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終わりは突然に ②

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 先ほどに比べると冷ややかに聞こえるその言葉に、私も頷くほかない。すっかり目が覚めてしまった私も、あちこちに散らばった下着や服を探し始めていた。


「はる、いいんですよ。休んでて」

「でも、こんなところに一人で置いておかれても……」


 シュッとネクタイを締めた副島課長が、一糸まとわぬ私の隣に腰を掛ける。そのまますっと肩を抱き、その勢いのまま軽く口づけを交わした。


「寂しい?」

「そういうつもりで言ったんじゃ……」

「ウサギは、寂しがり屋ですからね。……今度は、朝までたくさん可愛がりますから」


 そう、耳元でたっぷり甘く囁く。びりびりとした電気のような甘さが、直接頭の中を揺らす。素直にぽっと頬を染める私を見て、「ご主人様」は満足げに微笑んでいた。


***


 いつも通りの封筒と、ついでにタクシー代まで受け取ってしまった私は……金曜日の夜なのに、自宅のベッドにいた。適当に服を脱ぎ捨てて、情事の名残も副島課長の体温も全て消え去った体をベッドに横たえる。目を瞑って、何度も深呼吸を繰り返した。さっきまで体の中で渦を巻いていた眠気はどこかに行ってしまい、今の私に残っているのは、眠らなきゃという義務感だけ。
 何度かうとうとと、頭が引っ張られるような眠気に襲われたけれど、結局深く眠りにつくことが出来なかった。平日出勤する時間よりも少し遅めに目を覚ました私は、大きく伸びをする。
 そう言えば、土曜日にこんなにゆったりとした時間を過ごすなんて……本当に久しぶりな気がする。ご主人様との関係が始まって以来、土曜日といえば、クタクタになりながら朝方帰って来て、そのまま夕方近くまで眠っていることの方が多かった。寝て過ごすというのも無駄な時間の過ごし方だけど……いざ時間ができると、どんな風に過ごしたらいいか分からなくなる。あの関係が生まれるまで、私はどんな休みを過ごしていたっけ?
 
 結局、暇を持て余した私は街に出てソレを潰すことしか思いつかなかった。土曜日の繁華街は混んでいて、そこら中にいるカップルや家族連れがやたらと目に入った。私みたいに一人ぼっちでぶらぶらと当てもなく歩いている人が、逆に目立つくらいに。何だか肩身が狭くなっていくような気分だ……少しだけ肌寒さを覚えた私はそそくさと人ごみの中を抜けていく。
 ファッションビルの中に入っても、特に買う物はなかった。それに、まだ服を買ったり贅沢できるほどお金は溜まっていないし……何度か『ペット代』のことが頭の中をよぎったけれど、それを振り払い、冷やかし以下のウィンドウショッピングばかり繰り返す。大分時間が経ったけれど、私の手に握られていたのはそろそろ無くなりそうだったファンデーションが入った袋だった。
 無駄に歩いたせいか、足腰がじわじわと痛みだした。家に帰るか、それともどこかで休憩するか……少しだけ悩んで、私は近くにあるコーヒーショップに向かうべく足を進めた。ちょっとくらい贅沢したって、大して影響ないはずだ。
 先の事までよく考えない甘えた思考回路だから痛い目ばっかり見るのに……この時ばかりは、そんな私の欠点がすっかり頭から抜け落ちていた。


「あ……」


 ガラズ張りのコーヒーショップが近づいてきて、顔を上げた。出入り口のドアが目に入るよりも先に、大きな窓際のカウンター席に座る男女に目が入った。先ほどまで死ぬほど見たカップルだったら、もしかしたら気にしなかったかもしれない。
 ただ……そのカップルの男の人の方が、今の私にとってかけがえのない存在になりつつあったから、すぐに気づいてしまったのだと思う。
 私はさっと視線をそらし、早足で元来た道を引き返す。早足は駆け足になり、私は人ごみをかき分けて走り出していた。バクバクと速いテンポで心臓が鳴りつづける、焦燥感と波の様に押し寄せつづける胸の痛みが、次第に足を鈍らせていった。私はビルとビルの間の小路に潜り込んで、肩を上下させ忙しない呼吸を繰り返した。ギュッと目を閉じると、先ほどのコーヒーショップのカウンターに座る副島課長の姿が瞼の裏に映る。その表情はまるで私に向けるときのように……ううん、もっとリラックスしたような、柔らかい表情だった。それに、その隣に座っていた女の人にも私は見覚えがあった。忘れられるはずがない、副島課長の家に行った時に見た、あの写真の人だった。


「……なーんだ」


 口から漏れる息は熱を持っているのに、その言葉は冷たく、ドスンと音を立てて心の中に落ちていく。ふにゃふにゃと力が抜け、私はその場で座り込んでいた。


「そうだよね、遊びだよね……」


 私はただ、ちょっと脅せば手頃に遊べる女だっただけだ。それなのに、どうしていつか対等になれる……恋人同士になれるだなんて、夢を見てしまったのだろう。息を吐きながら、上を仰ぎ見る。ビルとビルの間、小さな隙間から空が見えた。今は、彼の存在があの漂う雲よりも遠く感じる。

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