49 / 88
第七話【リメイク♡ロコモコ弁当】いつも何処でも想うのは
[1]ー4
しおりを挟む「先生?食べないんですか?」
竹下の呼びかけに怜の意識が今に戻ってくる。竹下はちょうどウィンナーのカニを箸で挟んだままこちらを見ていた。
「ああ。食べます」
「カノジョさんのことでも考えていたんですか?」
(最近の若者は、思ったことをすぐ口にするな……)
育ちの良い竹下ですらそうなのだ。更に年下の学部生たちとランチを一緒にするのは止めておいた方がいいだろう。
「なぜそう思うのですか?」
「先生のお弁当を作ったのはカノジョさんかな、と思って」
竹下の答えに、怜は自分の手元の弁当箱を見る。
「ああ。これは俺が作ったものです」
「えっ!そうなんですか!?」
「ええ」
「すっげ、……先生、料理まで出来るんだ……」
驚きのあまり砕けた口調に、怜は竹下がまだ二十代半ばだということを思い出す。
「すごい、というほど凝った料理は作れませんよ。今日の弁当も夕飯の残りのようなものですし」
「いや、俺のおふくろでもそんなハイカラな弁当は作りませんでしたよ。ほんと先生は何でも出来るんですね」
(ハイカラ―――久々に聞きましたね…竹下君は祖父母っ子なのでしょうか……)
そんなことを思いつつも、口ではきちんと質問に答える。
「必要に迫られて覚えただけです。小学生の時に両親を亡くしてから、祖父母の家で家事を手伝いながら暮らしていましたから」
「……そうだったんですか……なんか、すみません、俺余計なことを……」
「いいえ、気にしないで下さい」
怜がそう言ったものの、竹下は気まずげに視線を彷徨わせながら黙々と弁当を口にし始めた。
(せっかくの恋人の手作り弁当が、それじゃあ美味しくないでしょう)
きっとその可愛らしい弁当を味わうことが出来ていないだろう彼の為に、怜は普段なら口にすることのない質問を投げかけた。
「竹下君の恋人は年下ですか?」
「えっ?」
竹下の顔にはありありと『まさか“あの”藤波准教授がそんな質問をするとは思っても見なかった』と書いてある。
「そのお弁当の作り主は、きっと可愛らしい女性なのでしょうね」
「……はい」
うっすらと頬を染め、竹下は頷いた。
「おいくつなのですか?」
「二十二です」
(ミネとそんなに変わらないな……)
竹下の恋人は、どうやら美寧の一つ上らしい。そう思うと竹下の惚気交じりの話にも耳を傾けようと思えてくる。
「彼女、今年就職したばっかりで、いつも大変そうなんですけど。今は余裕があるからって、ここんとこ手料理とかを頑張ってくれてるんです。その上、昨日から夏季休暇に入ったからって、これも」
嬉しそうに言う竹下の視線の先には、もうほとんど空になりかけた弁当箱がある。
「お互い仕事と研究ですれ違いが多くって。この数か月間はなかなか会えなかったから、俺もなるべく彼女の休みに合わせて、たまにはどこかに連れて行きたいとは思っているんですけど…バイトも実験もあるし、なかなか難しいですね」
そう言って竹下は肩を落とす。
大学院生のほとんどは、社会に出るのが遅い分、自分の身の周りにかかるお金をアルバイトで捻出している学生が多い。竹下のように自宅から通っているものはまだ余裕があるが、一人暮らしの学生達は研究とアルバイトで毎日あっという間に過ぎてしまう。
「今週は俺がずっとここにいますので、君はお休みしても構いませんよ?たまには遠出してリフレッシュしてきたらどうですか?」
「えっ!?……いいんですか?」
「ええ。実験の経過観察なら俺が観ておきます。まあ、異変があればすぐに呼び出しになりますが。それでもよければ、数日間の夏季休暇くらい問題ありません」
“藤波研究室”で扱っている実験対象は“微生物”だ。
0.005mmほどしかないとはいえ、“生物”なので生きている。それゆえ、あまり放っておくと死んでしまう。それも実験結果の一つではあるのだが、それでも経過観察を怠らず、原因と結果をデータとして残さなければならない。
となると、実験室が終日空ということには出来ず、夏休みだろうが盆休みだろうが、関係ないのだ。
基本、遠方に実家のある学生には“帰省”というイベントがある。もちろん論文を控えた修士二年生などは残っているのだが、それでもこの時期は研究室が手薄になるのだ。その為、竹下のような博士課程の学生はその指導に当たる。むろん准教授である怜もだ。
けれど怜は学会や他大学への出張などで研究室を空けることも多い。結局しわ寄せは博士課程で自宅生の竹下に行くことが多かった。
「竹下君にはいつも助けられていますからね」
「ありがとうございます!」
竹下は目を輝かせながら礼を言うと、残りの弁当を慌ただしくかき込んでお茶を飲み、「俺、用事を思い出したのでお先に失礼いたします」と言って、あっという間に准教授室を出ていった。
出ていく間際にスマホを片手に持っていたので、きっと恋人へ連絡をいれるのであろう。
慌ただしく出ていく竹下を見送った後、怜は弁当の残りにゆっくりと口にする。
(よもやこんなことで、学生に気を遣う日が来るとは思わなかったな……)
怜は基本的に教え子には自由にさせているので、わざわざ研究室を休む休まないの連絡は必要ないとは思っている。必要があればこちらからお願いするし、何か有れば言って来ればいいというスタンスだ。
(俺をこんな風にしたのも、きっとミネだろうな……)
年下の彼女を大事にしたい竹下の気持ちが良く分かった。
(流石に十歳以上離れているとは、誰も思わないだろうが)
好きな子の笑顔が見たいのは一緒だろう。
弁当箱の中にあるハンバーグの、最後の一切れを口に入れる。
彼女の小さな手で丸めたそれは、時間が経っても変わらず甘く美味しかった。
これを作り上げた瞬間の、あの可愛らしい笑顔を思い出して、怜は今度こそ誰に気兼ねすることもなくその口元を緩めた。
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり
響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。
紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。
手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。
持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。
その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。
彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。
過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。
※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。
イラスト:Suico 様
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
あやかし民宿『うらおもて』 ~怪奇現象おもてなし~
木川のん気
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞応募中です。
ブックマーク・投票をよろしくお願いします!
【あらすじ】
大学生・みちるの周りでは頻繁に物がなくなる。
心配した彼氏・凛介によって紹介されたのは、凛介のバイト先である『うらおもて』という小さな民宿だった。気は進まないながらも相談に向かうと、店の女主人はみちるにこう言った。
「それは〝あやかし〟の仕業だよ」
怪奇現象を鎮めるためにおもてなしをしてもらったみちるは、その対価として店でアルバイトをすることになる。けれど店に訪れる客はごく稀に……というにはいささか多すぎる頻度で怪奇現象を引き起こすのだった――?
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる