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第十一話【たこ焼きくるくるパーティ】お客さまもやってくる?

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薄桃色の花が一輪、夕風に揺れている。

きつい斜陽を遮る日傘の端に入り込んだその色に、美寧は思わず足を止めた。
薄桃色の花の向こう側にある茂みに目を遣ると、梅雨時期には美しい紫色の花で彩られていた面影は今はなく、くたびれた様子の葉だけが長く厳しい暑さに耐えるように茂っている。

紫陽花に隠れるようにして倒れていた美寧が怜に助けられてから、もう三か月近く経とうとしていた。


時刻は四時過ぎ。いつものように【カフェ ラプワール】でのアルバイトを終えた美寧は、帰路の途中。

アルバイトを始めてはや二か月。この公園を通って行き来するのにもずいぶんと慣れた。
今暮らしている藤波家は、アルバイトに通う喫茶店からは公園を抜けてすぐ。

(れいちゃんちのお庭のコスモスも、そろそろ咲くかなぁ……)

立ち止まるとじっとりと額に汗が滲む。
頭上からは蝉の声が降り注ぐ。短い命を燃やしつくすような訴えの下、可憐な花を揺らす早咲きの秋桜。一足早く秋を告げる薄桃色の花に、美寧は見入っていた。

けれどしばらくすると、突然ハッと何かに気付いたように顔を上げ、足早にまた帰路を進み始めた。


九月初めの土曜日の今日。藤波家に来客があるという。

大学での仕事がひと段落した怜は、後期授業が始まる十月までの間、少しだけ余裕のある生活が送れると言っていた。その証拠に、九月に入ってからの彼は、美寧が休みの日に合わせて家にいることが多くなった。

そうは言ってもまだ、怜が土日に大学へ出勤することもある。けれど今日は来客の予定のため家にいた。

来客は夕方だと聞いていたので、美寧はその前に帰宅したくて急いでいたのだった。


公園を通り抜けるとほどなく藤波家の屋根が見えてくる。

怜の父母が建てたという彼の家は、昔ながらの平屋造り。外観こそ年期は入っているものの、内装は適度にリフォームしてあって、キッチンや風呂場などの水回りなどに不便はない。
流行りのスタイリッシュな外観や開放的な吹き抜けなどはないけれど、新しい畳の香りは落ち着くし、今時珍しい猫間障子が面白い。何より美寧は庭に面した縁側をとても気に入っている。

家の門をくぐった瞬間、美寧の目に一人の男性の後ろ姿が飛び込んできた。

その男性は少し離れていても分かるほど背が高い。玄関戸の前にじっと立っているのは、呼び鈴を押して中からの返答を待っているからなのだろう。

門から先に足を踏み込むのを躊躇した足が砂利を踏み、音を立てた。それ反応したように、その男性はこちらに振り向いた。

数メートルの距離を開けて目が合う。
その男性は、とても整った容姿をしていた。

間近で見なくても分かるほどのスッと通った鼻筋と厚すぎない唇、そして印象的な奥二重の瞳が、小さな顔の中にバランスよく納まっている。ダークブラウンの短い髪は、彼を精悍に見せていた。
スラリとした体は怜よりも少し高いくらいで、広い肩幅と分厚い胸板は何かスポーツをしているのかもと思わせる。

見知らぬ男性との遭遇に美寧はその身を固くした。そんな彼女の方へ男性はその長い脚を一歩踏み出そうとした。

日傘の柄を持つ美寧の手に、自然と力がこもる。
片足を少しだけ後ろに引いて、何かあればすぐにでも身をひるがえしてこの場から逃げ出そうと身構える。警戒心を露わにしたその様子は、普段の人懐っこい彼女からとは全く別人のようだ。

「君は――」

その男性が言葉を発した拍子に、美寧の体が大きくビクリと跳ねる。そしてすぐさまその大きな瞳がふにゃりと歪められた。
その男性は、驚いたように息をのんだ。

言いようもない緊張感が二人の間に漂う。

そのピンと張った糸を断ち切ったのは、引き戸の開く大きな音だった。

「いらっしゃい――」

開いた引き戸から顔を出した怜の声を聞いた瞬間、美寧の体から無意識に力が抜ける。ホッと息をついた。

「――ミネ?」

門のところに立っている美寧に気付いた怜に声を掛けられた。

「おかえりなさい。ナギと一緒になったのですね」

怜はすぐ目の前の男性と、門柱の隣に立つ美寧を見比べながら訊ねる。そう聞いた彼は珍しく眼鏡をしているから、自室で仕事をしていたのかもしれない。

美寧と怜の間に立つ形となったその男性は、怜を見た後もう一度美寧の方を振り返り、訝しげに怜に訊ねた。

「拾ってきたのは猫じゃなかったのか?――フジ」
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