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バニー、さっそくバレました ④
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だから今、私はバニーガールという恥ずかしい格好で鏡の前に立っている。
「いつから、このお店はコスプレバーになったのよ……?」
伯母さんにポンッと制服を渡されて、それを広げた時、さっと顔が青くなっていくのを感じた。袖なしミニワンピ、スカートは短くて、パニエが入っていてふわっと広がる。肌が透けて見えるような薄い黒のストッキングを履いて、少し垂れ耳になっているウサ耳カチューシャを頭に付けると……あっという間にバニーガールの完成だ。振り返って鏡を見ると、お尻には白いポンポンのような尻尾がついている。
「新しいことどんどんやっておかないと、すぐにお客さんに飽きられちゃうからね。はるちゃん、似合うわよ~」
「……そうかな?」
「じゃあ、まずは……ビラ配りお願いしてもいい?」
そう言って私に再び手渡してきたのは、ビラの束だった。
「それは無理でしょ! 職場の人に見られでもしたら……」
「大丈夫、うちの店の兼業してる子、一度もバレたことないから!」
そう言って、伯母さんはまた強く私の背中を叩いた。バシンッと強く叩かれたところがヒリヒリと痛み始める……きっと背中が赤くなっているはずだ。
私は他の女の子と一緒に、人通りの多い駅の出入り口に向かう。夜はまだそんなに更けていないのに、さすが金曜日の歓楽街。行き交う人が多い。
「大丈夫かな……」
不安を吐露すると、隣に立つ女の子はにっこりと笑った。
「大丈夫大丈夫! 慣れたら恥ずかしさもなくなるから!」
私の不安はそういうことではなく、『会社の人に見られたらどうしよう』ということだ。でも、それを口にするにも憚られるし、それに……木を隠すには森の中、人を隠すには人ゴミの中、むしろ、かえって目立たないかもしれない。こんな格好だけども。開き直って、私も元気よく道行く男性にチラシを配り始めた。
一時間もすると、箱に入っていたチラシの半分もなくなっていった。あと少しも経てば、交代の女の子がやって来るらしい。それまでに、一枚でも多く配ってしまおうと意気込んで、『よろしくお願いしまーす!』といつもよりちょっと高い声、例えば電話を受けるときみたいな、そんな声を出しながら、と歩いていた男の人にチラシを渡そうとした。
その男の人が、私にとって大問題だった。
「あ……」
顔をあげると……その男性と、ばっちり目が合う。
その相手は……直属の上司、総務課の副島課長だった。驚いて口がふさがらない私を見ながら、課長も目を丸くさせていた。
「え、あ……あの、その」
どうしようと考えあぐねていると、副島課長は渡したビラをピッと私の指先から奪い、ポケットに仕舞い足早に去っていく。
「どうしよ……」
アルバイト初日なのにもかかわらず、職場に、それも直属の上司にばれてしまったかもしれない……そんな底知れぬ恐怖感からか、その後からは何を言われても身に入らなかった。それでも、お客さんとの会話をないがしろにせず、きっちり仕事を終えることのできた私を褒めてあげたい。忘れていたと思っても、体は意外に覚えているものだ。
気づいたときには、私はお給料の入った封筒をぎゅっと握りしめ部屋のベッドに転がっていた。目をつぶると、あの時の課長の姿が瞼の裏にありありと映し出される。いつもは表情がないはずなのに驚いて、目を丸くさせ驚いていた副島課長の姿を。……月曜日になったら、きっと呼び出されて、事実確認をされてそのまま首になるのだろう。私から漏れていく息には、落胆と絶望が混じっていた。
月曜日、目の下に隈を作ったまま私は会社に出勤していた。休みの間中よく眠ることもできず、瞼は重たいがそれ以上にずっしりと心が重たい。何度仕事を休もうと思ったことか、それでも何年も職場に通い続けた足は勝手に会社に向かっていた。
「はるちゃん、眠たそうだね。寝不足?」
欠伸を連発させていると、同じ課の早田先輩がこそっと聞いてきた。
「昨日、ちょっと遅くて」
入社して4年目、仕事っぷりが板についてきたこのタイミングでクビかもしれないと思うと背筋が震える。覇気がない私を見て、早田先輩は心配そうに『大丈夫?』と聞いてくれる。それに答えるよりも先に、まるで死刑宣告のような声が私に降りかかった。
「木下さん」
「は! はひっ!」
勢いよく立ち上がって振り返ると、そこには副島課長が立っていた。いつも通りクールなまなざしで私を見るけれど、私は蛇に睨まれた蛙になったように固まってしまう。
きっと会議室かどこかに呼び出されて、そのまま帰ってくださいとでも言われるのだろうとかたく目を瞑る。しかし、課長の言葉は意外な物だった。
「明日朝の会議で使用する資料のコピー、お願いしても大丈夫ですか?」
「へ?」
「資料の一部が倉庫にあるので……それも加えて、コピーお願いします」
課長はメモを渡す。まるで先日私が課長に差し出したチラシの様に。てっきり怒られると思っていた頭はその言葉に上手く付いていけず、私は少し首をかしげる。そんな私の様子を見て、課長はまたはっきり、少し強く「木下さん」と私の名を呼んだ。
「は、はい! わかりました!」
「倉庫の場所、わかりますか?五階奥の……」
「大丈夫です、何度も行ったことがありますし」
「そうですか。それでは、お願いします」
課長はさっと踵を返す。
早田先輩は私が持ったメモを覗き込んだ。
「えー、多くない?私ついて行こうか?」
「いえ、大丈夫です!先輩も忙しそうですし……時間かかるとアレなんで、私行ってきますね!」
「う、うん……無理そうならすぐ言ってね!」
課長に、あの晩の事は何一つ言われなかった、そんな安心感に満ちた私は途端に元気になる。その勢いのまま、五階奥……真っ暗な倉庫の電気をつけるため、スイッチを探った。
……前来た時は埃臭くて、何度もくしゃみをしたのに、今日の倉庫はなんだかこざっぱりしていて綺麗だった。私の知らない内に清掃が入っていたらしい。
うず高く棚に積まれている書類の背表紙にひとつひとつ目を通し、メモに書かれている年度のファイルを抜き出していく。徐々に倉庫の奥に向かっていくと、足が何か軽いものを蹴った。ふっと私は足元を見ると、そこには中くらいの紙袋が置いてあった。
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