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今月のジュース

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 いざ着いてみれば、柊、木屋瀬、合馬の三人が自動販売機の前で言い争いをしていた。

「司がこれを飲むべきだよ! 俺はそれを飲むから!」

「いいや、清一郎、それはお前が飲むべきだ。これは俺が貰う」

「ちょっと待てよ司、それは俺が飲むって!」

 何事かと思い、唯が声を掛けようとしたら、

「あ! Bカップ!」

 合馬が手を上げていて、唯は視線があった。

 ――……え? Bカップって私のこと!?

 唯が固まっていると、柊と木屋瀬が同時に合馬の頭を叩いていた。

「何で殴る!」

「アホだからだ!」

 柊と木屋瀬は声を合わせ、合馬の鳩尾目掛けて拳を放っている。

「……っ」

 綺麗に決まったのか、合馬は膝を落として悶絶していた。

 ――あれ?

 唯はそんな合馬に違和感を覚える。

 なぜか、苦しいという感情を感じとれなかったのだ。感じてくるのは、良く分からない味。今まで味わったことないような。

 味で言えば、甘酸っぱいような気がしないでもないけれど、なんとも不思議な味。

 何かにたとえるとすれば、無花果が一番近い味なのかもしれない。

「……女の子だったらどれほど良かったか……」

 合馬はうめき声を上げていた。

「周船寺さんと二風谷……さんだよね? 委員長の。二人はどうしてここに?」

 柊は話題を変えるかのように、問いかけてきた。

「ジュースを買おうと思ってね」

「私はそれに連れられたの」

「なるほどね、新作はその三つだよ」

 自動販売機の横の椅子を指差した。そこにはペットボトルが三本置かれていて、初めて見るパッケージをしている。

「見てみる?」

 唯と佳代が今月の新作ジュースを見させてもらう。

 魚ジュース。

 マンゴー烏龍茶。

 アプリコットオレンジ。

 魚ジュースにはDHAたっぷりと書いていて、いかにも学生向きの商品なのだろうが味の保証が一番できない飲み物。

 マンゴー烏龍茶は置いておき、アプリコットオレンジはカクテルにもあるくらいのものなので、あたりの商品だと思えた。

 ――魚ジュース以外は普通に美味しそう……かも?

「佳代はどれが飲みたい?」

「私はアプリコットオレンジかなー?」

 佳代は自動販売機の前へ行き、財布から小銭を取りだしている。

「だよね、それが一番美味しそうだし」

 佳代が小銭を自動販売機に入れて、アプリコットオレンジのボタンを押すと、売り切れのランプが灯火した。

「あ、売り切れた……。どうしよ、唯……いる?」

「んーん、いいよ? 佳代が飲んで。私は横のマンゴー烏龍茶にするから」

「なんかごめんね?」

「いいよいいよ」

 唯はそう言いながら、千円札を入れてマンゴー烏龍茶のボタンを押す。

 これもまた、売り切れのランプが灯火された。

「結構ギリギリだったんだな」

「そうみだいだね」

 木屋瀬が言い、柊がそれに返事をした。

 先ほどまで倒れていた合馬はゆっくりと動いて、柊の手にあるアプリコットオレンジを狙っている。

「てやっ!」

「おっと!」

 合馬は飛びつくが、柊はひらりとかわした。

「清一郎、お前はこれで十分だ」

 木屋瀬は柊から魚ジュースを受け取り、合馬へ渡そうとしている。

 合馬はそれを不服そうな表情で受け取りを拒んだ。

「それだけは嫌だ!」

 また争いが始まりかけたけれど、それを制したのは佳代だった。

「公平にじゃんけんで決めれば?」

 三人は神妙な顔つきをして、

「じゃんけん……か」

「やぶさかではないが……」

「……強制的にあれにされるよりはいいか……」

 しばらく沈黙が続き、

「よし、やろう」

 柊が言うと、それに続いて木屋瀬と合馬も乗り気になった。

「さい、しょはグー!」

 柊が言うと、木屋瀬が「じゃん」と言い、合馬が「けん」。そして三人揃って「ぽん」。

 柊はパー、木屋瀬と合馬はチョキ。柊のストレート負けで、魚ジュースが決定した。

「……」

 その後は木屋瀬が勝ち、アプリコットオレンジを手にしていた。

 柊はパーをだしたまま固まっている。

 その手に木屋瀬が魚ジュースを渡すと、やけくそとばかりに一気飲みを開始した。

 それに続き、木屋瀬と合馬もキャップを捻っていたので、唯と佳代も同じようにする。

 四人は一斉に一口飲み、ゴクリと喉を通す。

 トロッっとした甘味に、すっきりとした後味。

 ――あ、これ美味しい。

 顔を見合わせて、

「美味しい!」

 全員の声が揃った。

 六月の新作商品のうち二つはあたりのようだった。

「佳代、少しそれ飲ませて?」

「いいよ? 唯のそれも飲ませて」

 唯はマンゴー烏龍茶を渡す代わりにアプリコットオレンジを受け取る。

 一口飲んでみれば、アンズの甘さとオレンジの甘酸っぱさが合わさっていて美味しく、どちらかと言えばこちらの方が唯は好みだった。

「あ、私こっちの方が好きかも」

「ほんと? 私もこっちなんだけど、このまま交換する?」

 唯は佳代の提案を受けて、そのまま交換することにする。

 何も喋らない柊の方を見てみると、目には全く光がなく、虚ろな目をして立っていた。

「どう……だった?」

 恐る恐る聞いてみれば、柊は錆びれたブリキオモチャのように首をギギギとゆっくり動かす。

「……ただの……魚」

 足元を見てみれば、尋常ではないほど膝をガクガクと振るわせていた。

 そんな光景を見せられては、絶対に手はつけないでおこうと思い知らされる。

「で、でもほら、これで放課後の勉強が捗るかも知れないよ?」

 フォローをしたつもりだったけれど、

「俺、生きてるかな? それまでちゃんと」

「大丈夫だと思うよ?」

「行ってくる、ちょっと、保健室……」

 今まで正常だった言葉が、魚ジュースによって倒置法になってしまっている。

 フラフラとした足取りで保健室へ向かおうとしていた。

 そこで、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響く。

「やっば! 急がないとまた反省文だよ司!」

 それだけを言い残して味早に合馬は教室の方へ向かって行く。

「はぁ……。周船寺さんと二風谷さん、遅刻しないようにな」

 木屋瀬は合馬を追いかけながら、後ろ手で右手を振って別れを告げた。

「唯、私たちも行こっか、怒られるのは嫌だし」

「そうだね」

 フラフラと歩く柊が少し不安だったけれど、そんな人を置いていっても大丈夫だと木屋瀬と合馬が思っていたのだから、大丈夫と言い聞かせて佳代の後ろに着いて行く。
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