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合流

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 これで歌える曲がなくなり、次に電子目次本が回ってきたときには降参して罰ゲームを受け入れるしかない。

 佳代は歌っている合馬の前に電子目次本を置く。

 合馬が歌い終われば次に歌う曲を入れて、柊は終わりを告げる。

 最後のサビを歌い終わり、後奏が始まったとこで演奏中止のボタンを押した。

 歌う曲を増やすため普段なら歓迎する行為だが、今はできるだけ時間が欲しい。ほんの些細なアクシデントが起こるための時間が。


 合馬は迷うことなく次の曲を入れた。

「はい」

 合馬は柊の気持ちなど知る由もなく、何食わぬ顔で電子目次本を渡しにかかる。

 ――もう駄目だ、言おう。歌える曲がなくなったことを。

「あ、あの」

 三人から一斉に視線を浴びる。

 柊が何を言うのか分かっていないようで、三人は首を傾げていたけれど、合馬が、

「……もしかして」

 こんなときだけ勘が鋭いのか、見破られてしまった。

 ――もう言うしかない。

「あのさ――」

「なんか聞いたことある声だよな、隣から聞こえるの」

 柊が、「もう歌える曲がない」と言う前に、合馬は先ほどから少しだけ聞こえる隣の部屋の声を気にして壁に耳を当てた。

「違うの?」

 きょとんとした顔で言ってくるので、このままごまかすことができるかもしれないとおもった柊は、

「あ、ああ、そうなんだよ。なんか知ってるような声がするなって」

 合馬は目を細めて、

「これ、もしかして司なんじゃないか?」

 柊の歌う曲がすでに始まっていて、唯と佳代にはマイクを手渡される。早く歌えと言っているのだ。

 それよりも、隣の部屋のことが気になった。

 合馬の言うとおり、曲が始まったことで聞こえ辛いが、よく耳を澄ませば木屋瀬の声にも思える。

「俺、ちょっと見てくる!」

 合馬は部屋を飛びふだして、隣の部屋を覗きに言った。

 柊たち三人は、その行動に呆気にとられてしまう。

 曲を流しっぱなしはもったいないので、サビに入ったあたりで歌い始めた。

 直ぐに合馬は戻って来た。

 心底嫌そうな顔をした木屋瀬と楽しそうな顔をしたしおんを連れて。

「ああ、くそ……思えばあのときから嫌な予感はしてたんだよ」

 あのときと言われて思い当たる節は、合馬が誘いをかけたときだ。

 驚いた素振りをみせたのは、音痴がばれるからではなかった。今なら木屋瀬はしおんとのデートがばれることを危惧していたと分かる。

「隣から知ってるやつの声が聞こえてやばいなとは思ってたけど……」

 嫌がる木屋瀬とは違い、しおんは、

「一緒の部屋にしてもらおうよ」

 上機嫌だ。

 こうなってしまっては男の方が弱く、フロントに電話を入れて部屋を一緒にしてもらうことになった。

 木屋瀬としおんが加わったことで柊の願いは叶えられた。木屋瀬の犠牲と引き換えに。

「ありがとうな」

 柊は、救ってくれて助かったと感謝したけれど、

「いや、良いんだ……仕方ない」

 同じ部屋にしてくれてありがとう、と捉えられた。

 どちらにせよこれで縛りがなくなったことに違いはないので、細かいところは気に掛けないようにする。

 木屋瀬はしおんと隣り合って座るということはせず、座席はテーブルを挟んで男女に別れた。柊の横に木屋瀬、唯の横にしおんといった風に。

「そうだ、連絡先を教えてよ!」

 合馬は女性サイド全員に投げかけた。

「……え?」

「どうして?」

「必要ないと思うな」

 唯、佳代、しおんがそれぞれの反応を示す。唯は驚き、佳代は疑問に思い首を傾げ、しおんは表情を変えずに一蹴する。

「むぅ……ならせめて友達に!」

「私は構わないけど」

 佳代はそう言うが、唯は下を向き、しおんは木屋瀬を見た。

 唯は性格や感情を味で感じ取る共感覚者だ。合馬の心情を読み取って何かを考え、しおんは木屋瀬の彼女ということで本人に判断を委ねているみたいだ。

「いいんじゃないか? 別に」

 木屋瀬は合馬を一応は信用しているみたいで、しおんを束縛するつもりはないらしい。

「と、彼が言っているのでそれはいいよ」

「やった! それで、周船寺さんは……? 駄目かな?」

「駄目じゃ……ないけど……」

 少し体が震えているように見えた。

 ――周船寺さん……。

 苦しそうなその姿を見せ付けられた柊は、「周船寺さんは人見知りだから」とでも養護しようと口を開こうとすると、佳代から視線が送られた。

 アイコンタクトで「何も言うな」と訴えかけているように思える。

 佳代は唯が共感覚者だと知っているみたいだ。その上で、唯に選ばせようとしている。

 柊は合馬も木屋瀬も友達としては信用できる存在だと思っていた。

 実は友達思いな一面も知っている。それを唯に言ったこともあった。

 けれど、それは柊から見た合馬や木屋瀬の存在であって、唯がどう捉えるかは分からない。

 選ぶのは他の誰でもない本人だ。

 駄目ではないと言った。ならばこの先の判断をするのは柊ではない。

 ――っ!

 どうにもならない思いにした唇を噛む。

「けど? 何か問題でもある……?」と言っておきながら、「ああ、問題だらけか」普段の行動を思いだしたのか、合馬は苦笑いをしている。

「ちがっ……そうじゃ、ない」

「もしかして、何か打ち明けられないことでもあるの?」

 自分のことではないのに、秘密がばれそうだと柊は心臓がドクッっと波打つのが分かった。

 先ほどの合馬の勘は外れていたのに、今回はどうも的を射ている気がする。

 だからこそ、柊は唯を助けたかった。

 でも、今まで誰とも関わろうとしてこなかった唯は変わろうとしている。柊が何かを言ったわけでもなく、合馬の言葉に驚く佳代を見る限り彼女が入れ知恵をしたわけでもない。

 本人の意思で変わろうとしているみたいだった。

 そんな姿を見せ付けられては、柊は何も言えなくなってしまう。代わりに、

 ――頑張れ……。

 心の中で応援した。

「うん……私には、秘密がある……」

 震えた声で唯は言う。

 柊には唯のような共感覚がないので合馬がどんな気持ちで聞いているのか分からない。そして、唯の気持ちも分からない。もしかすると合馬はこのまま問い詰めるかも可能性だってある。

「周船寺さん……」

 柊は心配するように呼び掛けると、

「大丈夫、大丈夫だから……桔梗院くん」

 儚げに震える小さな声、小刻みに動く体。どこをどう見ても大丈夫には思えない。

「無理をするな」と柊は唯に言いたかった。

 なのに、

「無理しなくていいよ? 周船寺さん。言いたくなければ言わなくていい」

 それを言ったのは合馬だった。いつにもなく稀に見せる真剣そのものの顔で。

「友達も嫌だったら拒んでくれてもいいよ? 幸い女子には嫌われている身でね」

 唯は下を向いていて合馬の顔は見えないのに、自傷気味にニカッっと笑って見せた。

 ――分かっているならなんで学習してない。

 いつもならするが、今はそんな突っ込みはしない。

「嫌じゃない……合馬くんだけじゃなくて、木屋瀬くんや小鳥さんとだって仲良くしたい」

 木屋瀬は自分の名前がでたことに少し驚いて見せたが、直ぐに冷静に取り繕った。

「でも――」

「言わなくていいよ」

 唯の声を抑えて合馬は言った。

「秘密の一つや二つあったっておかしくないし、言いたくないならそれ以上聞こうとは思わない。秘密を打ち明けなきゃ友達じゃないって言うなら、俺は桔梗院や司と友達じゃないよ」

 柊は特に隠していることはないけれど、思えば身近に隠しごとをしている人がいた。

「そう言えば小鳥さんと付き合ってるって隠してたし、今日のことも隠してたな」

「待て、柊! 今は関係ないだろ!」

「そうだね、司にはたっぷりお仕置きしないとね」

「だから待てと言っているだろ!」

 合馬は上機嫌でメニュー表にある一つの食べ物を指差した。

「これを全部食べれば許してあげる」

 合馬のいったこれとは、ロシアンたこ焼き。六つのうち一つは激辛というパーティー用の罰ゲームメニュー。

「それだとロシアンの意味がない! それに、今ちょうど六人いるんだ、まともに楽しめばいいだろ! 俺一人だとロシアンの意味がない!」

 早口でまくしたてる木屋瀬に、柊は、

「あの、すいません。ロシアンたこ焼きなんですけど……全部激辛にできますか?」

 まったく聞く耳を持たずフロントに電話を入れた。

 フロントから返って来た返事は、

「はい、可能です」

「じゃあ、それでお願いします」

 電話を壁に掛けると、

「それも違う!」

「悪い司。この場を和ませるために犠牲になってくれ」

 憤慨する木屋瀬に、柊は耳打ちでそう言い、唯に少しだけ視線を移す。

 唯はもう落ち込んでいるような素振りは見せず、いつも教室で繰り広げる木屋瀬と合馬の茶番劇に笑っていた。

「お前……まさか」

 木屋瀬は何かに気付いたみたいだ。

 その言葉の意味が柊の思う通りの意味ならば、否定することもないので沈黙で返した。

「そうか……なるほどな。いいだろう、でも、これは貸し一だからな」

「すまん司、助かる」

「なあに友達のためだ、頑張れよ」

 木屋瀬は不敵な笑みを浮かべた。

 この男に貸しを作る行為は危険だったかもしれないと今更ながらに思ってしまう。けれど、あの場ではこうするしかなかった柊は、これが最善だったと思うようにした。

「ありがとう」

 ふと唯がそう言った。

 それは何に対しての感謝なのかは分からない。

 秘密を聞かなかったことに対してなのか、友達になったことなのか。

 もしかすると場を和ませようとした三人に言ったのかもしれない。

 けれど、正直なとこ柊は唯の言った「ありがとう」が何に対してでもよかった。

 ただ、笑っていてくれているのなら。
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