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第53話
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「みんな……」
思わず口からこぼれた呟きは、小さすぎて誰の耳にも届くことなく消えていく。吐息のような私の声を拾い上げる者がいたとしたら、それはすぐ隣で口元を抑えるウェティなのだろうけれど、きっと彼女もそれどころではなかったはずである。
何せ私達の視線は、あっという間に距離を詰めてくる三人の姿に釘付けになっていたからだ。
「コトハちゃん!」
「んぶっ!?」
駆け寄ってきた仲間達に声をかけようと口を開きかけた瞬間、文字通り突進というような勢いでやってきたクロノスに真正面から抱き付かれ、私はその場でたたらを踏んだ。
勢いごとクロノスを受け止めた私の身体は重みに耐えきれず後ろへ倒れそうになったのだけれど、ぎゅうぎゅうと私を強く抱き締める彼の両腕がそれを許さなかった。
「もうっ!もうもうっ!無事で本っ当によかったわぁーっ!」
ぐりぐりと私の頭に頬を押し付けるクロノスに、私はただ目を白黒させるだけ。
「ちょ、ちょっと大げさだって……クロノス、落ち着いて」
「これが落ち着けるモノですかっ!」
クロノスを宥めようと口にした台詞は、彼の興奮気味な言葉に一蹴されてしまう。
「アタシのコトハちゃんが、また目の前で消えてしまったのよ!?しかもまたアタシの力の届かない場所に!アタシもロイドも、本当に心配したのよ!?」
「う……それは、ごめんなさい」
ぐうの音も出ない。
理由や背景はどうあれ、また私だけが仲間とはぐれてしまったのは紛れもない事実である。
私は素直に謝罪の言葉を口にした。
「この間から心配ばっかりかけて本当ごめん!次こそ気を付ける――って言っても今は信用ないと思うから……怪しいものにはできるだけ触らないようにするね」
「そうしてちょうだい!……こんなことになるのなら、昨夜のうちにペンダントの効果を強化しておくべきだったわね。それよりも、力を持たない大切な小鳥を護る優しい鳥籠を用意したほうが良かったのかしら?いいえ、それはダメね。翼を手折るなんてこと、アタシ自身が許さないわ」
背中に回るクロノスの手が、私のうなじに触れ、ペンダントの細い鎖をなぞるように動く。私は何をするつもりなのかと一瞬身を固くしたものの、彼の囁きにも似た掠れた言葉から、ペンダントの存在を確認したかったのかもしれないと思い直し、身体の力を抜いた。
耳元で呟かれた台詞の中に何か怖い単語が含まれていたような気がしたけれど、クロノスのことだ、何かの比喩だろう。そうに違いない。
(比喩にしても鳥籠って……何を言ってるんだろうね)
「ほら、私はこの通り大丈夫だから。そろそろ離してもいいよクロノス」
私はクロノスの背に腕を回し、促すようにぽんぽんと軽く叩いた。すると彼は一度だけ両腕の力を強めてから私を解放し、ゆっくりと離れていく。
それと入れ替わるような形で、ロイドが私の方へと歩み寄ってくる。彼は私の目の前でぴたりと立ち止まると、躊躇いがちに私の顔を覗き込んできた。
「……お怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫。どこも痛くないし、全然平気だよ。それよりごめんねロイド。気を付けるって約束したばかりなのにまたこんなことになっちゃって……」
「いいえ。何度でも言いますが、貴女が無事なのであれば私はそれで良いのですよ。むしろ……こうなることを予測できず、貴女をみすみす危険に晒してしまった私が悪いのです。どうかお許しください」
そう言って頭を下げるロイドの姿に、私は慌てて首を振った。
「何を言ってるの!許すも何も、ロイドは何も悪くないんだよ。全部私の不注意なの。もっと私が気を付けるべきだったんだよ。クロノスみたいに、ちょっと叱ってくれてもいいくらいなんだからね。だからロイドが謝る必要はないの。ほら、頭なんか下げないで、上げて上げて!」
ここまで迎えに来てくれたことに感謝こそすれど、心配と労力をかけさせた相手を詰る趣味など持ち合わせていない。私はロイドに一歩近付くと、彼の身体に触れ半ば強引に顔を上げさせた。
無理矢理視線を合わせたロイドは驚いたような表情で瞬きを繰り返していたけれど、私がもう一度「本当にごめんなさい」と謝ると、ふっといつもの優しい笑みを浮かべてくれた。
「――貴女は、本当に」
「……え?何か言った?」
ロイドが何か言った気がしたけれど、声が小さすぎてうまく聞き取れず、私は思わず問い返す。
しかしロイドは私の問いに小さく首を横に振って「何も」と言うだけで、教えてくれる気はなさそうだった。大したことではない、ということだろうか――そう解釈してロイドから離れようとした途端、先程まで触れていた手をそっと掴まれ、優しく引き寄せられる。気が付けば、私はロイドの腕の中にいた。
「貴女は、私のすべて――――無事でよかった」
吐息混じりの声が、私の耳をくすぐっていく。
その声音にびくりと身体を震わせたと同時に、ロイドは腕の力を緩め、クロノスと同じように離れていった。
(クロノスとロイド、どちらからも抱き締められてしまった……仲間同士であれば再会を喜び合うことだって普通、だよね?)
もちろん信頼する仲間でなければこんなことはしないのだが、最近距離感というものがわからなくなってきている私にはどこまでが普通なのか判断に困る部分でもある。
考えを切り替えるために息を吐きつつ視線を巡らせると、少し離れたところでウェティがレオニールに抱き着いているのが見えた。会話までは聞こえないけれど、彼らも再会を喜び合っているのだろう。ウェティの嬉しそうな表情と、仏頂面ながら妹の頭に手を置くレオニールの姿が、兄妹の絆を感じさせてくれる。
「そういえば、みんなはどうやってここまで来たの?」
リレイバール兄妹の姿に少し心が和んだところで、私はロイドとクロノスの方に顔を向けた。
私とウェティが通り抜けてきた部屋に出入り口らしきものは見当たらなかった。あったのは奥へ奥へと進む一本道のみで、外へ通じる扉なんて存在していなかったはずなのに。
「転送装置の力ですよ」
ロイドが私の疑問に答えるように静かに口を開いた。
「貴女達の姿が消えた後、私達は後を追うため転送装置を起動させようとしたのですが……転送装置は沈黙したまま動く気配を見せませんでした。壊れてしまったか、力を失ってしまったかの二つの可能性を追いましたが、予想に反して転送装置の翼は閉じなかった」
ロイドの言葉を聞きながら、転送装置の外観を思い返してみる。
最後に私が目にした時、それは翼の装飾を大きく広げていた。発動と同時に形状が変化するタイプのものであると仮定するなら――翼の装飾が元に戻らなかったのは、装置が作動中であるからと受け取ることもできる。私がテーブルの上に落としてしまったことで不具合を起こしていないとも限らないし、使用が一度限りのものである可能性も捨てきれないけれど。
「じゃあ、その時点では少なくとも壊れていないと判断したってこと?」
「そうですね。転送装置に宿った魔力は枯渇していないことから、クロノスの見立てでは発動条件があるのかもしれない……と」
「発動条件?」
「はい。何が引き金になったのかはわかりませんが、転送装置が起動したのは本体がテーブルに落下した直後でした。何らかの衝撃によって起動するものであるとも考えましたが、万が一を考えると迂闊に手が出せなかった」
「壊れてしまったら大変だから?」
「そうです。貴女達を探すための唯一の手掛かりがなくなってしまう。それだけはどうしても避けたかったのです」
所持者であるレオニールもあの装置についての詳細は知らず、魔法障壁の修復にかかる二日を待たずして帰りたいのであれば勝手に使えばいいと思っていたらしい。転送装置自体も複数所持していて、その中の一つを適当に持ってきた結果がこれだったとのこと。
転送装置が壊れてしまった場合、私達が飛ばされた場所すら絞れなくなり、救出に時間がかかってしまう。だからむやみに転送装置に衝撃を与えることはできなかったのだと、ロイドは語った。
「じゃあ、ここまでいったいどうやって?」
「それが不思議なことに、突然転送装置が動き出したのよねェ」
問いを重ねる私に答えたのはロイドではなく、頬に手を当てて首を傾げるクロノスの方だった。
「コトハちゃん達がいなくなってからそう時間は経っていなかったと思うわ。そうね、一時間を少し過ぎたあたりだったかしら。転送装置がいきなり発光し始めて、ここに繋がる門を開いたの。コトハちゃん達の時のように強制的な転移ではなかったのが不思議だけれど……」
「ちょっと待って。その門が開いたのはいつのこと?」
「うん?本当につい先程のことだけれど?」
クロノスの言葉を受け、私は思考を巡らせる。
突然起動した転送装置。私とウェティが解いた謎と辿ってきた道筋。何らかの関係があるようにしか思えない。
「転移先が薄暗い教会のような場所だとは思っていなかったけれど……ここに来るまでいろいろなモノを見たわ。ねえコトハちゃん、ここでいったい何があったの?」
「あ、それは」
「――――おい。お前ら、いつまでそうしているつもりだ?」
クロノスの問いに答えようと口を開いた私を遮るように、レオニールの低い声が飛んできた。
思わずそちらを振り返れば、面倒くさそうに頭を掻くレオニールと視線がかち合った。ウェティはいつの間にかレオニールから身体を離していたらしく、彼の隣に静かに佇んでいる。
「お前らが悠長に話している間、だいたいのことは妹から聞いた。さっさとここから出るぞ」
「アタシ達も情報交換をしたかったのだけどね……まあいいわ。それで、アナタはいったいどうやって出るつもりなのかしら?」
出口はないわよ、と目を細めるクロノスに、レオニールは唇を弧の形にすることで答えを返す。
「出口がないことくらいわかりきってる。なら方法は一つしかねェだろ」
「……レオニールさん、それはこのまま進むっていうことですか?」
「ああ」
レオニールは私の問いに小さく頷くと、先程新たに出現した扉の方を顎でしゃくった。
「もともと選択肢なんてねェんだよ。ただひたすら前に進むのみだ」
「ふうん?ま、それにはアタシも同意見だけどね」
「長居するつもりもない。このままここで喋っていたいんならお前らは好きにすればいい。着いてくるつもりなら早くしろ。魔術師サマと騎士サマは気に食わねェが、そこの女は妹のついでに守ってやろう」
随分と尊大な物言いである。
仲間達の様子を視線だけでそろりと確認すると、ロイドはどこか渋い顔をしているし、クロノスは面白そうなものを見る目でレオニールを眺めている。それぞれ対照的な反応をするロイドとクロノスに、レオニールはどこか挑戦的な笑みを向けていた。
言葉では突き放しているように聞こえるし、反発しか生まない言い方だと思う。だけど、暗に着いてこいと言われているような気がするのは私だけだろうか。
「……貴方に着いていくわけではありませんが、ここは進むしかないでしょう。よろしいですかクロノス、コトハ」
少しの間を置いて、ロイドがため息をつきながら私達の方に顔を向けた。私達に同意を求めながらも、ロイドの表情は冴えない。ロイドはレオニールのことをあまり好ましく思っていないのだろうな、と苦い笑みをこぼしながら、私は彼に「いいよ」と頷き返した。
「大丈夫ですわ、コトハ。貴女のお仲間ももちろんお強いのでしょうけれど、わたくしの兄様も強いのです。危ない時は、貴女のこともきっと守ってくれますわ」
ウェティは胸の前で両手を組み合わせてにっこりと微笑むと、私を元気づけるように声をかけてきた。
(私、そんな不安そうにしていたかな……)
自分では何も感じなかったのだが、ウェティにはそう見えてしまったのだろうか。
もしかして、私が苦い笑みを浮かべた理由をレオニールと行動することに対する不安であると受け取ってしまったのかもしれない。
私自身、昨日のケーキの一件もありレオニールのことはそこまで心配していないのだけれど、ロイドやクロノスは彼を信頼していない。一緒に行動するということにまったく不安がないわけではないのだな、と内心ひとりごちてから、私はウェティに笑みを向けた。
「話がまとまったのであれば、早く先へ進みましょう。こんなところに長居は無用ですから」
私とウェティがささやかなやりとりをしている間に話は進んでいたらしく、この場所を出るまでは一時休戦という形で落ち着いたようだった。
ロイドの声を皮切りに、全員が扉の方へと足を向ける。ロイドは扉の前に来るとそれを躊躇なく一気に押し開けると、そのまま中へと進んでいった。その姿を見た私達も、ゆっくりと彼に続いて扉の先に足を踏み入れる。
「ここは……」
扉の先は、先程と同程度の大きさの部屋に繋がっていた。しかし、似通っているのは部屋の大きさのみで、高い天井には何も描かれていないし、四方を囲む壁にも壁画のようなものは見当たらない。松明が等間隔に並び、周囲を照らしているだけだった。
先程の部屋とは明らかに異なる、殺風景な部屋。どちらかといえば、振り子時計を腕に抱いた女神像があった場所に似ているような気がする。いや、似ているというよりほぼ同じと言って良いのかもしれない。
――空中に、紫色の光で文字のようなものが浮かび上がっていることを除けば、だが。
「“名も無き人間よ。時間の旅路の果てへと辿り着いた旅人よ。神と人間の物語にどうか静謐な終焉を。其は解放の物語。これは、最後の試練なり”」
誰かが光で綴られた文字を読み上げた、次の瞬間。
紫の色の光が一気に収束し、みるみるうちに何かを形作っていく。
だんだんと大きくなっていく紫色の光が、やがてひとつの形を成した時――――それは突然現れた。
思わず口からこぼれた呟きは、小さすぎて誰の耳にも届くことなく消えていく。吐息のような私の声を拾い上げる者がいたとしたら、それはすぐ隣で口元を抑えるウェティなのだろうけれど、きっと彼女もそれどころではなかったはずである。
何せ私達の視線は、あっという間に距離を詰めてくる三人の姿に釘付けになっていたからだ。
「コトハちゃん!」
「んぶっ!?」
駆け寄ってきた仲間達に声をかけようと口を開きかけた瞬間、文字通り突進というような勢いでやってきたクロノスに真正面から抱き付かれ、私はその場でたたらを踏んだ。
勢いごとクロノスを受け止めた私の身体は重みに耐えきれず後ろへ倒れそうになったのだけれど、ぎゅうぎゅうと私を強く抱き締める彼の両腕がそれを許さなかった。
「もうっ!もうもうっ!無事で本っ当によかったわぁーっ!」
ぐりぐりと私の頭に頬を押し付けるクロノスに、私はただ目を白黒させるだけ。
「ちょ、ちょっと大げさだって……クロノス、落ち着いて」
「これが落ち着けるモノですかっ!」
クロノスを宥めようと口にした台詞は、彼の興奮気味な言葉に一蹴されてしまう。
「アタシのコトハちゃんが、また目の前で消えてしまったのよ!?しかもまたアタシの力の届かない場所に!アタシもロイドも、本当に心配したのよ!?」
「う……それは、ごめんなさい」
ぐうの音も出ない。
理由や背景はどうあれ、また私だけが仲間とはぐれてしまったのは紛れもない事実である。
私は素直に謝罪の言葉を口にした。
「この間から心配ばっかりかけて本当ごめん!次こそ気を付ける――って言っても今は信用ないと思うから……怪しいものにはできるだけ触らないようにするね」
「そうしてちょうだい!……こんなことになるのなら、昨夜のうちにペンダントの効果を強化しておくべきだったわね。それよりも、力を持たない大切な小鳥を護る優しい鳥籠を用意したほうが良かったのかしら?いいえ、それはダメね。翼を手折るなんてこと、アタシ自身が許さないわ」
背中に回るクロノスの手が、私のうなじに触れ、ペンダントの細い鎖をなぞるように動く。私は何をするつもりなのかと一瞬身を固くしたものの、彼の囁きにも似た掠れた言葉から、ペンダントの存在を確認したかったのかもしれないと思い直し、身体の力を抜いた。
耳元で呟かれた台詞の中に何か怖い単語が含まれていたような気がしたけれど、クロノスのことだ、何かの比喩だろう。そうに違いない。
(比喩にしても鳥籠って……何を言ってるんだろうね)
「ほら、私はこの通り大丈夫だから。そろそろ離してもいいよクロノス」
私はクロノスの背に腕を回し、促すようにぽんぽんと軽く叩いた。すると彼は一度だけ両腕の力を強めてから私を解放し、ゆっくりと離れていく。
それと入れ替わるような形で、ロイドが私の方へと歩み寄ってくる。彼は私の目の前でぴたりと立ち止まると、躊躇いがちに私の顔を覗き込んできた。
「……お怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫。どこも痛くないし、全然平気だよ。それよりごめんねロイド。気を付けるって約束したばかりなのにまたこんなことになっちゃって……」
「いいえ。何度でも言いますが、貴女が無事なのであれば私はそれで良いのですよ。むしろ……こうなることを予測できず、貴女をみすみす危険に晒してしまった私が悪いのです。どうかお許しください」
そう言って頭を下げるロイドの姿に、私は慌てて首を振った。
「何を言ってるの!許すも何も、ロイドは何も悪くないんだよ。全部私の不注意なの。もっと私が気を付けるべきだったんだよ。クロノスみたいに、ちょっと叱ってくれてもいいくらいなんだからね。だからロイドが謝る必要はないの。ほら、頭なんか下げないで、上げて上げて!」
ここまで迎えに来てくれたことに感謝こそすれど、心配と労力をかけさせた相手を詰る趣味など持ち合わせていない。私はロイドに一歩近付くと、彼の身体に触れ半ば強引に顔を上げさせた。
無理矢理視線を合わせたロイドは驚いたような表情で瞬きを繰り返していたけれど、私がもう一度「本当にごめんなさい」と謝ると、ふっといつもの優しい笑みを浮かべてくれた。
「――貴女は、本当に」
「……え?何か言った?」
ロイドが何か言った気がしたけれど、声が小さすぎてうまく聞き取れず、私は思わず問い返す。
しかしロイドは私の問いに小さく首を横に振って「何も」と言うだけで、教えてくれる気はなさそうだった。大したことではない、ということだろうか――そう解釈してロイドから離れようとした途端、先程まで触れていた手をそっと掴まれ、優しく引き寄せられる。気が付けば、私はロイドの腕の中にいた。
「貴女は、私のすべて――――無事でよかった」
吐息混じりの声が、私の耳をくすぐっていく。
その声音にびくりと身体を震わせたと同時に、ロイドは腕の力を緩め、クロノスと同じように離れていった。
(クロノスとロイド、どちらからも抱き締められてしまった……仲間同士であれば再会を喜び合うことだって普通、だよね?)
もちろん信頼する仲間でなければこんなことはしないのだが、最近距離感というものがわからなくなってきている私にはどこまでが普通なのか判断に困る部分でもある。
考えを切り替えるために息を吐きつつ視線を巡らせると、少し離れたところでウェティがレオニールに抱き着いているのが見えた。会話までは聞こえないけれど、彼らも再会を喜び合っているのだろう。ウェティの嬉しそうな表情と、仏頂面ながら妹の頭に手を置くレオニールの姿が、兄妹の絆を感じさせてくれる。
「そういえば、みんなはどうやってここまで来たの?」
リレイバール兄妹の姿に少し心が和んだところで、私はロイドとクロノスの方に顔を向けた。
私とウェティが通り抜けてきた部屋に出入り口らしきものは見当たらなかった。あったのは奥へ奥へと進む一本道のみで、外へ通じる扉なんて存在していなかったはずなのに。
「転送装置の力ですよ」
ロイドが私の疑問に答えるように静かに口を開いた。
「貴女達の姿が消えた後、私達は後を追うため転送装置を起動させようとしたのですが……転送装置は沈黙したまま動く気配を見せませんでした。壊れてしまったか、力を失ってしまったかの二つの可能性を追いましたが、予想に反して転送装置の翼は閉じなかった」
ロイドの言葉を聞きながら、転送装置の外観を思い返してみる。
最後に私が目にした時、それは翼の装飾を大きく広げていた。発動と同時に形状が変化するタイプのものであると仮定するなら――翼の装飾が元に戻らなかったのは、装置が作動中であるからと受け取ることもできる。私がテーブルの上に落としてしまったことで不具合を起こしていないとも限らないし、使用が一度限りのものである可能性も捨てきれないけれど。
「じゃあ、その時点では少なくとも壊れていないと判断したってこと?」
「そうですね。転送装置に宿った魔力は枯渇していないことから、クロノスの見立てでは発動条件があるのかもしれない……と」
「発動条件?」
「はい。何が引き金になったのかはわかりませんが、転送装置が起動したのは本体がテーブルに落下した直後でした。何らかの衝撃によって起動するものであるとも考えましたが、万が一を考えると迂闊に手が出せなかった」
「壊れてしまったら大変だから?」
「そうです。貴女達を探すための唯一の手掛かりがなくなってしまう。それだけはどうしても避けたかったのです」
所持者であるレオニールもあの装置についての詳細は知らず、魔法障壁の修復にかかる二日を待たずして帰りたいのであれば勝手に使えばいいと思っていたらしい。転送装置自体も複数所持していて、その中の一つを適当に持ってきた結果がこれだったとのこと。
転送装置が壊れてしまった場合、私達が飛ばされた場所すら絞れなくなり、救出に時間がかかってしまう。だからむやみに転送装置に衝撃を与えることはできなかったのだと、ロイドは語った。
「じゃあ、ここまでいったいどうやって?」
「それが不思議なことに、突然転送装置が動き出したのよねェ」
問いを重ねる私に答えたのはロイドではなく、頬に手を当てて首を傾げるクロノスの方だった。
「コトハちゃん達がいなくなってからそう時間は経っていなかったと思うわ。そうね、一時間を少し過ぎたあたりだったかしら。転送装置がいきなり発光し始めて、ここに繋がる門を開いたの。コトハちゃん達の時のように強制的な転移ではなかったのが不思議だけれど……」
「ちょっと待って。その門が開いたのはいつのこと?」
「うん?本当につい先程のことだけれど?」
クロノスの言葉を受け、私は思考を巡らせる。
突然起動した転送装置。私とウェティが解いた謎と辿ってきた道筋。何らかの関係があるようにしか思えない。
「転移先が薄暗い教会のような場所だとは思っていなかったけれど……ここに来るまでいろいろなモノを見たわ。ねえコトハちゃん、ここでいったい何があったの?」
「あ、それは」
「――――おい。お前ら、いつまでそうしているつもりだ?」
クロノスの問いに答えようと口を開いた私を遮るように、レオニールの低い声が飛んできた。
思わずそちらを振り返れば、面倒くさそうに頭を掻くレオニールと視線がかち合った。ウェティはいつの間にかレオニールから身体を離していたらしく、彼の隣に静かに佇んでいる。
「お前らが悠長に話している間、だいたいのことは妹から聞いた。さっさとここから出るぞ」
「アタシ達も情報交換をしたかったのだけどね……まあいいわ。それで、アナタはいったいどうやって出るつもりなのかしら?」
出口はないわよ、と目を細めるクロノスに、レオニールは唇を弧の形にすることで答えを返す。
「出口がないことくらいわかりきってる。なら方法は一つしかねェだろ」
「……レオニールさん、それはこのまま進むっていうことですか?」
「ああ」
レオニールは私の問いに小さく頷くと、先程新たに出現した扉の方を顎でしゃくった。
「もともと選択肢なんてねェんだよ。ただひたすら前に進むのみだ」
「ふうん?ま、それにはアタシも同意見だけどね」
「長居するつもりもない。このままここで喋っていたいんならお前らは好きにすればいい。着いてくるつもりなら早くしろ。魔術師サマと騎士サマは気に食わねェが、そこの女は妹のついでに守ってやろう」
随分と尊大な物言いである。
仲間達の様子を視線だけでそろりと確認すると、ロイドはどこか渋い顔をしているし、クロノスは面白そうなものを見る目でレオニールを眺めている。それぞれ対照的な反応をするロイドとクロノスに、レオニールはどこか挑戦的な笑みを向けていた。
言葉では突き放しているように聞こえるし、反発しか生まない言い方だと思う。だけど、暗に着いてこいと言われているような気がするのは私だけだろうか。
「……貴方に着いていくわけではありませんが、ここは進むしかないでしょう。よろしいですかクロノス、コトハ」
少しの間を置いて、ロイドがため息をつきながら私達の方に顔を向けた。私達に同意を求めながらも、ロイドの表情は冴えない。ロイドはレオニールのことをあまり好ましく思っていないのだろうな、と苦い笑みをこぼしながら、私は彼に「いいよ」と頷き返した。
「大丈夫ですわ、コトハ。貴女のお仲間ももちろんお強いのでしょうけれど、わたくしの兄様も強いのです。危ない時は、貴女のこともきっと守ってくれますわ」
ウェティは胸の前で両手を組み合わせてにっこりと微笑むと、私を元気づけるように声をかけてきた。
(私、そんな不安そうにしていたかな……)
自分では何も感じなかったのだが、ウェティにはそう見えてしまったのだろうか。
もしかして、私が苦い笑みを浮かべた理由をレオニールと行動することに対する不安であると受け取ってしまったのかもしれない。
私自身、昨日のケーキの一件もありレオニールのことはそこまで心配していないのだけれど、ロイドやクロノスは彼を信頼していない。一緒に行動するということにまったく不安がないわけではないのだな、と内心ひとりごちてから、私はウェティに笑みを向けた。
「話がまとまったのであれば、早く先へ進みましょう。こんなところに長居は無用ですから」
私とウェティがささやかなやりとりをしている間に話は進んでいたらしく、この場所を出るまでは一時休戦という形で落ち着いたようだった。
ロイドの声を皮切りに、全員が扉の方へと足を向ける。ロイドは扉の前に来るとそれを躊躇なく一気に押し開けると、そのまま中へと進んでいった。その姿を見た私達も、ゆっくりと彼に続いて扉の先に足を踏み入れる。
「ここは……」
扉の先は、先程と同程度の大きさの部屋に繋がっていた。しかし、似通っているのは部屋の大きさのみで、高い天井には何も描かれていないし、四方を囲む壁にも壁画のようなものは見当たらない。松明が等間隔に並び、周囲を照らしているだけだった。
先程の部屋とは明らかに異なる、殺風景な部屋。どちらかといえば、振り子時計を腕に抱いた女神像があった場所に似ているような気がする。いや、似ているというよりほぼ同じと言って良いのかもしれない。
――空中に、紫色の光で文字のようなものが浮かび上がっていることを除けば、だが。
「“名も無き人間よ。時間の旅路の果てへと辿り着いた旅人よ。神と人間の物語にどうか静謐な終焉を。其は解放の物語。これは、最後の試練なり”」
誰かが光で綴られた文字を読み上げた、次の瞬間。
紫の色の光が一気に収束し、みるみるうちに何かを形作っていく。
だんだんと大きくなっていく紫色の光が、やがてひとつの形を成した時――――それは突然現れた。
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だって、俺を召喚したリコット王女様、全く俺に目線を合わせてこないし...
周りの兵士や神官達も蔑視の目線は勿論のこと、隠しもしない罵詈雑言な言葉を
俺に投げてくる始末。
そして挙げ句の果てには、ニヤニヤと下卑た顔をして俺の事を『ニセ勇者』と
罵って蔑ろにしてきやがる...。
元の世界に帰りたくても、ある一定の魔力が必要らしく、その魔力が貯まるまで
最低、一年はかかるとの事だ。
こんな城に一年間も居たくない俺は、町の方でのんびり待とうと決め、この城から
出ようとした瞬間...
「ぐふふふ...残念だが、そういう訳にはいかないんだよ、おっさんっ!」
...と、蔑視し嘲笑ってくる兵士達から止められてしまうのだった。
※小説家になろう様でも掲載しています。
騎士志望のご令息は暗躍がお得意
月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。
剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作?
だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。
典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。
従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。
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