80 / 350
第3章 魔王と勇者
第080話 勇者の手紙
しおりを挟む魔王城へと帰ってくると、アルマ様は先ほどのヒュマノの人間たちの態度に不満を口にした。
「なんなのあの態度っ!!いくら前まで敵同士だったからってさ、下に見すぎじゃない?」
「平和条約はこちらが下手に出て結ばれたものですので……致し方がないかと。」
「む~良いもんね!!もうお菓子食べて忘れるっ!!カオル、甘いの作って~。」
「わかりました。」
先程の鬱憤を全て食欲に向けたのだろう、その後のアルマ様の食欲はとんでもなかった。
あのラピスでさえ目を見開くほどの暴食具合……大量のシュークリームや生クリームがたっぷりと使われたケーキを気が晴れるまで頬張ったのだ。
暴食は止めるべきだったのだが……。甘いものを頬張るごとに幸せそうな表情になっていくアルマ様を見て、俺も流されてしまった。
だが、大好きな甘いお菓子をたくさん食べたことでアルマ様はすっかり機嫌を良くしてくれた。
そして一日の仕事終わり……つまり、アルマ様に夕食を作り終えた俺は、汗を流すべく城の大浴場へと足を運んでいた。
「ふぅ……正装は動きにくくて敵わないな。」
ヒュマノの王城へと赴いたあと、上に着ていた黒い燕尾服はシワになる前に脱いだのだが……中に着ていたワイシャツとズボンはそのままだった。
ワイシャツのボタンをプチプチと外して脱ぐと、脱いだワイシャツからヒラヒラと一枚の紙が落ちてきた。
「ん?なんだこれ。」
床に落ちたそれを拾い上げると、折り畳まれた内側にうっすらと文字が透けているのが見てとれた。
その紙を広げると、そこには……。
『E-666』
Eという英単語一文字と、ゾロ目で6が三つ書かれていた。
俺はこの言葉の表す意味を知っている。
「っ!!これは……。」
このE-666というのは、現代日本で流行っている謎のウイルスにつけられた名称だ。
なぜこれを知っているのかと疑問に思っていると、その答えは紙の端に書かれていた。
『夜、庭園で待っています。勇者カナン。』
此方の世界にきてから一度も目にすることのなかった日本語で、紙の端にそう書かれていた。
「日本語を知っているということは、勇者カナン……彼女は日本人なのか?」
だとするならばあのウイルスのことを知っていてもおかしくはない。
だが……これは信用してもいいものなのか?
庭園とは恐らくあの城の中にある、あそこのことだ。ナインに頼めば簡単に行ける……だが、罠である可能性も十二分に有り得る。
「…………あの時、俺だけボディチェックが厳しかったのは、ボディチェックを装ってこれを渡すため?」
仮に罠ならば、あんなにこそこそとして渡すだろうか?
もし罠でないのなら……俺に何か伝えたいことがある。ということか?
なんにせよ、彼女が何を考えているのかは行ってみないとわからない。
「…………行くか。」
俺は脱いだワイシャツを再び着直すと、大浴場を出てナインのもとへと向かった。
「ナイン、お願いがある。」
「マスター?なんでしょう。」
「俺をまたあの庭園に連れていってくれ。」
「かしこまりました。」
俺のお願いに何も問いかけることはなく、彼女は機械仕掛けの剣をどこからか取り出すと、その場で一閃する。
「どうぞマスター。」
「ありがとう。」
ナインが繋げた空間に足を踏み入れると、ヒュマノの王城の庭園に転移した。
俺の後を追って入ってきたナインに、俺はあることを問いかける。
「ナイン、この庭園の中に人の気配は?」
「人間と思われる反応を一つ検知しました。」
「わかった。」
その一つの反応が彼女であることを信じ、俺は庭園の中を歩く。すると、色とりどりの花が植えられた花壇の前に一人の少女が立ち尽くしていた。
月明かりが吸い込まれるような銀色の髪……そして光のない瞳。間違いない。
彼女はこちらに気がつくと、ゆっくりと振り向いた。俺は彼女に渡された手紙を見せながら声をかける。
「この手紙……いったい何を伝えたかったんだ?」
俺がそう問いかけると、彼女は言葉を発することなく、どこからかノートとペンを取り出してサラサラと何かを書き始める。
「……??」
そして書き終えると、そのノートをこちらに渡してきた。
『まずは信じて来てくれてありがとうございます。訳あってボクは言葉を封じられているので、このノートで言葉を伝えます。』
と、ノートには日本語で書かれていた。読み終えて彼女の方を見ると、返してと言わんばかりに両手を広げて待っていた。
俺は事情を理解した上で彼女にそのノートを返す。それと同時に疑問に思ったことを問いかけてみた。
「言葉を封じられてるって……いったい誰に?」
すると、また彼女はサラサラとノートに綴り始めた。そして書き終えたものをまたこちらに手渡してくる。
『ボクの言葉を封じたのはイリアスです。この国の人達は、日本でウイルスに侵されて死んだボクの魂を魔法で勇者として転生させて利用してるんです。あの人達はボクを言いなりにするために言葉と感情を封じました。』
「…………それは本当なのか?」
衝撃的な文章に、思わずそう問いかけると彼女はコクリと頷く。
また彼女にノートを返すと、またサラサラと何かを綴り手渡してきた。今度ノートに書いてあったのは、短い言葉だった……。だが、彼女の感情が一番籠っている言葉だった。
『助けてください。』
「…………っ。」
ノートに書かれていたその言葉に息をのみ、再び彼女に目を向けると、彼女の光のない瞳からはポロポロと涙が溢れてきていた。
それはまるで、封じられた感情が涙という形として溢れてきているようだった。
どうすべきか思い悩んでいると、後ろに立っていたナインがあることを告げる。
「マスター、こちらに向かって複数の反応が向かってきています。」
「っ!!」
悩む時間すらくれないっていうのかっ!!
早く考えろっ!!
仮にもし……今ここで彼女を見捨てれば、もう連絡手段はなくなる。それはつまるところ、二度と彼女が助かる道が開くことはないということだ。
「マスター……。」
「~~~ッ、ナイン帰りの道をすぐに繋いでくれ。」
そうナインにお願いし、俺は勇者の手をとった。
そして人が来る前に、勇者を連れて魔王城へと戻るのだった。
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった
ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。
しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。
リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。
現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!
異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた
甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。
降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。
森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。
その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。
協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
異世界転生!俺はここで生きていく
おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。
同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。
今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。
だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。
意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった!
魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。
俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。
それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ!
小説家になろうでも投稿しています。
メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。
宜しくお願いします。
虐げられた武闘派伯爵令嬢は辺境伯と憧れのスローライフ目指して魔獣狩りに勤しみます!~実家から追放されましたが、今最高に幸せです!~
雲井咲穂(くもいさほ)
ファンタジー
「戦う」伯爵令嬢はお好きですか――?
私は、継母が作った借金のせいで、売られる形でこれから辺境伯に嫁ぐことになったそうです。
「お前の居場所なんてない」と継母に実家を追放された伯爵令嬢コーデリア。
多額の借金の肩代わりをしてくれた「魔獣」と怖れられている辺境伯カイルに身売り同然で嫁ぐことに。実母の死、実父の病によって継母と義妹に虐げられて育った彼女には、とある秘密があった。
そんなコーデリアに待ち受けていたのは、聖女に見捨てられた荒廃した領地と魔獣の脅威、そして最凶と恐れられる夫との悲惨な生活――、ではなく。
「今日もひと狩り行こうぜ」的なノリで親しく話しかけてくる朗らかな領民と、彼らに慕われるたくましくも心優しい「旦那様」で??
――義母が放置してくれたおかげで伸び伸びこっそりひっそり、自分で剣と魔法の腕を磨いていてよかったです。
騎士団も唸る腕前を見せる「武闘派」伯爵元令嬢は、辺境伯夫人として、夫婦二人で仲良く楽しく魔獣を狩りながら領地開拓!今日も楽しく脅威を退けながら、スローライフをまったり楽しみま…す?
ーーーーーーーーーーーー
1/13 HOT 42位 ありがとうございました!
チート転生~チートって本当にあるものですね~
水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!!
そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。
亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる