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第4幕:解け合う未来の奇想曲(カプリッチオ)

第4-2節:いつもと同じ視察の風景……ではない?

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 やがて私たちは屋敷の敷地内にある畑の横に差し掛かる。いつもならすでにリカルドたちが農作業をしている時間だけど、今日はジョセフの公務を手伝ったあとに始めるらしいから今は誰の姿もない。

 さらにそこを通り過ぎてしばらく進むと、ようやく水路の掘削現場に到着する。

 するとトミーさんを始めとする作業員の皆さんは、いつものようにグランさんの合図で休憩に入る。

 水とお菓子の受け渡しなどは普段通り私とポプラが担当し、ノエルくんは私たちの横で身を乗り出してその様子を興味深げに見学している。

 ちなみに今日の視察にはノエルくんたちが同行すると事前に連絡がいっているとはいえ、やっぱり戸惑っている人が何人かいるようだった。まぁ、警備の兵士さんがたくさんいて、端から見たら物々しい雰囲気があるのは確かだもんね……。

 こうして水の配布を続けていき、それが一段落して息をついているとノエルくんが私の前に歩み出る。

「シャロン姉さん、俺も水をいただいて良いですか? のどが渇いてしまって」

「もちろんです。それにお代わりが必要ならおっしゃってください。まだまだ水は樽の中にたっぷりありますので。ただし、飲みすぎにはご注意くださいね」

「ははは、分かっています」

「揚げ花――えっと、お菓子もいりますよね?」

「いえ、俺は水だけで充分です。間食をして、夕食を残すようなことになっては困りますので」

「ふふっ、なるほど。では、少々お待ち下さい」

 私はポプラからカップを受け取り、柄杓ひしゃくで樽の中の水をんだ。

 跳ねた雫は冷気をただよわせながらしたたり落ち、乾いた大地をわずかに潤す。そして透き通った水で満たされたカップをノエルくんに渡すと、彼は美味しそうに飲み干していく。

 やっぱり水は生命の源。水がなければ人間も動物も植物も生きていけない。モンスターや魔族も全種族ではないと思うけど、大抵はそれなりに必要とするはず。あらためて水の大切さをみ締める。

 その後は警備の兵士さんの希望者にも水を配り、それも終わるとトミーさんたちが待ちわびてくれているオカリナの演奏へと移る。私が視察に来られなかった間、それが聴けなくて作業員さんたちはさびしく思ってくれていたとのこと。

 また、その普段のルーティーンが崩れたことで作業もなんとなくはかどらない気がしたらしく、私も間接的にみんなの手助けが出来ていたのだなぁと確信できたのだった。

 もちろん、妖精さんの手助けがなくて実際に水路の掘削に苦労したという面もあるだろうけど、精神的な面で少しは彼らのいやしになれていたのだと思う。そうだとすれば、私としてはとにかく嬉しい。





「……ふぅ」

 やがて演奏が終わり、私は構えを解いてオカリナから口を離した。

 周囲を眺めてみると、グランさんやトミーさんなど作業員さんたち全員が座り込んだままウトウトと眠り込んでいる。ほかにも警備を担当している兵士さんの一部やノエルくんまで無垢むくな顔で静かな寝息を立てている。

 起きているのは私とポプラ、キールさん、警備の兵士さんたち数人くらいだ。

 私は演奏に夢中で、そうなっていることに今の今まで全く気付かなかった。よく考えてみると、いつもは演奏が終わるとあちこちから拍手や歓声が上がるはずなのにそれがない。

 もちろん、私の演奏が期待はずれで、満足できなかったから拍手がないということはあり得る。でも今回に限ってはみんなが眠っているから反応がないということだろうし、そもそも演奏でもそこまで大きな失敗はしていない……と思う。

 いずれにしてもいつもと違う様子に私は戸惑い、隣に立つポプラに声をかけてみる。

「ねぇ、ポプラ。なぜかみんな眠っちゃってるね?」

「あ……。はい、そのようなのです。いつもは拍手喝采かっさいで、トミーさんなんてハイテンションで騒いでいるはずなのですけど」

「だよね……。演奏に聴きれて眠っちゃったということなら嬉しいけど、どうなのかな? あるいは聴いているうちにリラックスしてきて、疲れがドッと出たとか?」

「理由は分からないですけど、せっかく眠っているのに起こすのも悪いのです。しばらく見守っていてあげるのが良いのではないですか?」

「そうだね。現場監督のグランさんも眠ってしまってるわけだしね」

 気が緩みすぎた時、いつもはしかる立場のグランさんまでもが今は眠りに落ちている。

 それならあえて私たちが作業員さんたちを注意したり起こしたりすることはないだろうし、グランさんを含めて自身が気付かないほど疲労が蓄積していたのかもしれない。だったらこのまま休息をさせてあげている方がいい。


(つづく……)
 
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