4 / 6
ティッシュ
ティッシュ 1
しおりを挟む
「――で、どうしたんだ? 美咲。一体ママと何があったんだ?」
商店街の通行客へと大きな看板を掲げるチープな雰囲気のファミレス。
美咲が父親に引っ張られて連れて来られたのは、そんなファミレスの中でも窓から商店街が見える席だった。
夕飯時を少し過ぎた時間であることに加えて、突然雨が降ってきたこともあってかその店内はカップルや家族連れで満席に近かった。
「…………」
しかしそんな騒がしい輩も父親の顔も見たくない美咲は、
窓の外で奏でられている雨水の大合唱に耳を澄ませながら、父親の話を右から左に聞き流す。
さっきからあんな奴を『ママ』なんてかわいらしい呼び名で呼ぶ父親に少し苛立ちを感じていたのはもちろん、美咲自身、未だにこの状況を飲み込めていなかったのだ。
当然だろう。どこかをさまよい続けて、いっそこのまま消えてしまいたいとまで思って決行した家出の結末が、カップルひしめくファミレスでオレンジジュースを飲まされているだなんて、本末転倒もいいところだ。
「聞いているのか? 美咲……」
「……聞いてるよ? お母さんと何があったかだよね?」
とはいえ、黙っていても仕方がない。
美咲はどうにかそう自分に言い聞かせたのち、コップ底のオレンジジュースを最後までストーローで吸い尽くしながら返答する。
「塾で受けたテストの結果について言い合いになって――だから家に居づらくなったっていうか、その……」
「塾で受けたテスト? そんなことで家出したって言うのかい?」
「……」
だが返ってきた言葉は冷たいものだった。
事情を知らない父親からすれば、何気ない言葉だったのかもしれないが、その言葉は温まりかけていた美咲の心を凍りつかせる。
「そう……私は、ただそれだけで家出したの」
しかし、それでも美咲は今まで母親から受けた地獄のような仕打ちを、自分の知っている真実を、父親に打ち明けることはしなかった。
別に冷たい言葉をかけられたからではない。ただ、路頭に迷っていたさっきまでは考えなかった父親のひととなりを考えてみると、どうやらこの父親は自分の力にはなってくれそうもないと感じたからである。
たしかにそれは推測の話。美咲の思い込みであり、彼女自身が勝手にそんな固定観念を抱いているだけかもしれない。だが、それが単なる妄想でないという自信が美咲にはあった。
事実、まれではあるのだが父親の前で美咲の母親が美咲に対して暴言や暴行を加えた時、父親は「まぁ、まぁどちらもやめなよ」と、まるで子供同士の喧嘩でも見たかのような言動を取っていた。
つまり結論から言ってしまうと、優しいが腰が低く頼りないこんな父親を味方に付けたとしても、 蛙の面に水どころか火に油を注ぎかねないと美咲は踏んだのである。
しかしそんな美咲の考えに全く気付いていない父親は深いため息を吐いたあと、
「あのねぇ、美咲」と前置きしてから話し出す。
「それはママが美咲の事を考えた上でやってくれていることなんだから……嫌なのは分かるけど、ママの気持ちも少しは考えてあげなさい」
「…………」「ね? お前なら分かるだろう?」
「――分かった」
やはりこの男は信用できない。
美咲はそう思いながら窓の外へ視線を移し、また窓の外で奏でられている雨水の大合唱に耳を澄まし始めた。
外はさっきよりも激しく雨水達がぶつかり合い、商店街のいたるところにある看板や店舗用テントを叩いて音楽よりも純粋な――それでいて美しい音を奏でていた。
美咲はそんな美しい音に耳を澄ませながら、ひとつ気になっていたことを小声で口にする。
「水に流せるティッシュなので考えて。ねぇ……」
父親のことでうやむやになっていたとはいえ、美咲は女性が言った言葉の意味が未だによく分からなかったのだ。
水に流せるティッシュ。
今どき水に流せる――つまりトイレで使えるティッシュはそう少なくない。
むしろトイレで使えないティッシュであろうと無理やり使う人だっているくらいだ。それなのに、あの女性は助言だけならまだしも『十分考えて使え』とまで言ったのである。
あんな紙切れの一体何に気を付ければいいの?
美咲は上着のポケットに入っているティッシュをそっと撫でながら外の様子を映し出す窓をじっと睨み、今もまだこの商店街にいるであろうあの女性に向けてそんな質問をぶつけてみるも……返事などあるわけもなく、また雨音に耳を澄まそうとしたその瞬間。
――美咲は左腕を強引に引っ張り上げられた。
「ほら、分かったならそんな所でふて腐れてなんかいないで早く家に帰ろう」
父親だった。
おそらく「分かった」と言ってからずっと窓の外を眺めていた美咲に痺れを切らしたのだろう。
無理やり美咲の腕を掴み、そのままファミレスから出ようとしていたのだ。
「……ぃっ」
突然のことに顔を強張らせる美咲。
もちろん、自分がずっと黙っていたら几帳面な父親が痺れを切らしてしまうことぐらい分かっていた。……分かっていたが、それでも美咲の体は条件反射にその手を払いのける。
――パァン!
その結果、父親の手を払いのけた拍子に自分の手がどこに行ったのかを美咲が知ったのは、ファミレス中に甲高い音が響き渡った後だった。
商店街の通行客へと大きな看板を掲げるチープな雰囲気のファミレス。
美咲が父親に引っ張られて連れて来られたのは、そんなファミレスの中でも窓から商店街が見える席だった。
夕飯時を少し過ぎた時間であることに加えて、突然雨が降ってきたこともあってかその店内はカップルや家族連れで満席に近かった。
「…………」
しかしそんな騒がしい輩も父親の顔も見たくない美咲は、
窓の外で奏でられている雨水の大合唱に耳を澄ませながら、父親の話を右から左に聞き流す。
さっきからあんな奴を『ママ』なんてかわいらしい呼び名で呼ぶ父親に少し苛立ちを感じていたのはもちろん、美咲自身、未だにこの状況を飲み込めていなかったのだ。
当然だろう。どこかをさまよい続けて、いっそこのまま消えてしまいたいとまで思って決行した家出の結末が、カップルひしめくファミレスでオレンジジュースを飲まされているだなんて、本末転倒もいいところだ。
「聞いているのか? 美咲……」
「……聞いてるよ? お母さんと何があったかだよね?」
とはいえ、黙っていても仕方がない。
美咲はどうにかそう自分に言い聞かせたのち、コップ底のオレンジジュースを最後までストーローで吸い尽くしながら返答する。
「塾で受けたテストの結果について言い合いになって――だから家に居づらくなったっていうか、その……」
「塾で受けたテスト? そんなことで家出したって言うのかい?」
「……」
だが返ってきた言葉は冷たいものだった。
事情を知らない父親からすれば、何気ない言葉だったのかもしれないが、その言葉は温まりかけていた美咲の心を凍りつかせる。
「そう……私は、ただそれだけで家出したの」
しかし、それでも美咲は今まで母親から受けた地獄のような仕打ちを、自分の知っている真実を、父親に打ち明けることはしなかった。
別に冷たい言葉をかけられたからではない。ただ、路頭に迷っていたさっきまでは考えなかった父親のひととなりを考えてみると、どうやらこの父親は自分の力にはなってくれそうもないと感じたからである。
たしかにそれは推測の話。美咲の思い込みであり、彼女自身が勝手にそんな固定観念を抱いているだけかもしれない。だが、それが単なる妄想でないという自信が美咲にはあった。
事実、まれではあるのだが父親の前で美咲の母親が美咲に対して暴言や暴行を加えた時、父親は「まぁ、まぁどちらもやめなよ」と、まるで子供同士の喧嘩でも見たかのような言動を取っていた。
つまり結論から言ってしまうと、優しいが腰が低く頼りないこんな父親を味方に付けたとしても、 蛙の面に水どころか火に油を注ぎかねないと美咲は踏んだのである。
しかしそんな美咲の考えに全く気付いていない父親は深いため息を吐いたあと、
「あのねぇ、美咲」と前置きしてから話し出す。
「それはママが美咲の事を考えた上でやってくれていることなんだから……嫌なのは分かるけど、ママの気持ちも少しは考えてあげなさい」
「…………」「ね? お前なら分かるだろう?」
「――分かった」
やはりこの男は信用できない。
美咲はそう思いながら窓の外へ視線を移し、また窓の外で奏でられている雨水の大合唱に耳を澄まし始めた。
外はさっきよりも激しく雨水達がぶつかり合い、商店街のいたるところにある看板や店舗用テントを叩いて音楽よりも純粋な――それでいて美しい音を奏でていた。
美咲はそんな美しい音に耳を澄ませながら、ひとつ気になっていたことを小声で口にする。
「水に流せるティッシュなので考えて。ねぇ……」
父親のことでうやむやになっていたとはいえ、美咲は女性が言った言葉の意味が未だによく分からなかったのだ。
水に流せるティッシュ。
今どき水に流せる――つまりトイレで使えるティッシュはそう少なくない。
むしろトイレで使えないティッシュであろうと無理やり使う人だっているくらいだ。それなのに、あの女性は助言だけならまだしも『十分考えて使え』とまで言ったのである。
あんな紙切れの一体何に気を付ければいいの?
美咲は上着のポケットに入っているティッシュをそっと撫でながら外の様子を映し出す窓をじっと睨み、今もまだこの商店街にいるであろうあの女性に向けてそんな質問をぶつけてみるも……返事などあるわけもなく、また雨音に耳を澄まそうとしたその瞬間。
――美咲は左腕を強引に引っ張り上げられた。
「ほら、分かったならそんな所でふて腐れてなんかいないで早く家に帰ろう」
父親だった。
おそらく「分かった」と言ってからずっと窓の外を眺めていた美咲に痺れを切らしたのだろう。
無理やり美咲の腕を掴み、そのままファミレスから出ようとしていたのだ。
「……ぃっ」
突然のことに顔を強張らせる美咲。
もちろん、自分がずっと黙っていたら几帳面な父親が痺れを切らしてしまうことぐらい分かっていた。……分かっていたが、それでも美咲の体は条件反射にその手を払いのける。
――パァン!
その結果、父親の手を払いのけた拍子に自分の手がどこに行ったのかを美咲が知ったのは、ファミレス中に甲高い音が響き渡った後だった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。
山法師
青春
四月も半ばの日の放課後のこと。
高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。
窓を開くと
とさか
青春
17才の車椅子少女ー
『生と死の狭間で、彼女は何を思うのか。』
人間1度は訪れる道。
海辺の家から、
今の想いを手紙に書きます。
※小説家になろう、カクヨムと同時投稿しています。
☆イラスト(大空めとろ様)
○ブログ→ https://ozorametoronoblog.com/
○YouTube→ https://www.youtube.com/channel/UC6-9Cjmsy3wv04Iha0VkSWg
アマツバメ
明野空
青春
「もし叶うなら、私は夜になりたいな」
お天道様とケンカし、日傘で陽をさえぎりながら歩き、
雨粒を降らせながら生きる少女の秘密――。
雨が降る日のみ登校する小山内乙鳥(おさないつばめ)、
謎の多い彼女の秘密に迫る物語。
縦読みオススメです。
※本小説は2014年に制作したものの改訂版となります。
イラスト:雨季朋美様
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。
『10年後お互い独身なら結婚しよう』「それも悪くないね」あれは忘却した会話で約束。王子が封印した記憶……
内村うっちー
青春
あなたを離さない。甘く優しいささやき。飴ちゃん袋で始まる恋心。
物語のA面は悲喜劇でリライフ……B級ラブストーリー始まります。
※いささかSF(っポイ)超展開。基本はベタな初恋恋愛モノです。
見染めた王子に捕まるオタク。ギャルな看護師の幸運な未来予想図。
過去とリアルがリンクする瞬間。誰一人しらないスパダリの初恋が?
1万字とすこしで完結しました。続編は現時点まったくの未定です。
完結していて各話2000字です。5分割して21時に予約投稿済。
初めて異世界転生ものプロット構想中。天から降ってきたラブコメ。
過去と現実と未来がクロスしてハッピーエンド! そんな短い小説。
ビックリする反響で……現在アンサーの小説(王子様ヴァージョン)
プロットを構築中です。投稿の時期など未定ですがご期待ください。
※7月2日追記
まずは(しつこいようですが)お断り!
いろいろ小ネタや実物満載でネタにしていますがまったく悪意なし。
※すべて敬愛する意味です。オマージュとして利用しています。
人物含めて全文フィクション。似た組織。団体個人が存在していても
無関係です。※法律違反は未成年。大人も基本的にはやりません。
スカーレット・オーディナリー・デイズ
mirage
青春
これは、中学生になった緋彩が入部した美丘中卓球部の話。緋彩が鬼顧問とキャラの濃い仲間と共に成長していく。
※微妙な用語間違いがあるかもしれません。ご了承ください。
プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜
三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。
父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です
*進行速度遅めですがご了承ください
*この作品はカクヨムでも投稿しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる