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第一章 龍の料理人

第8話

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 カミルに抱えられ、しばらくの間空中飛行を楽しんでいると、目的地らしい巨大な湖が見えてきた。

「ミノル、見えてきたぞ。あそこじゃ。」

「湖か、食材の宝庫だな。」

 水辺というのは生き物が寄り付きやすい場所でもあり、植物が群生しやすい場所でもある。ここなら食べられそうな物を確保できそうだな。

 そして徐々にカミルは湖の畔へ向けて高度を落とし、着地した。

「で?そのキラーフィッシュ……だったか?それはどうやって捕るんだ?」

「簡単じゃ、まぁ見ておれ……。」

 そう言ったカミルは、ずんずんと背の高い草を踏み鳴らしながら湖に近づきおもむろに自分の長い尻尾を水中に刺し入れた。
 その様子を隣で眺めていると……。

「来たのじゃ。……ほいっ!!」

 ぴくんと何かを感じ取ったカミルは水中から一気に尻尾を引き抜いた。するとその尻尾の先には巨大なピラニアのような魚がかぶりついていた。
 そしてカミルは引き抜いた勢いそのままに、尻尾を地面に思い切り叩きつける。すると当然尻尾にかぶりついていたその魚も地面に思い切り叩きつけられた様で、気を失ったようだ。

「こいつがキラーフィッシュじゃ。単純な魔物でのぉ~こうして尻尾を垂らしてやるとす~ぐ喰いついてくるのじゃ。」

「なるほどな、カミルの尻尾は傷ついたりしないのか?」

「この程度の魔物の牙では妾に傷一つつけることはできぬ。」

「そうか……だから安心して尻尾で釣りができるんだな。それじゃ、こいつは今のうちに私が処理をさせてもらおうか。」

 インベントリから出刃包丁を取り出し、私はキラーフィッシュの首根っこ……正確には中骨へと向けて思い切り突き刺す。するとビクンと大きくキラーフィッシュが震え、包丁を刺した場所からドクドク真っ赤な血が溢れ出した。そこからさらに包丁を動かしキラーフィッシュのエラも切り取った。
 これは血抜きと呼ばれる作業で、魚の中骨を断ち切り締めた後エラを切って魚の血が全身に回る前に体外に排出させる作業だ。
 本当は神経締めと呼ばれる作業もしたほうがいいんだが、あいにくそれ用の道具が無いからな。今回は活〆と血抜きだけしっかりとやるぞ。

「これで良し。カミルこれしばらくここに置いとくから見張り頼んでいいか?」

「うむ、任せよ。また釣れたら声をかければよいか?」

「あぁ、そうしてくれ。私はちょっと次が釣れるまでの間この辺で野菜を探すよ。」

 カミルに魚の見張りを任せ、私は辺りを散策し始めた。といってもカミルの目の届く範囲にいないといけないからそんなに遠くには行けないが……この辺でも色々見つかるだろう。
 
 そしてガサガサと草をかき分け辺りを散策していると、いかにも毒キノコのような派手な見た目をしたキノコが私の前に生えていた。

「………毒キノコだよな?明らかにヤバい色してるが……。」

 触っても大丈夫か?差し支えなければ一度カミルに見てもらいたいんだが……触ったら急に毒の胞子とか飛ばしてこないか?たまに触るだけでも危険なキノコってあるからな。

「……触らぬ神に祟りなしってな。昔から危なさそうなものには触らないほうがいいって相場が決まってる。気になるが触らないでおこう。」

 毒キノコらしきものを無視して再び散策を進めようとすると、ピロンと聞き覚えのある音とともに私の前に文字が表示された。

「ん?これは……インベントリが使えるようになった時と同じやつだな。今度は何だ?」

 目の前に表示された文字を読んでみるとそこには……。

が使えるようになりました?鑑定って鑑定眼とかの鑑定か?」

 こういうのは試しに使ってみればいいんだよな。インベントリと同じような感じであれば……こう強くイメージして……。

「鑑定」

 試しに私は目の前に生えている毒キノコらしいものに向かって、鑑定と唱えてみた。すると、私の前にこのキノコがどんなものなのかという説明が出てきた。

「おぉ!!これは便利だな。で~?何々……。」

 ・爆裂麻痺茸
 衝撃を与えると爆発し麻痺する胞子を辺りにまき散らす毒キノコ。
 食用不可

「うわ……触んなくて正解だったな。」

 やはり触らぬ神に祟りなしだったな。にしてもこの鑑定とやらは役立つ魔法だ。これさえあれば自分で野草の鑑定ができるじゃないか。

「よし、ならこれを上手いこと使いながら野草をかき集めてみるか。」

 そう意気込んでいた次の瞬間……後ろの草むらでガサリと音がした。とっさに後ろを振り向くが、時すでに遅くオオカミのような魔物に組み伏せられてしまう。

「ガルアァァァッ!!」

「ッ!!しまった!!」

 飛びかかってきたその魔物は私の息の根を止めるため、首筋に噛みつこうとしてきた。そして牙が私の首に届こうとした刹那、その魔物は突然何かに吹き飛ばされた。

「魔物風情が……妾のミノルに手出しするとはいい度胸じゃな。」

 声のした方を振り返るとそこにはカミルの姿があった。ゆらゆらと揺れている尻尾にはまたキラーフィッシュがかぶりついている。

 吹き飛ばされた魔物は何とか立ち上がり、カミルの方を睨み付け威嚇する。

「グルルルル……。」

「ほう?いっちょ前に妾を前にして威嚇するか……格の違いも理解できぬか獣め。」

 はぁ……とカミルが大きくため息を吐き出した次の瞬間、私でも感じられるほど強い殺気のようなものが放たれる。
 おそらくそれを私よりも敏感に感じ取ったその魔物は、縮こまりながら尻尾をまいて逃げて行った。そんな情けない姿を見送ったカミルはその殺気をおさめ、こちらを向いた。

「怪我はないかの?」

「あ、あぁ……すまない。助かったよ。」

「怪我がないのであれば良いのじゃ。怪我をされて美味い料理が作れなくなったら困るからのぉ~。っと忘れたおった。ほれ、二本目のキラーフィッシュじゃ。」

 ポイっと無造作に私の前にカミルはキラーフィッシュを置く。私はそれをさっきと同じように処理し再びカミルに手渡した。

「うむ、これも一匹目と同じようにすればよいのじゃな?」

「あぁ。」

「では妾はまた戻るのじゃ。……ミノル、今回は助けられたからよかったが……あまり草探しに夢中になりすぎるでないぞ?ここは人間を食う魔物がごまんと居る。それを忘れぬようにするのじゃ。」

「すまない……気を付けるよ。」

 私の答えに満足したようにカミルは頷き、再び釣りに戻っていった。

 ……また助けられてしまったな。ここに来てからというもののカミルに助けられてばっかりだ。もしあの時カミルがいなかったら私は地面に墜落して死んでいただろうし、もしさっきカミルがいなかったら魔物に喰われて死んでいた。

 命の対価に料理という形でしか酬いることができないのが歯がゆいが……私にできることはこれだけだ。
 
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