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第一章・墓標を立てる者
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Ⅱ
腹部を突き抜ける鋭い痛み。あふれだす真っ赤な血。
悪魔が彼を包み込み、溶かしていく。
悪夢にうなされたにもかかわらず、速水勇三は妙に落ち着いた心とともに眠りから目覚めた。
身体は寝入ったときと同じように仰向けのままで、布団は跳ね除けられるどころか乱れてもいない。
カーテンの隙間を縫って、築三十年のアパートに朝日が差し込んでいる。起きあがって窓を開けると、春の霞がかかった家々はまだ寝静まっていた。
学校に行くまでまだ時間がありそうだ。勇三は布団の上に戻ってあぐらをかくと、寝癖を撫でつけた。その髪は燃えるような赤毛で、眠たげな瞼から覗く眼も髪と同じくルビーのような色をしている。
テレビをつけると、ニュースキャスターが一日の始まりを新しい話題で彩っていた。
兵器メーカーの直接的な参入が契機となり、大陸の紛争地帯では戦闘が苛烈を極めている。
太平洋にある浮かぶどこの国にも属さない自治区で起きたギャング団による一斉蜂起からちょうど二年半が経過した。
都内の港湾地帯で立てこもり事件が発生したが、特殊部隊の出動で人質は無事解放され、犯人も逮捕された。
「続いて関東北部の桜の開花予想です」
どこかで誰かが死んだり災害に見舞われている。なのにそんな世界と比べて、この国はつくづく平和だ。勇三はそう思った。
だがこうしたニュースは高校生である勇三にとっても、画面を通してしか知ることがない遠い場所での出来事にすぎない。
トースト一枚の朝食を済まし、身支度の仕上げに整髪料で髪を逆毛に立てる。それから学校指定の学ランに腕を通した。
アパートの鍵を閉めて登校する頃には、勇三はいつもの悪夢のことは忘れていた。
自宅の最寄り駅から電車で十五分ほど揺られた距離に、勇三の通う高校はあった。
沿線が合流したあたりから、同じ制服を着た生徒達の姿が少しずつ増えていく。入学してから約一ヶ月、この高校生活にもようやく慣れはじめていた。
数人の生徒がたむろしているのが見えたのは、線路をまたぐ陸橋のたもとに差し掛かろうとしていたときだった。
彼らは勇三の姿に気付くと、道を塞ぐように横並びになった。皆一様に制服を着崩し、派手な色や形で髪をセットしている。
「よう、速水」生徒のひとりが言う。「ちょっと顔貸せや」
あごをしゃくる相手に、勇三は眉間のしわを隠そうともしなかった。
彼らはそのまま囲むように、陸橋の真下にある空地へと勇三を連れていった。
「で? 髪の色は直してきたのかよ?」不良のひとりが訊いてくる。
「見りゃわかるでしょ、先輩。これ地毛なんすよ、見逃してください」
言いながら彼らのそばを通り抜けようとしたが、すぐに肩をつかんで止められた。金網フェンスの向こうに敷かれた引き込み線には貨物列車が停車しており、頭上では陸橋を渡る生徒たちが一触即発の事態にも気づかず笑い声とともに歩いていく。
「遅刻しますよ、先輩?」
肩をつかむ手を振り払いながら言い放ったのを合図に、彼らは勇三に襲いかかってきた。
腹部を突き抜ける鋭い痛み。あふれだす真っ赤な血。
悪魔が彼を包み込み、溶かしていく。
悪夢にうなされたにもかかわらず、速水勇三は妙に落ち着いた心とともに眠りから目覚めた。
身体は寝入ったときと同じように仰向けのままで、布団は跳ね除けられるどころか乱れてもいない。
カーテンの隙間を縫って、築三十年のアパートに朝日が差し込んでいる。起きあがって窓を開けると、春の霞がかかった家々はまだ寝静まっていた。
学校に行くまでまだ時間がありそうだ。勇三は布団の上に戻ってあぐらをかくと、寝癖を撫でつけた。その髪は燃えるような赤毛で、眠たげな瞼から覗く眼も髪と同じくルビーのような色をしている。
テレビをつけると、ニュースキャスターが一日の始まりを新しい話題で彩っていた。
兵器メーカーの直接的な参入が契機となり、大陸の紛争地帯では戦闘が苛烈を極めている。
太平洋にある浮かぶどこの国にも属さない自治区で起きたギャング団による一斉蜂起からちょうど二年半が経過した。
都内の港湾地帯で立てこもり事件が発生したが、特殊部隊の出動で人質は無事解放され、犯人も逮捕された。
「続いて関東北部の桜の開花予想です」
どこかで誰かが死んだり災害に見舞われている。なのにそんな世界と比べて、この国はつくづく平和だ。勇三はそう思った。
だがこうしたニュースは高校生である勇三にとっても、画面を通してしか知ることがない遠い場所での出来事にすぎない。
トースト一枚の朝食を済まし、身支度の仕上げに整髪料で髪を逆毛に立てる。それから学校指定の学ランに腕を通した。
アパートの鍵を閉めて登校する頃には、勇三はいつもの悪夢のことは忘れていた。
自宅の最寄り駅から電車で十五分ほど揺られた距離に、勇三の通う高校はあった。
沿線が合流したあたりから、同じ制服を着た生徒達の姿が少しずつ増えていく。入学してから約一ヶ月、この高校生活にもようやく慣れはじめていた。
数人の生徒がたむろしているのが見えたのは、線路をまたぐ陸橋のたもとに差し掛かろうとしていたときだった。
彼らは勇三の姿に気付くと、道を塞ぐように横並びになった。皆一様に制服を着崩し、派手な色や形で髪をセットしている。
「よう、速水」生徒のひとりが言う。「ちょっと顔貸せや」
あごをしゃくる相手に、勇三は眉間のしわを隠そうともしなかった。
彼らはそのまま囲むように、陸橋の真下にある空地へと勇三を連れていった。
「で? 髪の色は直してきたのかよ?」不良のひとりが訊いてくる。
「見りゃわかるでしょ、先輩。これ地毛なんすよ、見逃してください」
言いながら彼らのそばを通り抜けようとしたが、すぐに肩をつかんで止められた。金網フェンスの向こうに敷かれた引き込み線には貨物列車が停車しており、頭上では陸橋を渡る生徒たちが一触即発の事態にも気づかず笑い声とともに歩いていく。
「遅刻しますよ、先輩?」
肩をつかむ手を振り払いながら言い放ったのを合図に、彼らは勇三に襲いかかってきた。
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