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結の章

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 一昼夜ほど遅れて到着した方丈斎は、大善の不始末に怒り狂った。

「あたら精鋭を三人も失うとは、いったい何のためにここまで来たのだ! 大善!」

「それに関しては俺の不手際だ。詫びる」

 大善は素直に頭を下げた。腕試しなどという稚気のためにせっかくの部下を失ったのである。衆の頭としてありえぬ失態であった。これが戦国の世であれば、大善は即座に自害して罪を償ったであろう。

「しかし戦った甲斐がなかったわけではない」

「ほう」

 目線で方丈斎は大善に先を促した。三人もの仲間を失ったのだ。その犠牲に足るものでなければ納得がいかないとその目が語っていた。

「まず、鵜飼藤助の秘蔵っ子、名を甲賀の八郎と言うらしいが、その腕は鵜飼藤助を凌ぐかもしれぬ。村雨が毒血を使ってなお仕留めることができなかった相手だ」

「それほどか」

 村雨ほどの腕の持ち主が、命を捨てて使う最後の技、まず甲賀の八郎にとっても初見の技であったはずだ。初見殺しの技を逃れるとなれば並みの腕ではない。

「それに岡定俊の背中にはよほど手練れの隠形術者がいるぞ。この俺の目をしても気配すら感じ取れない奴がな」

「それはおそらく甲賀のおりくというくのいちであろう」

 甲賀二十四家のひとつ、佐治家の係累にあたるくのいちが、定俊の事実上の妻として常に目を光らせているということは周知の情報であった。だが、大善に悟らせないほどの隠形の使い手であるということは貴重な情報であろう。もともとくのいちは身体能力で男に劣る分、男を篭絡する手管に長けている。しかしごく稀にいる男に遜色がないほど第一線で戦えるくのいちは、大抵なんらかの突出した才能を持っているものであった。突出した才能は脆くもあるが、型に嵌れば恐ろしく強い。おりくのそれが隠形であるとわかったことは大きかった。

「鵜飼藤助も無傷というわけにはいくまい。我が火渡りの術に自ら飛びこんだのだから」

 火傷というのは存外に厄介な傷である。ある意味では斬り傷のほうが無理が利く。回復も遅いうえに感染症の危険も高い。いかに鵜飼藤助といえども戦力の低下は避けられないところであろう。

「なるほど、犬死というわけではなさそうだな」

 万全の状態の鵜飼藤助と戦いたいなどとは方丈斎は思わなかった。相手と戦う前に策を弄するなど忍びにとっては当たり前の方策だった。結果的に方丈斎が鵜飼藤助を倒せるのなら、経過は問わないのである。

「――――が、少々気になることがある」

「穏やかではないな」

 方丈斎ほどの男が気になると評したことに大善は眉をひそめた。

「道中忍びに尾行つけられてな。返り討ちにはしたが、討ち漏らしがないとも限らぬ。俺の勘だが、おそらくは黒脛巾組の手の者であろう」

「すると…………」

「うむ、この一件に首を突っ込もうとしているかもしれぬ、ということだ。あの古狸が欲を出しているとすれば――」

 政宗が天下取りの野心を捨てられぬ煮ても焼いても食えぬ男であるという評価は、伊賀組では常識といえる。持って生まれた強運と、神がかった用心深さで絶体絶命の窮地を紙一重で逃れてきた。もし百万両という大金を耳にすれば食指を動かさぬほうがどうかしていた。

「だからといって黒脛巾組風情に何ができる?」

「まともに戦うつもりはあるまいよ。だが、下手をすると異人をかどわかして我らの勝負に水を差すということもありうる」

 彼らの共通認識として、黒脛巾組の戦闘力は同時代の忍び集団のなかではかなり低い。その分諜報能力に長けている。ある意味では太平の時代にも役立つ集団である。

 彼らを侮るつもりはないが、まともに戦えば黒脛巾組など鎧袖一触に叩き潰せる自信があった。まさか彼らが戦闘専門の斬り手として、竹永兼次という剣客を用意しているなど思いもよらないところであった。

「ならばあまり時間はかけられぬな」

「うむ、あの百万両が万が一あるなら、それをあの狸に奪われるようなことがあれば伊賀組の沽券に関わる」

 すでに方丈斎は、かつての冷静さを取り戻し百万両が幻であろうと推察しているが、皆無であるとまで見限ったわけではない。もちろん百万両があっても伊賀組を救うことはできないだろうが、これはもはや面子の問題であった。間違っても黒脛巾組ごときに渡すわけにはいかなかった。

「鵜飼藤助に回復の余裕を与える義理もない。それに今さら損害を気にする理由もない」

 本来ならば、任務の遂行は報告するまでが原則であり、生きて生還することが求められる。しかし今や方丈斎たちは死人であった。

 すでに公儀には死亡の届を出し、家は後継ぎに任せてきた。勝っても負けても二度と江戸には戻らないと覚悟を決めてやってきたのである。

「急ぐことに否やはないが、余計な手出しは無用にしたいものだな」

 定俊配下の猪苗代兵は、戦国を生き抜いた精鋭が多く残されている。山中の不正規戦ならばともかく、本気で警戒に当たられると方丈斎たちでも手を焼くことは確実であった。数は力であって、そもそも兵の数の暴力にこそ彼らの故郷伊賀は信長に敗れ蹂躙されたのだから。

「果たし状でも送るか?」

 楽しげに大善が言った。馬鹿なことを、と怒ろうとして方丈斎はふと思考に沈む。存外悪い手段ではないかもしれない。

「おそらくは長引かせたくないのはあちらも同様であろう」

 いかに柳生家や蒲生家の黙認を取りつけたとはいえ、おのずから限度がある。

 まして黒脛巾組の介入が予想される状況では、決着は早ければ早いほどいい。

 お互いの利害が一致しているのであれば、あとはそのきっかけを作ってやるだけで事足りるのではないか?

「――――あのセミナリオがよいだろう」

「うむ」

 大善の言葉に方丈斎は力強く頷いた。

 決闘に応じぬ場合、今や日本で唯一となったキリシタンのための教育機関。その象徴として煌びやかに建築されたセミナリオを焼くといえば、定俊にも否やはないはずであった。

 城ならばともかく、戦闘用の施設ではないセミナリオを完全に守り抜くことは至難の業である。

 運が悪ければ火矢の一本でも建物は燃える。それはもう定俊と方丈斎の戦闘は全く別の次元の話であって、定俊が長期間セミナリオを守り抜くのはほぼ不可能といえた。

「といっても岡家の手勢は三百は下るまい。下手に動かれると厄介だぞ?」

「こちらに火渡り大善がいることはすでに藤助から聞いているだろう。百も兵が死んでは隠し立てもままなるまい」

 すなわち、秘密裡に決着をつけるためには、お互いに少人数で損害を抑える必要があるということだ。

 でなければとうに定俊は山狩りを実施しているはずだし、それなりの兵に動員をかけ猪苗代城下を警戒していなければならなかった。

「たった一人で大善と戦いにくる男だぞ? あれも太平の世には生きる場所のないあぶれ者であろう」

 立場は違えども、定俊のような武士もののふもまた、方丈斎たちと同じようにこの世から見放されつつある存在であろう。この太平の世では誰も死を望まない。たとえ醜くとも、より豊かでより安定した明日を生きようとする人間がいるだけだ。だからこそ定俊は決闘に応じるという奇妙な信頼が方丈斎にはあった。

「――――弓をもて」

 その夜遅く、一通の矢文が猪苗代の城門に突き立った。





「殿! 今朝がた城門にてこのような文が……」

 朝になるまで矢文の存在に気が付かなかった門番は、全身に冷や汗をかいて平身低頭していた。

 常在戦場をもってなる武士の定俊の配下にあるまじき怠慢であったからだ。

 当然、定俊も太平に馴れきってしまった門番に怒りを隠せずにいたのだが、その怒りは文を見た瞬間に爆笑にとってかわった。

「ふはははははは! なんと面白いことがあるものか!」

 定俊の豪傑笑いに障子がビリビリと揺れた。

 まさか忍びが決闘状をよこすとは夢にも思わなかった。そも、忍びとは闇に忍び影を友として戦う者である。それが正々堂々、決闘などと言い出すとは、世の中なかなかどうして捨てたものではない。

「よいよい、下がれ。今後は気を抜くでないぞ?」 

 恐縮して土下座したままの門番を、定俊は打って変わって機嫌よく帰した。

 にやにやと目じりを下げながら、定俊は文に視線を落とす。

 セミナリオを燃やすなどと書いてはいるが、それはただの脅しだ。本気で燃やすことなど彼らは考えてもいないだろう。

 まさに阿吽の呼吸で、太平の世からつまはじきにされた者同士が、最後の祭りを盛大に祝うために差し出された恋文のようなものであった。 

 無論、打算もあるに違いない。時間の経過は定俊にとっても問題だが、伊賀組の支援を一切受けることのできない方丈斎たちのほうがより切実だ。任務ならば単純にいやがらせを続けることも可能であっても、今彼らがこの場にいるのは任務のためではなく彼ら自身の誇りのためである。

 生まれて初めての自分の意思で行う自由な戦いの前には、歴戦の忍びも存外に初心な男なのかもしれなかった。

 同様に、定俊もまた徒武者であった若い日の己の初心さを思い出した。まさに方丈斎が定俊に抱いたのと同じように、定俊もまた方丈斎たちに対して奇妙な連帯感のような気持ちを抱いたといってよい。

「せっかくのお誘いを断っては武士の恥というものであろうな」

 破顔一笑、定俊は決闘の申し込みを受けると心に決めたのである。城門前に掲げられた高札には大きな文字で「委細承知」とのみ書かれて、行き交う人々の頭を傾げさせた。





 翌日の朝、定俊は林主計を呼んだ。

「すまんが形見分けを任せようと思ってな」

 飄々と身を乗り出してそんなことをいう定俊に、主計は苦笑して眉を顰めた。

「こんな楽しそうに形見分けをする方を見たことがありませんな」

「こればかりは生きているうちの特権というものよ」

 悪びれもせず定俊は笑う。そのあまりに邪気のない笑顔に、毒気を抜かれて主計は拗ねたように頭を掻いた。

「こうと決めたら私のいうことになど耳を貸さない方ですからな。殿は」

「これも性分だ。許せ」

「いささか寂しゅうなりますな。この猪苗代も」

 寂しくなるどころではない。定俊という重しがなくなれば、たちまちこの猪苗代にはキリシタン弾圧の嵐が吹くだろう。

 主計自身もまた、後年キリシタンであるがゆえに公金横領の冤罪をかけられ、一年もの拷問の末に殉教するに至る運命にある。定俊の死後も猪苗代に残り、キリシタンの信仰や逃亡に支援を与え続けたため隠し財宝との関わりを疑われたのであった。

 定俊の庇護を失った猪苗代で、キリシタンのために働き続けることが何を意味するのか主計はわかっている。定俊もわかっていた。

 それでもお互いに己の生き方を貫くことに一言半句の文句も言わない。主計ほどの経理能力があれば、再仕官など容易いとわかっていても、猪苗代を逃げて生きろ、とは定俊は言わなかった。否、言える資格もなかった。

 生きることよりも、死ぬことが美しく尊いのが武士もののふという生き物であるからだ。

「忠郷様には黄金三万両と相州正宗の太刀、御子息忠知様には三千両と備前長船景光の打刀に相州貞宗の脇差を送るがよい。借金については全て帳消しと回状を回せ」

「よろしいので?」

「その程度の散財はしてみせんと、な」

 ――キリシタン百万両の隠し財宝という噂は、蓋を開けてみれば定俊の個人資産にすぎなかった。あまりに莫大な資産なので勘違いした不心得者が出た。それが今回定俊が用意した落としどころである。

 その落としどころの信ぴょう性を高めるためにも、景気よく散財してみせなければならなかった。

 間垣屋に預けていた投資金七万両に加え、猪苗代城の御金蔵に保管された三万両、そして領内外に貸し付けた金を合わせれば十五万両ほどにはなろう。百万両にはほど遠いが、それでも目を剥くような大金である。間違ってもみちのくの田舎陪臣が所有してよい金額ではない。

 主君である蒲生忠郷ですら、いや、奥州の諸大名を全て見渡しても、これほどの資金を自由に処分できる男は定俊をおいて他にない。単に予算があることと、自由に処分できることは天と地ほども違うのだ。だからこそ政宗も血道をあげてキリシタンの隠し財宝を奪おうと画策したのである。

「渡りはやはり津軽様に?」

「筑前守(黒田長政)殿にも伝手はあるが……先ごろ身体を壊され余命いくばくもないと聞く。やはり信枚殿を頼るほかあるまいな」 

  キリシタン大名は全国にあれど、そのほとんどはすでに改宗しておりむしろ積極的に弾圧する側に回っている。伊達政宗などはその代表だ。津軽信枚と黒田長政は、そのなかでも数少ないキリシタンの親派なのであった。

 これから始まる猪苗代での弾圧を逃れ、庇護を求めるとすれば、この両家以外にはないと定俊は考えている。

 ところが折悪く、黒田長政は病を得て床に臥せっており、元和九年八月四日、家光の将軍就任に伴い上洛の途上で病状が悪化し客死することになる。

 それに九州はやはり幕府の目が厳しい。黒田家にも幕府の監視が入っているとみるべきだった。となれば奥州の果てという辺境にある津軽こそは、キリシタンが逃れるのにもっとも相応しい地に思えた。

 のちに猪苗代を離れた信者が津軽へと北上する途上、何人かが南部藩の戸来村へ土着したというが、それはまた別の話である。

「場合によっては津軽からさらに松前殿を頼るということも考えねばなりますまい」

 幕府の目を逃れるためには、海を渡り蝦夷の地を目指すことも視野にいれなければならない、と主計は言う。本草学に詳しい主計は、松前藩の商人に親しい友人がいた。

「ふむ、そういえばあの蝦夷にもキリシタンの同志はおったな」

 かつて九戸政実が南部で反乱を起こした際、定俊は氏郷とともに出陣し、蝦夷アイヌ人の戦士と戦った経験がある。その際、松前にも少数だがキリシタンがいることを聞いたのだ。

「しばらく忙しくなりそうですな」

 忙しいどころではなく、この先主計はほとんど休む暇もなく岡家の財産の処分やキリシタン同胞の保護に忙殺されるだろう。

 それはいつか主計が処刑される日までなくなることはない苦行のようなものである。

 だが主計はそれを泰然と受け止め嫌だともいわず、定俊もまたそれをすまない、と詫びることもなかった。

「楽しゅうございました」

「うむ」

 思えば楽しい日々であった。定俊の巨額の蓄財に主計が果たした役割は大きい。そのおこぼれで趣味の本草学に多額の資金を投入したのもよい思い出である。キリシタンとして、守銭奴として、二人は同じ銭の裏表のような存在だった。ただ、主計の本性は武士もののふではない。それが二人の最後の分かれ目であった。

「――――今年は女郎花が見事ですな」

 おりくと定俊が丹精した庭園には、ちょうど旬の女郎花や撫子が艶やかに咲き誇っていた。

「俺は頼風のような甲斐性なしではないぞ?」

 能の女郎花になぞらえたと受け取った定俊は口をへの字にして言った。

 主計は寂しそうに笑って視線を庭園に向けたまま答える。

「全ては主の思し召しでございます」

 もはやこれ以上問うことは女々しい。二人は小半時ほども無言で庭園の花を見つめ続けていた。





「――――さて」

 主計と別れた定俊は足どりも軽やかに弁天庵へと向かった。

 もちろん長年続けてきたあの儀式を最後に堪能するためである。今回ばかりは派手に後先を考えずに浸りきろうと決めていた。

 書斎の襖を開け、所狭しとぶちまけられた溢れんばかりの小判の山を前に、定俊はおもむろに裃を脱ぎ捨てる。

 そして新品の越中ふんどしまで脱いでしまって全裸になると、眩い黄金の輝きを抱きしめるかのように定俊は身を躍らせた。

 ガシャン、と大きな音がしてうず高く積み上げられた小判の山が定俊の身体にぶつかりしゃらしゃらと崩れて落ちた。

 いつもの儀式であれば一枚づつ小判を床に並べる程度だが、今日は座敷を一種の庭園に見立てて小判を置いている。小判の山は島であり、小判の床は海であった。

 その海めがけて、定俊は胸を反らせるようにして飛びこんだのである。

「おひょひょひょひょ!」

 艶めかしい小判の音と、生暖かさすら感じる小判の感触に、定俊は奇声をあげた。

 地金の感触、耳に心地よい金属音、どこか冷たくも動悸を加速させるような錆びた香りに定俊は酔う。

 はたしていつからこんな銭を愛でるようになったのか。

 間垣屋の扱う銭が、国人領主であった父の何十倍、何百倍という規模であったせいだろうか。土地というものに縛られた国人領主の矮小さを思い知らされた瞬間ではあった。

 だが、それだけではない、と定俊は思う。

(――――銭は差別せぬ)

 貧乏人が使おうと金持ちが使おうと一両は一両その価値は変わらない、そして一介の丁稚から豪商になりあがることができるのもまた銭の道であった。逆に没落も早く、三代繁栄が続くのは稀と言われている。少なくとも生まれによる差別が武家や公家より遥かに小さいことは確かであろう。

 世に下克上と呼ばれるが、実は本当の意味で下層から成りあがったのは、信長が登用したごく一部がほとんどである。あの精強をもってなる武田家ですら、いかに優秀であっても出世の限界は侍大将までであった。秀吉とその子飼いは例外中の例外なのであって、実は武士の社会は九割九分まで保守的なものなのである。

 親から譲渡される物、子に譲り渡す物、総じて下らぬと定俊は考えている。己自身が己の力で手に入れるからこそこの世に生まれた意味があるのではないか。

 そうした意味で、銭というのは武士という立場に縛られていた定俊にとって、己個人を試すことのできるもっとも確実な物差しであった。

 逃れようにも逃れられないどうしようもないほど武の者であるからこそ、銭の道こそは定俊にとって欠くことのできない遣り甲斐のある遊戯であり、癒しであった。才覚と努力がこれほど明確に形となって現れるものを定俊は知らない。

(思えば銭の道は自由であった。何を商うも、誰と商うも自由、成功するも自由、失敗するも自由、何よりそれが楽しかった)

 その楽しさ、大切さがいささか困った性癖となって現れてしまったのは御愛嬌と思ってもらうほかあるまい。

「ひょほほほほほほほ!」

 蕩けた顔で小判と戯れながら、定俊は天を仰いで嘯いた。

「なんの百万両! この岡源八郎、商人の道を志せば一千万両と戯れて見せたものを!」

 自分が商人になれなかったことはわかっている。わかっているからこその放言、わかっているからこその夢想であった。

 大海へ倭寇とともに漕ぎ出し、南蛮人を相手に時には戦い、時には丁々発止の交渉を繰り広げる。唐天竺を股にかけ、遠くローマ教皇の耳に届くほどの大商人として海原を疾駆する途方もない夢を定俊は瞼に思い描く。それは実現することはなかったが、確かに定俊のもう一つの夢だった。

 ――――その日陽光が落ちるまで、思う存分定俊は小判と戯れ続けた。





 見弥山にセミナリオが完成したのは、氏郷が死ぬ直前の文禄三年の年の瀬のことである。もともと氏郷の肝いりで建設が開始されたセミナリオだが、氏郷はついにセミナリオを一度も見ることなく短い生を終えた。氏郷直々にセミナリオ建築を命じられた定俊としては、氏郷の寿命のうちにセミナリオを完成できなかったことは生涯の痛恨事であった。

 定俊が惜しみなく財を注ぎ込んだセミナリオは、小規模ながら修道院も併設されており、東北では初めて建設された本格的な西洋建築物である。

 かつて安土に存在したセミナリオに比べればこじんまりした印象を受けるかもしれないが、本格的なオルガンやステンドグラスを備え百人ほどの信者が讃美歌を謳う祭壇は、ローマ風の正統な様式を色濃く受け継いでいる。

 初めてこの地を訪れたアダミが感嘆したのはまさにその点で、信長の時代、安土に建築されたセミナリオですら実は純和風の建造物である。九州のごく一部を除き、教会建築物はもともとあった建物を再利用するのがほとんどであった。これほどローマ風の様式が再現されているのは非常に珍しく、定俊の情報力と資金力の高さが窺えた。

 まだまだ朝の香りが残る時間である。普段であればお勤めのため百人近い信徒でごった返しているはずのセミナリオは、今やアダミと藤右衛門の姿を残すのみとなっていた。残る信徒たちはみな一時的に猪苗代城下に避難させていたからである。

「アダミ殿も避難してくれてよいのだぞ?」

 言っても無駄なのはわかっているが、あえて定俊は口にする。

「イエ……私ハココデミナサマノオ帰リヲオ待チシテオリマス」

 その望みがおそらく叶うことはないと知りながら、アダミはそう言わずにはいられなかった。まして自分のみが身の安全を図ることなど論外である。伊賀組の狙いが隠し財宝であるとわかっている以上、せめて危険に身を曝すことだけがアミダに残された唯一の誠意であった。

「藤右衛門殿、アダミ殿をよろしく頼む」

「ご存分に」

 定俊に対して頭を下げた藤右衛門は、今日の決闘に参加することのできない自分をわずかに恥じた。片足の自由を失い、神の教えに全てを差し出すことを決めたはずなのに、やはり長年の武士として生きてきた経験が、戦うことのできないわが身の口惜しさを忘れることを許さなかった。もし五体が満足であれば、という夢想が頭からどうしても離れずにいる。

 決闘に赴くのは定俊とおりく、そして重吉に角兵衛と八郎、さらに達介の六人のみである。

 これは岡家、ひいては蒲生家とは一切関わりのない戦である、という定俊の一種の意思表示のようなものであろう。

 対する伊賀組の精鋭は方丈斎を筆頭に十三名を数えたが、すでに三名を失い残るは十名。

 互いに生きて帰るつもりのない死兵たちであった。

 正確には、互いの大将である定俊と方丈斎は、ここを死に場所と思い定めていた。心行くまで華々しく力を尽くして戦い、満足して死にたかった。ともに天を戴かざる敵同士でありながら、その目的だけはいっしょだった。

 それがわかるだけに、アダミと藤右衛門は頑として避難せずに見送ると決めたのである。

 可能ならすがりついても止めたかった。生きて信仰のために力を貸してほしかった。それ以上にこの猪苗代で過ごした暖かな時間が忘れられない思い出となっていた。

 だが同時に、命よりも大事な信念を持つ人間を、誰も止める術などないことも十分にわかっていた。

「兄弟に神の御加護を」

「宣教師殿パーデレの行く道に幸あれ」

 定俊は衒いのない満面の笑みを浮かべてアダミと藤右衛門の過酷な未来に激励を送った。それはあるいは定俊の戦い以上に困難な試練の道であろう。

 定俊という庇を失ってしまえばキリシタンを弾圧から阻む障害が何もなくなる。いかに落としどころを用意したとはいえ、伊賀組を壊滅させた蒲生家が幕府の追及を免れるためによりキリシタンに強く出るであろうことは容易に予想することができた。

 しかしアダミも藤右衛門もその戦いから絶対に逃げたりはしない。その意志の強さは決して武士もののふに劣るものではないのである。

 だから定俊も二人に逃げろとも生きろとも言わなかった。戦って戦って死ぬ最後の瞬間まで戦い続ける運命を共有しているからこそ、定俊は笑うのである。

 なぜならそれは、己が生涯をかけた本当の生き方であると知っているからであった。





 見弥山から磐梯山までは鬱蒼たる雑木林が続いている。セミナリオ建築のため切り開かれた場所を除けば、東側にある式内社磐椅いわはし神社の周辺が神域となっているほかは、ほとんど手つかずの大自然が広がっていた。

 秋を感じさせる強い風が磐梯山から吹きおろし、緑の木々と定俊自慢の陣羽織をばたばたと翻らせる。大坂の陣への参陣を果たせなかった定俊にとって、ほぼ関ケ原以来となる万全の戦支度であった。

 鮮烈に人目を引く陣羽織は、あの松川の戦いの折に伊達政宗によって背中を切り裂かれた猩々緋の陣羽織である。定俊は背中の切り裂かれた傷を金糸で十字に刺繍することで戦いの記念としていた。

 戦が無くなってからはほとんどの時間を蔵のなかで過ごした陣羽織が、心なしか自慢げに胸を反らしているかのようであった。

「今日は佳き日よな」

「はい、戸木城を思い出します」

 定俊とおりくが出会った戸木城攻め、あの日もこんな空の高い日だった。

 これから戦いに行くということを忘れたように定俊とおりくは視線を交し合う。殺伐とした戦いのなかであって潤いを忘れない。数寄者でもある定俊の面目躍如というところであろうか。

 ――――ひときわ強く風が吹いた。

 その風のなかに、忍びだけが聴くことのできる明かな音色が混じっていた。

「どうやら二手に分かれたようですな」

 しばらくその音に聴き入っていた角兵衛が、音の方向からそう判断した。

「どちらを選ぶ?」

 あえて二手に分かれたのには理由があろう。おそらくは伊賀組の誘い――その誘いが向けられた相手が角兵衛であろうと定俊は察したのである。

「ほっほっほっ! こんな老体に左様な価値があるとも思えませぬが……」

 価値はともかく因縁はある。かつて長束正家に仕えた頃、鵜飼藤助であった時代に豊臣家の対抗勢力であった伊賀組を何人殺したことか。

 伝説の忍びなどと持ち上げられてはいるが、ただ無我夢中で敵を殺戮していただけのことである。当時忍びの戦力で豊臣方は著しく劣勢であり、なりふり構っている余裕など微塵もなかった。闇に忍びことができず、表に名が売れてしまった時点で、藤助は忍びとして失格だと考えていた。 

 だが表で売れてしまったその名が、伊賀組の老忍びにとってはことのほか大事であるらしい。

 忍びが箔を願うなど世も末だと思うが、せめて最後くらいは華々しく煌びやかなものでありたいという気持ちは角兵衛も同じであった。

「どうも左手の男が誘っているようですな」

 角兵衛の耳には、明らかに左手から聴こえる笛の音のほうが数が少なく音も大きいように思えた。

 おそらくは二人、多くても三人には届かぬではないか。角兵衛と八郎を誘っているとしか角兵衛には思えなかった。

「おそらくは伊賀組の組頭でありましょう。恨まれる身に覚えなら山ほどもございまする」

 伏見城攻めの潜入工作で名高い鵜飼藤助だが、実はその後の美濃竹ノ鼻城や岐阜城攻めにおいても暗躍しており、伊賀組忍びと壮絶な暗闘を繰り広げていた。

 特に岐阜城をめぐる攻防では方丈斎のよく知る伊賀組の忍びたちが数多く斃れた。天正伊賀の乱を除けば、個人でもっとも多くの伊賀組を殺したのはおそらく鵜飼藤助をおいて他にないであろう。

 しかしどんなに伊賀組の命を奪おうと、戦に勝ったのは徳川方である。竹ノ鼻城も岐阜城も、徳川方が勝利し、結局豊臣方は一敗地にまみれた。角兵衛は勝利に貢献できなかったのである。だからこそ角兵衛は己の功績など無に等しいと考えている。

 ところが多数の同胞を殺された伊賀組の考えは違う。角兵衛を、鵜飼藤助を倒さなくてはあの世へ伊賀組こそ最強という華を持ち帰ることができない。

 なんとしても鵜飼藤助の首を取らねばならぬ、という伊賀組の決意はすさまじいばかりの気炎に満ち溢れていた。

 果心居士も風魔小太郎もなき太平の今、ただ藤助だけが最強の名に添えるに相応しい華であった。

「ならば左は角兵衛に任せた」

「ありがたき幸せ」

 定俊は強敵が手ぐすねを引いているであろう左手を無造作に角兵衛に委ねた。

 先日の火傷も状態は決して思わしくない。今の角兵衛が戦えば、十中八までは角兵衛が負けると定俊は見ている。

 だがそれは戦わぬ理由にはなりえぬものであった。人には死ぬと決めた場所と戦うべき相手がいる。それを奪う権利が定俊にあるはずがなかった。

「八郎、御爺を頼みましたよ」

 おりくの言葉に八郎は力強く頷いた。もとより角兵衛は師であり、父にも等しい相手である。ただなぜかおりくに頼られたことがうれしくも誇らしかった。それが何故なのかは八郎にも理解することのできぬ心の動きであった。

 たちまち角兵衛と八郎の姿が山に溶けるようにして掻き消える。角兵衛にいたっては本当にこれが重傷の老人かと思えるほどの神速通の冴えであった。

「我らも征くか」

 定俊の着こんだ角栄螺の甲と鳩胸鴟口の具足が、ギシリと鈍い金属音を響かせた。

「はい」

 そう短く答えたおりくの姿は空気のように霞んでいた。

 そこにいるはずなのに究極に近い気配の消し方によって、その存在を感知させない隠形のなせる技であった。おりくという人間を知る定俊や達介はともかく、重吉はすでにおりくの姿を相当の注意力を払わなくては認識できなくなっていた。

 角兵衛や八郎とは対照的に、ゆっくりとまるで能の舞台にあがるように、定俊たちは歩き始めた。



 定俊たちの動向を二手に分かれ山腹から眺めていた方丈斎と大善は期せずして嗤った。

 こちらの思惑を知りながら、小細工ひとつせずに堂々と正面から向かってくる敵が小気味よくもあり、同時にその堂々たる暴挙が腹立たしくもある。仮にも不正規戦闘の練達である伊賀組を相手に、真っ向勝負を挑まれるなど彼らの長い人生にもかつて経験のなかったことであった。

「甘くみられたものよ」

 そういいながらも方丈斎は蕩けるような笑みを浮かべている。

 あの鵜飼藤助と直々に戦えるという喜びの前には、ほとんどすべてのことは枝葉末節であった。この喜びと興奮をいつから自分は忘れてしまったのかと思う。

 方丈斎がただ戦って任務を果たしていればよかった幸運な時間はとうに過ぎ去っていた。服部半蔵を失った伊賀組が、忍びとして生きていくためにこそ方丈斎は戦わなくてはならなかった。それがどれほど性に合わぬ虚しいものであったとしてもである。

 だが方丈斎は柳生宗矩のような、新たな概念を創造するほどの天才的な組織者ではなく、ただ優秀なだけの忍びだった。

 忍びである自分が忍びの仕事に徹することができない。そのもどかしさから方丈斎の精神は徐々に壊れていったのだ。

 しかし今やそんな憂いも怒りも全てが消え去っていた。敵ではあるが鵜飼藤助には感謝しかない、と方丈斎は思っていた。

(ゆえに、安心して我が手にかかるがよい鵜飼藤助よ。最上の礼をもって貴様を討ち取ってやる!)

 敗れたと知った鵜飼藤助は最後にどんな顔を浮かべるだろう。戦って勝つだけではもはや足りない。これは方丈斎の、伊賀組の忍び最後のわがままであった。だからこそ相手の顔がよく見える日中に決闘の刻限を決めたのである。



 道なき道を風のように走りながら、角兵衛は気づかわしそうに角兵衛を見つめる八郎に言った。

「おりく様にはすまぬことではあるが、手出し無用に頼む」

 八郎の腕を十分に認め、そして自分を思う気持ちを十二分に知りながら、角兵衛は真摯に頼みこんだ。

「……嫌だよ」

 物心ついて以来、初めて八郎は角兵衛に逆らった。

 もちろん日常の戯言では幾度も逆らったことがある。しかし角兵衛が本気で八郎の意思を圧して頼みこんできたことを、断るのは八郎にとっても初めてのことであった。

「よいか八郎、これから戦いがどう進もうとも俺は死ぬ。死ぬならば満足して死にたいのだ。わかってくれ」

 角兵衛の見るところ、火傷が完全に完治することはあるまい。今は死の間際の執念が蝋燭が燃え尽きる最後のように身体を動かしているにすぎなかった。もし仮に治るようなことがあっても、もはやそれは忍び鵜飼藤助とは異なるただの残骸にすぎぬであろう。

 ゆえに角兵衛はここで命を捨てるつもりでいる。哀れな老醜を誰の目にも曝すことなく消えたいと願っている。

 しかし必ずや勝って帰るという断固たる意思をもたぬ忍びが、戦いに勝って帰ることはないものだ。死の魅力に取りつかれた忍びは死ぬ。優秀な忍びは死を恐れることはないが、死にたいと願う忍びは例外なく死ぬのである。これは忍びという生き方の非情さのゆえであろう。

 だが八郎はまだ若く、死に魅入られる気持ちが理解できなかった。わからないなりに、角兵衛が死にゆくことをもう止めることができないのだということを心底で理解した。

「御爺はずるい。御爺まで俺を置いていくのか?」

 八郎にとって角兵衛こそは世界の全てである。物心つく前に預けられ、世間とは隔絶した山奥で修行の日々に明け暮れた。父であり母であり友でもある。角兵衛だけが八郎にとっても家族であり帰るべき場所であった。

「今やお前は外の世界を知った。自分の足で歩いてどこまでも行けるのだ。気づいておるのだろう?」

 角兵衛の問いに八郎は答えなかった。答えれば角兵衛の言葉を認めることになるからだ。 

 自分が変わりつつあることに八郎は気づいている。

 それは重吉のように気軽に手合わせをする友人のような関係かもしれないし、定俊が見せる武士としての重厚な武の気配であるかもしれぬ。あるいは心のどこかでおりくに対して抱く思慕のようなほのかな思いかも。

 何より外の世界で、自分が考えていたよりもずっと優秀な忍びであるということを八郎は体感した。

 これ以上角兵衛のもとにいても、それは足かせにしかならないのだと角兵衛は言っているのである。

「嫌だよ。行かないでおくれよ」

「子の願いとは関係なく、親というものはいなくなるものだ。お前もいずれ親になればわかる日が来よう」

 角兵衛には八郎の稀代の才能を知りながらも、世に解き放つ自由がなかった。今でもその自由を与えられたわけではない。ただ角兵衛の死のみが八郎を解放するのであった。死だけが師として、父として八郎に渡せる最後の贈り物であった。

「――――よいか、くれぐれも手出し無用!」

 角兵衛の深いしわに隠れた瞳は、鵜飼藤助を待ちわびていた方丈斎の姿を捉えていた。



「武士ずれが、嘗められたものですな」

 一衆を預かる伍平は定俊がわずかばかりの共を連れて、忍びの縄張りたる山中へと足を踏み入れるのを見て嘲りの声をあげた。

「――――あの男を侮るな」

 少なからず配下の男たちが伍平に同調しているのをみた大善は、唸るようにして彼らを叱咤した。

 古い伊賀組忍びには、天正伊賀の乱で武士に敗北したのは数の暴力のせいである、というぬぐいがたい思いがある。当時信長だけが成しえた対応不能な飽和攻撃さえなければ、同数に近い戦力なら決して負けることはなかったという自負が。

 まして数に劣る武士になど後れを取るはずがない、という思いは大善もまた共有するところだが、別して一部の武士もののふはそれに当てはまらないことも事実であった。

 例えば歴戦の伊賀組をも金縛りにした定俊の咆哮。個人の力で戦場の色を塗り替えられる天与の才を与えられた武人は確かに存在する。

 それ以上に、大善は第二次天正伊賀の乱における定俊の武をその目で見ていた。横山喜内、坂源兵衛らとともに先鋒を任された定俊たち蒲生勢の、天魔のごとき強さを大善は片時も忘れたことはない。

 忍びの精髄たる奇襲攻撃、伏兵による左右からの挟撃が、大善にとっても自信の一撃が鎧袖一触に弾き返された。子供に背中から拳で殴られても、大人は笑って子供をたしなめる余裕があるが、まさにそんな力の差を大善は感じた。数が少ないとはいえ、その相手の一人である定俊を侮るなど到底できるはずがなかった。

「あの男を一人と見るな。奴一人で百人の足軽より手強いと思え」

 百人でも多すぎるとは大善は思わない。しかし伍平たち配下の忍びは大善の剣幕に頷きながらも、その意味を実感することができなかった。そのわずかな意識の差を彼らが理解するのは、もう少し後のことになる。



 重吉は正しく瞠目していた。

 この足場の悪い山野にあって、全身を甲冑で身を包み移動するのは並大抵のことではない。まして定俊のような老齢の人間にとっては特にそうだ。

 晩年の大御所(家康)も大坂の陣においては鎧兜を身に着けてはいなかったという。だからこそ真田信繁の最後の突撃から身軽に逃れることができたともいえる。それほどに完全武装の肉体的な消耗度は激しいのだ。いまだ三十代にすぎぬ重吉にとっても、甲冑を帯びて山を登るのは一苦労であった。しかも重吉の当世具足は定俊の纏う南蛮甲冑よりははるかに軽い。

 ところが定俊の軒昂さたるやどうだ。まるで二十代の若者の如き躍動感と覇気が横溢して溢れんばかりである。

 だがもともと蒲生家は甲賀にほど近い山に囲まれた地の出である。こうした山岳戦を得意とする国人領主であり、定俊もそんな戦を幾度も経験してきた。老いたとはいえそれで甲冑を着て戦をできない男はもう武士もののふではない。ごく当たり前のように定俊はそう信じていた。

「定俊様、ここからが結界です」

「うむ」

 ほんのわずかな木々の違和感を感知したおりくの言葉に定俊は頷く。

 忍びが己の力を十全に発揮すべき領域を結界という。本来それは故郷である伊賀や甲賀の地元を指す言葉であったが、今では不正規戦闘における自軍の領域を意味する。

 すなわち、ここからは準戦闘状態に入るというわけだ。特に忍びの不正規戦闘においては罠や伏兵のような奇襲をいつ受けるかもしれないというわけであった。

 だがそんなことへの気負いを微塵もみせずに定俊は飄々とその結界を乗り越えた。同時に、左右の杉林の隙間から二本の苦無が定俊めがけて放たれる。

 閃光のようなこの一撃を、定俊は苦も無くわずかに身体を揺らしただけで弾いた。避けたのではない。甲冑で弾いたのである。

 名のある武将が贅を惜しまず資金を注ぎ込んだ甲冑は、ときに恐るべき防御力を発揮することがある。有名な信長の南蛮鎧も鉄砲の銃弾を二十間の距離から弾き返すことができたという。信長を狙撃した雑賀衆が、あえて防御力の低い足を狙ったのもそのせいである。

 当る角度をわずかに調整しただけで、忍びが得意とする苦無や手裏剣などをたちまち無効化してしまうのが甲冑武者の恐ろしさであった。忍びが影の戦士であるならば、武士もののふこそは現世の益荒男であり、こと戦いに関する限り技能の全てに習熟していた。

 その様子を目撃した大善の脳裏に、あの日の記憶が蘇る。

 伊賀北部、甲賀との国境である玉瀧口から侵攻してきたのは蒲生氏郷と脇坂安治からなるおよそ四千ほどの軍勢だった。街道で埋伏し、出鼻をくじくはずであった大善は、仲間の土遁の術に絶対の自信を持っていた。木遁と土遁による奇襲攻撃を受ければ、いかに蒲生の先鋒といえど物の数ではないと。事実、第一次伊賀の乱において、大善は北畠の手勢を数度にわたって撃退したという成功体験があった。

 ――――織田信長なにするものぞ。

 左右から一斉に襲いかかった大善は瞬く間に三人の足軽の首を撥ねた。不意を衝かれて数十人の兵を失えば混乱が生じる。敵の数は? 味方は勝っているのか負けているのか? 退路が断たれてはいないか? そうして混乱が拡散したところを見計らって兵を退くのが伊賀者の戦い方であった。しかし混乱が拡大するよりも早く、あの野太い割れ鐘のような大音声が轟いた。

「何をうろたえる? ただ目の前の敵を叩き伏せよ! 簡単なことであろう?」

「おおとも! よけいなことを考えずに済むわ!」

 咄嗟に声を張り上げたのが定俊であり、その声に乗ったのが横山喜内であった。そして二人が槍を振り回すや、比喩表現ではなく二、三人の忍びが宙を飛んだ。さすがは仁王喜内の渾名は伊達ではなく、まさに坂田金時のごとき剛力であった。

 そんな非現実的な光景にたちまち勇気を取り戻した蒲生勢は、奇襲効果を失った伊賀忍びに対して反撃を開始する。真っ向から戦っては忍びの不利は免れない。

(――――伊賀忍びを嘗めるな!)

 奇襲効果が失われた今、再び蒲生勢を混乱させるためには先鋒の兜首を挙げるしかない、と大善は信じた。この玉瀧口を突破されてしまうと田矢伊予守城まで有力な防御拠点がないため、軽々に退くわけにはいかなかったのだ。

 だが、いざ定俊と横山喜内に狙いを定めると存外に隙がない。言葉通りに目の前の敵をひたすらに槍で叩いているように見えるのに、逆にこちらが狙われているのではないか、という恐怖がある。

 常在戦場の身体で覚えた修練が、本能的に殺気に反応していたのだと今ならわかる。

 気圧されるようにして必死に放った大善の苦無は、定俊が軽く顎をしゃくっただけで兜に弾かれた。

 これは到底敵わぬ、と大善は心を折られ仲間とともに命からがら田矢伊予守城へと退却するが、別動隊に退路を断たれていてそのまま這う這うの体で伊賀を逃げ出した。 

 あの日の敗北感と挫折を大善は今なお忘れられないでいる。いつか必ず雪辱すると誓いながら、今日この日までその誓いは果たされずにいた。

 だがあれから数え切れぬほどの修羅場を乗り越えて、大善も成長した。決して忍びが武士に劣るものでないことを、今日こそ証明する。

「我が伊賀組の怨を知れ、岡越後守!」

 そういって跳躍する大善の顔は耐えることのできぬ喜悦に満ちていた。





 伊賀の組頭、方丈斎は陣術、すなわち野戦陣地や罠を利用した奇襲の達者であると言われてきた。

 事実小部隊の指揮官としての力量で方丈斎の右に出る者は、伊賀組広しといえどいないと思われる。だからこそ方丈斎は小部隊指揮官としての役割を果たし続けてきた。

 だがそれはあくまでも勝つために選択する方便であって、方丈斎自身がその戦いを好んでいるかというとそれは異なる。方丈斎自身はむしろ一匹狼で己の技量のみを頼りにした個人戦を好みとしていた。

 孤高の狼は猟師と犬が徒党をなしてやってくる集団戦に敵わない。鉄砲が普及した現在は特にそうだ。しかしかつては山の主といえば、猟師が束になっても敵わない人知を超えた存在と畏れられてきた。まだ方丈斎が幼名の彦六であったころ、牙王と呼ばれた一匹の月輪熊は猟師も決して手出しをしてはいけないとされ、方丈斎も親にきつく言い聞かされたものだ。もしかしたら、そのころの圧倒的な存在に対する畏敬が方丈斎に憧憬の念を抱かせたのかもしれない。

 いずれにしろ、誰かを指揮するという義務から解放された方丈斎は、心行くまで雄敵と雌雄を決しようという喜びに満たされていた。

「すまぬが抑えは頼むぞ?」

「若造一人、伊賀組の名にかけて通しませぬ」

「あの鵜飼藤助が手塩にかけた後継ぎだ。決して嘗めてかかるな」

 大善の配下から派遣された勝郎と太助が、心外なとでも言いたげに声を荒げた。二人とも伊賀組でも手練れとして知られた男であり、戦国の厳しい戦いを生き抜いてきた男であった。なかでも太助は死んだ村雨の従兄弟にあたる。いかな相手であろうと雪辱を果たさぬわけにはいかなかった。

「無論、嘗めてなどおりませぬ。ただの若造にあの村雨が敗れるなどありえぬことでございます」

「うむ、わかっておればよい」

 そういうと方丈斎は鵜飼藤助と戦うことに意識を向けた。もちろん仲間を案じる気持ちはあるが、それよりも鵜飼藤助と戦うことのほうがよほど重大であった。

 八郎の相手を勝郎と太助に任せ、方丈斎は迫りくる鵜飼藤助――角兵衛へと歩を進めた。

 ――こうして直接相対することができるとは。

 甲賀にその人あり、と方丈斎が藤助の噂を聞いたのはまだ若き日のことだった。天正伊賀の乱で甚大な被害を被った伊賀忍びは、分家筋である三河伊賀の服部家の支配を受け、逆に徳川家の支援によって日本最大とも呼べる忍び組織となったが、個の力としては弱体化した。

 それは伊賀崎道順、野村孫大夫、下柘植木猿のような個人として有名な伊賀忍びが、天正伊賀の乱以降一人も現れていないことでも知れるであろう。

 当初は方丈斎も集団としての伊賀組に誇りを抱いていた。優秀な猟犬の群れは誇り高い孤高の狼を駆逐するのが世の流れである。それが必ずしも真実でないことを知ったのは、あの関ヶ原の前哨戦であった岐阜城をめぐる攻防戦の折であった。

 関ケ原において、西軍の誤算の最たるものは、京極高次の裏切りともうひとつ、岐阜城を守る織田秀信の早期敗北である。この敗北が毛利輝元を日和見に追いやり、石田三成をして持久戦から決戦へと戦略を変更させたといっても過言ではない。

 この岐阜城攻めにおいては情報が複雑に錯綜している。まず織田秀信が籠城ではなく野外での決戦を選択したことである。確かに岐阜城は時代遅れの名城とはいえ、籠城していればすでに石田三成が舞兵庫を援軍に派遣していたから、あと少し待つだけで戦況はかわっていただろう。しかし秀信は断固として出撃する。戦いは数に勝る池田照政率いる別動隊が優勢となるも、木造具正や百々綱家が手塩にかけた織田軍もまた善戦していた。この戦いがいともあっさりと織田軍の敗勢となるのは、遊軍を率いる佐藤方政が一度も戦うことなく逃亡してしまったことにつきる。

 その影で、数々の偽の情報が飛び交い、そして敵味方を問わず調略の使者が慌ただしく行きかっていた。

 佐藤方政に織田軍の敗北を伝えたのは誰あろう若き方丈斎自身である。現実として織田軍はまだ敗北していなかったし、整然と岐阜城へ退却しようとしていたのだが、もともと出撃に賛成ではなかった方政は方丈斎の報告を信じた。

 鵜飼藤助が配下の甲賀者とともに伊勢から岐阜へ到着したのはそのあとである。あと一歩の差で藤助は岐阜城の攻防戦に間に合わなかった。これほど早く戦端が開くことは、完全に石田三成の予想を超えていたのである。

 だが激怒した藤助は、行きがけの駄賃とばかりに伊賀忍びを狩りまくった。 

 方丈斎が生き残ることができたのは偶然のたまものであり、不運に遭遇した仲間の数は両手を超えた。

 だが、今の方丈斎はかつての弱かったころの自分ではない。幾たびもの死線を超えてあの日仰ぎ見るしかなかった鵜飼藤助をも超えたと方丈斎は信じた。

「陽炎の方丈斎、一手所望仕る」

「甲賀の角兵衛、老体で不足なくば参られよ」

 二人の距離が詰まっていく。

 これから命のやり取りをするというのに、二人の顔は笑み崩れていた。相手の命をとろうというのに、その目は幼子をみるかのように優しかった。

「よくぞ生きていてくだされた」

 正しく本音で方丈斎は言った。思うようにならない、苦労ばかりの人生であったが、その最後になって自分は報われたと思う。

「もはやこの世に未練なし。見事我が首討ち取って見せるか? 方丈斎!」

「応とも!」

 角兵衛の右手が閃く。

 雨のような礫が一斉に方丈斎を襲った。



 角兵衛と方丈斎が戦闘に移ると同時に、勝郎と太助は方丈斎の前に跳躍一番、八郎の前に立ち塞がった。

「甲賀の八郎、従兄弟村雨に代わり貴様の命申し受ける!」

「あんたたちには無理だよ」

「大した自信だが、いかに才に恵まれようと貴様は伊賀組の本当の恐ろしさを知らぬ」

 村雨が命を賭して八郎を倒そうとして倒せなかったことはわかっている。それでもなお八郎は伊賀組の執念の深さと人の情念の恐ろしさを知らないと太助は断じた。

 なるほど八郎の才は天が与えた領域にあるのかもしれない。だがそのような才を、己より強い相手を倒すためにこそ忍びの技は発展してきたのである。まして経験の浅い若造一人屠れないで忍びを名乗れるはずがなかった。

「そうかな?」

 静かな決意とともに八郎は嗤う。

 角兵衛に鍛え上げられたこの力が、思った以上に強力であったことを八郎は知った。だが強いというだけでは物足りない。そんな飢えのような感情がある。

 竜王山の庵にいたときにはなかった感情であった。負けたくない、もっと強くなりたい。そして負けられないという意志が今、八郎に加わったのである。

 死を決して戦う師の前で、父の前で敗北するなど絶対に許されることではなかった。

「俺には見届けないといけない義務がある。悪いけどあんたらに構ってる暇はないんだ」

「小僧! よくも言った!」

 全く眼中になし、と八郎に宣言された勝郎と太助は静かに激高した。理性を失うような単純な怒り方はしない。いかに激情にかられようとそれが戦闘に影響しないよう制御する術を彼らは身に着けていた。

「ならばその大言、見事成して見せよ!」

 太助が苦無を投擲すると同時に、勝郎は万力鎖を懐から取り出して振り回した。万力鎖は分銅鎖ともいい、鎖と錘で構成された武器である。その歴史は古く伊賀や甲賀でも広く使用され正木流や戸田流に今なお名をとどめて居る。近距離中距離の打撃武器としては非常に応用性の高い武器であり、二人一体となって間合いを制するのが狙いであるらしかった。

 苦無を礫で逸らし、八郎が太助へ攻撃するため間合いを詰めると、そこに鎖と錘が飛んでくる。さすがにこれを礫で逸らすことはできないため身体ごと避けると、そこに再び苦無が飛んできた。よく練られた連携であった。

 だがそれだけなら、八郎の腕をもってすれば、あえて間合いを詰めることも可能であったはずである。それができなかったことに八郎は不審を抱いた。何かがおかしい。

 錘と苦無の同時攻撃を寸前で身体を捻って避けた八郎は異常を確信した。ほんのわずかにではあるが、間合いの目測がずれている。

「――――ほう、気づいたか」

 うれしそうに太助は嗤った。心を落ち着けなくてはならないことはわかっていても、心の底から湧き上がる愉悦に我慢をしきれなかったのである。

 ほんのわずか、八郎でなければ気がつくこともなかったかもしれぬ差であった。しかし実戦の最中には致命的な違和感である。先ほどから回避するためにいつもより大きく避けなくてはならないために間合いを詰め切れずにいるのがその証拠であった。もし八郎でなければその違和感を感じるよりも早く太助の苦無を浴びて息絶えていただろう。

「村雨の毒を全て避け切ったとでも思っていたか? 血のなかに毒が含まれていると気づいたのは見事だが、生憎と伊賀組の術はそれだけでは終わらんのだよ!」

 たとえ相手を死に至らせることができなくとも、後に続く仲間のためにわずかでも敵に戦闘力を削ぐ。この偏執的な執念深さこそが忍びの本領。

 全く自分がしてやられていたことに気づいた八郎は背筋に冷たい氷柱を差し込まれたようにゾッとした。まさかあのときの伊賀忍びが死を賭してそんな布石を打っていたとは。

「村雨が仕込んだ毒だけでは効果を生じない。だがもうひとつの毒を吸い込むことで効果が表れるのだ。だから誰も気づかない――効果が薄いところを見ると……あと三日もあれば毒も抜けて効果がなかったかもしれんな」

 無味無臭で少量の毒であり、しかも毒性が低いことを逆手にとった恐ろしい罠であった。

「ちっ!」

 八郎が選択したのは、自身がもっとも信頼する印字打ちであった。形の違う礫は速度も軌道もひとつひとつが違う。それが計算しつくされたタイミングで殺到すると、さすがの勝郎も太助も本気で回避に専念しなくてはならなかった。

「…………なんと恐ろしい才だ!」

 まだ八郎の視神経異常は回復していないはずだ。長年の修練で身体が覚えているといっても、自ずから限界というものがある。あるはずだ。だが八郎のみせた手際はその限界を軽々と超えているように思われた。少なくとも攻撃力という点においては八郎の力は衰えていない。ならば防御に難を抱えているうちになんとしても倒さなくてはならなかった。

「……ひとつ」

 太助の苦無を礫で迎撃するも、完全に逸らすことができずに八郎は身体を大きくのけぞらせることで避ける。危ういタイミングであった。しかし同時に勝郎の方へも礫を放っていて、そのために万力鎖による追撃が一拍遅れた。

「……ふたつ」

 万力鎖を避けて八郎は今度は太助に礫を投擲する。左右から大きく弧を描いて殺到する礫を全て迎撃することはできない。やむなく太助は前に転がって礫を躱した。

「……三つ」

 次の攻撃は一直線に勝郎と太助両方を目指してきた。先ほどから礫を放つたびに精度が上がっている。太助は心底ぞっとしていた。本来ならば、腕のよい忍びほどわずかな感覚の違いが命とりになるものなのだ。特に距離感というのは忍びにとっては命のようなもので、その感覚を狂わされてまがりなりにも戦えているだけで恐ろしいことであった。

「まあ、こんなところかな」

 よく落ち着いた八郎の声にざわり、と寒々しい戦慄が太助の背筋からうなじを這いあがっていった。

「何がこんなところなのだ?」

「わかってると思うけど、どのくらい感覚が狂ってるかわかった」

 まさか、と思いつつやはり、と太助は予期していた八郎の言葉に頬をひきつらせた。たった三度、礫を放っただけで狂った感覚を調整してしまったというのか。もしそれが本当であるとすれば、この男の才は方丈斎や鵜飼藤助すら上回る。あるいは果心居士や飛び加藤に匹敵するのではないか。

 まさしく伝説の領域を八郎が体現しているという事実を受け入れるには太助と勝郎は年を取りすぎていた。

 戦国の修羅場を経験してもいない若造ごときに、そんな実力の差を見せつけられる屈辱を受け入れるなど到底ありえぬことであった。

「わかったということと、実際戦えることには途轍もない差があるぞ?」

 願望もこめて太助は挑発する。

「同じことさ。少なくとも俺にとっては」

 しかし太助の挑発に飄々として八郎は答えた。もはや焦りの欠片もない。自分の力を心の底から信じ切っている男の顔であった。

「今度はこっちからお返しするよ?」

 その変化は劇的であった。左右に分かれて八郎を挟み撃ちにしようとした勝郎と太助は、直線と曲線を織り交ぜた礫の迎撃を受けた。まずは直線の攻撃を払いのけようとした太助は、長年の経験に養われた第六感に従って這いつくばるように大地に身を伏せた。

 指弾の小さな影が間一髪、太助の頭上を通り過ぎていく。迷わず本能に身を任せたのが太助の身を救ったのである。勝郎のほうは完全に避け切れず頬に傷を負ったが、急所である目への被弾だけは避けることができた。

「影打ちくらいでそんな大げさに躱していたら勝てないよ?」

「おのれ!」

 平静を保たなくてはならないとわかっていても、一回りも二回りも若そうな八郎から説教されては伊賀組の面目が丸つぶれである。思わず太助が怒鳴るのも無理からぬことであった。まして八郎は太助にとって従兄弟の仇なのだ。

 嘗められたまま人生最後の戦いを終えるなど絶対に認められぬことであった。

「…………化け物め。我ら伊賀組の誇りを思い知れ!」

 太助が勝郎に視線を送ると、無言で勝郎も頷く。どうやら気持ちはお互いに同じであるらしかった。

 忍びの技は外道の技でもある。およそ人倫というものを捨てた親も兄弟もない非道の技も平気で使う。     

 太助は忍び刀を構えると身体を前傾させじりじりと間合いを詰めた。下半身には今にも天に飛びあがりそうなほどの力が溜められ激発の時を待っている。

 おそらくは相討ちをも辞さぬ構えである。さすがにここまで覚悟を決められると八郎も生中な攻撃を行うことはできない。戦いのなかでもっとも無防備な瞬間とは、まさに攻撃が当たった瞬間なのであり、その瞬間を相手が狙っている。しかも老練の戦国の生き残りとなれば八郎も警戒せぬわけにはいかないのだった。

 ゆっくりと間合いが迫る。それでも全く気を揺らさない八郎に、太助は内心舌を巻いた。実は太助の狙いは後の先にあり、経験の差がもっとも出やすい駆け引きに八郎を引きずりこんだつもりであった。

(だが、それならそれで構わん)

 駆け引きで有利になることができなくとも、間合いが詰まれば必殺の技が通じる。

 そのまま這うような速度で間合いは詰まり続け、太助が大きく踏みこめば忍び刀の刃先が届くほどにまで接近した。これはもう近接戦闘の距離である。得物が太刀であれば、すでに一足一刀の間合いを超えている。

 刹那、まさに満を持して太助が大地を蹴った。その勢いは獲物に飛びかかるハヤブサのそれに匹敵した。さらに、太助が視界を遮った後方から、勝郎が渾身の万力鎖を放っている。もし八郎が太助を貫けば万力鎖を避けることができないし、今から間合いを取るには太助と接近しすぎていた。

 もちろん太助と勝郎が同士討ちになる可能性が高いという危険な賭けだ。少なくともその価値があると二人は八郎を認めていたのである。

「その手はもう見たよ」

 しかし八郎にとっては、それは村雨が仕掛けてきた返り血による自爆攻撃の焼き直しのようなものだ。だからこそこの手の禁じ手は初見殺し、というより使ったが最後絶対に相手を殺さなくてはならない。腕のよい相手に二度目の技は通じないからである。

 太助も勝郎も、こうした禁じ手を使わずに生き延びてきたために、その当たり前の前提条件をすっかり忘れてしまっていた。それほどに太平の世が伊賀組の忍びに与えた精神的なゆるみは大きかったのだ。

 とはいえ太助の腕も勝郎の腕も、村雨をわずかに上回る。それが二人がかりとなれば、八郎もそう簡単に対処できるわけではなかった。 

 ここで初めて八郎は攻めに転じた。これまではあくまでも相手の攻めに対応しての反撃、本気で精神を攻めに転じさせたわけではない。心の比重が攻めに大きく割り振られれば攻撃の質は劇的に変わる。

 逆に神速の踏みこみで太助の懐に飛び込むと、忍び刀の刺突をぎりぎりのところで手甲で弾く。完全には逸らせずに脇腹を軽く刃が切り裂くが、獣皮を加工した装束がすんでのところで八郎の肉体を守り切った。

「――――ふんっ!」

 八郎は一見やんわりと太助の胸に手のひらで触れた。するとあろうことか、太助の身体がまるで見えない壁に押されたかのように後方へ吹っ飛ぶではないか。 

 中華にいう寸頸という技である。これを甲賀では神威と呼ぶ。ごく限られた才を持つものだけに許される技であった。

「くそっ!」

 太助を目隠しに、成り行きによっては太助ごと八郎を打撃するつもりであった勝郎は、分銅に向かってふっ飛んでくる太助から必死で軌道を逸らそうと手首を返した。だが、そのために意識の大半が割かれてしまった隙を八郎が見逃すはずがなかった。

もとより想定外の突発時ほど防御力が低下する瞬間はない。その意識が攻撃に向けられていたならばなおのことだ。

「――散華」

 放たれた礫は弧を描いて勝郎の頭上で交差し、柔らかな石は粉々に砕けて目つぶしとなり、またある石は交差することで軌道を変え勝郎へと襲いかかった。それだけではない。後方へ吹き飛んだ太助にも、八郎は含み針を放っている。太助はかろうじてこの針を腕で受け止めたが、勝郎の方は強か頭部に礫を受けてたまらず昏倒してしまった。

「見事だな」

 ため息とともに太助は言った。悔しがることすら馬鹿らしくなるような完敗であった。まさかここまで力量に差があろうとは思いもよらぬことであった。しかも相手はろくに実戦も経験していない若者なのだ。

「――――だが、大人しく感心してばかりでは伊賀組の名が廃る」

 もはや敗北の運命は変えるべくもない。だからといって諦めるなど論外である。そんな簡単に諦められるくらいなら、そもそも太助はこの猪苗代の地まで来ていない。指一本でも動くかぎり、命あるかぎり、戦い続けることを覚悟した。せめて一矢報いるまで死ぬわけにはいかなかった。

「終わらせるよ」

 八郎の第六感が、早く終わらせねばならないと告げていた。早くしなければもう角兵衛と二度と会えなくなるような、そんな嫌な胸騒ぎを八郎は必死に抑え込んだ。

「やってみろ!」

 期せずして二つの影が交差し、そのまま二間ほどの距離を駆け抜けた。

 半瞬ほどの間をおいて、先に崩れ落ちたのは太助のほうであった。その手にはあるはずの忍び刀がなく、肩口から深々と胸を斬り下げられていた。

「まさか……含み針に毒、とはな」

 口から血泡をこぼしつつ太助は苦笑する。

 忍び刀や苦無に毒を塗っておくのはそれほど珍しいことではない。現に太助の忍び刀には毒キノコと毒蛇を精製した伊賀秘伝の毒が塗られている。しかし含み針は別だ。なんとなれば含み針は口咥内に含んでおくものであり、自らその毒にあてられてしまうからである。

 もちろん針の先程度の毒に劇的な効果はないが、生と死のぎりぎりを極めた闘争のなかにあってはごくわずかな違和感も致命傷となる。相討ちを覚悟の太助が、八郎に傷ひとつ負わせられなかったのがその証拠であった。

「――未練だな。今が戦国の世であれば、最後に稀代の術者と渡り合ったことを誉れにしたものを」

 その未練こそが太助を猪苗代へと向かわせ命を失わせた。だがそのことが誇らしくもうれしかった。

「よき死合いであった」

 満足気に微笑んで太助は絶息した。敗北したというのに安らかな死に顔は、方丈斎が八郎に敗れるはずがないという確信があったからこそということを八郎は知らない。

「……だいぶ離されたな」

 太助たちに足止めされているうちに、角兵衛と方丈斎の気配がかなり遠くに離れていた。八郎もまた太助のように角兵衛の勝利を信じていたが、なぜか胸騒ぎが拭えずにいた。





 武士と忍びの互いの誇りをかけた戦が始まったのを、嬉々として眺める複数の目があった。彼らは見弥山を望む上ノ山の雑木林でこの瞬間を待ちわびていたのである。

「こうもうまくいくとは思わんだ」

 定俊と伊賀組を争わせ、漁夫の利を得るのが黒脛巾組横山隼人の目論見であったが、それは見事に的中したといってよいだろう。

 現にアダミをセミナリオに置いたまま、定俊と甲賀の精鋭は皆伊賀組との対決のために見弥山の山中に分け入っていた。

 定俊も伊賀組も、直接の戦闘では全く勝てる気のしない相手だが、今ならその怖い鬼も同士討ちで手が離せまい。もはや黒脛巾組の行く手を阻むものは誰もいないのだ。

「どこへ行く?」

 一人、竹永兼次が凄みのある笑みを浮かべ堂々と背筋を伸ばし、見弥山に向かって歩き出すのを横山は慌てて咎めた。

「もとより我が手で越後守の命を奪うため」

「それはあくまでも手段のひとつでしかない。こうして戦う必要がなくなった今、あの南蛮人を攫えば目的は事足りる」

「そちらの事情がはそうかもしれぬが、生憎俺にとってはそうではない」

 戦国の生き残りにして蒲生家にその人ありと畏れられた岡越後守を倒す。そう聞いたからこそ依頼を受けた。太平の世の剣士が戦国の武士に勝利することで、新たな道を開くことができると信じたのである。こんなところで伊賀組に全てを奪われるのを認める気など毛頭なかった。

「組の命に逆らうか?」

「――――試す気があるなら試すがいい」

 腰の愛刀、孫六兼元の濃口をきって竹永は殺気を振りまいた。竹永は完全に本気であった。必要とあらば横山を含む黒脛巾組全てをここで鏖殺する覚悟でいた。

 それを理解した横山は口惜しそうに唇を噛む。戦闘力では竹永に勝てぬことを知っているからである。勝てぬと知って戦いを挑む法は忍びにはない。アダミ誘拐の目的を達成するためには、ここで竹永と敵対するという選択肢はなかった。

「勝手にしろ。決して奴らにこちらの邪魔をさせるな」

 万が一定俊と伊賀組が一時休戦してこちらの排除に向かわないとも限らない。それにアダミを攫う程度なら竹永の手を借りる必要はないはずだ。苦々しくではあるが、横山は竹永の自由を認めた。

「あまり越後守を侮らぬほうがよいぞ」

「貴様に言われるまでもない!」

 横山は竹永の忠告の意味を測りかねた。任務を至上とする横山は油断するつもりなど欠片もない。それは竹永もわかっているはずだ。

 しかし定俊と直接戦闘しなくて済むからといって、歴戦の将でもある定俊がなんの手配りもしていないはずがないことに、横山が気づくのはそれからまもなくのことであった。

 確かに定俊は伊賀組との戦に兵を動員する気はなかった。だからといってアダミを守ることを放棄したわけではない。いくら最後の戦いに臨むからといって、アダミを無防備に放置しているはずがなかったのである。

 セミナリオに侵入しようとした黒脛巾組が、遮蔽物のない講堂前の広場に姿をさらした瞬間、複数の銃撃にさらされた。

「何?」

 横山は慌てて近くの茂みに飛びこんで銃撃を避ける。逃げ遅れた黒脛巾組の配下がまた一人銃撃によって倒れた。これで残る配下は二人だけに減った勘定である。

「まさか……待ち伏せていたというのか?」

 伊賀組だけではなく黒脛巾組もアダミを狙っているということに気づかれていたのか?

 明らかに用意周到に用意された殺し間であった。おそらく銃手の数は八名ほど、しかもかなりの腕だ。精鋭で名高い岡家の銃手であればそれも当然のことであろう。

「私も殿に形見分けを任された以上はその信に応えなくてはなりませんのでね」

 身動きのできなくなった黒脛巾組の一味を見下ろして、天窓から首を出した林主計がにんまりと嗤う。そのすぐ頭上を棒手裏剣が通過していった。配下の者が主計の襟首ごと引っ張らなければ、今頃眉間に突き刺さっていたかもしれない。やはり戦うことに関してはからきしな主計である。

 だが、どうにも格好がつかない、と残念そうに首を振る主計もまた間違いなく武の者であった。

(――――甘くみた!)

 定俊が無防備にセミナリオをがら空きにしたと信じていた先刻までの自分を殴りたい衝動に横山は駆られた。

 セミナリオの外周は綺麗に整地され六間ほどの広場になっていて身を隠す場所がない。これではいかに優秀な忍びでもただの的である。

 冷や汗が出た。こうして待ちに徹しられると、鉄砲という武器は定俊より始末が悪いかもしれない。ここに竹永がいたとしてもやはり突破は困難であろう。武芸者の腕は鉄砲の数には歯が立たない。それが戦を通じて証明された真理であり、剣を磨くものたちが解決することのできない命題だった。

 その答えのひとつが活人剣なのである。いまだそれは世に受け入れられているとは言い難いが、槍にも鉄砲にも勝てない剣が太平の世を生き延びていく道は、精神性にしかないと気づく者は気づいていた。

 なんとか打開策を見いだせないかと懊悩している横山の前に、いきなりセミナリオの扉が開かれた。反射的に懐の棒手裏剣を投げつけようとして、横山は危うくその手を止めた。

 扉の前に立つ長身のその男こそ、彼らの目的たるアダミであったからである。

「――――帰ッテアナタタチノ主ニ伝エナサイ」

 静かにアダミは茂みに潜む横山へ向かって語りかけた。

「我ガ隠シ財宝ハ遠ク澳門ニアリ、ソノ使用ノタメノ割符ハスデニ他ノ者ヘ託シマシタ。コレ以上ココデ何ヲシテモ貴方方ハ何モ手ニ入レラレナイデショウ」

 何を馬鹿な、と横山は憤る。それができるくらいなら最初からこうして猪苗代まで足を運んでいない。だが言われた言葉の意味は重大であった。アダミの足取りをいくら追跡しても、金が動いた気配がないことが疑問であった。百万両ほどの大金が動けば必ずなんらかの痕跡が残る。その痕跡がないという謎がアダミの説明なら解けるからだ。

「何ヨリ、私ヲココカラ連レ去ルコトハ不可能デス。ナゼナラ――――」

「連れ去られる前にこの俺が斬るからだ」

 アダミの背後に立つ藤右衛門が答えた。キリシタンは自害が禁じられている。ゆえに同胞たる藤右衛門の手でアダミを斬るというのである。

 そんなことができるはずが――といいかけて横山は息を呑んだ。高々と金丁して刀を抜いた藤右衛門には明らかな殺気が漲っていた。

 戦国の武士の言葉は重い。特に傾奇者と呼ばれる男たちは戯れにすら容易く命を懸ける。政宗にもそうした傾奇者の気質があるために横山は藤右衛門の覚悟を見誤らなかった。

 おそらくアダミをさらおうとすれば、躊躇することなく藤右衛門はアダミを斬るだろう。そしてアダミも抵抗することなくそれを受け入れるはずであった。それが彼らの定俊に対する最後の誠意であった。

 死人となったアダミに用はない。生きて捕えてこそ価値があるのである。しかし相手がアダミを守るのではなく、攫われそうになったらアダミを殺すとなると、その手を逃れて生きたままアダミを誘拐するのは不可能に近かった。

(これだから死に狂いの武士どもは度し難いのだ!)

 命の値が安いのは忍びも同じである。あるいは忍びのほうが容易く死ぬかもしれぬ。だが、武士のように死を望むことはない。忍びの死はあくまでも任を果たすための結果であって、華々しい死や名誉ある死など毒にも薬にもならぬ。

 キリシタンとしてアダミと藤右衛門がこの猪苗代に彼らが密入国してきたのは、命を賭しても布教をするつもりであったはずだ。

 にもかかわらずあっさりと死を決してしまえる武士という人種が横山は心の底から嫌いであった。許しがたい自己満足であり、なんら意味をなさぬ行為に思えたのである。

 また、時代もすでに殉死すら禁じる方向へと進んでおり、死という美を意識する武士の時代は過去のものとなろうとしていた。

「夕刻までには岡家の馬廻りと下士がやってくるぞ? 疾く去らねば挟み撃ちにして一人も逃さぬ」

「ぬう…………」

 口惜しいが藤右衛門の台詞は正しかった。鉄砲の的となったまま、さらに完全武装の兵と戦うことなどもとより想定していない。さらにアダミを生きたまま誘拐する可能性もなくなった。で、あれば退いて善後策を上に委ねるのが黒脛巾組の在り方である。伊賀組のように命を捨て誇りのために戦うような思いは横山にはなかった。そういう意味で、彼らも太平の世に生きる新しい種の忍びなのであろう。

 ひゅっ、と短い口笛を合図に、黒脛巾組は風のように撤退した。見弥山へ向かった竹永のことなど、ちらとも考えぬ見事な逃げっぷりであった。

「やれやれ、やはり用意していて正解でした」

 少々緊張感のない声で主計は零した。顔は笑顔だが、額にはじっとりとした脂汗が張り付いている。からきし武才のない主計にとっては、予想はしていても大きな重圧に耐えなくてはならぬ時間であった。

「さて、殿、こちらのことはお心置きなく」





 伊賀組の組頭である大善は火術を得意とする。特に火渡りと呼ばれる爆破術にその二つ名の由来となるほど熟達していた。それを定俊は知っていたわけではないが、戦国の武士は火薬の匂いにはひどく敏感である。たちまち地面に撒かれた火薬の匂いに気づいた。

「ほう……鉄砲ではなく火術とは……先日角兵衛と戦った男か?」

「よい鼻をしているな越後守。我の名は伊賀の火渡り大善、推して参る!」

 嬉々として大善は名乗りを上げた。かつて堂々と戦闘の前に名乗りを上げたことなど一度もないが、やってみるとこれはなかなか癖になりそうな爽快感であった。

「同じく、伊賀の伍平」

「同じく、伊賀の佐助」

「同じく、伊賀の勘蔵」

「同じく、伊賀の六郎」

「同じく、伊賀の孫六」

「同じく、伊賀の小六」

 秘匿すべき人数を明かしてまで、彼らは名乗りをあげることに拘った。人生の全てを闇の世界で過ごしていた彼らにとって、最後の戦いくらいは晴れがましい陽の下で堂々と死にたかったのである。

「確かに承った。相手にとって不足なし! いざ、尋常に勝負いたそう!」

「応!」

 殺しあう敵同士でありながら、定俊と伊賀組たちは意気揚々と鬨の声をあげた。なんとも晴れがましい、まるで祭りにでも向かうような明るい声であった。

 しかしこれほど哀しい祭りがあろうか。彼らは住む場所を追われ、人生の最後を迎えるために祭りを催しているのだった。戦国に生まれ、戦国に育ち、戦国で年を経た武士と忍びは、新たな時代を迎え生き方を変えるのではなくあくまで武士と忍びとして死にたかった。

 だからといって彼らに塵ほども悲壮さはない。なんとなれば死とは哀しいものではなく楽しむものであるからだ。たとえ泥に塗れようと死は美しく、その過程にこそ美を見出すのが彼らの流儀であった。

 そんな思いとは裏腹に、戦いは過酷で非情である。定俊に襲いかかろうとした小六が「ぎゃっ!」とけたたましい悲鳴をあげた。その目に吹き矢が突き刺さっている。もちろん毒入りの吹き矢であった。

「聞きしに勝る隠形だな」

 定俊の背後を守るくのいち、おりくの卓越した技量に大善は感嘆の声を漏らした。吹き矢の角度でおおよその位置はわかるものの、そこにおりくがいることを認識できない。これほどの隠形の使い手は伊賀の里でも見たことがなかった。

 視覚というのは人間が考えている以上に実はあやふやな処理が脳でなされている。まして動体視力を極限まで鍛えた忍びは、その情報量の多さを経験則という形で情報を簡略化しなくては脳が処理しきれない。おりくが使う隠形はその脳の処理をあえて誤作動させるものであり、優れた忍びほどこれにかかりやすいという始末の悪いものだった。

「だが、まとめて吹き飛んでしまえば問題はあるまい?」

 大善の余裕は破壊力の大きな火術を使えるという点にある。おおよその場所さえつかんでしまえばいいのだ。が――――

 殺気を感じて咄嗟に大善は身を伏せた。ちょうど先ほどまで頭のあったあたりを銃弾が通過していく。達介の銃撃であった。

「お嬢を狙うにはまずこの爺を倒しませんとな」

 本来火縄銃は装填に時間のかかるものだが、達介は早合と長年の修練でものの十秒ほどで次の装填を終了した。もちろん、その隙を逃すはずもなく卍手裏剣が四方から飛来する。

 ――――キン、と澄んだ音を立てて、達介を狙った卍手裏剣のほとんどを斬り落としたのは重吉であった。防御に定評のある中条流の二刀を突破するのは、手練れの伊賀組でも至難の技であった。

 厄介なことになった、と大善はそれでも楽しそうに嗤う。定俊とおりく、そして達介と重吉が互いに一体となって支援しあうと攻め手に勝る伊賀組も簡単には攻略できない。別して定俊と重吉の防御力の高さが問題だった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 定俊といえば、太刀を肩に担ぐようにして大善めがけて吶喊していた。そのびりびりと痺れるような咆哮にも、全く動きを乱さぬのはやはり伊賀組がその名にかけて選んだ精鋭たちである。

 だがそれで定俊と対等に戦えるかといえば答えは否であった。まず真っ先に斬られたのは孫六である。定俊の西洋甲冑に隙間、あえて隙を見せていた腋の下に捨て身で身体ごとぶつかった孫六はあっさりと甲冑の下の鎖帷子に刃を弾かれ胴ごと定俊に斬り伏せられた。

 良質の鋼で鍛えられた西洋甲冑を貫こうとすれば、それは鉄砲を抜きにすれば槍か弓、あるいは間接の接合部を狙った刀による刺突以外にはありえない。

 鎖帷子は刺突に弱いものの、そんなことは少し角度をずらしてやるだけでよい。それだけで刃は鎖帷子を貫くことなく滑って終わる。もちろんそんな芸当ができるのはほんのひとにぎりの武士もののふだけだ。

「――――鉄砲手を狙え」

 短く大善は命じた。

 対する伊賀組もまた一筋縄ではいかない歴戦の兵である。即座に定俊たちの弱点を看破した。達介は鉄砲の名人ではあるが、体術に関しては加齢によって相当に衰えていることを見抜いたのだ。それに達介の鉄砲の援護がなくなれば、大善の火術も心置きなく使うことができるであろう。

 たちまち配下の伊賀組忍びが達介を狙って殺到した。定俊は大善をけん制するために動けない。大善に自由を許して存分に火術を使わせるわけにはいかないからである。

「やれやれ、こんな爺に御大層なことで」

 端然と達介は火縄銃を構えたまま愉快そうに嗤った。すでに死など覚悟している。ただ娘とも孫とも思う弟子のおりくを守ることだけは諦めるわけにはいかなかった。

「中条流免許、この田崎重吉の守り、そう容易く超えられると思うな!」

 達介の前に立ちはだかったのは重吉である。打ち刀と脇差の二刀だけのはずが、まるで一糸乱れぬ槍襖のように守りが固い。攻撃よりも守りに定評のある中条流ならではの技で冴えで、四人中二人までをも抑え込む。

 しかし残る二人まで抑えきることはできなかった。重吉の左右をすり抜けたうちの一人、六郎が達介の銃撃によって眉間を撃ち抜かれ白い脳漿をまき散らして絶命した。唯一、守りを突破することができたのは衆の頭である伍平のみであった。

「――――もらった!」

 一気に間合いを詰めた伍平は勝利を確信した。もともと鉄砲は近接戦に弱い武器だ。連射もできないし、取り回しも利かない。中距離で伍平を阻止できなかった時点で達介はもう詰んでいるといえる。

「生憎と今少し寿命を迎えるわけにはいかぬでな」

 あっ、と伍平は声にならぬ叫びをあげた。達介の手に火縄銃ではなく短筒が握られているのを見たからである。短筒は射程も短く威力も劣るが、接近戦となったときの脅威は忍び刀の比ではない。

 伍平は心底驚いていたが、そこで当たり前のように覚悟を決めていた。というより考えるよりも早く身体が動いていた。今さら距離を取ることになんの意義もない。せっかく懐へと飛びこんだのだから己にできることをすると何の迷いもなくそう思ったのである。

 短筒の見た目よりも大きな轟音が響くのと、伍平が忍び刀を右に払うようにして投擲したのは同時であった。命中率の悪いはずの短筒は見事に伍平の心臓を貫いたが、伍平の放った忍び刀もまた、達介の肺を貫いていた。

 喉奥から血がこみ上げ、穴の開いた肺が正常な呼吸を不可能なものとした。それが致命傷であることは、誰の目にも明らかであった。

(――――それでよい。それでこそ忍びの道じゃ)

 満足そうに達介は笑った。その笑みはおりくがあえて達介を助けなかったことに対する称賛の笑みであった。事実、大善は伍平と達介の戦闘をいささか不満そうな目で見守っている。達介を守るために、おりくが背後から援護するものと考えていたからである。しかし定俊の背中を守ることを放棄しておりくが達介を助けることがあってはならない。弟子が正しく判断したことを達介は誇りに思った。

(最後までお供できなかったのが心残りじゃが、忍びとしての生きざまに未練も悔いもなし)

 震える右手を鉄の意思で制御し、達介は人生最後の引き金を引いた。

 まるで達介の意思が乗り移ったかのように放たれた銃弾は、重吉の左から間合いを侵そうとしていた勘蔵の右肩を撃ち抜いていた。

「――――達介殿!」

 絶叫する重吉の悲鳴を聞きながら、達介は七十余年の人生に幕を引いた。

 邪魔な鉄砲手がようやく除かれたとはいえ、この結末は大善にとって到底満足のいくものではなかった。逆にいえば、鉄砲しか使うことのできない老忍びに、手練れの伊賀者が二人までも倒され一人に重傷を負わされてしまったことになるからだ。残る一人、佐助では重吉の二刀流の防御を突破することはできまい。

 ということは大善一人で定俊とおりくを相手にしなくてはならないのである。これが満足のいく結果であるはずがなかった。

「が、悪いことばかりでもない」

 大善の特技は火薬による爆破術にある。達介の鉄砲という驚異がなければ、思う存分その技を振るうことができるのだ。

 相変わらず刀を肩に担いだ介者剣術の姿勢で突進してくる定俊から、後ろに飛んで大善は距離を取った。すぐに定俊は距離を詰めてくるが、一瞬でも距離がとれればそれでよい。

「食らえ、蜘蛛縛り!」

 伊賀に伝わる特殊な配合によって蜘蛛の糸のように織り込まれた火薬を、大善は投網のように定俊へ投げつける。その網に捕らわれたときが定俊の最後であるはずだった、が――――

「なに?」

 必殺の火薬の糸が網のように広がるよりも早く、何か透明な壁にぶつかったかのように弾かれて地面に落ちる。その原因に気づいた大善は怒りに顔を歪めて即座に火薬を起爆した。おりくの仕業である。定俊の背中を守っていたはずのおりくが、いつの間にか姿を消したまま大善の傍まで迫っていた。だからこそ大善の技は完成する前に打ち落とされたのだ。案の定、十分に広がり切らなかったために爆発は想定されていたよりも遥かに小さな規模にとどまった。

 濛々たる爆煙のなか、大善は点々と続く血痕をみた。姿形は見えずとも、そこにいたおりくが爆発で負傷した証であった。これでもう隠形は通じない。あの血痕の先におりくがいる。だが、大善にその余裕はもはや残されていなかった。定俊が魂の半身であるおりくの身を捨てた献身を無駄にするはずがなかったのだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおお!」

 甲冑の重さをも利用して加速した定俊は、右足がくるぶしまで地面にめりこむほどの踏みこみで、瞬きよりも早く大善の間合いへと侵入した。甲冑の重さがなんの枷にもなっていない苛烈で俊敏な動きであった。

 大善は咄嗟に後ろに飛ぼうとして苦笑する。間に合わないことがわかったからだ。おりくの血痕を確認したことで視線が落ち、やや前傾姿勢になっていたのが災いした。そんなわずかななんでもない差異が、闘争の場では途轍もなく大きいのである。

(ならば敵わぬまでも相討ちに――――)

 大善は最後に身に着けた火薬ごと自爆しようと試みるが、それより一瞬早く大善に右腕を斬り飛ばした定俊の愛刀が、大善の胸から上をまるで豆腐のように両断していた。

「――――大善様!」

 血しぶきの噴水のように噴きだす音に勘蔵は大善の死を悟る。

「どこを見ている?」

 不敗を信じていた組頭の敗北に取り乱した勘蔵は佐助が止める間もなく、達介の敵討ちに燃える重吉に左右から同時に首筋を切り裂かれていた。

「うぬ!」

 首だけで宙を舞いながら、勘蔵は最後に無念の呻きを漏らした。

 残るは佐助一人。

「――――おりく!」

 血相を変えた定俊が、負傷したおりくの姿を追って駆け出すのはそのすぐあとのことであった。



 角兵衛と方丈斎は、老齢とは考えられぬ速さで風のように木々の間を走り続けている。互いに呼吸を測って牽制をしてはいるが、二人の意志は一致していた。すなわち、八郎から距離を取ろうとしている。彼の手によって二人の対決に水を差されないようにするためだった。

「困ったものだな。老人というものは」

「若さにはやり直せる力と立ち上がる時間がある。どちらも老人にはもはやないものだ」

「――しがらみばかりが増えて不自由極まる」

 そういいながらも角兵衛と方丈斎は愉快そうに目を細めている。

 老人の背中には重いしがらみが絡みついているが、そのしがらみこそが老人が生きてきた証である。死に臨んでそのしがらみと向き合うのは存外に気持ちの良いものであった。

 思えば忍びとしての生き方以外を知らずに生きてきた。もし来世というものがあれば、今度は別の生き方があってもいい。だがそれは――あくまで忍びの生き方を貫いてからのことだ。

「――――そろそろよいか」

「うむ」

 十分に距離が離れたものと方丈斎が頷いた瞬間には、すでに角兵衛の手から幾条もの礫が放たれている。大きく弧を描いた礫は方丈斎の手前で交差して大きな火花をまき散らした。

「燧石かっ!」

「歳を食うとこんな手妻ばかり覚えてしまうでな」

 火花自体に威力はないが、飛び散る火花から目を庇うのは人間の本能だ。一瞬だけ方丈斎の反応が遅れ、それを待っていたかのように頭上から礫が襲いかかる。

「なるほど、確かに歳を食うのもそう悪いことばかりではないな」

 方丈斎は、頭上に視線を送ることもなく、ただ勘だけでその礫を全て躱しきる。長年戦場で生死の境にいたものだけが感知する第六感が方丈斎は伊賀組のなかでも群を抜いて高い。

 それすらも予想していたように、角兵衛はさらに礫を放っていた。変幻自在の時間差攻撃であるが、これもあっさりと方丈斎に躱されてしまう。

 身体に普段のキレがないことはわかっていた。大善との戦いで負った怪我は八郎が考えている以上に深刻なものだった。老齢から回復が遅くなっているばかりでなく、傷が化膿して内臓まで侵し始めていた。全身にまとわりつくような倦怠感が抜けず、このまま養生しても今年の冬は越せないことは角兵衛自身が誰よりわかっている。だからこそまだ身体が動くうちに方丈斎との決着をつけたかった。

 勝てるかどうかは問題ではない。忍びとして戦いのなかで死ねること、それが角兵衛の願いであり、敬愛する主君長束正家に殉ずることができなかったことに対するひとつの贖罪であった。

「――――あまり時間はかけられぬか」

 死に方にも品位というものがある。疲労と怪我で醜く動けなくなって斃れるなど鵜飼藤助の死に方としてあってはならない。主君から下された任務であれば話は別だが、今の二人は互いに己の誇りのために戦っているのだから。

「鵜飼藤助、引導を渡す男の顔を覚えておくがよい」

「はてさて、ともに三途の川を渡る同士、わざわざ覚えておく必要もなかろうて」

 ここに角兵衛は果てても、時をおかず方丈斎もまた八郎によって冥途へと送られることになると角兵衛は暗に語る。角兵衛の息子に対する信頼は絶大だった。

「――――才だけでは超えられぬものがある。鵜飼藤助ともあろうものが、戦から離れるとこうも耄碌するものか」

 方丈斎は角兵衛の感慨をばっさりと切って捨てた。疑う余地もなくただの事実として方丈斎はそう確信している。彼が生きてきた忍びという世界は才だけで渡れるほど甘くはないのだ。

「八郎を才だけの男と思うなよ?」

「才ある若者が戦場を生き延びるために何が必要であったか。鵜飼藤助よ。忘れたとは言わさぬぞ」

 畢竟、格上の敵と戦い、あるいは敵に囲まれ絶望的と思われた死線を潜り抜けて生き延びた忍びには、二つの共通した人並み外れた力がある。それはありあまる運と鋼鉄の意志である。このどちらが欠けても過酷な戦国を第一線で生き延びることは難しい。方丈斎のような一流のごく一握りには、必ずそうした才だけでは超えることのできない死線を超えてきた経験があった。

 角兵衛とともに隠者の生活を送っていた若い八郎に、その鋼鉄の意志があろうはずがないと方丈斎は言っているのである。

「――ゆえにこそ」

「なるほど」

 角兵衛の一言に方丈斎は卒然として好敵手の意図を悟った。それはすなわち、角兵衛の死こそが八郎に育ての父の敵討ちという断固たる意志を与えるのだと。それが角兵衛が最後に八郎に与える教えなのだと。

「興覚めだぞ鵜飼藤助。貴様ほどの男が負けるために戦うなど」

「――誰が負けると言った?」

 くっくっと引き攣れるように角兵衛は嗤った。

「最初から勝ちを譲るつもりで戦うほど、この角兵衛耄碌してはおらぬ」

「ぬかせ!」

 方丈斎は破顔した。肌に刺さるほど鋭利な覇気! 視線を合わせただけで背筋が凍るような殺気! これぞまさしく天下に名を轟かせた伝説の忍び鵜飼藤助に他ならなかった。その相手として自分が選ばれたことを、方丈斎は生まれて初めて天に感謝した。

 ――――もちろん、角兵衛のそれがせめてものやせ我慢であることを二人とも承知していた。

 ここで角兵衛が初めて印字ではなく忍び刀を握った。

「どうした? 得意の印字は使わぬのか?」

「印字打ちばかりが得意と思われては敵わぬのでな」

 事実はそうではない。怪我で本調子でない印字打ちでは方丈斎には通用しないと考えたからだ。才、技量、そして経験に裏打ちされた勘を備えた方丈斎という男はそれほどの相手であった。角兵衛もまた最後の雄敵が方丈斎であることを天に感謝した。

「行くか」

 ただぽつりと、しかし万感の思いをこめて角兵衛は呟いた。言うと同時に柳が揺れるように身体がゆらり、と動いていた。角兵衛の身体は前傾しているが、前に出ようという予備動作が何一つなかった。本来前進に使うべき関節と筋肉が一切使われていないために、相手はその間合いを掴むどころか接近を防ぐこともできない。それが武術の世界において奥義と呼ばれる縮地の法であった。

 たちまち角兵衛の殺傷圏内に捉えられた方丈斎は瞠目して歓喜した。

「見事! それでこそ鵜飼藤助ぞ!」

 方丈斎の命脈を断ち切ろうとする白刃を髪一筋ほどの差で躱すと、風圧で赤い擦過傷のような跡が方丈斎の首筋に刻印される。さらに息つく暇もなく肺へ、肝臓へと続く連撃を、方丈斎は最小限の動きだけで完全に避けきった。

 これにはさすがの角兵衛も驚くより呆れた。怪我のために本調子ではないとはいえ、全力に近い攻撃である。それがかくも簡単に避けられるとは思いもよらぬことであった。あるいは自分が気づいていないだけで、想像以上に老いて術が衰えていたか、と角兵衛は自問した。

 不意に背筋が凍るような悪寒が走る。直感が命ずるままに角兵衛は身を投げ出すようにして地面を転がった。

 何もなかったはずの空間から、白刃が角兵衛の脇腹を掠めていく。皮一枚ほどではあったが、ざくりと切り裂かれた腹からみるみるうちに鮮血が溢れた。

「――――なるほど、陽炎の二つ名の正体はこれか!」

 陽炎とは主に夏に発生する光の屈折による朧げなゆらめきのことである。またそれによって引き起こされる映像の歪みが蜃気楼現象であるが、この時代においてはまだそうした科学的な解析はなされていない。ただそうした錯覚や幻影があるという事実を知るのみだ。どういった手段かはわからぬが、方丈斎が見せたのはそんな現象のひとつであろう。で、あるとすれば角兵衛渾身の攻撃があっさり空を切ったことにも納得がいく。もしかすると角兵衛は、幻の相手を斬りつけていたかもしれないのである。

「どこを見ている鵜飼藤助!」

 ふいに背後に殺気を感じた瞬間、角兵衛は咄嗟に避けることを諦めた。目に映るものは幻でも、身体を貫く刃は幻ではないからだ。さきほどの縮地の要領で膝の力を抜く。そのため心臓を貫くはずの刃がわずかに逸れた。肉を切り裂き、金属の刃が臓腑を抉る激痛が、角兵衛に本当の方丈斎がどこにいるのかを知らせた。

「――――むん!」

 胸から突き出た方丈斎の忍び刀を素手で握る。そうすることで方丈斎の動きが一瞬止まった。その隙を迷うことなく、角兵衛は自分の身体ごと忍び刀で背後の方丈斎を貫いた。

 刹那、咄嗟に自ら忍び刀を手放し、後ろに飛んだ方丈斎の勘と判断は見事であったが、その程度の反応は角兵衛も読んでいる。全力で背後に飛んだ角兵衛は身体ごとぶつかるように刀を叩きつけていた。

 だが、惜しむらくは目のない背後へ、しかもだいたいの勘で飛んだために角兵衛が貫いた場所は致命傷とはほど遠い場所であった。

「一歩及ばぬか」

 最後の賭けが失敗に終わったことに、角兵衛は衒いのない苦笑いを浮かべた。全てを思い残すことなくやりきった満足そうな笑みであった。

「見事なり鵜飼藤助。全盛期であれば勝負は逆であったろう」

 出血する腹を抑えて、方丈斎は瞑目する。本心の言葉であった。もし角兵衛があと十余年若ければ、身体を犠牲にせずとも印字打ちだけで自分の居場所を探り当てたはずであった。

「楽しい技比べであった。思い残すことは何もない」

「――――俺はちと未練がある」

 なぜか負けた角兵衛よりも勝ったはずの方丈斎のほうが苦悶に満ちた表情を浮かべている。それどころか今にも泣きそうなやりきれない顔であった。

「お前を殺してしまえばこの技は永久に失われてしまうのだな」

「否とよ」

 蒼然とした顔を振って、角兵衛は労わるように方丈斎を見つめる。

「季節が巡るように、冬が訪れても再び春はやってくる。そのために種を撒いたはずだ。俺もお前も」

「いつ、いかなる華を咲かせるかもわからぬ種を?」

「いかなる華が咲くかわからぬからこそ華は美しい。また華は散るゆえにこそ愛しいのだ。そうではないか?」

 莞爾と笑う角兵衛の表情から、瑞々しい朝顔の花が陽光を浴びてしおれるように、すっと色が抜けた。

 稀代の忍びが鼓動を止めたことに、方丈斎は無意識に胸の前で手を合わせた。合わせずにはいられなかった。

 ――――息を荒げた八郎が、杉の枝の上から二人の姿を視界に捉えたのはまさにそのときであった。





 全身の血が沸騰したかのように熱かった。心は水のように冷たく柔らかであれ、という角兵衛の教えなど瞬時に忘れた。ただ幼子のような衝動に突き動かされるままに八郎は物言わぬ角兵衛の躯へと走った。

「御爺! 御爺!」

「馬鹿者! 忍びが泣くな!」

 自らも瞳を充血させていながら、咎めるように方丈斎は叫ぶ。

 忍びにとって死はごく身近なものである。十人中九人までは三十を迎えることなく死を迎える。だからこそ死を解放と捉えるのが彼らの流儀であった。いちいち悲しんでいては生きていくのがつらすぎるのである。そんな忍びとしての基本的な心構えを、角兵衛は八郎には伝えていなかった。もはや古い忍びの生き方を伝える必要はないと考えたからだ。

「目を開けてくれ御爺、俺を一人にしないでくれ」

「なんたる弱さよ! そんな様で鵜飼藤助の後継が務まるか!」

 それでは八郎の奮起を促すために死んだ鵜飼藤助が報われぬ。何より肉親の死に戦意を失うようでは忍びではない。

 だが八郎はそんな方丈斎の罵声に反応しようともしなかった。ただただ角兵衛の亡骸を掻き抱き慟哭し続けた。角兵衛に忍びの技は伝えられたが、八郎は心に刃を隠し持つことを教えられていないのである。

 鵜飼藤助最後の弟子、角兵衛が最後までその勝利を疑うことのなかった天才ともあろうものが、まるで素人のような心構えでしかないことに方丈斎は嚇怒した。それは鵜飼藤助への、忍びへの冒涜であると受け取ったのである。

「――――死ね」

 八郎の後頭部を狙って放った苦無が、なんの前触れもなく礫に弾かれて落ちた。

「馬鹿な…………」

 方丈斎は怒ってはいたが、決して油断などしていなかった。八郎は両手で角兵衛を抱えており、礫を放っていない。方丈斎はその様子を確かにその目で見ていた。だが、苦無は礫によって弾かれている。それは錯覚ではなく現実であった。

 ようやく角兵衛があれほど八郎の才を信じた理由が、実感となって方丈斎の首筋を粟立たせていった。

「忍びが哀しんだらいけないのか」

「当り前ではないか」

「御爺はそうは言わなかった」

「――――なんと愚かな」

 それではいかに技を磨こうとも忍びとしての完成はない。鵜飼藤助ほどの男がそれに気づかぬはずもなく、方丈斎は裏切られた思いであった。

「認めぬ――――認めぬぞ、貴様が鵜飼藤助の後継者などと!」

 技が優れているだけなら武芸者でも十年技を磨けば忍びと同等の力を身に着けることが可能であろう。だがそれは、方丈斎の知る忍びではなかった。

 ましてそんな存在が鵜飼藤助の後継者であってよいはずがない。

「誰に認められなくとも、俺は御爺の息子で後継ぎだ!」

 名残惜しそうに八郎は角兵衛の亡骸を横たえた。

 まだ泣きたい気持ちはある。置いていかれたことに対する恨み言を言いたい気持ちも。しかし今は何よりも優先させなければならないことがあった。すなわち――八郎こそが角兵衛の息子でありその技と志を継ぐものであるという証を立てる必要があるのであった。

「ふん、餓鬼のくせにいっぱしの目をしおる」

 八郎の忍びとしての精神性を認めることはできないが、その目の色から発せられる威圧感は本物であると、さすがの方丈斎も息を呑んだ。ほんの少しでも油断すれば次の瞬間には礫で脳天を割られているような、そんな危機感が肌を突き刺すかのようである。その方丈斎の直感は完全に正しかった。

「見ていてくれ、御爺」

 これはいかん、と方丈斎は内心肝を冷やしている。正しく鋼の意志を宿した目であった。若者が格上を相手に生き残る必須の能力のうちひとつを、鵜飼藤助の思惑通り、八郎が手にしたことを悟ったのである。ここに有り余る運が加われば、場合によっては自分は負ける。過去に敗れ去った数多の優秀な忍びと同じように。

「――――この幻影の方丈斎、貴様のような若造に超えられる壁ではないわ!」

 そんなことはありえない、と方丈斎は己に活を入れた。いったいこれまでどれほどの天運の持ち主を倒してきたと思っている。運も意志も兼ね備えた雄敵を葬り続けてきたからこそ今なお方丈斎は生きているのだ。数え切れぬ雄敵が、また一人増えるだけのことであった。

「お前なんか、御爺の相手じゃない。御爺の凄さがお前なんかにわかるもんか!」

 角兵衛は最初から死ぬつもりだった。たとえ怪我をしていたとしても、そうでなくてどうして御爺が伊賀者などに負けようか。そう信じるからこそ八郎は角兵衛が自分を置いていったことを信じて疑わないのだった。

 やはり餓鬼だ、と方丈斎は思う。忍びにとって勝った者が強いのであり、強いと思われたかどうかに意味はない。八郎の知る鵜飼藤助がどれほど強くとも、敗北したのは弱かったからにほかならないのである。そんな当たり前のこそさえ教えていなかったのか、と改めて鵜飼藤助に対する怒りが募った。

「忍びの忍びたるゆえんを知らぬ餓鬼が、偉そうな口をほざくな!」

 怒り、失望、憎悪、天下に君臨する伊賀組の組頭たる方丈斎の殺気たるや平常の人間であればそれだけで気を喪失するだけの圧迫感がある。あまりの殺気に森の獣や虫たちまで息を殺したため、恐ろしいほどの静寂が八郎を押し包むかのようであった。

「――――殺すと思わばすなわち殺気を生ず」

 子供のころの修行で角兵衛から教えられた言葉を八郎は口ずさんだ。その言葉の通り、すでに角兵衛は本来の忍びではなくなっていたのである。主君長束正家が死んだときに鵜飼藤助もまた死に、角兵衛という好々爺が生まれた。心を殺し、肉親の情を殺し、敵を容赦なく殺すことにかけては手段を選ばない。そんな修羅道のことなど忘れたように、角兵衛は八郎を慈しんだ。

「小僧! 坊主にでもなったつもりかっ!」

 方丈斎に禅の悟りのような問答をする気はなかった。それに角兵衛に刺された腹の傷は致命傷ではないが重傷には違いない。早めに決着をつけるにこしたことはなかった。

 方丈斎の投げた苦無が、高い音を立てて交差した。投擲武器を交差させて軌道や速度を修正するのは何も印字打ちの専売ではない。さらに驚くべきことに、抜刀して吶喊した方丈斎は、この交差して跳ね返った苦無をさらに忍び刀で打ち返し、苦無を追い越すかのような速さで八郎に肉薄する。

 しかし八郎はそれを泰然と受け止めた。八郎は千変万化の印字打ちを角兵衛に叩きこまれている。方丈斎の秘術ともいうべき変則も、そうしたものの応用にすぎなかった。

 いともあっさりと八郎は苦無を印字で迎撃し、方丈斎の刀を電光石火の早業で手首を蹴りつけることで逸らした。正しく天才の証といえる見事な見切りであった。

「…………まずは見事と言っておこう」

 八郎の蹴りを浴びた手首が痺れるような痛みを発している。あるいは骨に罅ぐらいは入っているかもしれない。方丈斎ともあろうものが避けることも防ぐこともできなかった。かろうじて忍び刀を落とすような失態をせずに済んだのは、蹴りの衝撃を逃がすことが間に合ったからにすぎない。

「その蹴りも鵜飼藤助から受け継いだものか?」

「応とも、だけど御爺の体術はこんなものじゃなかったぞ」

 もしここに角兵衛が生きていれば、笑ってすでに八郎の体術は自分の全盛期を超えていると答えただろう。しかし八郎にとってはいまだ角兵衛は超えることのできない憧れとしてそこにいる。

 かつて憧れた角兵衛は、八郎にとっての見果てぬ理想に昇華され、いまだ八郎はその理想を追い続けているのだった。

「いかさま、甲賀の鵜飼藤助といえば印字打ちだけでなく、体術の練達として恐れらておった。あの男にかかればいかなる堅城も野を歩くがごとしであったと聞く」

 関ヶ原の折、名城のひとつに数えられた伏見城になんなく忍び込み、徳川に味方していた甲賀忍びの裏切りを促したのも鵜飼藤助の功績として知られる。いかなる堅城も、たとえ同じ忍びが守りを固めていても、鵜飼藤助の前にはなんら障害とはなりえなかった。

 だが、だからといって八郎に――鵜飼藤助に勝てないとは方丈斎は微塵も思わない。強敵を打倒するためにこそ丹精した技があり、心の陰から雄敵を仕留めてこそ忍びの本懐があるはずである。何より方丈斎には鵜飼藤助をも倒した秘術があった。

「――――よいか小僧。貴様が鵜飼藤助を慕い、その背中を追いかけているかぎりこの俺に勝つことはできぬ。父を倒し、師の背中を乗り越えてこそ、忍びは忍び足りうるということを教えてやるぞ。冥途の土産にとくと見よ」

 暖かい家族のぬくもりに癒され、父と母を慕い無条件にその庇護を受けてきた忍びなど一人もいないし、いたとすればそれはもう忍びではない、と方丈斎は信じる。

 忍びとは、生き方である。生きざまである。その法度を超えた者は殺す。そんな峻厳な生と死を分かつ掟こそが忍びを忍び足らしめてきた。

 その忍びの手本となるべき鵜飼藤助が、世捨て人となって忍びの心を全く弟子に伝えていないことに、方丈斎は嚇怒していた。これまで生きてきたなかで一度もないほど腸が煮えくり返っていた。

 人生の価値を共有してきた最後の友に手ひどく裏切られたような思いであった。

 だからこそ――――八郎を葬る、葬り去らずにはいられない。

「御爺を馬鹿にするやつはこの俺が許さない」

 八郎には八郎の思いがあり、怒りがある。方丈斎の忍びに対する思いなど知ったことではなかった。ただ角兵衛の仇であり、自分は角兵衛の息子なのだと証明すること、すなわち方丈斎に勝利することだけが大事であった。

 敢然と方丈斎を睨みつけ、八郎はもう一度角兵衛の亡骸を見た。

(見ていてくれ、親父殿)

 ずっと言いたくて一度も言えなかった言葉を心で呟き、八郎は方丈斎との決着をつけるべく一歩を踏み出した。

 思いのほかに近くで、派手な爆発音と紅蓮の火柱が上がったのはその時であった。





「――――おりく!」

 白煙の晴れた地面に残る血痕を見つけた定俊は年甲斐もなく慌てていた。

 長年の戦勘が定俊の脳内でけたたましい警鐘を鳴らしていたからである。すなわち、濃厚な死臭を嗅ぎ取っていたのだ。

 杉の木や灌木が吹き飛ばされ、むき出しになった地面に仰向けになった姿で、血にまみれたおりくの姿を見つけた定俊は半狂乱となった。

「これ、おりく! 気をしっかりといたせ!」

 おりくを抱き起そうとして一瞬定俊の手が止まった。おりくの腹部に深々と小楢の枝が突き刺さっており、それが致命傷であることを見た瞬間に悟ってしまったからだ。

「前にも同じようなことがありましたわね」

 おそらくは息をするだけでも激痛が走るであろうに、おりくの声は凛として涼やかだった。

「戸木城か…………」

 若い日の出会いを思い出して、定俊は相好を崩す。だがそれは、口元を震わせたなんとも歪んだものにしかならなかった。

 死ぬつもりで臨んだ戦いであったはずである。もっとも、生きて帰ろうとして戦ったことは一度もない。だがそれはあくまでも自分の身だけのこと。こうしておりくの死を間近に迎えてみれば、定俊の心は蕭々たるうら寒い風に凍えんばかりであった。

「――またあのころのように手ずから、お主の看病をするのも悪くはない」

「まあ、お恥ずかしいこと」

 二人ともそれが叶わぬ夢であることはわかっていた。しかしそれを口に出して認めることがどうしてもできなかった。

「後悔はしていませんし、まだ死ぬつもりもありません」

「うむ」

 このまま死んでしまうことはおりくの生き方に反する。それがどれほど無謀で不可能に思えることであったとしてもである。

 敵がそこにいるのに、主人を置いて死ぬことなどあってはならなかった。



「――――越後守殿とお見受けいたす」



 静かな佇まいで闘志を滾らせる一人の男が現われたことに二人とも気づいていたのである。

 竹永兼次は天祐を感じていた。

 定俊と伊賀組の争いに横合いから割って入るといえば聞こえは良いが、定俊が倒されたり、戦闘力を失っていたならば竹永の目的は儚く消え去る。

 武芸者である自分が策も弄さずに見弥山へ分け入り、闇雲に走ったというのにちょうど伊賀組が倒されたところに出くわすなど、偶然と呼ぶにもほどがあるであろう。

 しかも見たところ配下のくのいちがほぼ瀕死の状態にあり、勝負に手出しできないものと思われた。これほど一生の舞台に相応しい機会はおそらく二度と訪れまい。

「……柳生か」

「いかにも、柳生新陰流免許、竹永隼人兼次、ゆえあって越後守の御首おんくび頂戴仕る!」

 独特の正眼の構えと、人差し指と親指で輪を描いたたつの口の握りから、定俊はすぐに竹永が柳生新陰流の流れを組むものと察した。

「そういえばたしか伊達家中に柳生流を使う男がおったな。さすがは前さきの参議殿、老いてもいまだ天下への野心は衰えぬと見える」

 すぐに定俊はおおよその事情を察した。柳生宗矩がこの段階で介入してくる可能性はまずない。あるとすれば伊達の黒脛巾組だが、そのなかにこれほどの柳生新陰流の使い手がいることだけが驚きだった。

「竹永よ。お主、なんのために戦う?」

 定俊は何気なく問うた。

 純粋な意味で竹永は忍びではなく武芸者であろう。その男が何のためにこの猪苗代までやってきたのか。政宗への忠誠心のゆえとは思われなかった。

「無論、強さを求めるため」

 一片の躊躇もなく竹永は断言した。今よりももっと強くなるため、そして強さとは何かを知るためにこそ竹永はその身を闇の世界に置いていた。定俊との対決も、歴戦の武士を相手に戦うためにほかならない。

「――――そして強さを証明するため」

 武芸者がいくら技術を磨いても、戦場で役に立つことは少ないと武士には低くみられることが竹永には腹に据えかねていた。戦えば定俊であろうと西国無双の異名をとる立花宗成であろうと勝利する自信が竹永にはある。それが戦場というごく限定された空間の実績だけで優劣を問われてはたまらない。

 もともと武芸者というのは大名に仕官するために強さを磨いてきた。徳川家康の知己を得て将軍家指南役となった柳生家などはその筆頭である。

 その強さを見せるもっとも有効な舞台は戦場であるが、どういうわけか戦場で活躍した剣士というのは史実を探してもあまり見当たらない。剣聖と謳われた上泉信綱でさえ、主家長野家の存続になんら貢献することができず、長野家滅亡を甘受さざるをえなかった。

 以来、武芸者は戦場ではそれほど役に立たないのではないか、という風潮が武士の間にあることを竹永は知っていた。

 決してそんなことはない。戦場だろうと道場だろうと、武士と武芸者が戦えば武芸者が勝つのである。武士は武芸者ほど強さを手にするために努力をしていないのだから。

「武運つたなく敗れても、生き方を全うした武士はすべからく美しい。武士とは強さではなく生き方なのだ。強さなどというのは数知れぬ花の彩りにすぎぬ」

 定俊の言葉に竹永は奥歯をかみ砕かんばかりに噛み締めた。それは竹永の生き方の否定であり、哀れみと労わりすら感じさせるものであったからだ。

「――――ならば美しく、無様に死ぬがよい」

 武芸者は美しくなどなくてよい。泥臭くとも強くありさえすればいいのだ。定俊の言うそれは、生き方であって戦い方ではないが、竹永はその違いを理解していなかった。

 あるいはそうした割り切りこそが、竹永の強さに向ける無垢なひたむきさの証であったのかもしれない。

 正眼の竹永に対し、定俊は脇構えでじりじりと間合いを詰めていく。

 刀身を相手の視線から隠すことで間合いを悟らせない実戦的な構えであり、戦国期の武将が使い慣れた構えである。だが、刀身を敵とは逆方向に向けたその構えでは、同じ間合いなら先に相手の刃が届くのは自明の理。まして腕に勝る武芸者を相手にそれを選択するのは愚策としかいえなかった。

「侮ったか、越後守!」

 正眼の構えのまま一歩を詰めた竹永の身体が、つんのめるように低く沈んだかと思うと下から太刀を内側に捻った斬り上げが定俊の左拳を襲った。これこそ柳生新陰流の奥義、神妙剣である。もともと斬り落としより斬り上げのほうが防ぐことは難しい。さらに脇構えの姿勢からではなおさらである。

 予測不可能な特殊な体捌きと呼吸を知り尽くした踏みこみ。正しく技術の極みであり、戦場での介者剣術しか知らぬ武士には真似のできぬ、理と訓練を重ねた至高の剣、剣に人生を捧げた武芸者だけに許された剣であった。

(――――もらった!)

 捻りを加えたおよそ見たことのないであろう軌道と拍子の斬り上げ、そして距離も遠くなる左からの攻撃を定俊が防ぐことは不可能と竹永は確信した。もう今から刀を振っても間に合わない。重い甲冑を着込んだ姿では避けることもできない。しかし定俊の行動は竹永の予想を遥かに超えていた。

 最初から避けることなどせずに左肩を入れて鳩胸鴟口の西洋甲冑で刀を受け止めたかと思うと、同時に地面を突き刺すほど下がった相州正宗を垂直に跳ね上げて竹永の顔面を狙っている。

 もちろん竹永は鎧兜に身を固めた武者を斬り倒すための訓練を積んでいるが、西洋甲冑のような成形された甲冑を相手にするのは初めてであった。竹永の刀は定俊の甲冑に大きな傷を刻んだが、その内部まで切り裂くことはできなかった。

 危機と好機は永楽銭の表と裏である。沈みこんだ上半身を狙う下からの攻撃を、竹永は大きく身体を捻ることで避けるしかなかった。

 しかしさすがは当代一流の武芸者である。竹永は咄嗟に大地を蹴り、斬撃の際、捻りを加えた力を利用して左に回転しながら飛ぶ。

「なっ?」

 なんと致命傷を負い、余命いくばくもないと思われていたおりくの吹き矢がその竹永を狙っていた。飛んで空中にいる竹永にそれを避ける術はない。ただ武芸者としての本能が、咄嗟に左手を愛刀の柄から離して吹き矢を受け止めさせた。おりくの吹き矢は竹永の目を狙っていたのだが、とりあえず最悪の事態は回避したといえる。

 だがそれも時間の問題であった。もともと殺傷力の低い吹き矢には毒が塗られているのは常識といえたからである。

(――――負けた!)

 ようやくにして竹永は武士の本質について悟りつつある。

 彼らは戦闘という広い世界ではなく、戦場という限定された舞台にのみ特化された異形の存在なのだ。 

 常在戦場といえば聞こえは良いが、武芸者は道場や日常、決闘や試合の全てにおいて強さを追及する。

 だが武士が最高の力を発揮するのは戦場のみである。彼らは幼児のころからそうあるべく躾けられていた。逆にいえば武士は戦場でしかその力を存分に発揮することができない。武芸者が戦場で武士に勝てないのはそれが原因であった。

 着地した足が、踏みとどまることができずに前へ流れる。背後で定俊が刀を振りかぶる気配が見ずとも手に取るようにわかった。

 武士の介者剣術は並みの防御など弾き飛ばす素朴な剛剣である。片手でそれを受けることができないことは剣一筋に生きてきた竹永が誰よりわかっていた。

(我が武運もこれまでか)

 瞬きほどの時間もない、あるかなきかほどのわずかな時間に、竹永はかつてない膨大な追憶と思いに揺られていた。

 強さとはなんだったのか。

 何故師、柳生宗矩は生きよと言ったのか。

 逃れられぬ死を前にして、若き修行の日々、強さに対する憧れ、そして失望がありありと竹永の脳裏を渦巻いた。

 武芸者にとって試合であっても敗北は死を意味する。竹永も他流試合を挑み数多くの武芸者を殺してきた。自分もまた、いつかそうした死を迎えることに何の疑問も持っていなかった。

 ――だが今は無性に生きたい。

 勝利も敗北も彼岸の彼方に消え去り、竹永の思いはすべて生きることへの渇望に塗りつぶされていった。



「剣士には生き続けた先にしか見えぬものがある」

 

 宗矩の言葉がいつまでも竹永の脳裏に木霊していた。

 ――――そして時は動き出す。





 耳をつんざく轟音が、大善得意の火術であると知っている方丈斎はいささかも心を乱さなかったが、八郎のほうはそうはいかなかった。

 守るべき定俊と、心の奥に楔となって打ち込まれたような女性、おりく。その安否は否が応にも八郎の心を乱さずにはおかなかった。

「――――どうした小僧、こちらを見よ」

 八郎の視線が方丈斎から片時も離れていないことを知りながら、方丈斎は嗤って挑発した。その程度で集中を乱す八郎ではないが、無性に癇に障るのも確かであった。

 どうしてこれほどおりくのことが気になるのか。

 頭領の従妹であるというだけでは、到底説明がつかない。主筋であるとはいえ八郎にとっては赤の他人の女性である。そのはずなのにおりくを考えるだけで、遠い昔になくしてしまった幼いころの宝物のような郷愁に近い思いがある。

「甘いな。その様でこの方丈斎に敵うと思うてか」

 八郎を嘲笑うように方丈斎は苦無をチンチン、と手のひらに弄ぶようにして打ち鳴らした。安い挑発とはいえ、八郎の目にいらだちと怒りが宿ったのはやむを得ぬところであろう。

「口数が多いな方丈斎」

「忍びとて語りたいときはあるだろうさ。それがたとえ忍びでない相手だとしても」

 飄々とした態度を崩さず、それでもどこか愉快そうに方丈斎はくつくつと嗤った。

「それにしても――――迂闊だぞ小僧」

 すでに仕込みは終わった。思ったよりも短く簡単であったのは大善の火術による動揺のせいがあるにせよ、やはり八郎の油断というほかなかった。

「忍びのやることに意味のないことなどない」

 ざわりと肌に悪寒が走り、八郎は緊張感を高めた。方丈斎から感じる圧力が一気に増したのを感じる。

 しかし圧力以上に八郎が感じたのは違和感だった。その違和感は、村雨たち伊賀組に仕込まれた毒による違和感に似ていた。

(まさか――気がつかぬ間に毒された?)

 確認のために礫を放つと、狙った通りに礫は方丈斎を襲う。さらにこの礫にはひとつの仕掛けがしてあった。天然の熔岩石には特殊な香りのするものがある。あの毒のように自分の距離感が狂わされているとしても、香りによって修正することができると考えたのだ。

「――よい勘だが、少々遅かったな」

 弾かれれば香りは残っただろう。しかし礫は方丈斎の身体をすり抜けるようにして藪の中へと消えていった。いつの間に術中に嵌ったものか。

「今度はこちらからいくぞ」

 八郎はもはや方丈斎の実像を認識することができない。虚像であることを見破ったところで、実像を見抜くことができなければ勝敗は自ずから明らかだ。

 方丈斎の秘術は八郎が想像したような毒ではない。実は催眠術の一種である。音や光、言葉、手ぶりや仕草などによって相手の認知に誤作動を促す。そうした意味ではおりくが使う隠形の術に近いであろう。

 だが、八郎もまた天才の名に恥じぬ角兵衛の後継者たることを方丈斎はすぐに知ることになる。

「――――そこだ!」

「うおっ!」

 完全に術中に陥っていた八郎のはずが、正確に方丈斎の居場所を見抜いて攻撃してきたことで、慌てて方丈斎は大きく宙に飛んで避けるしかなかった。

 だが、どういうわけか追撃が微妙に方丈斎からずれて空を切る。もし八郎が本当に方丈斎の居場所を把握していたならありえぬ話だ。場合によっては、それだけでこの勝負は終わっていたかもしれなかった。

「結界か!」

 方丈斎は事のからくりをそう推察した。おそらくは八郎だけがわかる形で、礫による結界が敷かれているに違いない。その結界を侵せば、術にかかっていようといまいと侵入した位置が暴露ばれる。

 しかしそんな結界にも弱点はある。礫では空中に結界は敷けないということだ。すなわち、投擲による攻撃や空中からの攻撃には対応できない。

 接近戦を捨て、方丈斎は目にも止まらぬ速さで四本の苦無を投擲した。術にかかった八郎は、その苦無を錯覚したままに受けるしかないはずであった。

 ところが方丈斎の予想を裏切り、八郎は完璧に苦無を回避する。まるで本当に見えているとしか思えぬ迷いのない回避ぶりであった。さすがの方丈斎も、もしや八郎は術にかかっていないのでは、と疑うほどであった。



「――――殺すと思わばすなわち殺気を生ず。遊ぶがごとくただ空であれ」

「貴様、まさか殺気だけで我が苦無を躱したというのか?」



 人が殺し殺される戦国の世は終わったのだ。時代の移り変わりを人の手で制御することなどできない。ゆえに忍びもまた滅び去る運命にある。

 だが、忍びという影の戦士が存在していたという事実を、その技だけでも残して逝きたいと角兵衛は願った。

 柳生宗矩と手段は違えど、忍びが後の世に生き残っていくための選択であった。技さえ残ってくれれば、いつか再び忍びの蘇る時代が来るかもしれない。それがただの形だけにすぎなくとも、そこから生まれてくるものに未来を託すことができれば、それでよいのではないか?

 だから角兵衛は八郎に己の術技の全てを伝えたが、忍びの精神性だけは伝えなかった。むしろ遊びを楽しむよう教えた。八郎の持って生まれた才もあるであろうが、八郎が技のみを研ぎ澄ませて成長したのは角兵衛の狙い通りであったといえる。

 そんな角兵衛の意図を、方丈斎は戦いの最中、天啓のように悟った。断じて認めるわけにはいかなかった。そんなものは方丈斎の知る忍びではない。むしろ武芸者に近い達人の悟りに近いものであった。

「殺す、殺さずにはおかぬ。決して後の世に貴様のような紛い物を残させはせぬぞ!」

 伊賀組の最後を飾る華々しい戦いのはずであった。鵜飼藤助と岡越後守という難敵は、まさにその最後に相応しい相手だった。このまま死んでも何一つ悔いはないと方丈斎が思ったほどである。

 しかし今は八郎の息の根を止めるまでは、なんとしても死ぬわけにはいかなかった。

 とはいえ八郎の天才を今は方丈斎も認めている。あの鵜飼藤助をも上回る印字打ちの腕といい、殺気だけで苦無を避けるなど、並みの忍びに真似のできるものではなかった。

 遠距離からの攻撃が通じないのなら接近するしかない。かといって接近すれば結界によって探知されてしまう。近距離で八郎の印字を全て躱す自信は方丈斎にもなかった。

 ――何の、俺が死ねばよいだけではないか。

 そもそも鵜飼藤助との決着をつけたあと、老醜をさらして生き延びる気など方丈斎には毛頭ない。

 であるならば、たとえ印字を食らっても死ななければよい。ただ八郎の息の根を止めるまで死なずにいられればそれでよいのだ。

 八郎にかけられた術はいまだ解けたわけではないのだから。

「心に刃を持つことがどういうことか、本物の忍びがどんなものか、冥土の土産に教えてやる」

 心に刃が忍んでいる。ゆえにこその忍び。冷たく鋭い鋼の心は覚悟を決めれば鉄をも貫く切れ味を見せる。そんな覚悟を固めた忍びを印字の一撃で殺すのは至難の技であった。

 牽制の苦無を放つと同時に、方丈斎は矢のように八郎へと飛び出した。もちろんそれを見逃す八郎ではない。苦無が礫に弾き落されたかと思うと、どういうからくりか地面に転がっていた礫がまるで地雷のように空中へ打ち出されていく。

「ぬおおおおおっ!」

 全く想定していなかった真下からの攻撃に、方丈斎はたじろぐが、それでも急所への直撃を避けたのは技量のなせるわざか、それとも幸運のゆえか。

 しかし急所を避けたとはいえ、いくつかの礫が方丈斎の身体を傷つけ、その拍子に角兵衛に斬られた腹からの出血が激しくなった。

 もう自分に残された時間がわずかであることを方丈斎は悟る。

(そんなこと、もとより承知!)

 後先のことなど考えてもいない。ただ八郎を殺し伊賀組最後の華を飾るのみ。

 重傷を負っているはずなのに、方丈斎の身体は若い日まだ力が溢れていたころのように加速した。

 確かに印字打ちは便利で応用の利く技術ではあるが、刀や苦無に比べれば決定力では劣る。それはもちろん八郎も承知していた。

(それがどうした!)

 八郎にも角兵衛の後継者たる意地がある。方丈斎を倒し、その実力を認めさせてこそ堂々と角兵衛の息子であると胸を張ることができる。

 ならばなんとしても印字打ちの妙技を尽くして倒して見せると八郎が意地になるのも無理からぬ話であった。

「――――六道辻」

 この世とあの世の境、冥府の入り口にして六道輪廻転生の始まりとなる場所を六道辻という。天道、人道、修羅道、餓鬼道、畜生道、地獄道、人は死にいずれかの世に再び生まれ変わることになる。

 どの道を選んでも全て死に通じている。ゆえにこその六道辻。八郎の印字打ちでも最強の技であった。

 これまで使われてこなかった鋭利な針や矢じりのような礫が六芒星の形に放たれる。しかもその礫には全て鋼糸が結ばれていて、八郎の指先ひとつで千変万化の軌道を操ることができる、いわば誘導兵器なのであった。

 だがここで八郎は完全に選択を間違っていた。接近する方丈斎を確実に殺すために、持っている最強の技を出したのはよいが、自分が方丈斎の術中下にあることを忘れていた。

 白刃を片手に矢のように向かってくる方丈斎の姿がすぐそこに見えるのである。それどころか息遣いや視線の力まで感じる。その五感からくる情報を、つい本能的に受け入れてしまったのだ。

 八郎の礫は、過たず方丈斎が防ごうとする動きをすりぬけ、見事に心臓を貫き通した。礫が突き抜けた背中から血が間欠泉のように噴き出るのを、八郎は確かにその目で見た。

 がくりと膝をつき、倒れこもうとする方丈斎の口元が嗤っている。勝ったと信じた瞬間こそ、どれほど優れた勘も技術も全てが失われる。

 八郎の目には方丈斎がすでに死んだように見えても、現に方丈斎はまだその戦闘力を失ってはいなかった。大地に倒れ伏そうとしているのは幻影であり、実体は最後の力を振り絞り、白刃を八郎の心臓めがけて突き出していた。

 ――――そして亡き角兵衛の仇を討ったと信じた八郎の目が、真っ赤に噴きあがる滝のような血潮を見た。



「な、なにが起こった?」

 方丈斎は己の肺を貫いて胸から生えた白刃を見て、狂したように叫ぶ。

 九分九厘まで勝利を手中に収めた瞬間であったはずだ。八郎は完全に術中に陥っていたし、反撃など考えられる状況ではなかった。何より、この肌理の細かい沸にえと力強い地刃の働きには見覚えがあった、名刀、相州正宗に間違いない。

「え、越後守…………」

 それだけを呟いて方丈斎は無念を顔に張り付けたまま絶命した。正宗ほどの名刀を所持できる人間など、猪苗代広しといえども定俊以外にいるはずがなかった。

 肺から逆流した血を大量に吐き出した方丈斎の躯を見て、ようやく八郎は自分が絶体絶命のところを定俊に救われたことを悟った。

「定俊様――!」

 本来守るべき主に救われ、己を恥じて顔を赤く染めた八郎はそこに信じられぬものを見た。

 定俊の鳩胸鴟口の西洋甲冑が、真一文字に切り裂かれ、腹から鮮血と腸が零れ落ちていた。





 竹永は正しく絶望していた。おそらくは防ごうとした刀ごと、竹永は一刀のもとに斬り下げられるだろう。下手をすると八文字に真っ二つにされるかもしれぬ。剣に全てを懸けた武芸者であるからこそ、自分が助からぬことが誰よりもよくわかってしまうのだった。

(――――生きたい)

 今まで竹永がもっとも恐れてきたのは死ではなく敗北だった。敗者となる屈辱が何より嫌だった。だからこそひたすら強さを目指し、そのために他人の命すらも犠牲にしてきた。

 しかし今の竹永は生きたいと願っている。

 情けない話だ。死を恐れる武芸者などなんの役に立つ。そんな腰抜けがいれば笑い飛ばして相手をする気にもならなかったであろう。その腰抜けに今は自分が成り下がっているのだが、腹を立てる気力もなかった。

 なにゆえにこれほど生きたいのか。歴戦の武士もののふを相手に力の限り戦い、虚しく敗れることがあったとしても、それは誉れと呼ぶべきではないか。

 人生最後の戦いに、これほどの相手を迎えることができた、ともって瞑すべしではないのか。

 そこまで考えてはた、と竹永は気づく。

 ただ認めることができなかっただけで、強さを求めて路傍での死にも万金の価値を信じていた自分は、もういないのだということを。

(そうか、もう終わっていたんだ)

 戦国という時代が終わり、武芸者の生きる時代もまた終わった。いや、変わった。日常から死という存在が遠くなってしまったことを、竹永の理性ではなく無意識がとうに受け入れていた。

(お師匠様…………)

 朧気ながら師宗矩が目指すものがわかったような気がした。死に場所を求める時代は終わり、もう二度と戻ってこない。

 たとえ醜くとも生きて生きて生き抜いた先を見たいと願ってしまう。そんな自分に竹永は気づいた。

 勝てるかどうか、できるかどうか、ではなく、ただ生きたいという意志が竹永を衝き動かしたのはそのときである。

 自ら倒れこむように背を逸らし、さらに相手に背中を向けるほど独楽のように回転しながら竹永は渾身の力で刀を振りぬいた。

 一生に一度できるかできないかほどの会心の一刀であった。不思議なのは、致命となる定俊の一撃がいつになってもこなかったことであるが、吹き矢の毒が回り始めた竹永はその理由を考え続けることができず、深い闇へと意識を飛ばした。



「――――定俊様!」

 ゆっくりと仰向けに倒れる定俊を見て、八郎は惑乱して飛び出した。

 自分を助けるために定俊が殺されてしまうなど、あってはならないことであった。どうして自分のような世捨て人の忍びのために、定俊のような大名格の貴人が命を落とさなくてはならないのか。答えの出ぬままに八郎は定俊の手当てをするべく酒と縫い糸を取り出した。

「措け、もう助からぬことはわかっておろう」

「定俊様…………」

 定俊の言う通りであった。明らかに致命傷であり、こうして定俊が即死していないのが不思議なほどにその傷は深い。今さら手当てをしたところでなんの意味もないことは明らかであった。

「そんな顔をするな。俺は満足だ。武士として最後の戦いを楽しみ、こうして息子のために父の仕事まで果たせたのだからな」

「はあ?」

 八郎の反応はなんとも間抜けなものであった。言われた言葉の意味を本当に理解するまでに、さらに数秒の時間が必要であった。

「知っておられたのですか?」

 観念したような声でおりくが尋ねる。

「俺が愛する女の腹もわからぬ男と思うたか」

 おりくが頭領の代替わりで里帰りする以前から、おりくの体調の変調を定俊は承知していた。それを知りながらおりくの意志のままにさせていたところに、定俊の定俊たるゆえんがあると言えよう。

 わが子を見捨てたことに未練がなかったといえば嘘になる。しかし後悔だけはする気はなかった。

「すまんな八郎。俺もおりくもこの生き方以外はできなかった。言い訳をする気はない。ただこれだけは覚えておけ」

 血が流れすぎたことで定俊の血色はみるみるうちに青白くなっていった。それでも声には強い張りと意思の力があった。

「己の本性を貫けば、たとえ野垂れ死にでもその人生は美しい。しかし美しい死の花を咲かせる時代はもう終わりであろう。生ある者は醜くとも種を繋ぐために生きる。そんな時代になる」

 奇しくも定俊の言葉は角兵衛が方丈斎に語った言葉に似ていた。滅びゆく運命を受け入れた武士もののふと忍びとしての立場が、互いに同じ結論に至らせたのかもしれない。

「季節外れのあだ花が咲くこともあるかもしれん。だが、お前が角兵衛殿から種を受け取ったのであれば、その種を繋ぐのもひとつの生き方かもしれん。まあ……お前の思うままに生きるのだ。後悔することのないようにな」

「はい」

 角兵衛を失い、今実の父である定俊も失おうとしている八郎は、まるで幼子のように素直に定俊の言葉に頷いた。

「――――我が子を見捨てた情けなき父ではあるが、八郎よ。お前の成長と才を俺は誇りに思っているぞ」

 そこで定俊は疲れたように太いため息を吐いて、おりくのほうへと右手を伸ばした。その手を差し出されるのがわかっていたかのように、おりくは指を絡ませて固く握る。立ち上がることができないため、這うようにして定俊のすぐ傍まで移動していたのである。

「おりくよ。あの世では夫婦となるのを断るまいな?」

「あの世に忍びの生きる場所はございますまい」

 忍びでさえなければ結婚を断る理由もまたないと、おりくは笑う。

「そうか、あの世では武士も肩身が狭いかもしれぬな」

 衒いのない笑みを浮かべ、定俊は瞑目した。思うままに生きた。望みのままではないにしろ、生き方を貫き通せたことだけは胸を張って言えた。

「佳き人生であった」

 それが岡越後守定俊の最後の言葉となった。徹頭徹尾、武士として生きるために多くのものを捨て去ってきた。それを後悔しない潔さが、八郎にはうらやましくもあり、うらめしくもあった。

「……ひどい方、主が忍びより先に死んでしまうなんて」

 そう呟くおりくの顔はどこか晴れやかである。愛しい男に悔いのない人生を送らせた。そんな達成感が忍びとしては不名誉である最後に勝ったのだ。

「うらむなとは言いません。解れとも言いません。私は忍びであり続けるために母である自分を捨てました。それなのに女である自分は捨てきれなかった。忍びとしては未熟かもしれませんが、それが嘘偽らざる私です」

 忍びの子が物心つかぬうちに修行のため親の手を離れることは多くある。それは修行に親としての情が混じれば技が曇るからだ。

 しかし親子の関係を完全に断ち切ってしまうのはさすがに稀であった。甲賀では使い捨ての下忍の一部くらいなものであろう。

「ほ、本当に定俊様とおりく様が俺の親なのですか?」

 理性ではすでにわかっている。定俊が自らの命を投げ出し、八郎を助ける理由はそれしかないからだ。とはいえそれが受け入れられるかは別の問題であった。

「今の貴方の思いが答えです。たとえ血が繋がっていたとしても、貴方にとって本当の親とは角兵衛殿なのでしょう」

 八郎の技、八郎の性格、八郎の嗜好、その芯となる部分を形作ったのは角兵衛との日々であり、あの美しい日野の山で暮らした厳しくも穏やかな日々であった。もし自分が育てたら決してこうはならなかったことをおりくは承知していた。

「ただ、母として最後に言わせてもらえれば、八郎、お前に心に刃を隠し持つ忍びは似合わないわ」

 その点だけは角兵衛に感謝したいとおりくは思う。

 世捨て人として忍びであることを止めた角兵衛だからこそ、これほど八郎が伸びやかに健やかに育ってくれたに違いない。

 忍びは情を殺して刃を持つけれど、決して情を知らないわけではない。八郎が生きていてくれてうれしかった。本当はすぐにでも抱きしめて声をあげて泣き叫びたかった。そんな資格はないという思いと忍びの意地がおりくを思いとどまらせていた。

「――――定俊様、おりくも楽しゅうございました」

「あ―――」

 刹那、おりくが短刀で心臓を貫くのを、八郎は止めることができなかった。それどころか、おりくを一度も母と呼ぶことさえできなかった。いや、呼ぼうとしなかったことに八郎は呆然としていた。

 八郎の淡い母に対する思慕を知っていたからこそ、おりくはあえて八郎に多くの言葉を残そうとはしなかったのである。

「すまぬ、遅れた」

 重吉が沈鬱な声で現れた。もともと重吉の中条流は防御の剣であり、相手が隙を生むまで待ち続けるのが本道である。佐助という一流の伊賀組忍びが本気で死を決して戦っていることを考えれば、この時間で勝利した重吉の腕をむしろ褒めるべきであろう。だが、そんなことは仲間を死なせた重吉にとって何の慰めにもならなかった。

「みんな……いなくなってしまった」

 幼い日から八郎に肉親の情を与えてくれた角兵衛も、生き別れていた定俊とおりくという両親も死んでしまった。

 はたして自分はどう生きていけばいいのか。己の本性とは、後悔せぬ生とはなんなのか。聞きたくともその相手はもうこの世にいない。

「俺は……これから何をすれば……」

 仕えるべき主君もいない。守るべき家族もいない。愛すべき妻もいない。あるのはただ、角兵衛から伝えられた忍びの技があるのみだ。

 いつの間にか夕日が磐梯山の稜線に消えようとしている。夜の訪れとともにぞっとするほど冷たい風が山肌を舐めるように吹き下ろしていた。  

「その問いに答えるのは俺ではない――が」

 答えを他人に求めれば生きるのは楽であろう。アダミや藤右衛門の言葉に従って布教することだけを考えて居られたら、どんなに気持ちは穏やかでいられることか、と重吉は思う。

 しかし楽で穏やかな生と引き換えに、重吉は本当の望みに背を向け、己に嘘をついて生きていくことになる。

「俺はこれから寧波ニンポーへ行く。八郎も来るか?」

「よろしいのですか?」

「答えを出すのは己自身でなくてはならないが、それを俺が助けて悪いなんてことはないだろうさ。俺だってアダミ殿と藤右衛門殿がいるから、胸を張って戦える」

「…………ありがとうございます」

 今の八郎には休息と時間が必要であった。角兵衛とたった二人で山で暮らした八郎には、まだこの世界がわかっていない。自分が何をするべきかなどわかろうはずがなかった。

 だがそんな八郎の、陰りこそあるものの、死線を潜り抜け一皮むけた漢の貌かおを見て重吉は確信する。

 角兵衛だけではなく、定俊もまた、八郎の心に種を残すことができたのだと。それはまぎれもなく、戦う男の顔であった。







 翌日、岡越後守定俊の死は病死として、家老町野秀和のもとへ届けられた。猪苗代城の領地は、紆余曲折の末、岡重政から他家に養子に出されていた甥の左衛門佐政俊が継ぐこととなった。

 定俊の遺言の通り、主君蒲生忠郷に三万両、忠知に三千両が献上され、借金は全て帳消しとして証文を焼き捨てた気前の良さに、定俊を知る者はさすがは越後守、武士の誉れを忘れず、と激賞したという。

 しかしこの散財は後継ぎとなった政俊の不興を買った。本来自分のものになるはずであった財産がなくなってしまったからである。そのため遺言を執行した林主計は政俊に疎まれ、寛永三年一月二十五日、横領の罪を着せられて斬首された。

 アダミと藤右衛門は、定俊の庇護を失ってからも、精力的に布教を続けたが、信者の一部は定俊の遺産からひそかに資金を手渡され津軽へと逃れた。

 寛永二年にはキリシタンの受洗者は会津各地で数千を超え、金山(現会津金山町)においても三百数十名が受洗したと記録に残る。が、すぐに弾圧粛清の嵐が吹き、アダミと藤右衛門はともに寛永十年に殉教した。死に臨んだ二人の顔は、拷問を受けたとは思えぬほど穏やかで満ち足りていたという。

 間垣屋善兵衛は定俊の死後、堺を捨て、間垣屋の身代をアユタヤや澳門に移した。その後東南アジアの日本人町では有数の豪商となるが、間垣屋は山田長政の叛乱に巻き込まれ、店や手代ごと焼失してしまい、寛永二十七年以降は歴史からその姿を消した。





 そして寛永十五年二月二十六日――――







 島原城新築のため、大半の石垣や天守などの構造物を失い廃棄されていた原城には、キリシタンを中心に天草近辺の一揆およそ三万七千が籠城していた。

 海岸沿いに建てられた原城は、冷たい冬の海風にさらされ、食糧の枯渇とともに数多の餓死者や凍死者を出す地獄の様相を呈している。それでもなお、人々が文句ひとつ漏らさないのは、すでに現世での幸福を諦め、来世に望みを託しているからであった。

 そんな様子を闇に沈んだ二の丸の櫓から二人の男たちが見つめていた。

 原城を包囲する幕府軍は十二万余の大軍であり、正しく蟻のはい出る隙間もないほどの重囲を敷いている。まるで天草の平野が人で埋め尽くされてしまったかのような圧巻の光景であった。

 重臣板倉重昌を殺された幕府としては、この戦いには面子がかかっていた。女子供の容赦もなく、一揆勢を皆殺しにするであろうことは、もはや誰の目にも明らかであった。

「良かったんですか?」

「ああ、どうせ見られたところで意味はない。もう食料は本当にないんだ。遅いか早いかだけのことさ」

 つい先ほど、八郎は城内に潜入した忍びたちが、城の蔵の食料が空であることを確認していたが、あえて逃がした。

 もっともその途中で警戒中の牢人に見つかり、石を投げられていたのはご愛敬であろう。今の世の忍びの実力などその程度だ。

 それを指摘しているのは八郎であり、忍びを見逃すよう指示を出したのが重吉であった。

「おそらく明日には総攻めとなるだろう。老若男女一人として残さぬ撫で斬りとなるに違いない」

 事実、幕府軍は一人の降伏者も許さなかった。現代に入っても原城付近の畑からは人骨が見つかることがあるという。また城の周辺では石で押し潰されたような人骨が数多く発見されている。当時の幕府は、見せしめの意味をこめてあえて遺体をぞんざいに扱ったのだ。

 今さら降伏することも許されない。夜陰に紛れて逃げるのも、これほどの厳しい包囲下では不可能に近かった。なんの力もない、ただ田畑を耕すだけだった善良な農民も、キリシタンも、反幕府の牢人たちも、等しく虐殺される運命にある。

「俺は地獄に落ちるだろう」

 逍遥と死を受け入れたアダミや藤右衛門と違い、重吉が選んだのは華々しく戦い、その華をもって種を繋ぐという道であった。

 戦国の世で咲いた数々の武士の華は、今は残らず散ってしまったがその美しさのゆえに武士道という種を残した。種を残すためにはまず美しい華を咲かせねばならない。また武士もののふの生き残りとして、重吉は戦わずして死すことはできなかった。

 会津や最上での殉教のように、百や二百の農民では抵抗することすらできない。いずれにしろ死ぬのなら、せめて華々しい抵抗をして死にたい。そのためには万を超える人数を集める必要があった。

 そして鉄砲という武器は、刀を握ったこともない農民を一線の兵士にしてしまうことを重吉は知っていた。

「今さらですね」

「ああ、今さらだ。後悔もない。だが、だからといって心が痛まぬというわけではないが」

 今思えば、アダミを受け入れたとき、あるいは伊賀組と相討ちに死ぬと思い定めたとき、定俊は猪苗代に住まうキリシタンの同胞を見捨てたのである。その決断に後悔することはなくとも、同胞の将来を思い、内心は血の涙を流していたことだろう。

 だからといって譲れぬものが重吉にもある。そのために猪苗代を去ってこの日まで異国の地で、幾度も死にかけながらも生きながらえてきたのだ。

「――――己の本性は見つかったか?」

 重吉は顔を向けずに空を見上げて八郎へ訪ねた。もう十数年もつき合わせてしまっているが、八郎は重吉のもとを離れようとはしなかった。

 キリシタンになるというわけでもなく、重吉に生きる判断を委ねたわけでもない。一人前の男となった八郎に聞くのは無礼であろうと、今日この日まで重吉は尋ねることをしなかった。

「御爺が伝えてくれた技をどうすればよいか、ずっと考えていました」

 一人になった八郎に残されていたのは、角兵衛に教えられた技と、定俊とおりくに繋がる血だけだった。

「しかし忍びの技が必要な世の中はもう二度と戻ってこない」

 先ほど兵糧庫に潜入した甲賀忍びが、手柄を前に心を乱した様子から察するに、ここで手柄をあげなければ最後とよほどに思いつめていたようである。

 すでに伊賀も甲賀も、忍びではなく幕府の小役人でしかなくなり、手柄をあげるべき戦も絶えて久しかった。

 ならば卓越した忍びを技を持っていようと、いったい何の役に立つというのか。

「華と咲くか、種を繋ぐか、そう考えたときおりくさまの言葉を思い出しました。俺には心に刃を持つのは似合わないと」

「その通りだと思うがな」

 八郎の本質はおひとよしで、世捨て人として暮らしていたせいか人を疑うことに慣れていない。だからこそ指一本でも人を殺せる技の冴えがこのうえなく恐ろしいのだ。この男が本気で心に刃を宿したら、かつての実力を失った忍びなど百人いても相手になるまいと重吉は思う。

「認めたくはないことですが――やはり俺は忍びに向いていない。この忍びの技が重荷なのです」

 忍びの技こそは角兵衛に叩きこまれた唯一の財産である。だからこそ、その財産をどうにか生かさなくてはならないと思い悩んできた。

「忍びの技を生かさなくてはならないと思うから気づかなかった。ずっと前から御爺は言ってくれていたのに。遊びのごとく楽しむのが技なのだと。心は空にして技に余計なものを詰めこんではだめなのだと」

 そういって天を見上げた八郎の顔は晴れやかであった。憑き物が落ちたとはこのことをいうのだろうと重吉は思った。

「これからは楽しむために生き、できるなら楽しみだけを誰かに伝えたい。この戦いが――俺の忍びへの決別であり、贐はなむけです」

「世話になったな」

「いえ……重吉殿がいたからこそ今の俺があります。御爺が父なら……重吉殿は俺にとって兄でありました」

 衒いのない八郎の言葉に、重吉は照れたように頭を掻いた。

「兄として明日はみっともないところは見せられんな」





 天草十七人衆の一人とされる田崎重吉は、原城二の丸で鬼神の如き働きを見せ、その奮戦ぶりを後世に伝えた。満身創痍となった彼はついに敵に討ち取られることを許さず、最後は岩に自らの頭をぶつけ自害したとされる。

 自殺はキリシタンの禁忌であるが、あえて自害したことが彼がこの地獄を招き寄せたことに対する償いであったのかもしれない。





 この島原の乱に参戦した甲賀忍びは望月与右衛門ほか九名である。重傷を負った芥川七郎兵衛を除いて、残る九名は手柄首をあげようと血眼になって原城を駆けまわっていた。

 彼らのほとんどは五十代の老忍びである。すでに体力は全盛期をとうに過ぎている。七十過ぎまで戦闘力を保った角兵衛が異常なだけで、普通は四十を越せば忍びは現役の実力を失う。

 しかしそれでも彼らは忍びとしての功績を確かに残した。年の若い肥後細川家の忍びは、臆病で全く使い物にならなかったと伝えられる。戦を知らぬ忍びは、もはや日常の情報収集にしか役に立たなくなっていたのである。

 過去の遺物となろうとしている甲賀忍びの名をもう一度天下に掲げよう、という悲鳴にも似た渇望によって、老忍びは再び戦場に戻ってきたのだ。

 手柄を狙って突出した彼らは、間隙を衝き本丸に飛びこんだ途端、伏兵によって味方との連携を断たれて孤立した。

 決死の覚悟を固めた一揆軍は、飢えでやせ細りながらも幽鬼のように彼らに迫る。運の悪いことに、彼らが孤立している間にも、天草四郎の首を求めて味方の大半は本丸奥の四郎小屋へと進んでいく。

 もはやこれまで、と彼らが覚悟を決めたときである。どこからともなく飛来した礫が信じられぬような軌道でたちまち十数人の兵士を打ち倒した。

「これは……印字打ち?」

「ぼさっとするな! あの穴から抜けるぞ!」

 崩れた一角から命からがら逃げだした彼らは、結局一人の死者も出すことなく凱旋することができた。

 ようやく一息ついた彼らは、自分たちを助けてくれたあの印字打ちの使い手について思いを巡らす。

「鵜飼藤助が生きていれば、能うかもしれんが…………」

 あの一瞬の見事な印字の切れ味を、彼らの中にはかつて見た者がいた。鵜飼勘佐衛門にいたっては鵜飼藤助の遠縁にあたる。伝説の領域に達したその技の記憶が、何十年かぶりでありありと蘇っていた。

 しかし鵜飼藤助はとうに死んだはずであり、仙人でもないかぎり生きていたとしても戦える年齢ではない。

 一揆勢のなかに手練れの忍びがいたという噂を聞いて、彼らは必死にその行方を捜したが、ついに正体は誰にもわからなかった。

 また、所詮一揆にすぎない彼らが、いったいどうやって数千丁の鉄砲と大量の弾薬を調達できるような資金を獲得したのかも杳として謎が解かれることはなかったという。





 後に越後竜王流という道場を開いた好々爺が、会津城下の高瀬で子供たちに剣を教え始めた。

 すでに会津藩主は寛永二十年より保科正之に変わっており、尚武の気風によってこの道場を尋ねる藩士も多かった。

 だが楽翁を名乗る道場主は誰一人藩士を弟子とすることはなく、もっぱら子供たちを相手に稽古をつけていた。

 これに激高した何人かの藩士が翁に挑んだものの、全く相手にされず瞬く間に打ち倒されてしまった。

 なかには太子流免許の強者もいたのだが、翁にかかっては赤子同然であったという。

 一説には、辻で翁を闇討ちしようとした藩士が、斬ろうとした瞬間翁の姿は消え、ただ提灯だけが宙に浮いていたとも。

 その後下士や町人の子供を中心に、道場はにぎやかなものとなった。

 またこの翁は、手慰みに箸を投げて雀を落とすことを得意とした。

「お師匠様! またあれやって!」

「ほいほい」

 翁が無造作に箸を投げると、たちまち雀が数羽打ち落とされて地面に転がった。

 その光景を見た子供たちは、わっと歓声をあげて雀を捕まえに走り出す。見事な腕前もさることながら、雀は子供たちにとっても貴重な食糧でもあるのである。

「お前たち、剣は楽しいか?」

「うん! とても楽しいよ!」

「ほうか、ほうか」

 翁は蕩けるようにうれしそうな笑みを浮かべると、再び数羽の雀を落として見せるのだった。

 はたしてその翁が八郎なのかどうか、それは誰も知らない。

 今日も道場に明るい子供たちの声が響いていた。
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みんなの感想(6件)

書記長
2022.01.30 書記長

岡定俊は甥の清長(作品内では政俊)に家のために棄教を求められてその直後に定俊は歴史から姿を消すのは余りにもタイミングが良すぎるというのは色々な憶測を呼ぶところではあります。
なお、清長(政俊)は林を殺した後に蒲生家の松山移封に伴う人事刷新で仕置(家老)に上り詰めますが、家臣で最大の石高を持つ蒲生郷喜を陥れようとして幕閣の怒りを買って追放処分になるという末路を迎えます(寛永蒲生騒動)。
寛永蒲生騒動を巡っても外伝が作れるかも知れませんね。

解除
げんてん
2020.03.05 げんてん

この作品、短期集中でドラマにならんかなぁ〜

解除
筑前助広
2020.02.18 筑前助広

はじめまして。タイトルに惹かれてお気に入りしました。序盤からのしっとりとした筆致に、今後への期待倍増です。ぼちぼち読ませていただきます!

解除

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