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1 お隣さんは(性にだらしない)アイドル!?
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しおりを挟む事務所に立ち込めるカレーの匂い。匂いは大丈夫でも、味が悪いかもしれない。
藤野さんは、私の料理を食べるたびに『マズイ』と言っていた。お母さんから教わった料理でも、テレビで見た有名レストランのコックが作るレシピを真似しても、いつも同じことを言われてしまう。そんな日々を送っていると、次第に、私の心の中に今まで感じたことのない思いが渦巻き始めていた。
私の料理なんて、美味しくないんだ。マズいんだ。
どうしてこんなに美味しくないものを食べてもらおうとしているんだろう。
なんで私はダメな人間なんだろう。
これから先、私はマズいものしか作ることができないんだ。
「ほら、穂花の分」
優奈がお皿に盛られたカレーライスを差し出す。私は小さく「ありがとう」と言うと、二人はにっこりと笑って大きな声で「いただきます」と言う。
「ん!」
「んんっ!」
一口食べるやいなや、二人はうめき声をあげた。私の胸が大きくざわめきだし、不安に押しつぶされそうになる。やっぱり、料理なんて作ってくるんじゃなかった。
「ご、ごめんなさい、やっぱり美味しくないよね、無理して食べなくても……」
「――おいしっ!」
優奈がぱっと顔をあげる。
「うん、旨いなぁ。うちの母さんが作るより旨い」
「ねぇ、これどこのルー使ってるの? もしかして、穂花がスパイスから厳選したとか……?」
「違うよ、普通にスーパーで売ってる市販のルーだよ。まろやかカレーっていうやつ」
二人がおいしいと言ってくれる。私はほっと胸を撫でおろした。
「私も同じルーで作ることあるけど、ここまでおいしいと思った事ないけどなぁ。ねえ、お父さん」
「……なんか、野菜の甘味?みたいなのを感じる」
「もしかして、無水調理だったからかな」
「むすい?」
水を使わない調理法で作った料理の事を、無水料理と呼ぶ。
「水を使わないって、どうやってカレー作るのよ。箱の裏にも必要って書いてあるじゃない」
「お野菜から出てくる水分で煮込むの」
鍋にカレー定番のにんじんや玉ねぎ、それに加えてトマトを入れる。弱火で30分から40分ほどじっくり火をかけていくと、野菜から水が滲み出す。その水分さえあれば充分カレーを作ることはできる。これは、お母さんから教わった作り方。
「ふーん。だからちょっと甘く感じるのかな?」
「そうかも」
私も一口食べる。……けれど、おいしいともマズいとも思えない。口の中に味は広がっているはずなのに、何も感じなかった。
「毎日穂花ちゃんにきてもらってお昼ご飯作ってもらおうかな」
「だ、だめです! 私の作るものなんて、誰かに食べてもらえるほど立派なものじゃないし」
「うーん、困ったな。穂花、料理に関することだとさらにマイナス思考になっちゃうんだもん」
優奈は腕を組んで「どうしようかな」と悩み始める。
「カウンセリングには行くつもりはないんだっけ? 穂花ちゃんは」
「そ、そこまでしなくても何とかなると思うので」
「なるかなぁ? 病院を頼るのも手だよ? ……あとは、穂花の料理を誰かに食べてもらうとか」
その恐ろしい提案に私は全力で首を横に振る。
「いい考えだと思ったんだけどね」
「第一、食べてくれる知り合いなんていないし」
「あれ? 中学の時の友達に連絡取ろうよ。アドレスは知ってるよね?」
結婚してすぐに藤野さんに全て消されたと話すと、優奈は天を仰ぐ。
「じゃあ今度プチ同窓会しよ! 友達集めてさ、穂花の作った料理食べてもらおうよ」
私は首を振って嫌がっているのに、優奈は「決定事項だからね!」と言い切ってしまう。
「あとは、何か趣味に打ち込むとか。そういえば、穂花ってアイドル好きだったよね」
優奈の言葉で思い出がぶわっと蘇った。
「グレイテストボーイズだったけ? 穂花ってば、コンサート行きたいけど1人じゃ怖いって言って、私もついて行ったよね」
「うん、そうそう!」
お年玉とお小遣いを貯めて行った、大好きだったアイドルのコンサート。まるで夢の世界にいるようだった。体が思い出に包まれ、少しだけ暖かくなったような気がする。
「あのアイドルって今何してるの? 最近名前聞かないけど」
「……解散した」
「え?」
私が結婚している間に解散して、メンバー全員、芸能界もあっさりと引退した。今はそれぞれ違う道を歩んでいる。解散コンサートツアーなんてこともしていたけれど、自由にできるお金を持っていなかった私は行けるはずもなく、その様をテレビで眺める他なかった。
「そうなんだ。……じゃあ、これは余計だったかなぁ」
そう言って、優奈は自分のデスクから長方形の袋を取り出した。そして「はい」と私の目の前に置いた。
「昨日本屋に行って買ったの。穂花に見せようと思って」
「アイドル雑誌……?」
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