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ドレスですって、女将さん?!

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町中についたマリラは、周囲が賑やかなのに戸惑った。

一人で街歩きなどしたこともなかったので、困惑したのだ。しかし、夕方になるまでに宿を見つけなければならない。

これが、簡単ではなかった。そもそも先立つものがほとんどないのである。あちらこちら尋ね回って、足が棒になっても見つからず、さすがのマリラも弱音を吐きそうになった。
しかし、三軒目の宿屋の女将が、マリラをかわいそうに思った。


メイド服を着た、どこか訳ありそうな若い娘である。なにかの事情があるのだろう。
困っている若い娘を一晩くらい泊めてやってもバチは当たるまいと思ったのである。
夫は渋い顔をしたが、女将には良い考えがあった。ちょうど気難しい客が泊まっていたのである。

なんでも南部の遠くの町の名家の後家さんだという話だったが、60がらみの女性で、普段定宿にしている高級宿が一杯だとかで、こちらに流れてきたのだった。
最近一室だけロイヤルスイートを作ったので、それならぎりぎり高級宿扱いをしても良いだろう、ということだったようだ。

この女性がとにかく手がかかる。些細なことですぐにベルを鳴らして呼びつける。その上、お茶の入れ方一つからやたら口うるさい。
心付けは弾んでくれるのだが、そもそも小さな宿で人手が足りない。今まで客層は中の上ぐらいで、さほど手のかからない客ばかりだった。

ロイヤルスイートを作った時には客層の違いをあまり念頭においていなかったのだが、高級宿となれば、ちょっとしたお茶も出せば、要望があれば世間話に付き合ったりもする。

掃除や通常の宿屋業務は人手が足りているが、話し相手をする暇など誰にもなかった。一週間前金で払ってもらったものの、女将はほとほと困り果てていた。


「1週間雇われないかい? なあに、掃除だの何だのはウチでやるよ。あの奥様が宿にいる間だけ機嫌を取ってくれるんだったらその間の宿と食事はただにしておいてあげるよ」
渡りに船だったので、マリラは大いに感謝した。
マリラとしても雨風しのげる安全な場所で今後のことを考えたかった。


実際に話し相手と侍女のようなことをしてみると、奥方は口煩かったが、マリラにとってはさして難しくもない相手だった。
そもそも気難しい老婦人の相手は嫌と言うほどやってきたのだ。
王太后とか、王太后とか、王太后とか。

大して良い茶葉はなかったが、マリラはお茶をいれるのも上手い。
洗練された所作と自信のせいか、さして文句をつけられることもなかった。
朝方、予定を聞いて、外出するまではそっと側に待機する。
呼ばれたらお茶を入れたり、話し相手をしたりする。
出かける前に着ている服の組み合わせについて尋ねられたりもして、王都の流行についてちょっとばかり伝えたりなどもした。
後家さんが外出したら自分も外出して、後家さんが帰って来るまでに宿に帰る。
貴族相手ではないので着替えの手伝いなどは最低限だし、侍女ごっこ、というか、子どものおままごとみたいでなんだか楽しい。
何せ今までプロの仕事を目の当たりにして育ってきたのだ。自分もやってみたいと駄々をこねて止められたことも一度や二度ではない。



二日目、後家さんが宿の風呂について文句を言い始めたので、ふと思い立ったマリラは石鹸を取り出した。

「ちょっとお待ち下さいね。とてもいい匂いの石鹸を持っているんですの。私の私物ですけれどお分けしますわ」

台所から借りてきたナイフで小さなサイズに切り分けて渡すと奥方は胡散臭げに匂いを嗅いで、それから目を丸くした。

「良い匂いだね!」
「そうでしょう。ヘザーハニーとエルダーフラワー。この地域の名産を組み合わせた石鹸です。質もいいんですよ」
ただ、肌に直接触れるものですから、最初は少しだけにして様子を見てくださいね。
そう言って小さな欠片を手渡したのだが、風呂から出てきた奥方はすっかり石鹸が気に入ってしまっていた。

「……これはどこで買えるんだい?」
「ルイス商会の製品です。お気に召しましたか?」
「これは、全部貰いたいね」
「まあ!」

マリラは驚いたものの、神父の言葉を信じて手放すことにした。

「そんなにお気に召したんだったら差し上げますわ」
「本気かい?」
「もちろんですわ」

老婦人は何か考えるような素振りを見せたが、それ以上何も言わなかった。
マリラはそれからも化粧談義に花を咲かせたり、老婦人の家族の話を聞いたりして日々を過ごした。

1週間後、老婦人は出発の朝にマリラを呼びつけて1枚の鮮やかな青いドレスを手渡した。
マリラが侯爵令嬢だった頃に着ていたドレスには全く及ばないが、平民からしたら非常に高価なものだ。

「これをあんたにやろう。おかげで楽しい滞在だった」
「まあ……でも私、何もしてませんのに」
「あんたからは石鹸を取り上げちまったからね。まあ、私が着るには若すぎる色合いだし、あんたのほうが似合うだろうよ。なに、大切に着ろってわけじゃない。金が必要になったら古着屋に売ると良い」


石鹸がドレスになってしまった……。

老婦人が旅立つと宿の女将さんが興奮した顔でマリラのところへやってきた。
ルイス商会から石鹸のサンプルを安価で卸すから、一番良い部屋に置いてくれないかという打診があったのだという。

「なんでも、うちに泊まったお客さんが、うちで紹介されたと言って大口の注文を入れたらしくって……それ、あんたの石鹸だよね」

高品質の石鹸を安価で入手できれば、宿の売りになる、と女将は嬉しそうだった。
「ロイヤルスイートのお客さんの係としてもう少し滞在してくれないかねえ」

石鹸はドレスだけでなく、マリラの宿代にもなったようだった。




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