いはどこかなよなよとしており、百二十キロのベンチプレスを持ち上げるマッチョマンには少々そぐわない仕草だ。
長い付き合いの中で、ヘザーが持つマイノリティな性的趣向については承知はしているつもりだったし、誰とよろしくやろうが「ヘザー」という女性のような名前を名乗ろうが、仕事に支障をきたさなければいっこうに構わなかった。
そもそも異性愛者であるヤマモトが、ヘザーにとっては異質なのだからお互い様だ。とどのつまり、こんなあなぐらの奥深くでは個々人の好みに対する関心など二の次だった。
「あの坊主はどうしてる?」
そう訊ねてきたのはドーズだった……ちなみに彼はヤマモトと同じく、ブルネットやブロンドをしたおっぱいの愛好家だ。
「休ませた。あいつの働きを考えれば文句も無かろう?」
「あんたが決めたことなら、おれは口出しするつもりはないね」ドーズは刈上げた髪をさすりながら、にやりと笑ってみせた。「それにしても、なかなかガッツのある坊主だ」
ヘザーが頷くと、「確かに。さすがはトリガーさんが世話してるだけあるね」
「手は出すなよ、ヘズ」
「まさか!」ドーズの指摘にヘザーが大げさに天井を仰ぎ見る。「あんなのまだ子供じゃない。もう少し大人になったら考えてあげてもいいけど」
ヤマモトは苦笑を浮べたものの、ヘザーの言うことに得心もしていた。
速水勇三という少年が、戦闘において将来的な可能性を秘めているように思えたからだ。
今回の仕事に参加したのは、トリガーから受けた恩を返すという動機が強く働いていたからだった。世話になった人からの頼みだからこそ、年端もいかない素人同然のガキの面倒を見るのだと、そう自分に言い聞かせてすらいた。
ところがそんなヤマモトの予想に反し、勇三は非常時に思わぬ力を発揮したかと思えば、救出の立役者にまでなっていた。
「多大な功績、というやつか」
横合いから差し込まれた声にそちらを振り返ると自分たち以外の四人組……<デッドマンズ・ウォ-ク>のメンバーが立っていた。
「その大活躍とやらが、蓋を開けてみれば死にかけの人間ひとりの救出だけとはな」先頭に立つサングラスの男が言う。
「寝グソを垂れるのに忙しくて襲撃にも気づけもしなかった誰かさんには言われたくないね」ドーズがやりかえす。「それとも四人で仲良くマスでもかいてたか?」
その言葉に殴りかかろうとする<デッドマンズ・ウォ-ク>のメンバーをヘザーが迎え撃とうとする。双方を制止したのは互いのリーダーたちだった。
「仲良くしようぜ。救助が来るまでの我慢だ」ヘザーの前に片手を差し上げたヤマモトが言う。「あのギガンテス級を相手にせにゃならん、おれたち全員でな」
サングラスの男はしばし黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。
気の短い部下の肩をつかみながら、見えない瞳から放たれる視線は、片時もヤマモトから離されることはなかった。
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