異世界八険伝

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愛と勇気を胸に

93.竜人と妖精の国

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「状況はどうなっている? 」

 ボクは、メルちゃんの顔で精一杯の仏頂面を作って語り掛ける。

『はっ! 敵将を3体倒しました。魔王様の指示通り、生け捕りにしてありますぞ』

 ボクの面前に居並ぶ2人の悪魔のうち、金色の獅子の顔を持つ剣士が胸を張って応える。確か、名前はアリオクだったかな。その後ろには、黒い茨で雁字搦めにされたクルンちゃんとエクルちゃん、サクラちゃんが見える――メルちゃん、生け捕りにしろって言ってあったんだね、ありがとう。

 ボクの視線を受け、リーンがアバドンと呼んでいたもう1人の悪魔も、苦々しく語り始める。

『忌まわしきリーン・ルナマリアにより……魔王軍はほぼ壊滅。戦える者は50も居りますまい……』

 彼自身、背中に生えるコウモリのような翼がもがれ、片腕をも失って満身創痍だ。どうやら、リーンが押していた様子。反抗期には気を付けよう――さて、ここからが本題だ。

「魔王の魂を奪うことは困難になった。そこでだ――神と停戦協定を結ぼうと思う」

『なんですと!? 』
『魔王様っ!? 』

 案の定、突っかかってきたね。

「向こうには創造の3柱や天神の7勇のみならず、あの伝説に謳われた銀の召喚勇者リンネ様が居る。勝ち目は――ない」

『銀の……』
『あの伝説の……』

 自分のことを過大評価して言うのって凄く赤面しちゃうけど、悪魔さんビビッて震えてるよ。そんなリアクションされても、本当はそんなに強くないんですけどね――。

「とりあえず、そう言うことだから、負傷者の治療も兼ねて、城の中で休んでて。それと、お城の中、かなり汚いよ? 大掃除しておいてね! 」

『承知……』
『面目ない……』


(アイちゃん、これでいい? )

(はい、上出来ですよ。こちらは、既に準備ができていますので、リンネさんも治療を受けてください)

(うん、手足が痛くて辛かったよ! )


 ボクは、クルンちゃんたちを解放してあげる。目立った怪我はないみたいで一安心。

「あの悪魔! 強すぎだよ!! 」
「クルン、頑張りましたですよ? 」
「お役に立てず、ごめんなさい……」

 捕虜組もよく頑張ったよ。3人掛かりだけど、リーンが苦戦するほどの敵と渡り合ったんだからね! でも、生き残っていてくれて、本当に良かった――。

「うん、無事でいてくれてありがとうね! 」

 一人ひとりを優しく抱きしめて、もふってあげる。サクラちゃんにはもふる所が無いから軽くセクハラタッチしておく。

「でもさ、本当にリンネちゃんなの? メルちゃんの演技じゃなくて? 」
「クルンには分かりますです。クルンの気持ちイイ所を知ってるのはリンネ様だけですから」
「私も、メルさんの身体の中にリンネちゃんの魂が輝いているのが見えます」

 確かに、この姿じゃ紛らわしいか。何とか魔王の復活を阻止できたら、また元の身体に戻すけど――もしかして、無理ならずっとこのまま!? まずは、みんなの所に戻らないとね。



『お母さん、おかえりなさい! 』

 リーンは、口ではそう言ってるけど、ボクの身体(メルちゃん)に抱き着いてるし。

「リンネちゃん、事情はミールから聞いたわ! アイちゃんたちとも話し合って決めたんだけど――私がこのロンダルシア大陸統一国家の王、人王としての責任を持って、他種族との交渉に臨むわ」

「ミルフェちゃん! ありがとう!! 」

 やっぱり持つべきは親友だね! ミルフェちゃんが居てくれれば百人力!

「リンネさん、アルス王国だけでなく、クルス光国も本日をもって解体しました。今後はフリージア王国内の自治都市として、各王都のみを存続させる予定です」

 アイちゃんが人間族を1つに束ねてくれていなかったら、他種族との交渉なんて纏まる訳もなかったね、ありがとう。

「それで、準備ができたって聞いたけど――」

 ボクはミルフェちゃんの上級回復魔法を受けながら、アイちゃんと、ボクの身体を抱き締めるリーンに向き直る。

『はい。私はお母さんと一緒に行きます。黒は魔界へ行き魔人族を説得します。白はこの場を引き続き防衛します』

「リンネさんと一緒に行くのは、リーン様、ミルフェ様と、アユナちゃんです」

 どうやら、アイちゃんが割り振った担当は、こんな感じらしい。

◆亜人、精霊、妖精との交渉:リンネ、リーン、ミルフェ、アユナ
◆新フリージア王国(人族):アイ、レン
◆魔人族との交渉:黒、フレイ
◆魔王の魂防衛:白、メル、クルン、エクル、サクラ
◆精霊との交渉:フェニックス、イフリート


「えっ、メルちゃんは行かないの!? 」

 ボクの視線は、隅っこで正座をさせられているフェニックスとイフリートに向かう。またボクが居ない間に悪戯されていたら嫌だし、今みたいにリーンが守ってくれるなら良いけど――あ、それもそれで危ないか!

「大丈夫ですよ、リンネさん。大地神様が残られますので。それに、例の悪魔たちへの抑止力としても、此処にリンネ様の姿があることは必要なのです」

 そっか。まぁ、仲間を信じよう――。

「リーン、ミルフェちゃん! 体重は? 」

『…………』
「…………」

「ま、いっか。では、行ってきます! 転移! 」



 ★☆★



 亜人連合――人族や魔界、天界から虐げられ、追い出された亜人たちが寄り添って生きる王国。

 ボクがこの名前を初めて聞いたのは、ティルスの奴隷解放をしていた頃だ。その時、奴隷商人から確認した亜人の国があると言われる場所がここ、霊峰ヴァルムホルンの麓の大樹海の中――。

 そう言えば、エルフやドワーフを亜人と呼んでいたら怒られたんだよね、エルフのアディさんやドワーフのダフさんに。亜人と妖精は全く違うんだって。


「ふわぁ! こんな森、初めて! 」

 アユナちゃんが、ボクたちの前に広がる大樹海を見て、興奮の叫び声を上げている。

 ボクも上から眺めたことしかないから、この森の中に入るのは初めてだ。曲がりくねった根っこ、固まった溶岩流を巻くように生えた樹木――植物の生命力の強さを感じる反面、不気味な印象を抱いたまま、この神秘的な森に魅入ってしまう。

「2人とも、観光に来たんじゃないわよ? 早く行きましょう」

 ミルフェお姉様に諫められ、リーンを先頭にして樹海の中を突き進んで行く。


 さすがは神様。あちこちから魔物の気配はするけど、襲ってくる感じはない。と言うより、リーンが放つ強烈な殺気のせいで、動物の鳴き声すら聞こえないんだけど――。


『お母さん、結界です』

 1時間も歩かないうちに、ボクたちは行き止まりにぶち当たった。細かい枝で形成された分厚い樹木の壁――どうやらこの先に目的の場所があるようだ。

「通り抜けられるかな? 」

『人族と魔物を忌避する結界のようですね。そこの人の王は無理でしょう。壊しちゃいます? 』

 いや、壊しちゃダメでしょ。でも、ミルフェちゃんが居ないと困るよね。

『では、穴を開けます――闇より出でよ、汝、我が右腕なり――エクリプスリーパー! 』

 出たよ、死神の鎌――。

 リーンが鎌を一振りすると、緑の壁が数mほど掻き消され、人が通れるくらいの穴が開いた。森を傷つけられたからか、アユナちゃんが膨れているけど、仕方ない。反抗期の娘は制御不能だからね――。

『あちらから出向いてくれて好都合です』

 銀色に輝く結界の裂け目から覗く先、石造りの巨大な門の前には、3人の亜人が立っていた――。


『何者ぞ? 』

 最も若く、身体の大きい亜人が一歩前に出くる。恐らく熊の獣人だと思う。円くて可愛い耳をピクピクさせながら、手に持つ槍をまっすぐミルフェちゃんへと向けている。リーンとアユナちゃんには一応、翼があるし、ボクはメルちゃんの身体なので亜人扱いなのかな――。

 リーンはと言うと、鎌も殺気も既に消している。神として中立の立場をとり、種族間交渉の矢面には立たないつもりなのかもしれない。それを察してか、ミルフェちゃんがボクたちを代表して答える。

「人族の王、ミルフェです。亜人連合を統べる者に話があります。案内してください」

『…………』

 決して高圧的にならず、かと言って下手に出ないミルフェちゃんの対応に、相手の熊さんも判断に困っている様子だ。


『我らが主の元へと案内しよう』

 後方で腕を組んでいた高齢の亜人が、しばらく考え込んだ後、そう宣言する。そして、付いてこいと言わんばかりに、跳ぶようにしてさっさと歩き出した。後ろ姿的には鳥っぽいんだけど、手足が人なんだよね。そして、もう1人――エクルちゃんのような犬耳がある男性が、用心深くボクたちの後ろに付く。逃げるつもりはないのに。


 巨大な門を潜ると、そこはティルスもかくやという大都市が広がっていた――。

 行き交う人は全て亜人。猫、狐、兎、馬、牛、梟、蜥蜴、魚人族……耳や尻尾、翼や角が見える。服はとても質素で、お世辞にも生活が豊かそうだとは言えないけど、大通りに木霊する声を聴くと、人間の国よりずっと活気に満ちているようにも思える。

 そして、森のど真ん中とは到底思えない街並みが目を引く。綺麗な石造りの低層建築物が多く、道路も丁寧に石畳が敷かれている。ノームのアドーベさんみたいな土魔法のスペシャリストが居るのかもしれないね。


 途中、迷路のように入り組んだ道を右に左に迂回しながら進んで行くと、やがて立派な建物が見えてきた。王宮みたいな場所かな。鳥人族の老人は、熊人族を従えてその中へと入っていく――。


『此処で暫し待たれよ』

 ボクたちが通されたのは、壁一面に幾何学文様が施された大部屋だった。貴金属や武器、絵画で飾られている人間の王宮とは違い、地味ではあるけど、深い歴史を感じさせる。

「ミルフェちゃん、大丈夫? 」

 さっき、熊人族の若者に槍を向けられてからずっと強張ったままの表情を浮かべるミルフェちゃん。ボクもリーンも居るんだから、心配するようなことは何もないと思うけど――。



 待たされること1時間余り、さっきの3人は、新たに5人を加えて戻ってきた。

「竜人!? 」

 思わずボクは声を漏らしてしまった。あの鱗のある耳、太い尻尾――見間違うはずがない。5人ともフィーネ迷宮で会ったグランさんにどことなく似ている。ミルフェちゃんも気付いたようで、ボクに視線を送ってくる。

『ん? 鬼人族の娘よ、如何にも我らは古より世界を統べる竜人族だ。そなた、我らが同朋に会ったことがあるのか? 』

 隠すことじゃないか。それに、グランさんみたいに心が読めるかもしれないからね。

「はい、以前、グランさんとフランさんに――」

『その名をどうして!? まさか、お前が兄上たちを殺したのか!? 』

 青い服を着た少年の竜人が大声を上げる。殺したと言われると確かにそうなる。“己の魂を削り、この世界から居なくなった”って、天界で会った竜神も言っていたし――。

 剣呑な空気が流れる。10、いや20本の槍がボクたちを囲む。

「竜人族の方々、聴いてください。私は聖神教の司祭ミルフェです。竜神様を崇拝し、あなた方と共に勇者を護る立場。私は天界の神殿で竜神様にお会いしました――」

 竜神の名前がその場の空気を一変させる。彼らにとっては創造主そのものであり、親同然の存在。世界を創ったリーンたちよりずっと知名度が高いらしい。そう言えば、天界が消えた今、竜神はどこに行ったんだろう――。

「竜神様は、竜人に自らの魂を削り勇者を導く使命を与えたと仰っていました。あなた方の同朋が助けてくれたからこそ、私たちは今、この場に辿り着くことができました。その点は感謝してもしきれるものではありません――」

 確かに、魂の消去は存在自体の消去に等しい。そんな残酷な使命の、犠牲の上にボクたちがいると考えると、とてもやるせない気持ちになる。竜人自身の気持ちは推測できないけど、いきなり現れた勇者に命を捧げるなんて、普通に考えて納得できる話じゃないよね。

「しかし!! 」

 光竜の短杖の柄を床にバンッっと叩きつけ、ミルフェちゃんが大声で叫ぶ。

 ボクたちを囲む槍は、一瞬だけ穂先がぶれた後、床に沈んでいく。

「竜神様は、あなたたちを誇りに思うと仰られた! 私も、勇者を導くためには命を惜しむつもりはない! この世界が存続でき、この先の将来、新しく生まれる命が、私たちを誇りに思ってくれる日が来ると言うのならば、魂など惜しくはない! 何を躊躇うことがあろう! そして、今こそ、世界を救うために一つになるべきとき――」

 ミルフェちゃんが、両膝を着き、頭を下げている――。

「私の望みは唯一無二、この世界の不和を取り除き、未来永劫争いのない幸せな国を作ること! そのために、全種族間で友好条約を結びたい」

 ミルフェちゃん――。

 過去、幾度となく争い、いがみ合ったと言われる人間と亜人。優位に立つ人族の、その頂点に立つ気高き王が、両膝を着いてまで願い出たと言う重い事実に、その場の5人の竜人を含む全ての亜人が動揺を隠しきれずにいる。

 ざわめきが一頻り収まると、最初に答えた長老っぽい感じの竜人が、優し気に話し掛けてきた。

『面を上げてくだされ、人族の長ミルフェ王よ。竜神様の心は我々と共に在る。そなたらの使命の重さは重々理解しているつもりじゃ。そなたの、人族の思い、しかと受け取った』

 ミルフェちゃんはじっとしたまま動かない――。

 ボクが背中を抱きかかえるように起こし、やっと立ち上がる。

 チラッと横目に見えたミルフェちゃんの表情は、重圧を乗り越えた者のみに許される誇りに満ちた笑顔だった。


 その後、アイちゃんとの念話を交えながら詳細な打ち合わせが行われた。

 そして、亜人連合は国家機能を解体し、新生フリージア王国の自治州として存続することになり、3名が亜人を代表して王都の議会に参加、竜人1名が勇者に同伴することに決まった。


 長きに亘る諍いに終止符が打たれたことを記念し、簡素ながら宴が催された。

 彼らの踊りの動き一つひとつは歴史や文化を表す。かつて地下に逃れた亜人たちを根絶やしにすべく行われた人族の大遠征、大規模な亜人狩り、幾度となく裏切られ一方的に破棄された人族との講和、魔族との果てぬ闘争、竜人族の加護、大樹海への逃走――そしてその歴史に、今日一つ付け加えられた、ロンダルシア大陸全種族友好条約。永く辛い歴史に終止符を打ち、光の中を歩みだそうとする亜人たちの笑顔がとても眩しく思えた。



 ★☆★



『どうして俺様がお前たちに付いて行かなきゃいけないんだ? 』

 勇者に同伴することになった青い服の竜人の少年が不満顔で愚痴る。

 最も若い竜人らしく、見た目はその辺の小学生だけど、年齢は教えてくれない。アユナちゃんと並ぶと身長もそれほど変わらない感じ。ちょっと吊り目で気が強そうだけど、白い髪から覗く青い耳はどことなく威厳を漂わせ、民族衣装っぽい服装も相まって可愛い王子様にも見える。実際、アユナちゃんは興味深そうにじろじろ見ているし――。

『汝、秩序神リーンの母にして世界の救世主リンネ様に従うことが不満か? 』

『えっ!? 神様の!? お母さん!? 救世主!? 』

 また死神の鎌を取り出して森を進んで行くリーンが、振り返りながら少年を威圧する。強烈な殺気を受け、腰から崩れ落ちてしまう少年――。

「まぁまぁ、ボクたちは全種族の友好を目指す使徒だよ? ボクたちが揉めてどうするの。リーンも、大人気ないでしょ。それと、君の名は? 」

『あっ、勇者様……俺……いえ、僕の名前は、クルトです……』

 完全に怯えちゃってるよ。

「そっか。今はメルちゃんの身体を借りてるけど、ボクはリンネ、よろしくね! こっちは破壊神……じゃなかった、秩序神リーンと、フリージア王国の美少女女王ミルフェちゃん、おまけに小学生のアユナちゃん」

 なるべくソフトに自己紹介をしたつもりだけど、彼の大きな耳にも届かなかったかもしれない。代わりにリーンとアユナちゃんがボクにポコポコ殴りかかってきた。

「それは置いといて、妖精族の所に行くんだよね? この大樹海からは行けないの? 」

「ん? 行けるよぉ? リーン様がどんどん先に進んで行くから、他に行く場所があるのかなって」

 アユナちゃんにも裏切られたリーンがしょんぼりする。この子、結構可愛いよね。きっと両親も凄い美男美女なんだろうな――。

「じゃぁ、妖精界の門を開くね! 」

『待ちなさい、エルフっ娘! それはワタシの役目』

 突然現れた裸の美少女に、クルト少年の顔が真っ赤に染まる。さすがに見ているこっちも恥ずかしいので、メルちゃん用のコートでミールを包んであげる。ボク優しい。

「えっ!? 妖精姫様!? 」

 あれ? ミールとアユナちゃんは知り合い? と言うか、今まで会ってなかったっけ!?

『ワタシはずっとリンネ様と一緒でしたからね』

「私の方がずっと一緒だもん! 」

 そんなに引っ張られるとメルちゃんの身体が千切れちゃう――。

『そんなはずないわ。フィーネへ向かう時にエルフは居なかった』

「リンネちゃんが来た最初の日に会ったんだもん! 一緒にお風呂にも入ったし! 」

『……その後はワタシとずっと一緒でしたよね、リンネ様? 』

 えっと、エルフは妖精族で、ミールは妖精王の娘だから――ミールの方が偉い感じ?

「確かにミールちゃんとはずっと一緒だったけど、アユナちゃんはボクの大切な仲間だからね? 2人とも仲良くしてほしい――」

『リンネ様がそう仰るのなら我慢します』
「リンネちゃんがそう言うなら頑張る」

 あらま。仲直りしたと思いきや、お互いにイーッって顔を向け合ってる。まぁ、これって、仲が良いって証拠だよね。



『ミールの名において命ずる! 開け、妖精界の扉! 』

 何処からともなく集まってきた精霊たちが見守る中、ボクたちの面前には2本の木に囲まれた細い道が現れる。

「扉は見えないけど? 」

『良いのです。本来、人間界と妖精界の境界は曖昧、扉は在るようで無いものなのです』

 ボクのツッコミを冷静に受け流すミールだけど、表情が暗い。


 バチッ!

「うわっ、なにこれ!? 」

 ミールの後を追って小道を進もうとしたとき、全身を電気のような光が走ってボクは吹き飛ばされた。

『何処も彼処も結界結界――我々が創った世界が如何に戦乱続きであったのかが分かります。哀しいですが、これが現実なのですね』

 リーンが寂し気に呟き、死神の鎌を構える。

『父上! どうか入国の許可を! 』

 ミールはある程度事態を想定していた様子だった。どうやら、彼女の父である妖精王がボクたちの侵入を阻んでいるらしく、結界の内側へ大声で叫び続けている。ミール自身、結界の中に囚われていて外には出られないようだ――。


 しばらくすると、小道の奥から1羽の青い鳥がボクたちの方へと飛んできて、頭上を旋回し始めた。

 監視されている?

 違う! 何かの魔法か!?

 ミルフェちゃんと竜人クルト、アユナちゃんが次々と倒れていく――どうやら睡眠系の魔法のようだ。ボクやリーンには効かないけど、こんなの望んでない!


『お母さん、妖精王を引っ張り出して来ましょうか? 』

「リーンは手を出さないで。鳥さん! 妖精王に話があってきたの。ボクたちを通して! お願い! 」

 ボクの願いが通じたのか、リーンの殺気のせいか、青い鳥は再び森の中へと姿を消していき、ミールの居る結界がガラスが割れるかのように崩壊していくのが見えた。

「リーン、ミルフェちゃんたちをお願い。ちょっと行ってくるね」

『でも――』

 何か言いたげなリーンを手で制し、ボクはミールの待つ妖精の国へと踏み込んだ。



 ★☆★



 森の木々が形作る薄闇のトンネルを進んで行く。

 光を放つ精霊たちのお陰で、前を飛ぶ青い蝶(ミール)を見失うことなく歩き続けることができる。

 エルフやドワーフ、ノームと言った妖精種の姿は見えないけど、蠢く木々の周辺からボクを見つめる視線はたくさん感じる。そして、舞い踊る精霊たちやこの独特な雰囲気は、ヴァルムホルンの大樹海とも、エリ村のある森とも違う。どこか夢の中のような、おとぎの国を思わせる。


 1kmも歩かないうちに、大きなドームに出る。木々の木漏れ日でプラネタリウムが見られそうな半球状に囲まれた空間の中央、どっしりと伸びる大木の幹に、蝶(ミール)は止まった――。

 ピンときた。

 魔神も天神も元は木だった。妖精王も、もしかしたら――と思ったその時、ドームの中に太い声が響き渡った――。


『人の子よ。我は霊王なり。当代の妖精王にして、秩序の裁定者である。汝の、種の境界を犯し世界の秩序を乱した罪に対し、相応の罰を与える』

「種族が共に幸せを求めることが罪だって!? 秩序を守ることに固執して、他の種族に手を差し伸べもせず、差し伸べられた手を取ることもしない。座して滅びを待つ――それこそが罪でしょ!! 」

 思わず言い返してしまった。案の定、森のドームが大きくざわめく。巧妙に隠れていた森の妖精たちが姿を現し、ボクに向かって何やら叫び始めた。

『静まれ! 神の意思は常に我と共に在る。裁定は既に下された。汝は魂ごと罰を受けるが良い』

 妖精王を名乗る大木から放射線状に白い霧が立ち上る!

 地を這うような霧を前に、ボクは敢えて身動きせずに受け止める――。


『神の裁きだ、永遠に眠りにつくが良い』

 うっすらと開けた目には、辺り一面が氷に覆われたドームが映る。妖精王の傍らに降り立ったミールが泣き崩れているのが見える。

 さっきまで居た妖精たちは、しばしの沈黙の後、今まで以上に大声で騒ぎ始めていた――。


『――ならぬっ! 神により定められし運命は、何があろうと受け入れねばならぬのだ! 』

「しかし霊王様! 人間は私たちを命を賭して守ってくれました!! 」

『それが秩序を乱す結果となった。よって、人間は滅びの道を歩むのだ』

「人間には滅ぶべき者も居ましょう。ですが、私たちと共に歩もうとする者も多く居ました――」

 粉雪が舞う銀世界の中、妖精王の前に立ち、ボクたち人間を擁護しようとする者が居た。それは、どこかで聞いたことのある懐かしい声だった。

『ならぬならぬ! 人間にどれだけ我々が穢されてきたのか考えよ! 今こそ呪われし軛から解放されるとき! 』

「穢された? それは違います! 妖精が精霊と人との交わりによって生まれたとしても、それは神が精霊と人との懸け橋を必要としたがため。呪いでも何でもありません! 」

『森の護り人よ――魔と戦ってきたお前たちにとって、人間は確かに近しい存在だろうが、此処、妖精の森に棲む我らにとっては、人間は未だ破壊を好む悪しき種族なのだ』

「そんなことは――」

「ないよ! リザさん、人間は全種族との友好条約を求めている! この世界は破壊させない! 」

「えっ!? 」
『なっ!? 』

「ボクたちは、竜人と同盟を結んだよ。世界中の亜人は人間と共に平和を目指す。精霊とも、それから魔界の魔人とも共存の道を歩む! 」

「もしかして、リンネ様!? 」

「よく分かったね! 」

「姿は違いますが、盗賊やギルドマスターを説教していた頃と何も変わりませんから! 」

 いやいやいや、説教はしてないけど――。

『汝、我の氷結魔法を受けたはず? 』

 妖精王の必殺の魔法でさえも、魔法攻撃無効スキルの前には為す術無しだね。

「秩序神リーンの愛の力だよ。ボクに魔法は効かない」

『創造神――まさか、汝は世界の意思に選ばれし者!? 』

「選んで召喚されたと言うよりは、偶然だったのかもしれないけど、確かに、この世界を守るよう世界の意思から言われている。そのための唯一の方法を携えて此処に来た! 」

「さすがは勇者リンネ様!! 」

 いつの間にか、リザさんとミールが抱き合って喜んでいるけど――妖精王の表情は全く分からない。

「世界の意思の代行者として妖精王に請う。人間、亜人、妖精、精霊、そして魔人との全種族友好条約を結ぼう! 」



 ★☆★



 妖精王がどのような感情で応じたのかは結局分からないままだったけど、ボクの希望は叶い、妖精族とも条約を結ぶことができた。

 大樹海で寝ていたミルフェちゃんやアユナちゃんは不満顔だったし、リーンとクルトはぷんぷん怒っていたけど、ボクはとても満足な気分だった。実るほど、首を垂れる勇者かな――力を誇示して強要させるのではなく、一応、話し合いで解決したからね。ほとんどリザさんのお陰だけど!

 その後、アイちゃんの提案で、フィーネにある冒険者ギルドのギルドマスターにリザさんが推薦された。エルフがギルドマスターとか、ボクにとっては違和感ないけど、この世界的には前代未聞らしい。リザさんのドジっ子属性が心配だけど、チロル支部のメリンダさんも居るし、大丈夫だよね。これからは亜人や妖精族の冒険者と人間がパーティを組むことも多くなるのかな? 凄く楽しそう。

 それと、今まで通り、ミールはボクたちと一緒に来ることを許された。反抗期の娘を持つと本当に大変。そこだけは、妖精王の気持ちがよく分かるんだよね――。
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