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第十三話【ほろにがカラメルプリン】その笑顔が見たいから

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「三十七度六分。少し熱が高いわね」

美寧から体温計を受け取ったユズキは、そう言うと今度は美寧の首筋に両手を当てる。

「リンパの腫れは……なし」

扁桃腺を診てから心音を聴いた後、聴診器をしまいながら彼女は言った。

「軽い夏バテかしらね。持って来てるお薬があるからそれで様子を見てみましょう」

「はい……」

自室にしている仏間に敷かれた布団の上で、美寧はユズキに向かって頷いた。


美寧の言葉を遮ったのは、来客を告げるチャイムの音だった。そのチャイムを鳴らしたのは、怜の友人で美寧の主治医であるユズキ。

「よかったわ。たまたま出かける前に寄ってみて。昨日ナギが来たって聞いたし」

「ナギさん、先生の所にもいらっしゃったのですか?」

「うん、そう。今朝顔を見せに来たわ。転勤前のご挨拶だってね」

「はい。寂しいですね」

「ふふっ、……きっとまたすぐに会えるわ」

そう言って微笑んだユズキの後ろ、少し空いた襖の間から視線を感じて、美寧はそちらに視線をずらした。

「あ、……」

小さな瞳がこちらを見ていた。

「さんしゃい」

美寧に向かって小さな指が三本、突き立てられている。
襖の隙間から覗いていた犯人は今、ユズキの膝にちょこんと座っていた。

(うわぁ、天使みたい……)

色素の薄いふわふわの髪に、丸い顔丸い瞳。小さな唇に林檎のようなほっぺた。
美寧はこの小さなお客に見とれていた。

ユズキは診察中よりも美寧から少し離れて座っている。万が一美寧がウィルス性の風邪だった場合に“彼”に移さないよう、そして逆に弱っている美寧に“彼”の菌を移さないように配慮したのだ。


「たける。まずはお名前を言わないと」

「くじゅみ たける。さんしゃいれす!」

「はい上手」

小さな頭を撫でるユズキの顔が蕩けるように甘い。これまで見たことのないような表情の女性医師に、美寧は目を丸くした。けれど、慌てて自分も自己紹介をする。

杵島美寧きじまみね、二十一歳です」

「あい、じょーじゅ」

舌の回らない可愛らしい言葉に、美寧は思わず微笑んでしまう。

「かわいい……」

「でしょ?可愛いでしょ!?ほんと、たけるってば天使!」

目を輝かせたユズキが、両目をつぶって健に頬ずりをする。彼女の膝の上で健が、きゃっきゃと声を上げながら体を捩った。

「まま、くしゅぐったい~」

「えっ、ママ!?」

健の言葉に、美寧は目を見張った。

「ん?あれ?言わなかったかしら?久住くずみたける。私の可愛い一人息子よ」

「そうだったんですか!?え、でも名字…久住って……」

「やだ、それも言ってなかったの!?柚木ゆずきは旧姓で、今は久住。久住涼香りょうかよ?フジ君に聞かなかった?」

美寧はしばし絶句した後、大きく頭を横に振った。

「そっかぁ~。フジ君は旧姓のまま呼ぶものね。うちでは大抵涼香先生って呼ばれてるけど、大学病院の方だと柚木先生って言われるから全然気付かなかったわ」

「うち?大学病院?」

「そう。うちは【ゆずきこどもクリニック】っていう小児科で、私は父の跡を継いだの。で、時々元居た大学病院の方にも顔を出すのよ」

「そうだったんですか」

「ええ」

「私、ユズキ先生って、てっきり下の名前だと思ってました……」

「ああ、それよく言われるわね」

「私も涼香先生って呼んでもいいですか?」

「もちろんよ。その方が嬉しいわ。これからもよろしくね、美寧ちゃん」

「はい!涼香先生」

返事をした美寧の大きな笑顔に、涼香が顔をほころばせる。
その綺麗な顔に美寧が見とれていると、部屋の襖が外からノックされた。「はい」と美寧が返事をすると、スッと静かに襖が開く。顔を出したのはこの家のあるじ

「診察は終わりましたか?」

「ああっ!ごめんね、フジ君。声をかけるの忘れてたわ」

「……そんなことだろうと思った」

悪気無く謝る涼香にそう返した怜。

「軽い夏風邪かしらね。少し暑さが和らぎ始めたこの時期の方が、意外と夏の疲れが出やすいのよ。手持ちの薬を出しておくから、様子を見てちょうだい。二三日はちゃんと養生するようにね」

涼香は怜に美寧の具合を説明した後、最後の言葉は美寧の方を見て言った。
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