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第七話【リメイク♡ロコモコ弁当】いつも何処でも想うのは

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「先生?食べないんですか?」

竹下の呼びかけに怜の意識が今に戻ってくる。竹下はちょうどウィンナーのカニを箸で挟んだままこちらを見ていた。

「ああ。食べます」

「カノジョさんのことでも考えていたんですか?」

(最近の若者は、思ったことをすぐ口にするな……)

育ちの良い竹下ですらそうなのだ。更に年下の学部生たちとランチを一緒にするのは止めておいた方がいいだろう。

「なぜそう思うのですか?」

「先生のお弁当を作ったのはカノジョさんかな、と思って」

竹下の答えに、怜は自分の手元の弁当箱を見る。

「ああ。これは俺が作ったものです」

「えっ!そうなんですか!?」

「ええ」

「すっげ、……先生、料理まで出来るんだ……」

驚きのあまり砕けた口調に、怜は竹下がまだ二十代半ばだということを思い出す。

「すごい、というほど凝った料理は作れませんよ。今日の弁当も夕飯の残りのようなものですし」

「いや、俺のおふくろでもそんなハイカラな弁当は作りませんでしたよ。ほんと先生は何でも出来るんですね」

(ハイカラ―――久々に聞きましたね…竹下君は祖父母っ子なのでしょうか……)

そんなことを思いつつも、口ではきちんと質問に答える。

「必要に迫られて覚えただけです。小学生の時に両親を亡くしてから、祖父母の家で家事を手伝いながら暮らしていましたから」

「……そうだったんですか……なんか、すみません、俺余計なことを……」

「いいえ、気にしないで下さい」

怜がそう言ったものの、竹下は気まずげに視線を彷徨わせながら黙々と弁当を口にし始めた。

(せっかくの恋人の手作り弁当が、それじゃあ美味しくないでしょう)

きっとその可愛らしい弁当を味わうことが出来ていないだろう彼の為に、怜は普段なら口にすることのない質問を投げかけた。

「竹下君の恋人は年下ですか?」

「えっ?」

竹下の顔にはありありと『まさか“あの”藤波准教授がそんな質問をするとは思っても見なかった』と書いてある。

「そのお弁当の作り主は、きっと可愛らしい女性なのでしょうね」

「……はい」

うっすらと頬を染め、竹下は頷いた。

「おいくつなのですか?」

「二十二です」

(ミネとそんなに変わらないな……)

竹下の恋人は、どうやら美寧の一つ上らしい。そう思うと竹下の惚気交じりの話にも耳を傾けようと思えてくる。

「彼女、今年就職したばっかりで、いつも大変そうなんですけど。今は余裕があるからって、ここんとこ手料理とかを頑張ってくれてるんです。その上、昨日から夏季休暇に入ったからって、これも」

嬉しそうに言う竹下の視線の先には、もうほとんど空になりかけた弁当箱がある。

「お互い仕事と研究ですれ違いが多くって。この数か月間はなかなか会えなかったから、俺もなるべく彼女の休みに合わせて、たまにはどこかに連れて行きたいとは思っているんですけど…バイトも実験もあるし、なかなか難しいですね」

そう言って竹下は肩を落とす。

大学院生のほとんどは、社会に出るのが遅い分、自分の身の周りにかかるお金をアルバイトで捻出している学生が多い。竹下のように自宅から通っているものはまだ余裕があるが、一人暮らしの学生達は研究とアルバイトで毎日あっという間に過ぎてしまう。

「今週は俺がずっとここにいますので、君はお休みしても構いませんよ?たまには遠出してリフレッシュしてきたらどうですか?」

「えっ!?……いいんですか?」

「ええ。実験の経過観察なら俺が観ておきます。まあ、異変があればすぐに呼び出しになりますが。それでもよければ、数日間の夏季休暇くらい問題ありません」

“藤波研究室”で扱っている実験対象は“微生物”だ。
0.005mmほどしかないとはいえ、“生物”なので生きている。それゆえ、あまり放っておくと死んでしまう。それも実験結果の一つではあるのだが、それでも経過観察を怠らず、原因と結果をデータとして残さなければならない。
となると、実験室が終日空ということには出来ず、夏休みだろうが盆休みだろうが、関係ないのだ。

基本、遠方に実家のある学生には“帰省”というイベントがある。もちろん論文を控えた修士二年生などは残っているのだが、それでもこの時期は研究室が手薄になるのだ。その為、竹下のような博士課程の学生はその指導に当たる。むろん准教授である怜もだ。

けれど怜は学会や他大学への出張などで研究室を空けることも多い。結局しわ寄せは博士課程で自宅生の竹下に行くことが多かった。

「竹下君にはいつも助けられていますからね」

「ありがとうございます!」

竹下は目を輝かせながら礼を言うと、残りの弁当を慌ただしくかき込んでお茶を飲み、「俺、用事を思い出したのでお先に失礼いたします」と言って、あっという間に准教授室を出ていった。
出ていく間際にスマホを片手に持っていたので、きっと恋人へ連絡をいれるのであろう。

慌ただしく出ていく竹下を見送った後、怜は弁当の残りにゆっくりと口にする。

(よもやこんなことで、学生に気を遣う日が来るとは思わなかったな……)

怜は基本的に教え子には自由にさせているので、わざわざ研究室を休む休まないの連絡は必要ないとは思っている。必要があればこちらからお願いするし、何か有れば言って来ればいいというスタンスだ。

(俺をこんな風にしたのも、きっとミネだろうな……)

年下の彼女を大事にしたい竹下の気持ちが良く分かった。

(流石に十歳以上離れているとは、誰も思わないだろうが)

好きな子の笑顔が見たいのは一緒だろう。

弁当箱の中にあるハンバーグの、最後の一切れを口に入れる。
彼女の小さな手で丸めたそれは、時間が経っても変わらず甘く美味しかった。

これを作り上げた瞬間の、あの可愛らしい笑顔を思い出して、怜は今度こそ誰に気兼ねすることもなくその口元を緩めた。

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