異世界八険伝

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新たなる仲間たち

39.魂の叫び

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 鼻には絆創膏、肩や腕、脚には包帯が巻かれた情けない格好――ボクの応急処置は全部アイちゃんがしてくれたようだ。ありがとう。レンちゃんをアイちゃんに任せ、ボクは部屋を出た。

 あの部屋は記憶の中の、ある部屋に似ていた。多分、この世界に来て初めて泊まった部屋――アユナちゃんの部屋だ。

 確信が持てなかったのは、記憶力云々という理由からではない。そこがあまりにも乱雑だったことに起因する。家具は倒れ、可愛いぬいぐるみは焼け焦げ、森を見渡せるあの窓は割られていた――。

 アユナちゃんの家に泊まった夜、アユナちゃんはママさんお手製のぬいぐるみたちに囲まれて、凄く幸せそうに寝ていたのを覚えている。うさぎさん、くまさん、きつねさん、ねこさん……楽しそうに1人4役でお話会をしてくれたよね。本当に大切にしていたんだろうな、可哀想に――。

 ボクはダイニングを通って玄関に向かう。家には誰も居なかった。途中、血溜まりが何ヵ所かあったけど、なるべく目を逸らして素通りした。何も考えたくないし、認めたくなかった――。

 玄関を出た。強い日差しに一瞬立ち眩みを覚えた。明るさに目が慣れてから、改めて辺りを見回した。見渡す限りの建物はほぼ全壊、アユナちゃんの家を含め、半壊のものが数軒残るのみ。村のシンボル的な教会でさえも、瓦礫と化して他と判別がつかない。そして、やはり誰も居なかった――。

 魔力は半分近くまで回復していたので、自身の傷をヒールで治しておいた。包帯を外し、アイテムボックスにしまう。手が震える。自分の行動の意味すら理解できず、ぼんやり虚空を眺める。




 しばらく歩くと畑に出た。農作業をする男性も、馬も居ない。そこにはひたすら穴を掘る青い髪の少女だけが居た。いや、やや語弊があった。彼女の後ろにはたくさんの村人たちも見えた。

 ボクは、それこそ盲目的に歩を進めた。手を伸ばせば届くくらいの距離まで近づいた。しかし、彼等がエルフなのかどうかすら分からない。男性か女性か、若いのかそれとも歳をとっているのかすら――ボクには分からなかった。山と積まれた、寝かされたそれらは、既に人の形をしていなかったのだから――。

 そんなことはもう分かっていた。皆が死んだんだって分かっていた。分かっていたけど――受け入れたくなかっただけだ。ボクは弱い。すぐに現実から逃げようとする。メルちゃんみたいに向き合わないといけないのに。


「メルちゃん……」

 メルちゃんが何をしているか、何をしようとしているかは、その姿を見つけたときから分かっていた。

 振り返る彼女の目に、涙はなかった。頬にはいく筋も涙が流れた跡があった。しかし今、赤く腫れた両の目は――光を失ってはいなかった。固く結んだ唇に、さらに強い意思さえ乗せたその顔は、不謹慎ながらも、とても美しかった。強さを、神々しさを感じた。

 ボクはしばらく黙って見つめた。ただ見惚れていたのかもしれない。

 誰よりも優しく、強い心を持つメルちゃん――その前向きな姿を見ていると、徐々に思考が回復してくるのを感じた。


「もしかしたら……メルちゃん! 来て! 」

 ボクは、黙々と埋葬作業をしていたメルちゃんの手を引き、無理矢理に教会があった場所まで連れて行くと、気配察知をしてもらった。



「リンネちゃん!! 小さいですが……僅かに反応があります! 数は……2……いや、3人でしょうか。地面の下、距離は50mです! 」

 ボクたちは必死だった。瓦礫を退かし、土を掘った。爪が剥がれても、棘が刺さっても、がむしゃらに堀り続けた――。



 3時間後、やっと地下室の階段が見えた。ボクがこの世界で初めて歩いた階段だ。確か緩やかに30段ほどあった気がする。階段は半分近くが埋もれていた。

 ボクたちはまた、ひたすら掘っていった。

 日が傾き始めた頃、ようやく地下室への扉に辿り着いた。鍵は掛かっていなかった。緊張で震える手を強い気持ちで抑え込み、扉を開いた――。

 暗闇、湿気、薬特有の刺激臭……確かにボクが召喚された部屋だった。アイテムボックスから照明を出した。前方にそっと掲げる。うっすらとだけど、地下室の全体が目に入ってきた。




 そこには、僅か3人の生き残りが居た。その中にはリザさんの姿もあった。彼女は、小さな女の子と男の子を抱き締めたまま、地下室の隅に蹲って、こちらを見上げていた。

 ボクたちは彼女に近づき、優しく声を掛けた。発狂し、泣き叫ぶ彼女を力一杯抱き締め、飲み水や食料を渡して落ち着かせた。

 コップを虚ろな目で眺めながら、リザさんは村で何が起きたのかを語り始めた。ボクたちは静かに語られるその声を一言も漏らすまいと、黙って耳を傾けた――。


「今思うと、原因は……水でした。ある日突然、村の子どもたちの身体に黒い染みが広がりだしたのです。全身が黒く染まり、身体から瘴気が立ち上るまで1日も掛かりませんでした。そしてすぐに大人たちにも同じ悲劇が起きました。そんな事情もあって、エリザベート様は聖結界を解除し、治癒に全力を注ぐ決意をしました。しかし、それが周到に用意された魔族の罠だったとは、そのとき誰も気付けませんでした――。
 3日ほど前でしょうか……魔人が魔族を率いて村に攻め入ってきました。既に結界は無く、強き者も既に魔力が枯れ果てた状態……そんな私たちに、何ができましょう……。
 尽く蹂躙されました……。エリザベート様はそれでも武器をとって戦いましたが……魔人に……。男性は……ある者は四肢をもがれ、ある者は生きながらに燃やされ、ある者は生きながら……喰われました。女性は…………。私には何もできませんでした! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 」

「もう……もう、いいんです」

 ボクは、子どものように嗚咽を漏らして泣きじゃくるリザさんの頭を抱き寄せ、優しく撫で続けた――。

「すみません……うっ……うっく……」


 エリ婆さんは魔人との戦闘中、死を覚悟するや否や、どさくさに紛れて教会の地下室への入口を破壊したそうだ。偶然に居合わせた者、親により地下に放り込まれた者が助かる結果となった。そして、偶然に狩りに出ていた者が村の異変に気付き、近くの町フィーネまで走り伝えたようだ。ギルドからミルフェちゃんに連絡が届いたときには、魔人の襲撃から既に3日近くが経過していた計算になる。


(アイちゃん! 生存者3名、地下室で見つけた! そっちに連れて行っていい? )

(どうでしょう……今はこの……村の惨状を見せない方が良いと思いますが……)

(そっか……近くの町まで避難している人もいるみたいだから、そこ……フィーネの町まで転移した方がいいかな? )

(そうですね、お願いします)



「リザさん……まだ外は危険ですので、魔法で……とりあえずフィーネの町まで送りますね」

 ボクは、有無を言わさず、リザさんたちをフィーネにあるギルド本部へと送り届けた。ギルドマスターは詳細を知りたがったけど、彼女たちを休ませることを最優先にするよう依頼した。ボクも村に残してきた仲間が心配だからと、逃げるようにしてその場を去った。残念ながらギルドにはマジックポーションは売られていなかった。



 ★☆★



 帰りが1人だったので、なんとか魔力が尽きることなくエリ村まで戻ってくることができたけど、今すぐ魔族に襲撃されたらという不安で押し潰されそうだった。

 広場に戻ると、夕日を背に浴びて黙々と作業をするメルちゃんの姿が見えた。ボクも手伝い、何とか日没前までには全員分の埋葬を終わらせ、簡素ではあるが墓標を立てた。そして、2人で静かに黙祷を捧げた――。


 ボクたちは、無言でアユナちゃんの家に帰った。アユナちゃんは居なかった。レンちゃんは相変わらずベッドに寝たままだったけど、寝息はとても静かで、少しだけ安心した。


「メルちゃん……あの……アユナちゃんは……」

「ごめんなさい!! 」

「え!? 」

「ケンカして……出て行っちゃった……」

「えぇ!? 」

「リンネさん、わたしから説明しますね」

 事情が飲み込めずにあたふたするボクを見て、アイちゃんが水を持ってきてくれた。ボクたちは、レンちゃんを囲むようにベッド脇に座った。

「リンネさんがべリアル戦で魔力を使い果たして気を失った後、アユナさんはリンネさん、メルさん、レンさんを精霊魔法で運び、ご自分の家に向かいました。
 そこで……ご両親の……うぅ……すみません、そこにはご両親のご遺体が……ありました。アユナさんは……酷く泣かれて……うっ……取り乱していました。そのときに、メルさんが意識を取り戻しました。
 アユナさんは……仇討ち、復讐を主張していました。1人でどうにかできる訳がないし、今は皆さんの亡骸を弔うべきだ、とメルさんが止めたのですが……勿論、わたしも全力で止めました。
 アユナさんには伝えていませんが、森から30kmほど離れた所に魔王軍の陣地があるようです。恐らく斥候が森まで放たれているでしょう。非常に危険です。しかし……アユナさんは頑なに断り、メルさんとわたしを精霊魔法で束縛して行ってしまいました……止めることができず、すみません!
 わたしが無力すぎました。念話も通じないんです。わたしの声すら届かない……何にもできないんです。すみません!」

 そう言うと、泣き崩れてしまった。メルちゃんも一緒に泣いている。ボクも泣いた。3人で夜遅くまで泣き続けた――。


「追いかけよう――」

 その一言を誰が言ったのか分からない。もしかすると、みんなが一斉に言ったのかもしれない。ただ、そんなことはどうでも良かった。それがボクたちの、一致した真意だったから。

 まだ深夜だ。メルちゃんが、まだ目覚めないレンちゃんを背負う。ボクはアイちゃんと手を繋ぎ、半分まで回復した魔力を振り絞って転移した。


 場所は、かつてミルフェちゃんが盗賊に襲われていたところ、森の端っこだ。半日以上経っているけど、恐らくアユナちゃんは森の外までは出ていない。アユナちゃんも自分の実力は弁えているはずだ。きっと、森に愛されし者の称号の力、ステータス2倍の範囲内で戦うはず。ましてや、相手が魔族ならなおさらだ。

「メルちゃん、アユナちゃんの気配分かる? 」

「半径170m以内には居ないようです。魔物の気配は多数……」

「アユナちゃんはクピィちゃんを連れて行ったよね、魔族の気配を追うはず――アイちゃん、魔王軍はどっち方向? 」

「ここからだと、西に20kmほどです」

「アユナちゃんにはまだ念話は通じない?」

「はい、ずっと呼び掛けていますが……聞こえているのかさえ分かりません」

 悪寒が走った。嫌な予感がする。

 念話が通じない理由なんて――頭に浮かんでも、誰も口には出さない。信じたくないからだ。口に出せばそれが現実になってしまいそうで、全てを諦めてしまいそうで、とにかく怖かった――。

「戦っていても移動していても、光魔法を使っているかもしれません。リンネさん、浮遊して上から探してみて下さい」

「うん、やってみるね! 」

 ボクはゆっくりと真上に飛んだ。

 200m近く上昇したとき、森の中に溢れる光を見つけた!

 ここからちょうど2kmほど南側だ!

「見つけた!南に2km! 行ってみよう! 」


 そう言えば――アイちゃんのレベルは、魔族を5匹倒した時点で4つ上がり、5になっていた。ここから先は魔物が出るんだ。今のうちにステータスを上げておくべきかもしれない。

 ◆名前:アイ
 年齢:11歳 性別:女性 レベル:5 職業:識者
 ◆ステータス
 攻撃:0.40(+2.10)
 魔力:3.80(+1.00)
 体力:1.75
 防御:0.50(+3.20、魔法防御+3.00)
 敏捷:1.80
 器用:1.75
 才能:2.00(ステータスポイント4.00)


「アイちゃん、ステータスを確認して。ステータスポイントを、攻撃・体力・防御・敏捷に割り振ってみて」

「はい、均等に割り振りました」

 ◆ステータス
 攻撃:1.40(+2.10)
 魔力:3.80(+1.00)
 体力:2.75
 防御:1.50(+3.20、魔法防御+3.00)
 敏捷:2.80
 器用:1.75
 才能:2.00(ステータスポイント0)

「ありがと。もし魔族が出てきたらボクとメルちゃんで戦うから、レンちゃんをお願いね」

「分かりました」

「では、行くよ! 」



 ★☆★



 真夜中の森の中は不気味だった。近づく魔物はメルちゃんが倒しながら進んだため、1時間ほどで特に危なげなく目標地点まで到達した。

「アユナちゃん!! 」

 光の正体は、無数に飛び交うウィルオーウィスプやシルフなどの精霊たちだった。光の中心には――ドライアードが居る。彼女は小さな女の子を両手に抱き上げ、あやすように歌を歌っていた。

「ドライアード! 」

『リンネ様……』

「アユナちゃんは!? 」

『アユナ様は……永久(とわ)の眠りにつきました……』

「っ!! 」

『精霊たちも精一杯戦いましたが……魔族の前には無力すぎました……アユナ様は全ての魔力を、いや生命力(たましい)を削ってまで戦い、見事に魔族を退けました……我等の、森の英雄を称えて下さいますよう……』

 辺り一面には温かい光が満ちている。

 何百、いや何千もの精霊たちがアユナちゃんの魂を天に送り届けているかのような、安らかな光。


 遅かった――。

 ボクたちは膝を付き、両手で顔を覆った。森を吹き抜ける風が、その慟哭を押し流していく。まるで、泣かないでと囁いているかのように。


 ドライアードは、ボクにアユナちゃんの亡骸を託してくれた。森の、ボクたちの英雄は、やり遂げたような安らかな表情で眠っていた。
 ボクは、冷えきったその細くて軽い身体を壊れるほど強く抱き締めたまま、ひたすら泣いた。涙は枯れると聞くけれど、日が昇っても泣き続けた。メルちゃんもアイちゃんも――。

 アユナちゃんは召喚者ではない。彼女の両親が深く愛した1人娘を――ボクを信頼して預けてくれたのだ。魔王との戦いに巻き込んでしまったのはボクだ。最初から断っておくべきだったんだ。まだ11歳の小さな女の子を危険な旅に連れ回すなんて、ほんとどうかしていた。取り返しのつかない罪を背負ってしまった。誰に、どうやって償えば良いのか――今のボクには、ただただ泣くことしか、できなかった。

(リンネさん、アユナさんは自分の意思でリンネさんに付いて行ったんだと思いますよ。半日しかわたしは一緒にいられませんでしたが、アユナさんがリンネさんを眩しそうに見ていたので、そう確信しています……あまり自分を責めないで下さい)

 アイちゃんの慰めを受けて、またボクは泣いた。泣き続けた。既に日が沈んでいた。ひたすら、一日中泣いた。

 気付いたら、朧気な月明かりがボクたちを照らしていた――。


『リンネ様……アユナ様をお父様とお母様に会わせてあげて下さい。我々精霊は決して皆様を忘れません。その勇気を、その愛を賞賛いたします。そろそろ我々も精霊界に戻ります。またお会いできますよう』

「ありがとうございます。力及ばずすみませんでした」

 俯いたままのボクを、彼女の目を怖くて見ることができないボクを、じっと見つめたまま、ドライアードの姿は薄れていった――。


 魔力は回復していた。

 ボクはアユナちゃんを抱き締めたまま、彼女の家に転移した。



 メルちゃんがレンちゃんを背負っている。気付かなかった……レンちゃんの両目からも涙が溢れていたのを。

「レンちゃん、意識が戻ったの!? 」

「いいえ。まだ目は覚めていません」

「でも……涙が……」

「えっ!? 」

 振り返るメルちゃんの表情が、驚愕から悲しみに、そして、慈愛を込めた笑みに変わる。

 無意識にも仲間との別れを感じたのだろうか。こういうのを奇跡と呼べば良いのだろうか――レンちゃんの仲間を想う優しさに胸が締め付けられた。


 ボクたちは、旅の途中でいつもしているように、みんなで一緒に寝た。ボクの左にアユナちゃん。右にメルちゃん。メルちゃんの隣はレンちゃんだ。その隣にアイちゃんが寝ている。アユナちゃんのベッドは3人用なので、5人で寝るとさすがに狭い。いつもは寝相の悪いアユナちゃんがボクに抱き付いてくる。ぬいぐるみの代わりなんだろうね。今日はボクが代わりに抱き付いて冷たい身体を温めてあげた。アユナちゃんの服はボクの涙でグショグショだ。そして、ボクたちは、泥のように眠った――。













 まだ日が昇らないとき、
 ボクたちは気付かなかった。

 銀、青、赤、黒――4つの召喚石が光を増していくことに。

 そして、アユナちゃんの黒く焼け焦げたぬいぐるみの1つから、力強く光が現れたことに。


 光は黄金色に輝く。

 目映いほどに、部屋中を照らす。

 それは、強く、そして優しい光――。




 それはボクの願いだった。

 眠りながら祈っていた。




 夢の中でボクはアユナちゃんに会った。いつも可愛いけど、今日の笑顔は最高だった。それに対して、ボクは泣いていた。見るも悲惨な顔だろう。命を賭けて森を守ったアユナちゃんをまた召喚して魔王と戦わせるなんて、卑劣で、残酷で、最低な勇者だと思った。

 そう、ボクの願いは――アユナちゃんが召喚者であってほしいという願いだ。

 天国に行ってしまったとしても、ボクが召喚してあげればいいじゃないかと。まさに夢のような、超絶ご都合主義だ。

 ボクは夢の中でひたすら、泣いた。泣いてお願いした。もう一度会いたい! 君がいないとダメなんだ! どこにも行かないで! 何度も何度も、何度も何度も何度も泣きながらお願いした。アユナちゃんはずっと笑っていた。まるで、天使のように――。













 朝が来た。
 いや、もう昼間かもしれない。

 なのに、1番早く起きたのはボクだった。

 悲しい夢を見た気がする。
 優しい夢を見た気がする。
 ボクは、泣きながら笑っていた。









「リンネちゃん、おはよう!! 」

 えっ!?


「復活しましたっ! なんか、背中に羽が生えてるけど……気にしないでね!! 』

「あ……あ……あぁ……」


「エヘヘ~。まさか私が金の召喚者になるなんて、普通は死んでも気付かないよね!! 」

「アユナちゃ~ん!!! 」

 ボクの、鼻水ダラダラの変な叫び声が皆を起こしたようだ。メルちゃんもアイちゃんも何も言えず、泣き始めてしまった。ボクも、また泣いた。涙は決して枯れない。今度のは嬉し泣きだから!!


「みんな~、ごめんね!!ワガママばかりして。あっちでパパやママにたくさん怒られたんだから。滅亡の運命から救うために私を森から追い出したのに、戻ってきて、しかも死んじゃったんだからね、怒られて当然だよね! でも、たっぷり怒られたから、もう許して! それと……
 静かなる魂に力を与えたまへ! レイジング・スピリット!! 」


 淡い黄金の光がアユナちゃんの手から放たれていく。光はメルちゃんの隣で安らかな寝息をたてるレンちゃんを優しく包み込む――。

 そして、レンちゃんの目が、ゆっくり開いていく――。



「「「レンちゃん!!! 」」」



「みんな、おはよう! 心配かけちゃったね! アユナちゃんにね、どうしても天国に来るなって追い返されたんだよ! 」


 そう言いながら、レンちゃんも泣いていた。


「だって~、レンちゃんまで居なくなったらリンネちゃんがメルちゃんに独占されちゃうでしょ! 』


「なに……を……言ってるの……うぅ……」



 奇跡とは何だろう。平たく言えば、心からの望みが叶うことかもしれない。もっと言えば、魂の叫びが届くことだろう。

 神様がぬいぐるみの中に金の召喚石を用意してくれたのだろうか。夢の中でアユナちゃんとボクを会わせてくれたのだろうか。真実は分からない。ただそこには、アユナちゃんの両親の、ボクの、そしてアユナちゃん自身の魂の叫びがあった。

 なにかしら奇跡が起きるとき、そこには、みんなが心から叫んだ望みがいく筋にも重なり合い、結び付いているのではないかと感じた。

 ボクたちは、みんなで奇跡を共感したあと、エリ村を一周して村の仲間たちが眠る墓地まで歩いた。アユナちゃんの両親やエリザベートさんたちが埋葬されている場所だ。

 アユナちゃんが祈りの言葉を捧げる。アユナちゃんの言葉はそれ自体が光の魔法であるかのように、安らかで、清らかで、神秘的だった。

 祈りが終わると、昼間なのに辺り一面がさらに明るさを増したような錯覚を見た。悪魔に汚された者の魂が浄化されたのだろう、神々しい光だった。


 そして、ボクたちはフィーネへと転移した。
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