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第一章・墓標を立てる者
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Ⅸ
心臓、脳、その他の生命維持に必要な器官……霧子の意志はその悉くを潰し、怪物へ速やかな死をもたらすことだけに収斂していった。
勇三が流した夥しい血の量を考えると、残された時間はほんのわずかだ。すぐにでも治療する必要がある。いずれにせよ、目の前の怪物の息の根を止めることが先決だ。
「邪魔だ」二挺の銃を持ち上げる。「そこをどけ」
命ごとぶつけていくような霧子の殺気は、しかしすぐに霧散してしまった。
意識を失っていたはずの勇三が、自らの血溜まりの中で佇んでいたからだ。
全身が血でぐっしょりと濡れ、立てていた髪もしおれたように顔にかかっている。そうしてできた影の奥で、勇三の赤い瞳が炎のようにぎらぎらと光っていた。
霧子は唐突に、自分が恐れていることを理解した。それも目の前の怪物ではなく、さっきまで命を救おうとしていた少年に対して。
勇三の殺気にあてられてか、人面竜もまたそちらを振り返った。
霧子が声をかける間もあらばこそ、勇三がゆらりと一歩を踏みだす。赤く染まったスニーカーが湿った足音をたて、大きく傾いだ頭から赤い飛沫が散る。
だが、それ以上新しい血が流れる様子はなかった。
(傷はどうした?)霧子の頭に疑問符が浮かぶ。
人面竜が数歩後ずさる。
逃げるかに思えたが、すぐさまそれを助走距離に変えて勇三へと突進した。先ほど彼を吹き飛ばした一撃だった。
車両同士の事故のようなすさまじい衝突音が広場を走る。
だが、勇三がふたたび宙を舞うことはなかった。
しばしの静寂ののち人面竜が両膝をつき、地響きを伴ってくず折れる。硬質なその額には、深々と勇三の右腕が突き刺さっていた。
額から抜かれた勇三の右手はこぶしが握られており、怪物の鮮血と脳漿で油っぽい輝きを放っていた。
怪物を葬った右腕の肘あたりから、肉を裂き突き出た白い骨が覗いている。勇三が腕を下げると、機械のシャフトのように突き出た骨がわずかに引っ込む。その先端は折れた枝のような断面を見せていた。
勇三の体がふらりと傾く。
「おい!」
駆け寄る霧子の前で、勇三は左半身を下にして倒れた。へし折れた右腕の骨が、閉ざされた天に向かってのびている。
(墓標……)
思わず浮かんだその象徴めいたイメージを振り払おうとしたが、頭の中から簡単に離れてくれない。
いまの一撃は不可解なものだったものの、人面竜のあの突進をまともに食らって生存できた人間は少ない。よしんば生き残ったとしても、一生残るような後遺症を抱えるケースがほとんどだ。
彼はここで死ぬのか、無残に折れた骨を墓標のように立てて……自分がなにもできないまま。
だが、次に目の前で起きた出来事に霧子は目を見張った。
肘の中からたっぷり二十センチは出ていた勇三の骨が、少しずつ身体の内側へと戻っていったのだ。それだけではない、腕がするすると飲み込んだ骨をすっかり内部に納めてしまうと、開いていた傷口が静かに閉じていった。まるで逆再生される映像を見ているかのようだった。
霧子は思わず勇三に駆け寄ると、血で汚れるのも構わずその傍らにひざまずいた。
勇三の鼻のそばの血だまりにさざ波が立つ。それから静かな呼吸音が聞こえる。それは死に瀕した人間の息遣いではなく、深い眠りに就いている人間がたてる寝息のように穏やかなものだった。
むせるような死の匂いがたちこめる<アウターガイア>に、一陣の風が吹き抜ける。
霧子の目には、血溜まりの中で身体を丸めて眠る勇三の姿が、まるで胎児のように映った。
心臓、脳、その他の生命維持に必要な器官……霧子の意志はその悉くを潰し、怪物へ速やかな死をもたらすことだけに収斂していった。
勇三が流した夥しい血の量を考えると、残された時間はほんのわずかだ。すぐにでも治療する必要がある。いずれにせよ、目の前の怪物の息の根を止めることが先決だ。
「邪魔だ」二挺の銃を持ち上げる。「そこをどけ」
命ごとぶつけていくような霧子の殺気は、しかしすぐに霧散してしまった。
意識を失っていたはずの勇三が、自らの血溜まりの中で佇んでいたからだ。
全身が血でぐっしょりと濡れ、立てていた髪もしおれたように顔にかかっている。そうしてできた影の奥で、勇三の赤い瞳が炎のようにぎらぎらと光っていた。
霧子は唐突に、自分が恐れていることを理解した。それも目の前の怪物ではなく、さっきまで命を救おうとしていた少年に対して。
勇三の殺気にあてられてか、人面竜もまたそちらを振り返った。
霧子が声をかける間もあらばこそ、勇三がゆらりと一歩を踏みだす。赤く染まったスニーカーが湿った足音をたて、大きく傾いだ頭から赤い飛沫が散る。
だが、それ以上新しい血が流れる様子はなかった。
(傷はどうした?)霧子の頭に疑問符が浮かぶ。
人面竜が数歩後ずさる。
逃げるかに思えたが、すぐさまそれを助走距離に変えて勇三へと突進した。先ほど彼を吹き飛ばした一撃だった。
車両同士の事故のようなすさまじい衝突音が広場を走る。
だが、勇三がふたたび宙を舞うことはなかった。
しばしの静寂ののち人面竜が両膝をつき、地響きを伴ってくず折れる。硬質なその額には、深々と勇三の右腕が突き刺さっていた。
額から抜かれた勇三の右手はこぶしが握られており、怪物の鮮血と脳漿で油っぽい輝きを放っていた。
怪物を葬った右腕の肘あたりから、肉を裂き突き出た白い骨が覗いている。勇三が腕を下げると、機械のシャフトのように突き出た骨がわずかに引っ込む。その先端は折れた枝のような断面を見せていた。
勇三の体がふらりと傾く。
「おい!」
駆け寄る霧子の前で、勇三は左半身を下にして倒れた。へし折れた右腕の骨が、閉ざされた天に向かってのびている。
(墓標……)
思わず浮かんだその象徴めいたイメージを振り払おうとしたが、頭の中から簡単に離れてくれない。
いまの一撃は不可解なものだったものの、人面竜のあの突進をまともに食らって生存できた人間は少ない。よしんば生き残ったとしても、一生残るような後遺症を抱えるケースがほとんどだ。
彼はここで死ぬのか、無残に折れた骨を墓標のように立てて……自分がなにもできないまま。
だが、次に目の前で起きた出来事に霧子は目を見張った。
肘の中からたっぷり二十センチは出ていた勇三の骨が、少しずつ身体の内側へと戻っていったのだ。それだけではない、腕がするすると飲み込んだ骨をすっかり内部に納めてしまうと、開いていた傷口が静かに閉じていった。まるで逆再生される映像を見ているかのようだった。
霧子は思わず勇三に駆け寄ると、血で汚れるのも構わずその傍らにひざまずいた。
勇三の鼻のそばの血だまりにさざ波が立つ。それから静かな呼吸音が聞こえる。それは死に瀕した人間の息遣いではなく、深い眠りに就いている人間がたてる寝息のように穏やかなものだった。
むせるような死の匂いがたちこめる<アウターガイア>に、一陣の風が吹き抜ける。
霧子の目には、血溜まりの中で身体を丸めて眠る勇三の姿が、まるで胎児のように映った。
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