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第十二話【金平糖の想い出】雨と紫陽花とあの日の追憶

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ゆっくりと背中を撫でて続ける大きな手。
その手は、拗ねてしまった美寧を叱ることも、いいかげんに機嫌を直せと急かすこともない。

兄と会えないことを悲しみにそっと寄り添ってくれる祖父の手に、美寧は段々と気持ちが落ち着いてきた。

膝の間にうずめていた顔を、すこしだけ持ち上げてみる。
頬の両側で三つ編みにした髪が揺れる。今日は暑くなるからと歌寿子かずこさんが結ってくれたのだ。

「寂しいな」

聞こえてきた声。隣を振り仰ぐ。見上げた祖父はまっすぐ前を見ていた。
蝦夷春蝉えぞはるぜみの声が優しく降ってくる。

祖父の視線の先を追ってみると、雨上がりの光を浴びてキラキラと光る山紫陽花の隣で、緑の葉の上に紫色の鐘のような花が風に揺れていた。

隣で「雨降り花がきれいだな」と言った声が、心なしか元気がないように聞こえる。
美寧は、寂しいのは祖父も同じなのかもしれないと気が付いた。

祖父にとって兄はもう一人の孫だ。久しぶりに会える孫との夏を楽しみにしていたに違いない。
美寧は祖父の手の上に自分の両手をそっと重ねた。

「もう平気……だって、おじいさまがいるもの」

そう言うと、前ばかりを見ていた祖父の顔がこちらに向いた。

「そうか………そうだな。聡臣に会えないのは残念だが、わしも美寧がいるから寂しくないな」

「うん」

美寧が頷くと、榮達が微笑む。思わず美寧は大きな体に腕を回してしがみ付いた。

「おじいさま、だいすき」

「わしも美寧が大好きだ」

抱きついてきた美寧の体を、榮達も抱きしめ返す。祖父の匂いに包まれて、美寧はさっきまでぽっかりと空いた心の隙間が埋まっていくような気がした。

しばらくすると少しだけ体を離した祖父が、美寧の顔を覗き込みながら言った。

「それにしても、聡臣が一番残念に思っているだろう。美寧にとても会いたがっていたそうだ」

離れて暮らす兄はいつも美寧に優しい。妹である自分に甘すぎる気もする。けれどそれは、六つ開いた年の差に加えて、会えない時間が長いからかもしれない。

「正月に会ったらたっぷり甘えてやったらいい」

「うん……」

今度は素直に頷いた。

「よし。素直な良い子には、良いものをやろうか」

「よいもの?……なぁに?」

「目を閉じて口を開けてごらん?」

「……こう?」

ギュッと目をつむって口を開ける。
すると口の中に何かがコロンと入れられた。

舌の上に乗せられたそれをゆっくりと転がしてみる。デコボコの舌触り。小さな粒を確かめるように舐めていく。
少ししてから思い切ってそれを奥歯で噛んでみると、カリッと音を立ててすぐに割れた。

「あまぁい」

大きな瞳がきらきら輝く。ぱぁっと明るくなった表情に、榮達もつられるように顔を緩ませる

「とってもおいしい!……おじいさま、これなぁに?」

「ん、これか?正体はこれだよ」

祖父が開いた手の中には、巾着のような形の透明の袋。その中には色とりどりの小さな粒が入っている。

「これ、……なぁに?」

「ん?美寧は食べたことがなかったか?金平糖だよ」

「こんぺえと?」

美寧のたどたどしい口調に、榮達が「ははっ」と笑う。

「そうだ、金平糖だ」

「かわいいね。あじさいみたい」

「そうだな」

「ありがとう、おじいさま。だいすき」

美寧がそう言うと、榮達は帽子の上から優しく小さな頭を撫でた。

「美寧は笑っているほうがいい」

「そう、かなぁ?」

「ああ。美寧の笑顔は周りの人を幸せにする。そんな笑顔だ」

「おじいさまも?」

「もちろんだ。一番近くで美寧の可愛い笑顔を見られる。わしが一番幸せだ」

「分かった!おじいさまがいっつも幸せでいられるように、わたし、ずっと笑顔でいるね!」

「ありがとう、美寧」

大きな手に頭を撫でられ、美寧は大きな笑顔を浮かべた。

結局兄はそれ以降、夏休みに榮達のところに来ることはなくなった。
中高一貫とはいえ、勉強や習い事などに忙しくなる年ごろだ。
美寧は淋しく思いながらも、それは仕方のないことだと幼いながらに分かっていた。

(お兄さまには、将来お父さまをお手伝いする大事な仕事があるんだもの………)

自分とは違う。体が弱くて手がかかるだけの自分とは。

小さくて役に立たない美寧に出来ることはない。
だから父は美寧に会いに祖父の家ここまで来てくれないのかもしれない。

父は仕事で忙しいのだから。ここは家から遠いから。
だから仕方ない。

そう自分に言い聞かせて、時には祖父の優しさに慰められながら、美寧の少女時代は過ぎていく。

それでもいつか。大きくなったら父の助けになることがあるだろうか。自分に出来ることがあったなら、その時は父の役に立ちたい。

その日がいつ来てもいいように、今は自分が出来ることを頑張ろうと思っていた。


結局兄はそれ以降、夏休みに榮達のところに来ることはなくなった。
中高一貫とはいえ、勉強や習い事などに忙しくなる年ごろだ。
美寧は淋しく思いながらも、それは仕方のないことだと幼いながらに分かっていた。

(お兄さまには、将来お父さまをお手伝いする大事な仕事があるんだもの………)

自分とは違う。体が弱くて手がかかるだけの自分とは。

小さくて役に立たない美寧に出来ることはない。
だから父は美寧に会いに祖父の家ここまで来てくれないのかもしれない。

父は仕事で忙しいのだから。ここは家から遠いから。
だから仕方ない。

そう自分に言い聞かせて、時には祖父の優しさに慰められながら、美寧の少女時代は過ぎていく。

それでもいつか。大きくなったら父の助けになることがあるだろうか。自分に出来ることがあったなら、その時は父の役に立ちたい。

その日がいつ来てもいいように、今は自分が出来ることを頑張ろうと思っていた。



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