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第五話【優しさ香るカフェオレ】迷い猫に要注意!
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(ここ、どこだっけ……そっか、私………)
回るシーリングファンを見つめながら、自分がいる場所を思い出す。
いつのまにか眠ってしまっていたらしい。
眠る前よりも随分と体が楽だ。
額には冷却シート。頭の下にはタオルの巻かれた保冷剤。大分柔らかくなっているがまだ冷たい。
冷たいスポーツドリンクのお替りをくれた後に、美寧を助けてくれた男性が用意してくれたものだった。
ワイルドな風貌の彼は、この喫茶店の店主らしい。
今日は定休日で店は開けていないが、事務仕事や仕込み作業の為に来たと言っていた。美寧を見付けた時は、たまたま買い出しに行く途中だったらしい。
そんなマスターは、美寧がソファーで休んでいる間、店の奥に入ってしばらく出て来なかった。
静かな店内でじっとしているうちにうとうとと眠ってしまったので、もしかしたら美寧に気を遣って一人にしておいてくれたのかもしれない。
「お。起きたのか?」
カウンターの中から声を掛けたマスターは、美寧のところへとやってきた。
「具合はどうだ?」
「はい。ずいぶん良くなりました」
「そうか。それは良かった」
マスターは、垂れ気味の瞳を細めながらホッと肩を撫で下ろした。目尻が下がっていてとても優しげに見える。
「助けて頂いてありがとうございます」
「いや、元気になったならなによりだ。たまたま俺が通りかかったら良いものの、あのままあそこで行き倒れていたら、本当に熱中症になっていたぞ」
「はい……ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
「迷惑ではないが、次は気を付けるように」
「はい」
シュンと項垂れた美寧の頭を、マスターがポンポンと軽く叩く。
「分かればいいんだ」
優しい声に顔を上げると、彼は目尻を下げて微笑んでいる。自分の失態に落ち込んでしまうが、マスターの優しい微笑みで少しだけ気分が上向きになった。
「顔色もずいぶんと良くなったな」
出会ってまだ数時間しか経たない美寧のことを、マスターはずいぶん親身になって心配してくれる。
「良かったらコーヒーでも飲んでいくか?嫌いじゃなければ、だが」
「いいんですか?」
目を輝かせた美寧に、マスターは微笑みながら「病み上がりだからカフェオレだけどな」と言ってカウンターの中に入っていった。
しばらくすると、丸いトレイを持ったマスターが美寧のところに戻ってきた。
トレイの上のカフェオレボウルを美寧の前に置くと、ソファーに腰を下ろしたマスターは自分の前にマグカップを置いた。
「冷めないうちにどうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
淹れたてのコーヒーのいい匂いが鼻をくすぐる。美寧はカフェオレボウルに口を付けた。
「おいしい!」
コーヒーのコクはそのままに、焙煎の苦みがミルクと合わさってとてもまろやかだ。えぐみは一切ない。
温かいカフェオレは、さっきまで冷たいもので体を冷やしていた美寧にちょうど良かった。
「今まで飲んだカフェオレの中で、一番美味しいです」
美寧がそう言うと、マスターは眉を少し上げてから「そうか、それは良かった」と笑った。
「華やかな香りはグアテマラでしょうか……でもマンデリンみたいな独特な風味もあるような……」
「―――すごいな」
美寧の呟きにマスターが驚きの声を上げた。
「どちらも正解だ。カフェオレ用にブレンドしたもので、そのどちらの豆も入ってるよ。なかなかの舌を持っているな。常連さんでもそこまで分かる人はいないぞ」
賞賛の声に美寧は少し気恥ずかしくなり、「えへへ」と照れ笑いをする。
「一緒に暮らしていた祖父がコーヒー好きで、色々な豆やブレンドを取り寄せて飲んだり、コーヒー専門のカフェに行ったりしていたんです。その影響でコーヒーには少しだけ詳しくなりました」
「なるほど」
マスターは顎に手を当て頷いた。
それから少しの間、雑談をした。
今更ながら軽く自己紹介をし合って、美寧は今自分がこの近所の家にお世話になっているのだ、と話した。
それからこの喫茶店は元々マスターのお祖父さんのもので、マスターはそれを継いだのだという。
「この通り小さな店だから他に従業員はいないんだ。俺一人でなんとかなっているけど、たまに猫の手でも借りたいほど忙しい波が時々くるんだよな……幸いなことに常連さんに恵まれて、今のところ苦情を頂いたことはないんだが。数年前に社会人になった娘が手伝ってくれていた時はずいぶん楽だったんだがなぁ……」
独り言のようにぼやいたマスターの言葉に、美寧の頭にあることが閃いた。
「あのっ!私をここで働かせてください!」
「えっ?」
「これまで仕事をしたことはないので、ご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。でも、なんとか“猫の手”になれるように一生懸命頑張ります!ですから、どうかお願いします!!」
突然勢いよくそう言い出した美寧に、マスターは戸惑っているようだ。美寧は畳み掛けるように言葉を続けた。
「お給料はいくらでも構いません!きっとご迷惑をおかけるすと思うので、むしろ少なくて良いです」
必死なあまり前のめりになってしまった美寧に、目を丸くしていたマスターだったが、息を詰めじっと返事を待つ彼女の様子に、フッと息を吐くように笑った。
「分かった。いいぞ」
「ほんとっ!?
「ああ、本当だ。ちょうど“猫の手”が欲しいと思っていたからな」
「やったぁ!!」
飛び上がるように喜んだ美寧に、マスターは苦笑いを浮かべながら
「でも給料はそんなに出せないと思うぞ」
と言った。
「もちろん構いません!むしろお給料を出していただけるように頑張ります!」と胸を張って言う美寧に、マスターは堪えきれずに拭き出した。
美寧のこの台詞が冗談でも謙遜でもなかったことを彼が知るのは、すぐ翌日のことだった。
(ここ、どこだっけ……そっか、私………)
回るシーリングファンを見つめながら、自分がいる場所を思い出す。
いつのまにか眠ってしまっていたらしい。
眠る前よりも随分と体が楽だ。
額には冷却シート。頭の下にはタオルの巻かれた保冷剤。大分柔らかくなっているがまだ冷たい。
冷たいスポーツドリンクのお替りをくれた後に、美寧を助けてくれた男性が用意してくれたものだった。
ワイルドな風貌の彼は、この喫茶店の店主らしい。
今日は定休日で店は開けていないが、事務仕事や仕込み作業の為に来たと言っていた。美寧を見付けた時は、たまたま買い出しに行く途中だったらしい。
そんなマスターは、美寧がソファーで休んでいる間、店の奥に入ってしばらく出て来なかった。
静かな店内でじっとしているうちにうとうとと眠ってしまったので、もしかしたら美寧に気を遣って一人にしておいてくれたのかもしれない。
「お。起きたのか?」
カウンターの中から声を掛けたマスターは、美寧のところへとやってきた。
「具合はどうだ?」
「はい。ずいぶん良くなりました」
「そうか。それは良かった」
マスターは、垂れ気味の瞳を細めながらホッと肩を撫で下ろした。目尻が下がっていてとても優しげに見える。
「助けて頂いてありがとうございます」
「いや、元気になったならなによりだ。たまたま俺が通りかかったら良いものの、あのままあそこで行き倒れていたら、本当に熱中症になっていたぞ」
「はい……ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
「迷惑ではないが、次は気を付けるように」
「はい」
シュンと項垂れた美寧の頭を、マスターがポンポンと軽く叩く。
「分かればいいんだ」
優しい声に顔を上げると、彼は目尻を下げて微笑んでいる。自分の失態に落ち込んでしまうが、マスターの優しい微笑みで少しだけ気分が上向きになった。
「顔色もずいぶんと良くなったな」
出会ってまだ数時間しか経たない美寧のことを、マスターはずいぶん親身になって心配してくれる。
「良かったらコーヒーでも飲んでいくか?嫌いじゃなければ、だが」
「いいんですか?」
目を輝かせた美寧に、マスターは微笑みながら「病み上がりだからカフェオレだけどな」と言ってカウンターの中に入っていった。
しばらくすると、丸いトレイを持ったマスターが美寧のところに戻ってきた。
トレイの上のカフェオレボウルを美寧の前に置くと、ソファーに腰を下ろしたマスターは自分の前にマグカップを置いた。
「冷めないうちにどうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
淹れたてのコーヒーのいい匂いが鼻をくすぐる。美寧はカフェオレボウルに口を付けた。
「おいしい!」
コーヒーのコクはそのままに、焙煎の苦みがミルクと合わさってとてもまろやかだ。えぐみは一切ない。
温かいカフェオレは、さっきまで冷たいもので体を冷やしていた美寧にちょうど良かった。
「今まで飲んだカフェオレの中で、一番美味しいです」
美寧がそう言うと、マスターは眉を少し上げてから「そうか、それは良かった」と笑った。
「華やかな香りはグアテマラでしょうか……でもマンデリンみたいな独特な風味もあるような……」
「―――すごいな」
美寧の呟きにマスターが驚きの声を上げた。
「どちらも正解だ。カフェオレ用にブレンドしたもので、そのどちらの豆も入ってるよ。なかなかの舌を持っているな。常連さんでもそこまで分かる人はいないぞ」
賞賛の声に美寧は少し気恥ずかしくなり、「えへへ」と照れ笑いをする。
「一緒に暮らしていた祖父がコーヒー好きで、色々な豆やブレンドを取り寄せて飲んだり、コーヒー専門のカフェに行ったりしていたんです。その影響でコーヒーには少しだけ詳しくなりました」
「なるほど」
マスターは顎に手を当て頷いた。
それから少しの間、雑談をした。
今更ながら軽く自己紹介をし合って、美寧は今自分がこの近所の家にお世話になっているのだ、と話した。
それからこの喫茶店は元々マスターのお祖父さんのもので、マスターはそれを継いだのだという。
「この通り小さな店だから他に従業員はいないんだ。俺一人でなんとかなっているけど、たまに猫の手でも借りたいほど忙しい波が時々くるんだよな……幸いなことに常連さんに恵まれて、今のところ苦情を頂いたことはないんだが。数年前に社会人になった娘が手伝ってくれていた時はずいぶん楽だったんだがなぁ……」
独り言のようにぼやいたマスターの言葉に、美寧の頭にあることが閃いた。
「あのっ!私をここで働かせてください!」
「えっ?」
「これまで仕事をしたことはないので、ご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。でも、なんとか“猫の手”になれるように一生懸命頑張ります!ですから、どうかお願いします!!」
突然勢いよくそう言い出した美寧に、マスターは戸惑っているようだ。美寧は畳み掛けるように言葉を続けた。
「お給料はいくらでも構いません!きっとご迷惑をおかけるすと思うので、むしろ少なくて良いです」
必死なあまり前のめりになってしまった美寧に、目を丸くしていたマスターだったが、息を詰めじっと返事を待つ彼女の様子に、フッと息を吐くように笑った。
「分かった。いいぞ」
「ほんとっ!?
「ああ、本当だ。ちょうど“猫の手”が欲しいと思っていたからな」
「やったぁ!!」
飛び上がるように喜んだ美寧に、マスターは苦笑いを浮かべながら
「でも給料はそんなに出せないと思うぞ」
と言った。
「もちろん構いません!むしろお給料を出していただけるように頑張ります!」と胸を張って言う美寧に、マスターは堪えきれずに拭き出した。
美寧のこの台詞が冗談でも謙遜でもなかったことを彼が知るのは、すぐ翌日のことだった。
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