上 下
71 / 200
第一章 龍の料理人

第70話

しおりを挟む
 そして食事を終え、お腹を膨らませたカミル達はその余韻を楽しんでいた。

「はふぅ~、美味しかったぁ~。料理ももちろんだけど、食後の……あれ?あのお菓子何て言う名前だったっけ?」

「シュークリームだ。」

「あぁ!!そうそうシュークリーム、あれホントに美味しかった。」

 アベルは大層シュークリームが気に入ったらしい。

「いや~……これから毎日こんなのを味わえるなんて、明日が楽しみで仕方ないよ。」

 アベルが惚けた表情を浮かべていると、突然彼女の後ろに伸びていた影からシグルドが現れた。

「魔王様、お迎えに上がりました。」

「うえっ!?シグルド、もうそんな時間!?」

「はい、時を忘れてお楽しみになられていたところ大変申し訳ないのですが……本日の執務がまだ残っております故。城にお戻りいただきます。」

「うへぇ~……わかったよ。……それじゃあ皆、今日はこの辺でボクは帰るね。また明日もミノルの作った料理とお菓子食べに来るから……ねっ?」

「それでは皆様方……失礼致します。」

 アベルがパッチリと私にウインクしたと同時に、彼女はシグルドと共に影へと消えていった。
 そしてアベルが居なくなって緊張の糸が切れたのか、カミルとヴェルの二人が大きなため息を吐いた。

「「はぁ~~~っ。」」

「どうした二人とも?そんなに大きなため息を吐いて……。」

「変に緊張したのじゃ~。」

「ね~?こう、魔王様が無礼講を認めてくれてたってのは心ではわかってるんだけど……どうしてもね。」

 まぁ、二人は今の今までずっと魔王を敬っていたから、突然無礼講と言われても慣れないのは当たり前だろう。

「まぁ、多分……これから毎日来るだろうから段々に慣れてくしかないな。」

「まさか……まさか、この証明書にあんなことまで書いてあろうとは。あの時しっかりと目を通してから名を記すべきじゃったぁ~!!そうすればこんなことには~~~ッ!!」

 半ば泣き崩れるようにカミルは突っ伏した。そんな彼女をヴェルがなだめる。

「まぁまぁ……あの時は私も舞い上がっちゃってたし、仕方ないわよ。終わったことをいつまでも気にしても……ねぇ?ミノル?」

「そうだな。ま、これからもカミル達に料理を作り続けられるのは保証されたからいいんじゃないか?」

「うぅ……そうかのぉ~。」

「あぁ、深く考えすぎない方がいいぞ?ただ、いつもの面子にアベルが加わった位に思っておけば良いさ。」

 私も普段作る料理が少し増えた位に思っているからな。

「ま、そんなことより……一度気持ちを切り替えて、明日の予定について話し合った方がいいんじゃないか?」

「明日の予定?……おぉ!!忘れておった、そういえばエルフの国へ行かねばならんのじゃったな。」

 ポンッと手を打ち、思い出したようにカミルは言った。

「それで、エルフの国に入るにはこの入国許可証ってやつが必要なんだろ?」

 私はインベントリからアベルにもらった入国許可証を取り出した。

「そうじゃ。まぁ、妾とヴェルがあの森に近付けば……エルフの近衛兵の奴等が迎えてくれるじゃろう。後はそれを見せるだけじゃ。」

「なるほど……な。」

 要はこの紙がパスポートの役割を果たすってことか。

 そして改めて入国許可証を眺めていた時……私はある部分に違和感を覚えた。

「ん?……ん!?」

「なんじゃ?そんな焦ったような顔をして……。」

「カミル、一回カミルの入国許可証を見せてもらっても良いか?」

「別に構わんぞ?ほれ。」

 カミルからそれを受け取り宛名のところに目を通すと、そこにはしっかりとと書いてある。

「ヴェルのも見せてもらっても良いか?」

「いいわよ?」

 ヴェルの入国許可証も確認するが、やはり宛名にはとしっかり彼女の名前が書いてある。

「なんじゃ?不備でもあったかの?」

「いや……不備なのか、意図的なのかわからないんだが。私の入国許可証の宛名にはって書いてあるんだ。」

「「ッ!!」」

「見せるのじゃ!!」

 バッ……と私から入国許可証を奪い取り、カミルはそれに目を通す。そして頭を抱えた。

「最初からお見通しじゃった……というわけか。」

「これは完全にしてやられたわね。」

「私が人間ってことが最初からアベルにバレてたってことか?」

「そうじゃな。しかも……こいつを受け取ってしまったということは、お主は自分が人間であると認めてしまったようなものじゃ。」

「…………だとしたら、何でアベルはあの時私を逃がしたんだ?」

 ふと私は疑問に思った。あの場で私を拘束することだってできたはず。なのに、なぜこんなあっさりと逃がしたのか。そしてなぜ……人間の私を専属料理人に仕立てあげたのか。

「その答えは妾達にはわからぬ。魔王様のみぞ知る答えじゃ。じゃが、何の考えも無しにお主を逃がしたわけではなかろう。」

「だよな……。」

 はぁ~……まさか自分から聞きに行く訳にもいかないし、どうしたものかな。

 少し俯きながら悩んでいると、暗い空気をはぐらかすようにヴェルが言った。
 
「まぁまぁ、今のところ私達もお咎めを受けてないし?まだ楽観的に考えてて大丈夫なんじゃないかしら?」

「そうかもしれんな。確かにミノルが人間であることがバレている以上、それを庇っている妾達も咎めを受けるのは必定じゃからな。」

「……今は深く考えるだけ無駄か。」

 私はある場所に行くため、スッと席を立った。

「む?ミノル、どこへ行くのじゃ?」

「湯に浸かってちょっとゆっくり考えてくるよ。」

 ちょうど今日の私の仕事も終わったしな。暖かい湯船に浸かって色々と状況を整理しよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

オンラインゲームしてたらいつの間にやら勇者になってました(笑)

こばやん2号
ファンタジー
どこにでもいそうなごくごく平凡な男「小橋 大和(こばし やまと)」が 唯一の趣味と言っていいバーチャルオンラインゲームをプレイしている最中に 突然別の世界に飛ばされてしまう いきなりのことに戸惑う男だったが 異世界転生ものの小説やマンガ・アニメの知識と やりこんできたRPGゲームの経験を活かし その世界で奮闘する大和と その世界で出会った仲間たちとともに 冒険をしていくうちに 気付けば【勇者】として崇められ 魔王討伐に向かわなければならない始末 そんな大和の活躍を描いた ちょっぴり楽しくちょっぴりエッチでちょっぴり愉快な 異世界冒険活劇である

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...