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第一章 龍の料理人

第80話

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 そしていくつかこの国でしか買えないものなどを購入した後、私はエルードに例の豆を発酵させて作っているという調味料の製造場所に案内してもらっていた。

「そういえば……どちらであの調味料のことを知ったんです?アルマス様にも秘密にして作っていたんですがね。」

「いや、ただ前にそういう調味料を口にしたことがあってな。エルフの国ならもしかして……って思って聞いてみただけだ。」

 本当の理由は少し違うが……こういう風に答えておけば差し支えないだろう。そして案の定、エルードは私の答えを聞いて納得したように頷いた。

「あぁ、なるほど……そういうことでしたか。差し支えなければいったいどんなものだったのか教えていただいても?」

「茶色くてモッタリとした固形物でしょっぱかった。」

 つまりは味噌のことだ。

「ほぅほぅ……それは興味深いですね。私共が作っているのは……いや、言葉で話すよりも実際に見たほうが早いですね。」

 そんな会話をしているうちに、また大きな倉庫の前についた。そこからはわずかに嗅いだことのあるどこか懐かしい香りが漂ってきていた。

「この中でそれを作っています。中は小さな精霊たちの動きを活発にさせるため温度を高めに……そして潤いを保っているんです。」

「小さな精霊?」

 それってもしかして……麹のことを言っているのか?それだとしたら扱いは間違ってないが。もしくはそうじゃなくて、また本当に小さな精霊というやつがいるのか?正直異世界だからそういうのがいないとも限らないんだよな。

「はい、発酵を助けてくれる精霊がいるんですよ。肉眼では見えないですけどね。」

「なるほど……。」

 エルードの言葉でその小さな精霊というのが麹であると確信した。どうやらエルフたちは麹とかそういう微生物の類を小さな精霊……と称するようだ。

「ふむ、発酵を助ける精霊なんかもいるのじゃな。聞いたことがないのぉ~。」

「でも発酵って……あれよね?要は腐らせるってことよね?」

「そういうことだ。腐るって聞けば悪く聞こえるが……発酵の具合を調整してあげれば有用な存在でもある。現にここでもそうやって温度と湿度を管理して調整してるんだろ?」

「その通りです。」

 発酵には適切な温度と適切な湿度が必要不可欠だ。例えるなら……夏場暑い日には物が腐りやすいっていうのと同じ原理だな。

「あう~?」

「大丈夫、私もわかんないから……。」

 私とエルードの会話を聞いて首をかしげるノノの肩にポンと手を置いて、マームが言う。そんなに難しい話ではないんだが、二人にはまだちょっと難しかったかな。

「っと、じゃあそろそろ中を見せてもらってもいいか?」

「もちろんです。」

 そうしてエルードが倉庫の扉に手をかけると、さっきの巨大な冷蔵庫同様に独りでに開き中の様相が露わになった。

「あの樽の中で作っているんです。」

 エルードが指さした先には私の背丈の何倍もある大きな木製の樽のようなものがいくつか並んでいた。その大きな樽の横に立てかけてある梯子に登らせてもらって中をのぞいてみるとそこには発酵して赤茶色になりつつある固形物が……。

「おぉ……。」

「一口いかがですか?このままでは少し塩辛いかもしれませんが……。」

 彼はその赤茶色の固形物をスプーンで掬いとると、私に差し出してきた。

「いただこう。」

 私はそれを受け取り、迷いなく口へと運んだ。そして噛みしめると、日本が生み出したあの万能調味料の味が口いっぱいに広がった。

 これは間違いなくだ。間違いなく完成していると言ってもいいほど味に深みがあるが……これでまだ試作の段階なのだろうか。

「これで試作……?」

「はい、先ほどは迷わず食されておりましたが……こちらは味が良くても少々見た目が悪く、あまり人気が出ないと懸念されていて……。」

 なるほど、エルードはこれをこのまま使おうって考えてるわけか。確かにこのままだとちょっと人気は出にくいかもしれないな。まぁ、彼が言っている通り見た目がちょっと……あれだからな。美味しいってことが分かれば人もつくんだろうが、何せまず最初に食べてもらうには美味しそうな見た目であることが大前提になってくる。
 誰だって気持ち悪いものを好んで食べたりはしない。一部のゲテモノ好きをのぞいて……の話になるがな。

 ただ、これがどうすれば人気が出るようになるのか……助言はできる。

「これを……売れるようにしたいのなら、一つ案がある。」

「本当ですか!?」

「ただし、条件がある。」

「聞きましょう。」

「定期的にそれを私に売ってほしい。ただそれだけだ。それができるなら教えよう。」

 そう条件を出すとエルードは一瞬ポカンとした表情を浮かべ、一瞬間を開けてから口を開いた。

「………えっと、そ、それだけでいいんですか?」

「あぁ、これだけでいい。この条件を飲んでくれるか?」

「全然飲みます。こちらとしては、むしろそれだけでいいのならって想いです。」

 よし、あっさり喰いついた。ここであんまりにもこちらに有益な条件を提示すると、拒否されてしまうかもしれないからな。

「よし、契約成立……だな。じゃあさっそくやってみせるから、きめの細かい布を持ってきてくれないか?」

「わかりました。すぐに準備します。」

 こちらにペコリと一礼するとエルードは一目散に倉庫の外へと駆けて行った。そして私達だけが倉庫に取り残されると、カミルが樽の中をのぞき込みながら私に声をかけてきた。

「む~、のぉミノル。」

「ん?なんだ?」

「これが一体何になるというのじゃ?妾にはぐずぐずに腐った臓物にしか見えぬのじゃが……。」

「一番分かりやすい例だと……あれだな。ボルドに行ったときに買ったあの液体、覚えてるか?」

 まだ使う機会がなくてインベントリに入りっぱなしだが……。後でエスニック料理を作るときにでも使おう。

「まさかあのくっさいやつになるのか!?」

「あれに近いものになるな。ただ臭くはない。ここも臭くないだろ?」

 鼻をつまみながらカミルは言った。余程あの時の魚醤の匂いが嫌だったらしい。

「まぁ、見ててくれ。きっとこれからの料理のレパートリーを大幅に増やしてくれるものになるはずだからな。」

 醤油があれば日本料理にも手を出せる。米も手に入ったことだし……作らない手はないな。
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