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最終話【あなたと食べるオムライス】ずっと一緒に
[2]ー3
しおりを挟む苦し気な胸の内を吐露した言葉を最後に、黙ってしまった美寧。
そんな彼女を抱きしめながら、怜はその小さな背中をそっと優しく撫で続けた。
打ち寄せる波の音だけが、二人を包む。山並みに沈んでいく夕陽に照らされて、海面がキラキラと輝く。
「ミネ」
低く落ち着いた声が呼ぶ。怜が自分を呼ぶときの声が好きだ。
大好きな声に呼ばれ、美寧はゆっくりと顔を上げた。
「ミネ、これを―――」
怜が上着のポケットから何かを取り出した。握っているものが何か良く見えないけれど、美寧は差し出された手の下に、自分の手のひらを上向きに出した。
「お土産です」
手のひらにそっと乗せられたものに目を遣る。
「あっ……」
丸いこんもりとした透明の包みの中に、青、水色、薄紫、の小さな粒が入っている。
それはまるで―――
「あじさいだぁ………」
「はい」
「金平糖?」
「ええ」
美寧の手にひらにちょうど収まる大きさのそれは、紫陽花に見立てた金平糖。金平糖が包んでいる透明のフィルムの横には、緑の葉が一枚付いている。
「金平糖はお好きですか?」
「うん………おじいさまがくれたの。私が落ち込んでる時や悲しい時に、よく………」
「そうですか……おじい様はミネのことが大好きだったんですね」
「……うん」
懐かしさに目を伏せる。祖父のことを思い出す時はいつもひどく痛む胸。だけど今は、なぜかその痛みも前ほど辛くはない。
「じゃあ俺は、これからずっと紫陽花と金平糖に感謝します」
「感謝?」
「はい」
何故急に怜がそんなことを言い出したのか分からなくて、美寧は首を傾げた。
「あの日―――あの雨の日。紫陽花が、あなたを守ってくれたような気がするのです」
「紫陽花が……」
「はい。雨が降っている中で熱を出しているあなたを、紫陽花の茂みが守っているように感じました」
怜の言葉に、胸が切なく疼く。もし紫陽花が自分を守ってくれたというなら、それはもしかしたら祖父かもしれない。
「あの日、紫陽花に守られたあなたを見つけられて良かった」
「れいちゃん………」
「あなたが辛い時は俺がそばにいる。もしも悲しいことがあったら、今度は俺が金平糖をあげる。オムライスも、梅サイダーも、プリンも。みんなあなたの為に作る―――だから」
吸い込まれそうなほど綺麗な瞳。その瞳に映るのは―――
「だから、ずっと俺のそばにいて―――愛してる。美寧」
怜の言葉が心に響く。泣き出したいほど嬉しくて、美寧はぎゅっと怜の体に抱き着いた。
「わたしもっ!私も怜ちゃんのことが好き!」
余計なことを考えずに自分の気持ちを素直に口にする。
いったん口を開けば、あとはスルスルと想いが言葉になってこぼれ出す。
「おじいさまとも誰とも違う。れいちゃんだけへの『好き』。……ほんとよ?」
怜の体に回した腕にぎゅっと力を入れてそう言うと、美寧を抱きしめる腕も強くなった。
「ありがとう、ミネ」
「ううん、こちらこそ。ありがとう、れいちゃん……私のこと、拾ってくれて。好きになってくれて」
逞しい胸に頬をすり寄せて言うと、怜がくすりと笑った。
「これで俺はミネの正式な“恋人”になれますか?」
「も、もう……前からちゃんと恋人だったでしょう?」
「練習は?まだ必要?」
「うっ、それは……少しずつで……お願いします……」
「了解しました」
怜の返答の後、どちらともなく顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。
「そろそろ帰りましょうか?日が暮れると海風が冷たくなる」
「うん」
「何か食べてから帰りますか?」
「ううん、おうちに帰る」
「疲れましたか?」
「ううん、元気だよ。でも帰りたいの、れいちゃんのおうちに。帰ってれいちゃんのオムライスが食べたい」
「ミネは相変わらず玉子料理が好きですね」
ふっと短く笑ってそう言った怜に、美寧は頭を振った。そして腕の中からじっと彼を見上げ言う。
「ちがうよ?オムライスも玉子サンドもプリンも……れいちゃんが作ってくれるから。だから大好きになったの」
その言葉に怜は軽く目を見張る。
美寧は目尻が少し上がった黒目がちの大きな瞳を、三日月のように細めて微笑んだ。
「れいちゃん、大好き。おじいさまとは違う好き、よ?ずっとずっと一緒にいてね」
そう言って幸せそうに笑う顔は、見惚れるほど綺麗で。
出会った頃は“少女”だと思っていたのに、今では信じられないほど“女性”として輝いている。
怜は波の音にかき消されないよう美寧の耳に口を近付けると、そっと囁いた。
「もちろん。ずっとここにいて―――ma minette。愛しい人」
怜の唇が美寧の唇にゆっくりと重なった。
【完】
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