異世界八険伝

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求められし力

67.魔界の魔王

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『魔王城キュリオ・キュルスへようこそ!』

 魔王城!?
 フラムさんを先頭に門を潜る。門前での身元確認は行われていなかった。不要なトラブルを避ける為に、ボク達はフードを被って無言で付いていく。

 広さは城塞都市チロルくらい。ただし、思っていた以上に人口が多い。石材中心の街並みは王都以上に立派だ。滅亡の窮地にある地上と反比例するかのように、魔界は繁栄しているようだ。

 トカゲ、カメ、ヘビなどの爬虫類顔から、獅子や熊などの大型哺乳類もいるが、人型の魔人の割合が最も高そうだ。
 地上の獣人や人間との根本的な違いは2つあった。燃えるような赤い瞳と、体を纏う濃厚な魔素。いくら雑踏の中でも、ボク達が魔人ではないことは気付かれそうだ。
 冷や汗が滴る。立ち寄ったことを後悔した。


 おどおどびくびく歩くこと10分間。
 ボク達は人気の少ない食堂に入った。嫌がらせではないが、敢えて隅っこに座る。蒼髪狐顔店主の眼光が怖い。黄色髪の狐ウェイトレスが無言で水を持ってきた。案の定、どちらにも鑑定眼が効かなかった。


「クルン怖かったです」

『1番ヤバイのは私だからね!天使だってバレたら食べられちゃう!!』

『大丈夫だぞ?人間や天使は希少種だが、捕まえてどうこうする奴はいないだろう。意外と友達が出来るかもな!』

「それは、フラムさんだからそう思うんだよ……逆に、地上の町で魔人が歩いていたら大パニックだからね!?」

 いざとなったら転移魔法を使えるという安心感からの冒険心だったとは言え、ボク達の心臓は今でもバクバクしている。

『だが……ここキュリオ・キュルスが魔王城になったというのは、あたしも初耳だ』

「魔界には魔王がいるです?」

『いるぞ?』

「やっぱり、地上の魔王とは違う存在なのかな?」

『地上の魔王は知らぬが、魔界では力のある魔人が魔王となって国を作るんだ。ここ200年間は三国時代と言われてるな』

「あわわ!魔王が3人もいるです?」

「地上の3倍だね!毎日戦争してそう……」

『3人の魔王の勢力が拮抗しているから、戦争は滅多に起きぬよ。仲は悪かろうが、先に動いた方が負けると言われているし』

 そう言って、フラムさんが魔界の勢力について説明してくれた。


 魔界最強と噂される魔王が、北王ノクト。地上の北東の町ヴェルデ辺りに城を築いているという。北王四天王を中心に少数精鋭の強国らしい。
 そして、最大勢力を誇るのが南王カーリー。地上だとクルス光国を中心に、南の大森林やティルス、カイゼルブルクまで含める広大な領地と、強力な魔人兵団を保有する。
 最後の1人は最も新しい魔王、西の新王リド。王自身はノクトに迫る強者で、双子の副王リズも北王四天王を凌ぐ実力と言われている。西方、ニューアルン辺りの居城を中心に、版図は北王の半分ほどしかない。


『とにかく、どの国も魔王が飛び抜けて強いんだ。結局、戦の勝敗は魔王個人の差になる。だが、勝ててもかなりの消耗を強いられ、第三者に滅ぼされるだろう。だから、200年間どこも動けずに拮抗しているんだ』

『アイちゃんが言ってた昔の天魔界みたいだね!天神様に魔神、秩序神って三つ巴の関係』

「うん、そうだね。じゃあ、この都市を魔王城にしてるのは南王カーリー?もしかして、魔王が近くにいるってこと?」


 クルンちゃんとアユナちゃんが、肩をびくっと動かして、わなわな震えている。魔王だもんね、出会ったらすぐ逃げるからね!

 ふと、かつて倒した魔人ガルクが脳裏に浮かぶ。あいつの居城はここより20kmほど北にあったと思う。何か関係があるのかな?


『さぁな……この中央平原はあたしの知る限り、今までどの勢力にも属した歴史がなかったはずなんだが……まさか第4の魔王が!?』


『そいつは違うな』

 店主だ……。
 フラムさんの背後から店主が歩いてくる。

「人間か。最近、地上からの客人が目立つな」

「地上から!?もしかして……ウィズ……」

 狐店主の眼が鋭く光る。魔人ガルクを彷彿とさせる威圧感。同じ狐でも、クルンちゃんやクルス君の癒しとは対極だ。

『お前ら、あれの仲間か?』

 どう答えるべき!?
 アユナちゃんもクルンちゃんも震えながら抱き合ってる。店主の見透かすような眼……嘘は付けないか。眼を逸らさずに言う。

「敵です」

『……そうか。ならば同志だ。聞いてくれ』

 返事を待たず、店主はフラムさんの横に座る。アユナちゃんの正面だ。ボクは席替えしてあげた。優しい。

『鬼人のウィズレイとサキュバスが初めて来たのは2週間前だ。奴め、キュリオ・キュルスに新王リドを連れて来やがった!』

『ウィズレイ?あたしは知らんな』

『あぁ、地上の魔人らしい。魔王に匹敵する魔力を持っていやがる。さっき天使が言ってた三つ巴の勢力図が書き換えられた……』

 店主はアユナちゃんに優しく微笑む。でも、顔が怖い。アユナちゃんは泣きそうだ。

「ウィズレイは鬼人族?なら、地上の魔王直属の、ウィズのことだと思います」

『地上の魔王?』

『魔神が産み出した存在らしいぞ』

『なんと!!』

「店主さんは、魔神を知っているんですか?」

『噂だけはな。もはや伝承の存在だ。1000年も前に4大魔王が連合して神狩りをしたらしいが、赤子の手を捻るが如くに敗北した……それ以降、東の大神林だいしんりんに立ち入る者はいないな』

 魔神ヤバい!!
 会いたくないよ!!
 誰か代わりに……無理だよね……。
 でも、まずはウィズだよ。何を企んでる!?

「ウィズは、魔族と人間との共存を望んでいると言っていました。魔界を統一することは平和に繋がりますか?」

『どうかしら……』

『魔界統一の為に新王を利用する、か。北王ノクトや南王カーリーに与するより利があると考えたか』

「取り入りやすい、恩を着せやすい、共倒れを狙いやすい……ということでしょうか?」

『そう……だな。共倒れを狙うなら、地上界の魔王が魔界をも支配することまで考えているのかもな』

 店主は苦笑いしながら答える。狐のウェイトレスが軽食を運んできた。注文してないよ……。

『それって、魔界と地上界の統一?あたし達にとっても良いことじゃないかい?』

「ウィズが地上の魔王を完全な形で復活させようとしているのは間違いないと思います。でも、魔王は地上の人間を滅ぼす邪悪な存在……ボク達は魔王を倒しますよ。だから、統一という話にはなりません」

 ウィズが復活させようとしている魔王が世界の平和を求める存在なのかは分からない。ボクはリーンの言うことを信じるしかない。

『魔王を倒す?お前らが?』

 店主とウェイトレスの眼が金色に光る。魔眼かな……ボク達を見定めているかのようだ。

「リンネ様は優しいし、強いです!それに、秩序神リーン様もいるし、魔神もクルン達の味方です!」

 狐相手にクルンちゃんが頑張ってくれた。

「ありがと。そう、ボク達は非力ですが、世界の意思が味方をしてくれる。地上が魔王に支配されることはあり得ません」

『そうか。俺らも人間達とは仲良くしたいと考えている。魔族と人間との共存か……楽しみだな。そんな時代がくれば良いな』

 店主が再び優しい表情に戻った。ウェイトレスもにっこり微笑んでいる。意外と可愛い!?

『ならば、あたしらにとっても魔界統一は歓迎されるべきことなのか?』

「地上もそうだけど、“誰が治めるか”だと思いますよ。地上の王も3人いるんですが、皆、頼れるボクの仲間達です」

「クルンの弟も王様してますです」

 クルンちゃんが無い胸を頑張って張る。
 魔人達は驚きの表情を浮かべている。

『お前らは一体……何者だ?』

『私達は銀の勇者リンネちゃんに召喚された者。秩序神リーン様の使者です!』

『神の使い、だと?ふふっ……はははっ!』

「何がおかしいです?」

『すまん。俺はリドだ。こいつはリズ。ウィズレイに連れて来られた西の新王は、俺だ』

「『えっ!?』」

 店主が魔王リド、ウェイトレスが副王リズ……冗談でしょ?こんな寂れた食堂で魔王が何してんの!?フラムさんがまた気絶しそうだ……。

『騙して悪かったな。元より俺は魔王をしているより料理を作る方が好きでな。玉座に座る暇があれば新メニューを開発したいんだよ』

 新王リドが優しく微笑む。副王リズも、お盆で口元を隠して笑ってる。可愛い……。こんな魔王が魔界を統一したら楽しそうだね。

「信じます。これも世界の意思でしょう。ウィズが貴方達に協力するのも分かります。やはりウィズは平和を望んでいるのかもしれません」

『いや、勇者リンネだったか……俺はウィズレイを信用できんのだ。奴は俺らを利用したいだけだ。俺は、奴自らが魔王となって魔界を支配するのではないかと睨んでる』

「ウィズが魔王に!?彼はそんなに強くないと思いますが……」

『地上で生まれた魔人は異常な魔力量を持つ。地上に満ちた憎悪や悲嘆の感情が濃密な魔素を集めるんだろう。奴は強いぞ。少なくとも南王カーリーよりはな!』

 地上の魔人はある意味、人間が産み出したようなものなのか。今の混沌とした地上界が産み出した存在らなら、強いのも頷ける……。
 ウィズがボクの命を狙っている(または魔王復活の為にボクに倒されたがっている?)のは言わないでおこう。人質にされたくないし……。

「ボクは他の魔王を知りませんが、貴方達なら魔界を統一して平和を築いてくれると信じています。でも、ウィズはボク達の敵です。会えば戦いになるでしょう。なので、ボク達は魔界の争いに関与しません……」

『あぁ、分かっている。平和か……。ウィズレイの力を借りれば魔界は統一出来よう。ウィズレイが平和を望むなら魔王を譲ることも吝かではない。だが、そうでなければ俺らも戦うだろうな。勇者リンネ、その際には力を貸してくれぬか?』

「それはボク達も望むところですよ!ウィズの好きにはさせません!!」

『同志よ、感謝する!!あと、もう1つだけ我儘を聞いてはくれぬか?』



 ★☆★



 ボク達の寄り道は終わり、再び魔神を目指してスノーの背中に乗っている。

「本当にあれで良かったです?」

「ん?魔王に力を貸すこと?」

『違うよ!クルンちゃんが言いたいのは、最後の魔王の頼みのことだよね?』

「ですです!」

「あぁ……大丈夫じゃない?」

『最後の召喚者がフラムさんだったらどうするつもりなのっ!?』

「それはちょっと考えた……。でも、フラムさんを鑑定眼で見れないんだもん!魔人って、皆が魔力100超えしてるんじゃない?まぁ、召喚されるまでは働いてもらおう」

 そう、フラムさんは魔王食堂で働くことになったんだ。新王リドの我儘というのが、フラムさんを従業員として欲しいということ。フラムさんは泡を吹きそうなくらい嫌がっていたけど、地上に連れ帰る訳にもいかないし、待遇も良かったし、置いてきた。代わりに……たくさんの料理を貰ったけどね!

「リンネ様がフラムさんを料理と引き換えに売ったです!クルンもそのうち売られるです?」

「売らないよ!!」

『私が寝てるときに羽を抜いて、クランの人に売ってたよね!?』

「ひゃあ~!怖いです!」

 バレたか。皆が天使の羽を欲しがるんだもん。御守りにするって。ボクもこっそりしてるんだけどね!


 次第に影が長くなってきた。西日を受けて背中が温かい。魔界での2日目が過ぎ去っていく。明日の午後には東の大神林に到達するだろう。魔神……怖いです。
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