上 下
7 / 200
第一章 龍の料理人

第6話

しおりを挟む
 さて、一先ず今回使うのはこの芋。こいつはローストチキンの付け合わせのガレットにしよう。ガレットとはフランス語で「丸くて薄いもの」という意味がある。
 今回はこの芋の皮をむいて切り、芋に含まれている独自のでんぷん質をつなぎにして薄く焼く。

「まずは一度泥を洗い落として、ひげを火で焼くところから始めよう。」

 インベントリから水を出し、芋を洗う。そしてしっかりと水気を切った後、コンロに火を点し直火の炎でひげを焼く。こうしてしっかりと泥を洗い落としてかつ、ひげを直火であぶり切ってやることで土臭さというものを少しでも緩和することができるぞ。
 まぁ、こういうのは土臭さが残ってる方がいいっていう人もいるんだがな。そこは好みに合わせて調理するのが私達料理人だ。

 そしてしっかりと処理を終えた芋に包丁を当てて皮を剥いていくと、ネバネバしたものが包丁につき始めた。長芋特有のムチンという粘り成分だな。こいつは本当は生で食したほうが体に吸収されやすいんだが、今回はカミルの好みを尊重して、火を通させてもらう。

「摩り下ろしてもいいが……今回は食感を少し残すため千切りにして焼こうか。」

 摩り下ろしてから焼くとふわりとした食感にすることができるが、今回はシャキシャキした食感を少し残すために千切りにして焼こう。

 トントンとリズムよく芋を千切りにしていると、先ほどまでカミルが立っていた位置にカミルがいないことに気が付いた。どこに行ったのかと辺りを見渡してみると、カミルはコカトリスが入っているオーブンに釘付けになっていた。
 ちょうど脂も出てきたころだろうし、一度取り出そうか。私は芋を切り終えてから、カミルが釘付けになっているオーブンの方へと向かう。すると、カミルは口元から少しよだれを垂らしながらこちらをすごい勢いで振り向いた。

「み、ミノルッ!こ、これはもう良いのではないか!?この肉が焼ける香りが先ほどから妾の胃袋を刺激してくるのじゃ!!」

「まぁ、もう少し待ってくれ。まだこれは完成じゃないんだ。」

 よだれを垂らしているカミルの前でコカトリスを取り出すと、ほんのりと焼き色がついている状態だった。そしてコカトリスの下には狙い通り脂が溜まっている。
 その脂をレードルで掬い上げ、コカトリス全体にかける。こうして再びオーブンに戻すことで皮をパリパリに焼くことができる。あと2、3回ぐらいこれを繰り返せば大丈夫そうだな。

「うあぁぁぁ~……妾の肉がまた向こう側にぃぃ~。」

「もう少しの辛抱だ。時間がかかる分、今よりもっと美味しくなるから……なっ?」

「うぅ~わかったのじゃ~。」

 何とかカミルを説得し、元の位置に戻ってもらう。今パクリと食べられたら美味しさは半減……いや激減だからな。

 そして私はボウルに千切りにした芋を移し、それに空気を含ませるようにかき混ぜる。こうすることでネバネバの粘液に空気を含ませることができるので、摩り下ろさなくても焼いたときにふわっとした食感を出すことができる。
 ちなみに摩り下ろしたもので同じことをすると、さらにふんわり焼き上げることが可能だ。

「あとはフライパンにコカトリスの脂を少し落として……焼き上げる。」

 フライパンに油を馴染ませしっかりと温めた後、空気をたっぷりと含ませた千切りの芋を平たく伸ばしながら敷き詰めて焼いていく。
 しっかりときつね色の焼き色がついたら裏返して、裏面もきっちりと焼き上げればガレットは完成だ。味付けはシンプルに塩のみ……これは調味料が塩しかないという理由だけではない。塩は野菜の甘みを引き立てるから塩だけというのがベストなのだ。むしろほかの味付けは雑味になる。つまり邪魔なんだ。

「……そろそろローストチキンにまた脂をかけないとな。」

 焼き終えたガレットを切り分けた私は、再びオーブンを開けた。すると中のローストチキンは自分の脂で焼かれて、こんがりと焼き色が付きつつあった。

 ……もう一押しだな。もう一回脂をかけて数分焼き上げれば完璧だ。

 再び丁寧に脂を全体に回しかけたローストチキンをオーブンの中へと戻すと、すかさずこちらに目をキラキラと輝かせたカミルが近寄ってきた。

「できたかのっ!?」

「あと少しだ。」

「もう待ちきれないのじゃぁ~。こんなにも良い匂いが漂っておるというに……生殺しにされている気分じゃ。」

 カミルはもう待ちきれない様子だ。しきりに鼻を鳴らし、口元からは絶えずよだれが垂れそうになっている。
 そんな彼女を何とかなだめ、あとほんの少し待つようにお願いする。料理を心待ちにしているカミルの気持ちも相まって、きっとこのローストチキンは最高の味わいになるに違いない。どうせなら最高に美味しいタイミングで食べてほしいからな。あとほんの少しだけ……待ってもらおう。

 そして彼女を焦らしに焦らした末、ようやく……。

「……よし、完成だ。」

「ようやくできたのか!?早く食べたいのじゃ!!」

「あぁ、すぐに盛り付けるよ。」

 この厨房に残されていたとても大きな皿の中心にコカトリスのローストチキンを盛り付け、辺りに付け合わせとして長芋のガレットを添える。

「これで良し。さぁ熱いうちに食べてくれ。」

「おぉ~っ!!待ちわびたのじゃ~……ではでは早速いただくのじゃ!!」

 カミルは豪快にローストチキンにかぶり付く。すると皮がパリパリと小気味良い音を立て、肉汁が空中に弾け飛ぶ。
 そして何度も噛み締めゴクリ……とそれを飲み込んだカミルは恍惚とした表情を浮かべながら言った。

「美味しいのじゃ~……これが異世界の料理か。今まで食べてきたものが全て塵芥に思えてくるのじゃ~。」

 どうやら私の料理はカミルを満足させるに至ったらしい。さんざん焦らしたからな、それもあってより美味しく感じていることだろう。

「んぐ……んぐ……ぷはっ!!そういえばこのコカトリスのとなりにあるこれは何なのじゃ?」

 一度コカトリスを食べる手を止め、カミルはガレットを指差して問いかけてきた。

「それはカミルがネバネバして土の味がするって言ってた芋だ。」

「コレがかの!?……ネバネバはしとらんようじゃが。」

 カミルはちょんちょん……と指先でガレットを続いて感触を確かめている。

「ま、試しに食べてみてくれ。生の時とは全然違う食感と味がするはずだ。」

「……美味しいかの?」

「あぁ。」

 カミルの問いかけに私は一つ頷いた。すると意外にもカミルは躊躇いなくガレットを一切れ口に運んだ。

「ん!?サクサクでふわっふわなのじゃ!!それに香ばしくて甘い……」

「ちょっとした調理を加えるだけで味も、食感も変えることができるんだ。すごいだろ?」

 私の言葉にカミルは何度も頷く。

 そしてカミルはあっという間にコカトリスのローストチキンも長芋のガレットも平らげてしまう。皿の上には綺麗にコカトリスの骨だけが残った。

「美味しかったのじゃ~……。」

「満足してくれたようで何よりだ。」

 満足そうにお腹を撫でるカミルを眺めていると、彼女は突然こちらを向いてある問いかけをしてきた。

も作ってくれるかの?」

「あぁ、もしカミルがこれからも私をここに置いてくれるなら……それに酬いる形で料理を振る舞わせてもらおう。」

「こんなに美味しい料理を毎日味わえるのなら永遠とわにここにいても構わんぞ?」

 にんまりと笑顔を浮かべながらカミルは私に手を差し伸べてくる。

「なら契約成立……だな。これからよろしく頼む。」

「うむ!!」

 私は差し伸べられた手を握り返し、カミルに料理を作り続けることを約束したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移料理人は、錬金術師カピバラとスローライフを送りたい。

山いい奈
ファンタジー
このお話は、異世界に転移してしまった料理人の青年と、錬金術師仔カピバラのほのぼのスローライフです。 主人公浅葱のお料理で村人を喜ばせ、優しく癒します。 職場の人間関係に悩み、社にお参りに行った料理人の天田浅葱。 パワーをもらおうと御神木に触れた途端、ブラックアウトする。 気付いたら見知らぬ部屋で寝かされていた。 そこは異世界だったのだ。 その家に住まうのは、錬金術師の女性師匠と仔カピバラ弟子。 弟子は独立しようとしており、とある事情で浅葱と一緒に暮らす事になる。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~

Takachiho
ファンタジー
*本編完結済み。不定期で番外編や後日談を更新しています。  中学生の羽月仁(はづきじん)は勇者として異世界に召喚され、大切なものたちを守れないまま元の世界に送還された。送還後、夢での出来事だったかのように思い出が薄れていく中、自らの無力さと、召喚者である王女にもらった指輪だけが残った。  3年後、高校生になった仁は、お気に入りのアニメのヒロインを演じた人気女子高生声優アーティスト、佐山玲奈(さやまれな)のニューシングル発売記念握手会に参加した。仁の手が玲奈に握られたとき、玲奈の足元を中心に魔法陣が広がり、2人は異世界に召喚されてしまう。  かつて勇者として召喚された少年は、再び同じ世界に召喚された。新たな勇者・玲奈の奴隷として―― *この作品は小説家になろうでも掲載しています。 *2017/08/10 サブタイトルを付けました。内容に変更はありません。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...