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-18-『もう一度、やり直してみよう』
しおりを挟む「まっ、マクラさん。
げっそりしてるけど、どうしたの?」
時刻は昼過ぎとなり。
ネムエルの寝室に帰還した壮一は、ふらつく手で扉を開けた。
精も根も尽き果て、姿はマクラモードに戻っていた。よろよろと歩きながらも、セフティーエリアに辿り着いたことで安心したのか、絨毯の上でこてんと横倒しになる。
「だっ、大丈夫?」
窓際で安楽椅子に腰掛け、深窓の令嬢のごとく読書をしていたネムエルは本をたたんだ。
壮一の方に駆けつけ、しゃがみこみ、助け起こそうとしたが壮一は心配無用とばかりに片手を突きだす。
「大丈夫……ネムエル、
俺さ……四魔将のことを舐めてたわ……
恐ろしく、強かった」
「えっ、シフルと戦ったの?」
別の意味で強敵であったので、あえて壮一は詳細は説明はしなかった。
要点だけを誇らしげに語る。
「戦ったよ。
苦しかったけど、最後には勝った……先に倒れたのはシフルさんの方だ。
男の意地を見せてやったぜ」
「ほえー」
伏しながらもサムズアップし、勝利をうたう。
実際のところ、敗北していたら幽閉ルートだったので、壮一は九死に一生を得た形になる。
「あのさ、マクラさん。
私ね。思いついたんだ。
シフルの機嫌を良くして、私たちのことを認めてもらえる方法」
「シフルさんって、
セックス以外で機嫌良くなるの?」
「セックス……もう、そういうこと……お昼に言っちゃだめ」
ネムエルはぷくっと頬を膨らませた。
少し照れもあったのか、曲がっていた二本の角がシャッキンと伸びている。猫の尻尾のようだ、と壮一は思った。
「ごめん。
っで、どんなの方法なの?」
「あのね。
シフルはお城を綺麗にしたいの。
昔の立派な姿にしたいんだと思う。
だから、私たちでお掃除にすればいいと思うの」
「掃除かー……地味だなぁ」
「でも、大事なことだよ。
それにマクラさん。
自分の身体についた汚れを消せるでしょ?
ということは、他の物とくっついても消せるってことだと思うの。
だから、モップになってくれる?」
「俺に対して、えげつないよ」
「マクラさんはシフルとエッチしたんでしょ?
つまり、浮気したってことだもん。
だったら罰を受けないと駄目だよ。
ご本にそう書いてあったもん」
「あっ、はい」
大輪の花を思わせる華やいだ笑みで、厳罰を告げられる。
所業は見抜かれていたのだ。
ネムエルはぽわぽわしているが、馬鹿というわけではなかった。女としての侮れない看破の能力を備えている。
「それじゃ、今日から頑張ろうね。
マクラさんの不思議な力があれば、きっと何もかもうまくいくよ」
「ああ、そうだな……頑張るか」
「話は聞かせてもらったぞ」
――扉の方に佇む人影。
シフルが腕組みをして壁にもたれながら、凍てつく目線を向けていた。
壮一は尾行されていたのだと理解した。
倒したはずの敵が、よみがえった気分である。
「シフル……」
「ネムエル。
私は嬉しいよ。
『食う、寝る、遊ぶ』しか興味がなかったお前が、
男のためとはいえ、美化運動に励もうとするとはな」
ポケットからハンカチを取りだし、目頭をぬぐうシフル。
散々な評価に壮一は真顔になったが、ネムエルの方はもらい泣きしていた。
特にそれほど立派なことでもないのに「私、頑張るね」とでも言いたげに瞳を潤ませている。
「っでまあ、ソーイチだったな。
お前があの男の正体だったとは……まあ、昨晩は世話になったな。
見事なお手前だったぞ」
「いえ、こちらこそ……楽しかったよ」
両者の間にある思念にピンク色シーンがぷかぷかと浮かんだ。
勢いと性欲で肉体関係を結んだが、昼間から正面切って夜の話題を続けるのは気恥ずかしさがあった。
「その……お前って、人化してられないのか?」
「できると思うけど、俺的にはこの姿の方が楽かな」
「そうか。なら今後も大丈夫だな……」
「えっ? 今後って?」
「う、ううううるせぇ!
とにかく、ネムエルに協力しろよ!
こいつが何かをやる気になるのは珍しいんだからな。
それと……わかってると思うけど……責任、取れよ」
ツインテールの結び目をいじりながら、シフルは返答を恐れるように顔を逸らした。チラチラと気にする態度は恋する乙女そのものだ。
壮一は神妙にうなずいた。
「わかってるさ」
(ここでノーというと百パーセント、
DEAD・ENDになる。
俺はネムエルが好きだけど、仕方がない。
ハーレム・ルートも視野に入れよう。
シフルさんもツンデレな感じでいいしな!)
壮一は良心を脇に追いやり、魔道へ進むことにした。
脇腹を包丁で深々と刺されてもおかしくない所業である。
しかし、強制エンディング(死)が目前に控えている以上、やむを得ない選択肢でもあった。
「なっ、ならいいや!
私は仕事があるけど、ちゃんと夜は部屋に戻って来いよ。
じゃあな!」
言いたいことだけ言いきって、シフルはぎこちない笑顔で去っていった。
残された壮一は手を振っていたが、ネムエルはスッと壮一の背後に回ると、頬を引っ張るように生地の両側を左右にギューッと引っ張った。
「夜は戻る?
マクラさんは私のモノだよね?
いつからシフルのモノになっちゃったの?」
「いでででっ!
いや、その、誤解なんだっ!」
とくに誤解でもなんでもなかったが、壮一は強く主張した。
布製品ではあるが、痛覚はある。ネムエルの発する気配も平時の柔らかなものから、とげとげしいものに変わっている。
「そういえば、マクラさん。
バラバラになっても平気なんだよね?
そうだね。私とシフルで二分割すればいいんだね」
「スプラッタはノォーッ!
掃除しよっ! ねっ! 掃除しようよー!」
「ふふっ……冗談だよ。
これから、一緒に頑張ろうね」
溜飲を下げたのか、パッと手が放された。
壮一は痛む箇所を手でいたわりながら、ネムエルに振り返る。天使の微笑に変わりはない。
(全然、冗談に聞こえなかった……怖いところもあるなぁ)
男に対する嫉妬心か、便利な所有物への独占欲か。
ネムエルの感情にはどちらも混じっているような気がしたが、壮一はハッキリさせるのは後回しにすることにした。
関係は少しずつ、詰めてけばいい。
それよりも、これからについてだ。
ネムエルとともに魔王城<ロストアイ>を磨き上げる。
誰も使わなくなった広大な居住区を綺麗にする――心は晴れやかになるかもしれないが、実益はない。
(うーん、これだけ部屋があまってるのはもったいないよな。
前世がホテルマンだったせいか、
空き部屋があると落ち着かないな。
うん? ホテル……? ホテルかぁ……)
「ネムエル、俺さ。
イイコト、思いついちゃったんだけど」
「イイコトって……エッチの隠語だよね。
したいの?」
「違う。
いや、したいけど……
まあ、その前に提案なんだけどさ」
くぃくぃと、指で傍に近寄るようにサインを送った。
ネムエルは身体を傾けた。ごにょごにょと提案を耳打ちする。すると、ネムエルの大きな目が更に見開き、首がふるふると横に振られた。
「そんなの、シフルが許さないと思うよ」
「許してくれるさ。
〝ネムエルに協力しろ〟って許可を出してくれたからね。
彼女は君がやることなら、なんでも許してくれるんだよ」
「うーん」
壮一の提案にネムエルは難を示したが、やがて賛同した。
単なる美化運動だけで終わらせてはならない。
かつての活気を取り戻すことが、シフルの本当の望みに繋がるのだから。
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