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ツライけど、彼女とは会えない……
しおりを挟む翌日から俺は毎日のように狩刈ジムへ通うようになった。中には雨の日もあったけど、その時は何時間かに1本しかない路線バスに乗って移動。また、帰りは狩刈さんや常連の皆様の誰かが軽トラで送ってくれたことが何度もある。
結果、春休みが終わる頃には狩刈さんや常連の皆様とすっかり仲良くなり、福夜さんとは心の距離が大きく縮まったのだった。
特に福夜さんは自分の作ったケーキやお菓子を俺が美味しそうに食べるのを見るのが好きなようで、いつも嬉しそうにしながら見つめていてくれる。時には狩刈さんに内緒でお菓子を持ってきてくれることもあって、俺としても幸せすぎて夢見心地だ。
ちなみに偶然にも福夜さんは俺と同い年で、しかも今月から通い始める高校まで同じだということが判明し、なんというか運命的なものを感じてしまった。俺の自惚れかな……?
一方、俺としてはちょっと心に引っかかっていることがあるというか、このままじゃいけないと思っていることもある。
それはここ最近、筋肉を鍛えられていないということ。それどころか狩刈ジムでは常連の皆様と遊んだり、福夜さんのお菓子を食べたりしてばかりで、むしろ春休み前よりも太ってしまった。
短期間でこの増え方はさすがにヤバイ。せっかく華麗な高校デビューを計画していたのに、それが台無しになってしまいかねない。もちろん、夏服の季節になるまでは肥えたボディでも目立たないから、今からがんばればまだ間に合う。
だから今後は福夜さんの作ってくれたお菓子を控えなければならない。そのことを伝えなければならないのは気が退けるし、つらいけど……。
そして明日は高校の入学式。遅刻しないように、今日はいつもより少し早めに狩刈ジムを出て帰宅しようとする。
「向井くん、帰るの? 近くまで付き合うよ」
「うん、ありがと」
俺は福夜さんと一緒に狩刈ジムを出た。そして俺は自転車を手で押しながら、福夜さんと並んで国道を歩いていく。
夕陽は遠くの山に半分くらい沈んでいて、辺りの田んぼも車が行き交う車道も何もかもが茜色に染まっている。もちろん、隣を歩く福夜さんの綺麗な横顔も。
こんなに可愛くて性格も良い子が俺の隣を歩いているなんて、今でも信じられない。夢じゃないかと思う。本当に縁って不思議だ。
そんなことを思いながらじっと見つめていると不意に彼女がこちらを向き、俺は慌てて視線を逸らす。すると福夜さんはクスッと頬を緩めながら『どうしたの?』と声をかけてくる。
それに対して俺は必死に平静を装って前を向いたまま『別に……』と答え、それっきり黙って歩いていく。
それからしばらくして、ポツリと福夜さんが話し始める。
「向井くんが来るようになって、常連客のみんなが今まで以上に元気になったよ」
「まぁ、みんな良くしてくれるし、御礼を言いたいのは俺の方だけどね」
「じゃ、WIN-WINでいいんじゃない?」
「そうだね。福夜さんの作ったケーキやお菓子も美味しいし」
「あはは、そう言ってもらえると嬉しいな。じゃ、私も含めるとWIN-WIN-WINだ」
本当に福夜さんは楽しげだ。だからこそ、例の話を切り出すのが余計に苦しい。でもこのまま有耶無耶にし続けることは出来ない。
俺は足を止め、意を決して口を開く。
「俺、しばらく狩刈ジムへ行くのをやめようと思うんだ」
「……えっ? な、なんでっ?」
途端に福夜さんの顔が曇り、今にも泣き出しそうな瞳になる。
(つづく……)
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