上 下
56 / 88
第八話【スパイシー☆スープカレー】失敗は成功のもと!?

[3]ー2

しおりを挟む
「ありがとう、れいちゃん」

まだ赤く潤む瞳で怜を見上げる。

「さっきは変なこと言ってごめんなさい。でも私、やっぱりお料理が作れるようになりたい。そしたら少しはれいちゃんの役に立てるのに……」

「ミネ……」

怜が何かを言おうと口を開いた、と同時に、美寧は瞳を大きく輝かせた。

「そうだっ!マスターにお料理を教えて貰えるか聞いてみる!」

名案を思い付いたと、美寧は笑顔になる。
けれど、それは怜の低い声によってすぐに打ち消された。

「ダメです」

「え……?」

「ラプワールのマスターに教わるのはダメです、ミネ」

「ど、どうして……?」

アルバイト中にマスターの手が空いている時、賄い作りでも教わろうと思ったのだ。マスターはコーヒーだけでなく料理もとても上手なのだ。それは怜だって知っているはずなのに―――。

怜の真意を知りたくて、じっと彼を見つめる。すると、怜はその視線から逃げるように顔を逸らした。それから少し視線を彷徨わせた後、そのまま口を開いた。

「俺が教える」

「え?」

「料理は俺が教えます」

怜が横を向いたまま、チラリとこちらを見る。流し目から漂う色香に、美寧の心臓がドキンと跳ねた。

「で、でも……」

ただでさえ忙しい今の怜に、美寧に料理を教えている時間があるとは思えない。
忙しい怜を少しでも楽にしたくて、夕飯を作ってあげたいと思ったのだけど―――。

「朝、今より少しだけ早く起きられますか?」

「朝?」

「確かに今は忙しい時期で大学も休めませんが、授業はないので朝は少しゆっくり出る分には問題ありません。まずは一緒に弁当を作るところから始めませんか?」

「お弁当を?」

「はい。もちろんミネのアルバイトが無い日だけで構いません」

「起きられるかなぁ……」

「眠たい時は無理しなくて大丈夫ですよ?」

「………やってみる」

「本当ですか?」

「うん!」

美寧の返事に、怜は目元を和らげる。そして美寧に回していた腕をゆるりと解いた。

背中から温もりが離れた瞬間、背中がすぅっとして、美寧は反射的に怜の袖を掴んでいた。

「ミネ?」

「あっ、え、…っと、その……」

掴んだ袖と怜の顔を美寧の視線が往復する。
「なんでもない」と手を離そうと思った瞬間、美寧の口からまったく別の言葉が出ていた。

「れいちゃんは他の女の人にもご飯作ったりしたの?」

「えっ?」

思いも寄らぬことを訊かれた怜は、目を見張った。

「えっと…ユズキ先生が大学の時にれいちゃんの手料理食べたって言ってたの。それに……」

「それに?」

「れいちゃんには『女の子が寄ってくる』って……」

「ユズキがそう言ってた?」

おずおずと頷く。
すると怜は少しだけ時間を置いた後、「ふぅ~っ」と息を吐きだした。

「まったくユズキは……」

小さくぼやく怜の眉間にしわが寄っている。

「―――確かに、ユズキには大学の時に何度か、家で料理を振る舞ったことがあります」

「そうなんだ……」

「けれどユズキと二人っきりと言うわけではありません。もう一人の友人も一緒でしたから」

「もしかして“ナギさん”?」

「……それもユズキから?」

「うん……」

怜は再び眉間に皺を寄せた後、(お喋りな友人には困りものだな…)と声に出さずに一人ごちた。

「俺たち三人は専門も性格も皆バラバラですが、なぜか気が合って良く一緒にいましたから。家で飲むときは俺がツマミを用意することが多かっただけですよ」

「そうだったんだ……。じゃあ、他の女の人には?」

掴んだままの怜の袖をギュッと握りしめる。美寧はそのまま怜を見上げた。

「寄ってきた女性ひと達には……ご飯、作ってあげた?」

丸いビー玉のような瞳が、怜をじぃっと見上げてくる。透き通った瞳は無垢な子猫のようだ。

「作っていません」

「本当?」

「ええ、本当です」

怜がはっきりと言い切ると、美寧はそれまで瞬きすら忘れて見開いていた大きな瞳を、ゆっくりと緩めた。

「そっかぁ」

いつのまにか力が入っていた肩が、ストンと落ちる。
もう一度確かめるように小さく「そっかぁ」と口にした後、照れ隠しのように「えへへ」と笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女を妃にした理由

つくも茄子
恋愛
ファブラ王国の若き王が結婚する。 相手はカルーニャ王国のエルビラ王女。 そのエルビラ王女(王妃)付きの侍女「ニラ」は、実は王女の異母姉。本当の名前は「ペトロニラ」。庶子の王女でありながら母親の出自が低いこと、またペトロニラの容貌が他の姉妹に比べて劣っていたことで自国では蔑ろにされてきた。今回も何らかの意図があって異母妹に侍女として付き従ってきていた。 王妃付きの侍女長が彼女に告げる。 「幼い王女様に代わって、王の夜伽をせよ」と。 拒むことは許されない。 かくして「ニラ」は、ファブラ王国で王の夜伽をすることとなった。

婚約破棄追追放 神与スキルが謎のブリーダーだったので、王女から婚約破棄され公爵家から追放されました

克全
ファンタジー
小国の公爵家長男で王女の婿になるはずだったが……

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!

日之影ソラ
ファンタジー
 かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。 しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。  ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。  そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。 こちらの作品の連載版です。 https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

運命の選択が見えるのですが、どちらを選べば幸せになれますか? ~私の人生はバッドエンド率99.99%らしいです~

日之影ソラ
恋愛
第六王女として生を受けたアイリスには運命の選択肢が見える。選んだ選択肢で未来が大きく変わり、最悪の場合は死へ繋がってしまうのだが……彼女は何度も選択を間違え、死んではやり直してを繰り返していた。 女神様曰く、彼女の先祖が大罪を犯したせいで末代まで呪われてしまっているらしい。その呪いによって彼女の未来は、99.99%がバッドエンドに設定されていた。 婚約破棄、暗殺、病気、仲たがい。 あらゆる不幸が彼女を襲う。 果たしてアイリスは幸福な未来にたどり着けるのか? 選択肢を見る力を駆使して運命を切り開け!

愛されなければお飾りなの?

まるまる⭐️
恋愛
 リベリアはお飾り王太子妃だ。  夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。 そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。  ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?   今のところは…だけどね。  結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。

処理中です...