35 / 88
第五話【優しさ香るカフェオレ】迷い猫に要注意!
[3]ー3
しおりを挟む
白猫を追いかけ、細い道を走る。美寧に追われた猫は、路地の奥へ奥へとスルスルと潜り抜けながら走っていく。
その後姿をしばらく追っていたが、とうとうどこに行ったのか分からなくなってしまった。
「はぁはぁっ……」
猫の姿を見失ってしまった美寧は、立ち止まり荒い息をつく。額に汗が滲んだ。
(久々にこんなに走ったかも……)
ここ二週間ずっと怜の家に籠りっきりの生活を送っていた美寧には、ほんの数分走っただけでもきつい。
大通りから外れた路地にはアーケードはない。美寧の肌を初夏の陽射しが容赦なく照りつけた。
(あ……くらくらする)
立ち止まった瞬間噴き出した汗が額を伝う。暑いはずなのに寒気がした。
足元がふわふわとして立っていられず、その場にしゃがみ込んでなんとかやり過ごそうとするが、視界が揺れ段々と気分が悪くなってきた。
(せめて日陰に……)
このまま太陽の下にいるのは良くないと本能的に悟って、どこか日陰に入らなければと思うが、太陽が真上近くまでのぼりかけている今、影は短い。しかも立ち並ぶ店の裏手側なので、軒下もほとんどなかった。
(だれか……)
助けを呼ぼうにも運悪く誰もいない。携帯電話などは端から持っていないし、もしあったとしても掛ける相手もいない。この街には知り合いと呼べる人はおらず、唯一頼ることが出来る人は、今は離れた場所で仕事中だ。
そうしているうちに本格的に具合が悪くなってしまった美寧は、道端に座り込んだまま動けなくなってしまった。
半分くらい意識が遠ざかりかけたその時、美寧の頭上から低い声が降ってきた。
「こんな所に座って、どうかしたのか?」
声の方を振り仰ごうと頭を回したら、視界も一緒に回った。
「お、おいっ!大丈夫か!?」
焦ったような声が耳に入ったが、美寧は返事することが出来ずその場にうずくまった。
「具合が悪いのか?」
「気分が……」
額にあぶら汗を滲ませながらなんとかそれだけ答えたが、辛くてそれ以上は無理だった。
美寧は苦悶に眉間を寄せたその時、美寧の目の前に大きな背中が現れた。
「乗って」
背中を差し出した主が言う。
「あの……」
「具合が悪いんだろう?すぐのところにある俺の店で休んでいきなさい。連れて行ってやるから乗るといい」
「…………」
そう言われたけれど、知らない男性の背中に乗ることなんて出来ない。
黙ったまま動かない美寧に痺れを切らしたのか、その人は背中を差し出した姿勢のまま美寧の方に振り返った。
目に映ったその男性は、まさに“色気のある大人の男性”。
口と顎には短く整えられたひげ。落ち着いた茶色い髪を右側に髪を盛って長く伸ばし、サイドは短くすっきりとしている。
怜よりは幾分年上に見えた。
彼は垂れ気味のくっきりとした二重の瞳でじっと美寧を見つめた後、厚めの唇を開いた。
「背中に乗るのが無理なら、もう救急車を呼ぶしかないな」
「きゅ…救急車……」
それは困る。
救急車などに乗せられた暁には、きっともうここには戻れない。
美寧はおずおずと目の前の背中に体を預けた。
「ここに横になりなさい」
美寧をソファーの上に下ろすと、その男性は店の奥へ入っていった。
言われた通りにソファーに横になった美寧の視界に、自然と店内の様子が入ってくる。
(ここは……喫茶店?)
店は閉店中のようで誰もおらず静かだ。電気は付いていないが、出窓から入ってくる陽射しで十分明るい。
ミネが横になっている場所から二つのテーブル席とカウンター席が見える。喫茶店としては小さい方かもしれない。
ぼうっと上を見つめていると、天井に取り付けられているシーリングファンが回り始めた。
「さ、これを飲んで」
戻ってきた男性が美寧にグラスを差し出す。起き上がってそれを受け取ると、美寧はグラスに口を付けた。
ゴクゴクとグラスの中身を飲む。喉を冷たい感触が落ちていき、スーッと体に浸み込むような感覚があった。
「熱中症の初期症状だな」
空になったグラスを受け取りながら、彼はそう言った。
「お代わりを持ってくる」
背の高い後姿を見送りながら、美寧はさっきより少し体が楽になったことに気付いた。
(熱中症……)
確かに今日はとても暑い。出掛ける前に見た天気予報では、最高気温が三十度以上の真夏日になるだろうと言っていた。
(天気予報のお姉さんも『熱中症にお気を付け下さい』って言ってたかも……)
それなのに帽子も被らず歩き回ったうえ、最後は炎天下でのダッシュ。しかも病み上がり。
熱中症になる要素が三拍子揃っている。
(私のばか……)
ついこの前、倒れていたところを怜に助けてもらったばかりなのに、また同じような失敗をしてしまった自分が情けなくて、美寧は落ち込んだ。
その後姿をしばらく追っていたが、とうとうどこに行ったのか分からなくなってしまった。
「はぁはぁっ……」
猫の姿を見失ってしまった美寧は、立ち止まり荒い息をつく。額に汗が滲んだ。
(久々にこんなに走ったかも……)
ここ二週間ずっと怜の家に籠りっきりの生活を送っていた美寧には、ほんの数分走っただけでもきつい。
大通りから外れた路地にはアーケードはない。美寧の肌を初夏の陽射しが容赦なく照りつけた。
(あ……くらくらする)
立ち止まった瞬間噴き出した汗が額を伝う。暑いはずなのに寒気がした。
足元がふわふわとして立っていられず、その場にしゃがみ込んでなんとかやり過ごそうとするが、視界が揺れ段々と気分が悪くなってきた。
(せめて日陰に……)
このまま太陽の下にいるのは良くないと本能的に悟って、どこか日陰に入らなければと思うが、太陽が真上近くまでのぼりかけている今、影は短い。しかも立ち並ぶ店の裏手側なので、軒下もほとんどなかった。
(だれか……)
助けを呼ぼうにも運悪く誰もいない。携帯電話などは端から持っていないし、もしあったとしても掛ける相手もいない。この街には知り合いと呼べる人はおらず、唯一頼ることが出来る人は、今は離れた場所で仕事中だ。
そうしているうちに本格的に具合が悪くなってしまった美寧は、道端に座り込んだまま動けなくなってしまった。
半分くらい意識が遠ざかりかけたその時、美寧の頭上から低い声が降ってきた。
「こんな所に座って、どうかしたのか?」
声の方を振り仰ごうと頭を回したら、視界も一緒に回った。
「お、おいっ!大丈夫か!?」
焦ったような声が耳に入ったが、美寧は返事することが出来ずその場にうずくまった。
「具合が悪いのか?」
「気分が……」
額にあぶら汗を滲ませながらなんとかそれだけ答えたが、辛くてそれ以上は無理だった。
美寧は苦悶に眉間を寄せたその時、美寧の目の前に大きな背中が現れた。
「乗って」
背中を差し出した主が言う。
「あの……」
「具合が悪いんだろう?すぐのところにある俺の店で休んでいきなさい。連れて行ってやるから乗るといい」
「…………」
そう言われたけれど、知らない男性の背中に乗ることなんて出来ない。
黙ったまま動かない美寧に痺れを切らしたのか、その人は背中を差し出した姿勢のまま美寧の方に振り返った。
目に映ったその男性は、まさに“色気のある大人の男性”。
口と顎には短く整えられたひげ。落ち着いた茶色い髪を右側に髪を盛って長く伸ばし、サイドは短くすっきりとしている。
怜よりは幾分年上に見えた。
彼は垂れ気味のくっきりとした二重の瞳でじっと美寧を見つめた後、厚めの唇を開いた。
「背中に乗るのが無理なら、もう救急車を呼ぶしかないな」
「きゅ…救急車……」
それは困る。
救急車などに乗せられた暁には、きっともうここには戻れない。
美寧はおずおずと目の前の背中に体を預けた。
「ここに横になりなさい」
美寧をソファーの上に下ろすと、その男性は店の奥へ入っていった。
言われた通りにソファーに横になった美寧の視界に、自然と店内の様子が入ってくる。
(ここは……喫茶店?)
店は閉店中のようで誰もおらず静かだ。電気は付いていないが、出窓から入ってくる陽射しで十分明るい。
ミネが横になっている場所から二つのテーブル席とカウンター席が見える。喫茶店としては小さい方かもしれない。
ぼうっと上を見つめていると、天井に取り付けられているシーリングファンが回り始めた。
「さ、これを飲んで」
戻ってきた男性が美寧にグラスを差し出す。起き上がってそれを受け取ると、美寧はグラスに口を付けた。
ゴクゴクとグラスの中身を飲む。喉を冷たい感触が落ちていき、スーッと体に浸み込むような感覚があった。
「熱中症の初期症状だな」
空になったグラスを受け取りながら、彼はそう言った。
「お代わりを持ってくる」
背の高い後姿を見送りながら、美寧はさっきより少し体が楽になったことに気付いた。
(熱中症……)
確かに今日はとても暑い。出掛ける前に見た天気予報では、最高気温が三十度以上の真夏日になるだろうと言っていた。
(天気予報のお姉さんも『熱中症にお気を付け下さい』って言ってたかも……)
それなのに帽子も被らず歩き回ったうえ、最後は炎天下でのダッシュ。しかも病み上がり。
熱中症になる要素が三拍子揃っている。
(私のばか……)
ついこの前、倒れていたところを怜に助けてもらったばかりなのに、また同じような失敗をしてしまった自分が情けなくて、美寧は落ち込んだ。
0
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
迦国あやかし後宮譚
シアノ
キャラ文芸
旧題 「茉莉花の蕾は後宮で花開く 〜妃に選ばれた理由なんて私が一番知りたい〜 」
第13回恋愛大賞編集部賞受賞作
タイトルを変更し、「迦国あやかし後宮譚」として現在3巻まで刊行しました。
コミカライズもアルファノルンコミックスより全3巻発売中です!
妾腹の生まれのため義母から疎まれ、厳しい生活を強いられている莉珠。なんとかこの状況から抜け出したいと考えた彼女は、後宮の宮女になろうと決意をし、家を出る。だが宮女試験の場で、謎の美丈夫から「見つけた」と詰め寄られたかと思ったら、そのまま宮女を飛び越して、皇帝の妃に選ばれてしまった! わけもわからぬままに煌びやかな後宮で暮らすことになった莉珠。しかも後宮には妖たちが驚くほどたくさんいて……!?
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
今日から、契約家族はじめます
浅名ゆうな
キャラ文芸
旧題:あの、連れ子4人って聞いてませんでしたけど。
大好きだった母が死に、天涯孤独になった有賀ひなこ。
悲しみに暮れていた時出会ったイケメン社長に口説かれ、なぜか契約結婚することに!
しかも男には子供が四人いた。
長男はひなこと同じ学校に通い、学校一のイケメンと騒がれる楓。長女は宝塚ばりに正統派王子様な譲葉など、ひとくせある者ばかり。
ひなこの新婚(?)生活は一体どうなる!?
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~
七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。
冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??
生贄令嬢は怠惰に生きる~小動物好き竜王陛下に日々愛でられてます~
雪野ゆきの
恋愛
叔父一家に虐げられていた少女リアはついに竜王陛下への生贄として差し出されてしまう。どんな酷い扱いをされるかと思えば、体が小さかったことが幸いして竜王陛下からは小動物のように溺愛される。そして生贄として差し出されたはずが、リアにとっては怠惰で幸福な日々が始まった―――。
感想、誤字脱字報告、エール等ありがとうございます!
【書籍化しました!】
お祝いコメントありがとうございます!
龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました
卯月みか
キャラ文芸
両親を交通事故で亡くした月ヶ瀬美桜は、叔父と叔母に引き取られ、召使いのようにこき使われていた。ある日、お金を盗んだという濡れ衣を着せられ、従姉妹と言い争いになり、家を飛び出してしまう。
そんな美桜を救ったのは、幽世からやって来た龍神の翡翠だった。異界へ行ける人間は、人ではない者に嫁ぐ者だけだという翡翠に、美桜はついて行く決心をする。
お菓子作りの腕を見込まれた美桜は、翡翠の元で生活をする代わりに、翡翠が営む万屋で、洋菓子店を開くことになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる