異世界八険伝

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求められし力

80.魔界統一戦争4

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 準々決勝の日を迎えた。

 朝9時過ぎに会場に入ったボクの目に映ったのは、壁に掲げられた大きな掲示板。新たに始まった賭けの倍率表だ。
 数字がリアルタイムで動いていく……どちらかと言うと、上下の格差が広がるように……。

 1番人気 2.5倍 北王ノクト
 2番人気 3.3倍 新王リド
 3番人気 3.5倍 南王カーリー
 4番人気 5.8倍 ウィズ
 5番人気 15.1倍 リンネ
 6番人気 28.2倍 レン
 7番人気 55.9倍 メル
 8番人気 110.7倍 ラクシュ

 予想屋のフラグか、ベスト8のうち“西が4名”という誰もが想像し得なかった結果の中、優勝候補に挙げられた3魔王は順調に勝ち進んでいる。大局的な見地では、波乱の要素は少ないと見られているのだろう。


「あれだけ派手に勝ち進んだのに、この予想?」

「それだけ魔王が恐れられているってことかな」

 愚痴るレンちゃんを宥める。
 でも、メルちゃんより上位人気だと分かった後は、笑いが止まらないという顔に変わっている。ライバルが人を育てる、まさにそんな感じだ。


 ■準々決勝組み合わせ
 第1試合 ノクト ― ウィズ
 第2試合 リド ― メル
 第3試合 カーリー ― レン
 第4試合 ラクシュ ― リンネ

「ここからは組み合わせ次第ですね」

 隣に貼り出された対戦表を見ながらメルちゃんが呟く。

 メルちゃんの言う通りだ。
 試合が1日1試合だと言っても、相手次第では消耗がものを言う。そういう面ではボクが1番有利な気がする……逆に、メルちゃんは酷いところに入ってしまったね。



 本戦トーナメント3日目。

 闘技場に1人の魔人が上がってきた。

 ぷるんと震える三角の耳、ふさふさの長い尻尾……銀色が映える綺麗な毛並み。今日の審判はキツネの魔人か。

『いよいよ8強対決です! 本日は、私、銀狐のフレイが試合をお伝えします!』

 沸き立つ観衆、盛り上がりも上々だ。
 何の演出か、突然歌い出した……。
 やばい、凄く可愛い……お友達になりたい!



 30分後、会場の雰囲気ががらっと変わる。

『それでは第1試合! まずは、北部魔連合を束ねる北の雄、北王ノクト様です!』

 闘技場の端に、真紅に染まる鎧を身につけた巨漢が舞い降りる。昨日と違う鎧と、禍々しい闇のオーラを撒き散らす漆黒の大剣を携え中央に歩み寄る。兜からは2本の黒い角が天に向かって伸びている。表情は窺えない。赤く輝く眼光のみが、闇の中で威容を放つ。この覇気、昨日までとはまるで別人のようだ……。

『対するは、地上界からの参戦、鬼の力を秘めた華麗なる貴公子、ウィズ!』

 腕を組みながら、浮遊魔法で会場に降り立つウィズ。漲る自信からか、口角を上げ、不敵な笑みを浮かべている。武器は……ない。素手で魔王と戦うつもりなのだろうか。

『では、始めてくださいっ!』

 ノクトの姿が掻き消える! 一瞬でウィズの頸に迫る大剣!
 高速で踏み込み、剣を左から水平に薙ぎ払ったんだ!

 予想以上に速い……。

 でも、ウィズはその剣を何事もなかったかのように……受け止めた!

 片手で刃を受け止め、気合と共に砕く……。

 やはり強い!

 ノクトが剣を引く寸前、ウィズの強烈な蹴りが真紅の鎧を抉り取る!

 もう少し深ければ致命傷だったに違いない。胸部の獅子のような装飾を薙ぐように放たれたウィズの左脚は、咄嗟に防ごうとしたノクトの右腕ごと砕いた。

 会場に響く破砕音。
 そして、それに続く沈黙。

 豪腕が折れ、鎧が機能を失うほどの威力……衝撃的な事実を目の当たりにし、誰もが目を疑った。

 大きく後退し、大剣を放り投げるノクト。
 その眼光には未だ不気味な光を宿している。

 そして……ノクトの口が開かれた!

『死ね』

 ノクトの体が膨れ上がる! そして、真紅の鎧が砕け散った!
 闇を纏う体を血管が網目状に走っている……そんな異様な牛の姿だった。


『ノクトの本気が見られるぞ』

 ボクの隣で魔王リドが呟く。

 闘技場に目を移すと、中央で繰り広げられる激しい攻防に目を奪われた。

 長い爪で左右から斬り掛かるノクト、身をかわしつつ懐に潜り込み、闘気を纏った拳を叩き込むウィズ。
 ひとたび距離が開くと、闇や炎の魔法が飛び交う。だが、魔法ではお互いに決定的なダメージを与えられない。

 一瞬の隙をつき、ノクトの体勢を崩すことに成功したウィズは、背後に回り込んでノクトの2本の角を掴む!
 手に纏う雷撃……。
 絶叫と共に聞こえたのは、角が豪快に折られた音だった。

 堂々と立ち尽くすウィズ。
 その角は黄金の光を放っている。
 風に白髪を靡かせ、ボクの方を一瞥する。

 これがウィズの鬼化……圧倒的な力。

 その後、力を失ったノクトは会場を去っていった……。

 ■第1試合
 ○ウィズ VS ノクト×


『勝ったのは……地上界の魔人ウィズさん。北王、敗れました……』

 会場を包むざわめきを、ウィズの大声が一蹴する。

『勇者リンネ! 決勝で俺がお前に勝ったら、お前は俺の物だ!』

 静まったざわめきは、一層激しさを増して蘇る!
 勇者……決勝……そして、告白?
 喧騒が満ちる!

 言い返そうとしたボクを制して、メルちゃんが叫び返す!

「お前は決勝までいけない! 私が必ずお前を倒す! リンネちゃんは、渡さない!!」

 隣でリドが渋い顔をしている。
 目の前で鬼人族の驚異的な爆発力を見せ付けられ、メルちゃんの隠された実力を想像したのだろう……。

 会場でしばらく続いた無秩序は、司会のフレイが静めてくれた。



『盛り上げてくれてありがとう! では第2試合に移ります! 西の陣営同士、新王リド様に鬼人族のメルさんが挑みます! 明日の準決勝でウィズと戦うのはどちらでしょうか!』

 ボクの左右に居たメルちゃんとリドが、並ぶようにして闘技場に向かう。

 リドは青い鎧と、右手に黄金に輝く剣を握り締めている。1、2回戦を不戦勝で勝ち上がってはいるが、先日のメノム戦で瀕死の重傷を負っているはず。それでも、体を覆う闇の衣は地上の魔人グスカを彷彿とさせる……。

 対するメルちゃんは、エンジェルウイングの正装である“天使の衣”を着て、“鬼神のメイス”を両手に抱え持つ。天使の衣は聖銀ミスリルと、神金オリハルコンの合成糸で編まれた対魔最強防具だ。魔族の闇には負けない!

『両者とも、凄い気合です! では、始めてくださいっ!』


 相手への敬意の故か、メルちゃんは出し惜しみをすることなく全力で突っ込んだ!
 蒼い髪からは10cmほどの角が伸びている。全ステータス2倍! 持てる魔力の全て注ぎ込む最強のスキル……ただし、恐らくは2分が限界。それまでに決着をつけて!

 思わぬ速度に防御せざるを得なくなった魔王リドを、メルちゃんのメイスが縦横無尽に襲う!

 鬼神のメイスとリドの剣や鎧がぶつかり合う音が会場に響き渡る!
 音だけではない! 衝撃波が火花となって周囲に降り注ぐ! 一撃の衝撃の大きさが、視覚にも聴覚にも伝わる!

 1分が経過しても、防御に専念するリドを崩しきれない!

 魔王リドの恐ろしいところは、その纏う魔力の大きさだけでなく、戦闘技術の高さだろう……。
 圧倒的な力で攻め立てるメルちゃんの攻撃を、斜に構えて巧妙に受け流していく。致命傷を避け続ける。


 あと20秒……メルちゃんの呼吸が苦しそうだ。

 一撃の威力を抑え、手数を増やしてリドの体力を削る作戦に切り替えたようだ。リドにも余裕が見られない。床に滴る血は全てリドの物だろう。手や足だけでなく、額からも出血している。

 あと10秒!

「うぉ~!」
 吼えるメルちゃん……いつの間にか、鬼神のメイスを蒼白い光が包んでいる!

 一撃ごとにリドが吹き飛ばされる。既に剣は砕け、鎧は役目を果たし得ない。片膝を床に付きながら、それでも剣の柄で攻撃を防ぎ続ける……。


 そして、決着の時が来た……。

 鬼化発動から2分――。

 床に倒れたのはリド、立ち尽くすのはメルちゃん……。


 ボクは浮遊魔法で一気にメルちゃんの所に飛ぶ!
 力いっぱい抱きしめる!

『勝ったのは、鬼神メルさん! 見事、見事です! 魔王リド様を破りました!』

 ■第2試合
 ○メル VS リド×


 勝ち名乗りを聞いたボクは、転移魔法で宿へと飛ぶ。

 メルちゃんの身体に傷はない……でも、限界を超えたスキル発動で、既に気絶していた……。
 しばらく寝かせてあげよう。
 ベッドにメルちゃんを寝かせたボクは、改めて会場に戻った。


 レンちゃんから、ボクの意図に気付いたエクルちゃんが既に宿屋に向かったと聞いた。仲間の優しさに感謝だ。

 ボクと拳を合わせたレンちゃんが、静かに闘志を燃やしながら闘技場に歩いていく……。



『魔王がなんと2連敗です! 第3試合も波乱があるのでしょうか……? 魔神教国を統べる教皇、南王カーリー様の登場です!』

 白いローブを翻し、上空から闘技場の中央へ舞い降りる邪悪な魔王、カーリー……南の陣営からは、耳をつんざくような歓声が沸き起こる。司会の狐人フレイは、転がるように慌てて移動する。
 手足すらローブの中に隠している。フードに包まれた表情は、全く見えない。身に纏う白いローブと湯気のように漂う暗黒の瘴気とが、不気味なコントラストを描き出す。

『対するは、地上からの刺客! 二刀流を操る剣士レンさん!』

 レンちゃんの二刀流剣術は、既に上級の域に達している。“剣王の双剣”は、レンちゃんの戦意を感じ取ってか、刀身を赤く燃え滾らせ、強い煌きを放っている。メルちゃんと同じく対魔最強の天使のローブを纏い、剣を掲げて堂々と魔王に対峙する!

 レンちゃんの目は、エクルちゃんの敵討ちに燃えている。
 カーリーの魔法は奥が知れない。冷静さを失った結果、搦め手でやられるのがレンちゃんの悪い癖。

「レンちゃん!」

 カーリーに対する声援が響き渡る中、ボクの声はレンちゃんに届いた。

 目が合う。
 レンちゃんが笑顔で剣を下げる。
 気持ちも伝わった!


『では、試合を始めてください!』

 両者間の10mの距離が一気に詰まる!

 魔術師vs剣士、カーリーが空中に飛び上がって距離を確保するのは目に見えていた。
 しかし、それでも両者の距離が一気に詰まったのは、レンちゃんの圧倒的なスピードがなせる業だろう。

 10mの上空に浮かぶカーリーを、回転しながら跳び上がったレンちゃんの二刀が斬り刻む! 10連撃……闇の衣ごと裂かれた白いローブが宙に舞う!

 しかし、地に降り立つレンちゃんは、険しい表情で上空を睨む。

 カーリーの姿が消えていた……。

『厄介な……』

 いつの間にか、ボクの隣に戻っていた満身創痍のリドが呟く。

 カーリーのスキルなのか、ローブの効果なのか……奴にこんな奥の手があるとは。

 レンちゃんは、静かに目を閉じ魔力を集中している……そして、背後に身体を捻ると、気合の声と共に雷撃を解き放つ!

 カーリーの絶叫が上がる!

 刀身から漏れ出る赤い光を螺旋状に纏った白刃の雷撃は、背後から迫りつつあったカーリーの体を貫いたようだ!

 サンダーウェーブ?
 いや、もっと範囲を絞った魔法……サンダーバースト?

 直径30cmほどの空洞。カーリーの胸元に開いた闇の中、不気味な触手が蠢いてその空洞を塞いでいく……。

「気持ち悪い!」

 レンちゃんは、悲鳴と同時に赤く輝く二本の剣を斜めに振り下ろす!
 高速で放たれた二刀流奥義、レンちゃんの新技だ。確か、赤い彗星剣とか言っていた……。

 防ごうとした杖ごと、腕ごとカーリーの体を斜めに薙いだ二本の赤い剣筋は、床にも深々と爪痕を刻むほど強烈だった。


 それでも、まだ戦いは終わらない……。

 カーリーは不死身なのか!?
 床を滑るように距離を取り、回復魔法と同時に攻撃魔法を高速で連続詠唱する。

 上空、瞬時に現れた炎に包まれた巨大な隕石……その数は3つ、4つではない! 空を覆いつくすほどの、10を超える隕石群が闘技場ごと破壊する勢いで降り注ぐ……。

 ボクは咄嗟に動こうとした。
 それを手で制したリドが、呆れた表情で上空を見上げる。

 レンちゃんがさっき放ったサンダーバースト……それが、赤い竜の姿となって空を翔け巡っていた。
 荒れ狂う雷の竜……それが、上空から迫るメテオ群を、縦横無尽に貫いていく!

 爆風が次々に会場を襲う!

 視界が遮られる中、激しく魔力を消耗させて呆然と立ち尽くすカーリーに迫るレンちゃんが、大きく踏み込んで一刀のもとに斬り捨てる!

 カーリーの右腕に巣食う白亜の鬼を……。

 地上に降り注ぐ隕石の破片は、戦意を失ったカーリーに流星となってトドメをさした。

 両手両脚を地に付き、降伏を告げるカーリー。


『魔王が全て負ける大波乱……勝ったのは、剣士レンさんです!』

 静かに会場を去っていくカーリー……振り払われたフードから覗くのは、魂に憑いた悪霊を祓ってもらったような、生き生きとした表情を浮かべる綺麗な女性だった。白く長い髪を垂らす後ろ姿には、邪悪な影は感じられなかった。

 疲れ果てた表情で戻ってきたレンちゃんを優しく抱きしめる。
 言葉なんていらない。
 静かに泣くレンちゃんを、闘技場の片付けが終わるまでボクはずっと抱きしめていた。

 ■第3試合
 ○レン VS カーリー×



『本日最後の試合は……銀髪の賢者、リンネさんの勝利です!』

 えっ!?

 まだ戦っていないけど……?
 それに賢者って……まぁ、嬉しいけど!

 会場に響き渡るブーイングの嵐……。

『だって、ラクシュさんが棄権したんですもん!』

 あらら……そうですか。ラッキーですね。

 ■第4試合
 ○リンネ VS ラクシュ(棄権)×



 ★☆★



 明くる朝、再びボク達の姿は闘技場にあった。

 昨晩、ボク達がよく眠れたかと聞かれたら、激しくNOだ。

 幸いにもメルちゃんは夕方には目を覚ました。ボクは無理矢理にマジックポーションを飲ませて静養させた。だって……明日はウィズ戦だもん。万全の万全、超万全で戦わなければいけない。勝敗云々ではなく、メルちゃんが殺されないこと……それが何よりも大切だから!

 そしてボクはレンちゃんとの勝負。

 正直に言っちゃうと、レンちゃんがカーリーに勝てるとは思っていなかった。それに、あんなに強くなっているなんて!
 もし対戦することになったら全力で戦おうということは、実は最初から皆で約束していた。でも、いざ対戦を目前に控えてみると、仲間を攻撃することなんて出来る訳がない!

 それは恐らくレンちゃんの中にもある葛藤。

 自分自身の甘えを払拭させる為か、ボクが集中出来るようにする為の配慮か……カーリーとの戦いの後に見せた涙を最後に、レンちゃんはボクを避け続けている。

 エクルちゃんはエクルちゃんで、決戦を前に緊張したボク達や、メルちゃんに負けた魔王リドに気を配りすぎてヘトヘトだった。

 こんな状態で熟睡出来る訳がない!

 でも、逃げずに立ち向かう!



 本戦トーナメント4日目……いよいよ準決勝。
 奇しくも、ベスト4の全員が地上からの参加者となった。



 闘技場に現れたのは、銀髪を赤いリボンでツーサイドアップに束ねた猫の魔人だ。
 確か、初日に司会をした“にょにょ猫”だ。
 名前は忘れた。

『皆さん、お待たせにょ! いよいよ魔界統一戦争、準決勝を行うにょ! わたくしミィが担当だにょ!』

 観客席から沸き上がる盛大な歓声。
 そうだ、名前はミィだ!


『準決勝第1試合は、デ・ラーズ→ゾフィ→ノクトを倒してきたウィズと、ハウール→セムソチ→リドを破って勝ち進んだメルの対決にょ! 因みに、敬称略でいくにょ!』

 さすが本職。ちゃんと覚えているらしい。カンペ無しにすらすら言ってくれた。


 メルちゃんがボクに微笑みかける。
 自信がなさそうな表情……今、ここで励まさなくちゃ!

「メルちゃん! 信じてるから!」

 笑顔で送り出す。
 逆にプレッシャーになっちゃったか……。

 でも、敢えて何度でも言う。
 勝敗なんかより、命が大事なんだ。


 闘技場に上がる鬼人族2人。
 昨日の舌戦を受けてか、同族嫌悪の至りか、お互いに激しく睨みあう。

 魔人であるウィズに対し、メルちゃんはあくまで人族だ。根本的に、纏う魔力の量と質には雲泥の差がある。
 しかし、そんな不利を物ともせず、メルちゃんは堂々と構えている。

 メルちゃんが抱え持つ鬼神のメイスに対抗してか、今日はウィズも剣を持っている。ウィズの髪のように白い刀身……この鈍い輝きはミスリルではない、見たこともない金属だ。


『いざ! 尋常に、始め!』


 両者とも動かない……。

 いや、動けない!

 お互いに、奥の手である鬼化は使っていない。あれは諸刃の剣だ。爆発的な力を生み出す半面、一度発動したら敵が倒れるか、制限時間を使い切って気絶するまで解除されない……。

 どちらも対策を練っている。鬼化されても、防御か回避に専念すれば防ぎきる自信がある。

 その場合、先に動いた方が負ける……。
 お互いの意図、それは鬼化をカウンターで発動すること。一撃で相手を倒す為に最も有効で効率の良い作戦……それが分かっているから動けないんだ。


 互いの闘気が圧力となってせめぎ合う。

 弱者には滑稽な茶番劇に映るこの牽制だけど、強者には手に汗握る総力戦に映るだろう。


 そんな中、先に動いたのはメルちゃんだった!

 決して焦れたのではない、勝機を見出した動きだ。

 メイスを低く構えてジグザグに突進するメルちゃん……小刻みに速度を変え、相手に動きを読ませない。

 そして……剣の射程ぎりぎり外から、一気に加速する!

 鬼化を使った猛進、速い!!

 ウィズは一瞬だけ反応が遅れた。その分、対応が遅れた。そして躊躇した。結果として、採るべき選択を誤った!

 この0.1秒に満たない遅れが致命的な結果をもたらした。

 ウィズがカウンターで発動した鬼化は、体に力が漲る前に、メルちゃんの全力の一撃を受けて解除された。

 斜め下から振り上げられたメイスは、受け止めようとした剣をかわしてウィズの顎を跳ね上げた!

 それだけで勝てると思わなかったメルちゃんの判断力が勝敗を分けた。

 ウィズは今までの戦いでほぼダメージを受けていない。だから、ウィズがいかにタフなのかを知る者はいなかった。

 しかし、冷静なメルちゃんは勘付いていた。
 ウィズの一挙手一投足から、その鋼のような強靭な肉体に!

 メイスの柄で鳩尾を突き、リドと戦ったときの、いやそれ以上の攻撃の嵐を叩き込む!

 60秒間……メルちゃんは、全ての魔力を使い果たし、何十回とウィズを吹き飛ばし、薙ぎ払い、打ち付けた。

 司会のミィは、ウィズが既に死んでいると思い、何度も試合を止めようとしていた。
 それを無視し、可能な限りの攻撃を繰り返した。

 そして……再び立ち尽くしたまま気を失った。


 リド戦と同様の決着かと思われた。
 メルちゃんの執念がリドを、そしてウィズを超えたかと思われた。


 しかし、ウィズには立ち上がる余力があった!


『うっ……』


 しかし、ウィズは立ち上がることが出来なかった!

 メルちゃんの執念はウィズを超えていた……。


 メイスで殴打を繰り返す中、ウィズが手放した白い剣を床ごとウィズの体に深々と刺していたのだ。

 剣の柄が背中から突き出ている……刀身の8割は床に刺さっている目算だ。
 うつ伏せに倒れた背中の、丁度手の届かない所に刺さった剣を、ウィズは抜くことは出来なかった。そして、さらに追い討ちをかけたのは剣の特殊効果……背中から両手足にかけて、ウィズの体は氷結魔法を受けていた……。



 意識の有無で勝負が決したのであれば、勝者はウィズだった。

 ただし、審判のミィに背を向け、立ったまま気を失っていたメルちゃんと、うつ伏せに倒れ、全く動けなかったウィズ……勝利の女神がいるのであれば、メルちゃんの執念に苦笑いしただろう。


『勝負あり! 勝者は、メル!』

 この瞬間、かつてクルンちゃんの占いで、“メルちゃんがウィズを倒す”と聞いていたことを思い出し、ボクは嬉しくて笑ってしまった。

 ボクはメルちゃんを抱きしめて宿屋に飛んだ。
 昨日と同じ展開……そして、再びエクルちゃんの出番だった。

 ■第1試合
 ○メル VS ウィズ×



 再び会場に戻ったボクは、レンちゃんの笑顔に迎えられた。

「やったね! これで目的が果たせたね!」

 溢れんばかりの笑顔だった。

 そうか!
 レンちゃんが考えていたことがやっと分かった……思わず苦笑いしてしまう。

 メルちゃんがウィズに負けた場合、決勝戦でボクかレンちゃんの勝者と当たる。レンちゃんとしては、ボクがウィズと戦うことは絶対に避けたい。でも、メルちゃんが勝てなかった相手に、自分自身が勝てるとは思えない……。そんなレンちゃんのことだから、ウィズを倒す為に闇討ちでも考えていたのだろう……。


「えっと、あたしはリンネちゃんと戦う意味ある? ないよね? どうせ勝てないし!! ネコさ~ん、あたしの負けです!!」

「『……』」

『白けますにょ……第2試合、レンの棄権により、勝者はリンネ!』

 ■第2試合
 ○リンネ VS レン(棄権)×



 ★☆★



 その晩、ボク達はメルちゃんのベッドを囲んで会議中だ。

「レンちゃん……リンネちゃんに修行をつけてもらう気持ちで挑戦すればよかったのに!」

「リンネちゃんの胸を借りるのは別の意味で賛成! でも……魔法なし、かつ時間を止めるスキルなしって条件で戦ったとしても、あたしが勝てる可能性は超低いね! あたしってば、無駄な努力はしない主義なんだ!」

「ヘタレ……」

「何とでも言うが良い! はっはっは!」

 メルちゃん、エクルちゃんの口撃をやんわりかわすレンちゃん……でも、ボクは知っている。レンちゃんが仲間想いだってこと。いつだってボク達の為に身体を張り、仲間の敵を討って涙を流してきたんだ。そして、仲間には決して剣を向けない!

 ボクは何を勘違いしていたんだろう……レンちゃんと戦うことになるかもしれないって、ずっと眠れなかった自分が情けない!

「レンちゃん、ありがとうね!」

「さっすが、リンネ先生! 誰よりもあたしを理解してくださる……」

 抱き合う肩越しに、レンちゃんの涙がこぼれた。
 笑顔で流す、嬉し涙だった。
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