トリップ×ファンタジア

水月華

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第21話

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 馬上は思っていたよりも高く、そして不安定だった。
 馬は現在常足なみあしで進んでいるため、伝わる振動もごく軽微なものである。だけど、馬の扱いに慣れてすらいない私が手綱なんて握るわけもなく――ぶっちゃけてしまえば、どこを掴めばいいかもわかっていない状態だ。一応、落ちないように適当なところには掴まっているのだが、気を付けていなければ私なんか簡単に落馬してしまいそうで、少し怖い。

(馬に乗るのって手綱を持ってるイメージしかないもんなあ。映画とか漫画の登場人物はどうやって馬に乗ってたっけ?手綱を操る人が前に座っていれば、腕を回してしがみつくのも可能かもしれないけど……あ、でも本当にそれをするってなったら恥ずかしくてできなさそう)

 ただでさえ慣れていないのにどうでもいいことを考えているせいか、姿勢もなかなか安定しない。
 私が前に乗り、同乗者が後ろで手綱を操っているという状態なので、邪魔にならないようにしたくてもどうすればいいのかわからない。
 そんな私に、同乗者は優しかった。

「コトハ、大丈夫ですか?」

 自分のすぐ後ろから、穏やかな声が聞こえてくる。

「つらいようでしたら、どうぞ私に寄りかかってください」

 出発して間もないうちから馬に慣れず四苦八苦している私に気付き、心配してくれたのだろうか。
 時折ぐらつく姿勢のままでは振り返りたくても怖くてできないため、そのままの体勢で口を開く。

「いいの?」
「ええ、かまいませんよ」

 正直、その申し出は非常に助かる。
 私は素直に言葉に甘え、後方にいる同乗者――ロイドの身体に背中を預けることにした。
 ゆっくりと身体を後ろに倒せば、彼の胸に背が触れる。一人で身体を支えているよりは幾分か楽だが、上半身だけを倒したせいか、微妙に座りが悪い。

「うーん……」

 唸りながらどうするべきかとごそごそ身体を動かしていると、近い位置からくすりと小さく笑う声が振ってきた。上体を少しだけ捻り、顔を上げれば、そこにはロイドのくすぐったそうに笑う顔。

「なに?」
「……いいえ?何でも」
「え、絶対何かあるでしょそれ。言ってよ」
「本当に何でもないのですよ。ただ、コトハがとても近くにいるので――――」

 ここで、ロイドは唐突に言葉を切ってしまう。
 意味がわからず胡乱げな視線を向けてやれば、彼は「大したことではありませんから」と誤魔化すように首を振った。疑問には思うものの、本人がそう言うのであればまあいいか、と思い直し、それ以上追及しないことにする。代わりに、別の言葉を口にした。

「ねえ、けっこう体重かけちゃってるけど重くない?大丈夫?」
「平気ですよ。コトハは初めてなのですから、もっと自分のことを考えても良いのですよ。もう少し力を抜いても良いくらいだと思います」
「ううーん……そうしたいのは山々なんだけどね。なんか、まだバランスが悪いっていうか姿勢が悪いっていうか……」

 微妙に座りが悪いという旨を伝えれば、ロイドは私の体勢を確認し「ああ」と合点がいったように頷いた。それからロイドは「失礼します」という台詞とともに、いつの間にか手綱から離れていた右手を私の腰に回してくる。それに私が驚く暇も無く、腰に回った手の力で身体ごとロイド側に引き寄せられた。

「ロ、ロイド?」
「いかがですか?先程よりも少しは楽になりましたか?」
「た、確かにさっきよりはいいけど……」

 先程よりもずっと近くで聞こえる、低い声。
 私の背中に触れる面積はずっと多くなり、腰に回っていた手も既に手綱に戻されているため、私の両脇にロイドの腕がある状態。
 ふと気が付けば、私とロイドの身体は馬上でほとんど密着するような形になっていた。

(…………うわあ)

 羞恥から、顔に熱が集まってくるのがわかる。

(ちょ、ちょっと近すぎじゃない!?)

 こんな恥ずかしい体勢で照れるなというほうがおかしいんだ、と自分に言い訳してみるが、火照った頬は簡単には冷めてはくれないらしい。

(ロイドはこんなに近くても全然平気なのかな)

 ちら、とロイドの顔を盗み見てみるが、彼の表情は普段とあまり変わらないようだった。
 私が気にしすぎているだけなのかもしれない。よくよく考えてみれば、馬上で二人乗りともなれば距離が近くなるのは当たり前なのだ。異性に慣れていないのも考えものだな、と、私は深呼吸をすることで早まりかけた胸の鼓動を落ち着かせた。


「あーあ、羨ましいわねェ。アタシも話し相手が欲しいわぁ」

 少し先をゆっくりと進んでいたクロノスが、突然スピードを落として私達の馬に並んでくる。

「ロイドにエスコート役を譲ったのはアタシだけど、やっぱりアタシがコトハちゃんと乗ればよかったかしら?失敗したわー」
「あー、一人だとちょっと寂しいもんねえ」

 残念だ、とでも言うようにため息をつくクロノスに答えながら、私は出発前のやりとりを思い出す。
 ロイドとクロノスどちらと馬に乗るか、と尋ねられた私は「乗せてくれるならどちらでも良い」と答えた。私は乗せてもらう側なので、選ぶ権利なんて無いのではと思った末の回答だったのだが、何故かその後ロイドとクロノスの間で話し合いが始まってしまい、出発を遅らせるはめになってしまったのだ。
 話し合いの内容は私自身ちゃんと聞いていない。何故か男二人でこそこそと話をしていたので、不思議には思ったけれど、そこに割って入るような勇気は持ち合わせていなかったので、放っておいた。
 最終的に、ロイドが私を乗せていくことになったわけだけれど――どちらと馬に乗るかなんてそこまで重要なことでもないだろうに、と私は思うのだ。

「そうそう、せっかくのおでかけなのに暇だし寂しいのよねェ。ねえねえコトハちゃん、もう少し進んだら休憩にするからさー、次はアタシの馬に乗ってよ?」
「あはは、どうしよ」
「クロノス、勝手に決めないでいただけますか?別にこのままでも問題はないでしょう?」
「んもうっ!ロイド、アナタには聞いてないわよ!」

 ――そんなやりとりをしながらも、馬はゆっくりと進んでいく。

 途中までは街道を辿るように真っ直ぐ北に進んでいたのだが、途中から街道を外れ、周囲に広がる草原を突っ切っていく。モンスターのようなものはちょこちょこ見かけた気がするけれど、ノンアクティブのものが多いのか、攻撃してくることはあまりない。たまに攻撃しようと近付いてくるモンスターもいたけれど、近付かれる前にクロノスが魔法でさっさと片付けていたので、まったく問題はなかった。

 目的地であるメルカ遺跡に辿り着いたのは、ティレシスを出発してから一時間以上も後のことだった。
 ロイドに手伝ってもらって馬を降り、私は目の前に鎮座する大きな建物を呆然と見上げる。

「うわー……これがメルカ遺跡?」
「そうよぉ。あ、一人で先に行っちゃダメよ?危ないから」
「わかってるよ!」

 独り言のような私の台詞に答えてくれたのは、馬を近くの木に繋いでいる最中のクロノスである。
 ロイドもクロノスの近くに馬を繋ごうとしているが、二人とも本当に手際が良い。旅慣れているんだな、とぼんやり思いながら、私は視線をメルカ遺跡の方へと向ける。
 茶色っぽい石畳の階段を上った先にある遺跡は、始皇帝の墓よりも小さいようだった。煉瓦造りの外壁は老朽化のためかやはりところどころ崩れており、蔦が絡まっている。遺跡上部には見たことのない模様が描かれているようだったが、ここからだと細かいところまでは見渡せない。
 遺跡の入り口は、まるで私達を待ち受けているかのようにぽっかりと口を開けていた。その先は暗く、闇だけが続いている。あの中にこれから入るのだ、と思うと、途端にドキドキしてきた。緊張したままではいけないと、私は一度大きく深呼吸をする。

「どうかしましたか?」

 準備を終えたロイドが、私の傍に歩み寄ってきた。

「ううん、なんでもないよ。ただ、ちょっとドキドキしてきたからさ。ちょっと深呼吸をね」
「……本当に大丈夫なのですか?」

 正直に答えれば、ロイドの心配そうな瞳が私に向いた。
 本当は少し怖いという気持ちもあるのだけれど……これ以上心配させるのも何なので、これは言わないでおく。

「うん、大丈夫」
「……無理はしないでくださいね、コトハ。私は――」

 貴女のことが心配なのですから、と。
 そう言ったロイドの表情は、どこか切なそうだった。

「……お待たせー!さあ二人とも?準備はいいかしら!?」

 遅れてやってきたクロノスが、上機嫌な様子でロイドの肩を引き寄せた。
 ロイドは眉をひそめてクロノスを一瞥したが、当のクロノスはとてもにこやかだ。見聞の旅をしていただけあって、こういった場所に来るのは好きなのだろう。地図をロイドに見せながら、楽しそうにしている。

「……それじゃ、そろそろいきますか!」

 緊張しているのは本当だけれど、このまま悩んでいても仕方ない。
 私は努めて明るい声を出し、二人を促して歩き出した。


 階段を一段一段上り、メルカ遺跡の入り口へとやってくる。
 先程階段の下から見た通り、入り口の先には闇が広がっていた。目を凝らしてみても、内部の様子はよくわからない。

「ランプが必要でしょうか」
「そうねェ……魔法で火も出せるけれど、アタシも無駄な魔力を使いたくないし。ランプを使ったほうがいいかもしれないわ」
「わかりました」

 ロイドが鞄の中からランプを取り出し、手早く火をつける。
 クロノスは火の入ったランプをロイドから受け取ると、先導するように遺跡内部へ一歩足を踏み入れた。

「え……っ!?」

 クロノスが、遺跡の中に足を踏み入れた瞬間。
 壁際に等間隔に並んだ燭台に一斉に火が灯り、一気に視界が明るくなった。おかげで道の先まではっきりと見えるようになったが、あまりに唐突すぎてびっくりする。
 これも、遺跡にある仕掛けの一部なのだろうか。
 そう思ってクロノスの方を見やれば、彼は別段驚いた風でもなく、視線だけで周囲の様子を窺っているようだった。それから、彼はふうと息を吐くと唇の端を持ち上げ、くすりと笑みをこぼす。

「――なるほど?おもしろくなってきたじゃなぁい?」

 クロノスの声と同時に、ランプの灯が消える。
 それを合図に、私達は止まっていた足を動かし、遺跡の内部へと進んでいくのだった。
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