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第三話【とろりあったか玉子雑炊】冷えた心にぬくもりを

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(まるで親の仇を見るような目つきだな。嫌いな物でも入っているのか、それとも知らない男の手料理が嫌なのだろうか……)

一向に食べようとしない美寧に、怜は出来るだけ優しく尋ねた。

「食べられないものでも入っていますか?」

美寧は黙って首を左右に振る。

「知らない男が作ったものは嫌ですか?」

今度はそう尋ねて見ると、驚いたような顔で怜を振り仰いだ彼女は、無言のままぶんぶんと頭を小刻みに横に振り、すぐに辛そうに眉間に皺を寄せた。
さっきから少しの動きでも辛そうにしている美寧なのに、少し意地悪な質問をしてしまったと怜は反省する。

「体が辛い、ですか?」

美寧は、今度は少し間を置いてから、小さく頷いた。

「それならならなおのこと食べた方がいいです。食べないと薬も飲めませんし元気にもなれません。元気になれないと家に帰れませんよ?」

怜にそう説かれると、美寧は悲しそうに眉を下げ俯いてしまった。まるで元気になんてなりたくないような顔をしている。

怜は内心で溜め息をついた。

(困った子猫ちゃんですね……どうしたら食べてくれるのだろうか)

怜が思案に暮れていると、俯いていた美寧が何か小さな声で喋った。

「…も、……いの…」

「え?」

「もう、ないの…元気になっても……帰るところなんて……」

か細い声でそう言った彼女は、肩を小さく震わせると、匙を椀の中に返してしまった。
俯いた顔は長い髪に隠れ、その表情は怜には見えない。ただ、小さな体をさらに小さくして俯いているその姿は、弱った小動物のようでひどく痛ましい。

怜の体が自然と動く。怜は美寧の椀を彼女の手ごと包み込んだ。
小さな手がピクリと跳ねるのが伝わったけれど、怜は気にせずその体勢のまま口を開いた。

「帰るところがないならここに居ればいい」

その台詞に美寧が顔を上げる。その瞳は思った通り潤んでいる。

「俺は拾ったものを無責任に放り出したりしない。貴女が『もう大丈夫』と思えるようになるまでここに居たらいい」

真剣な顔でそう言われ、美寧は目を丸くした。
初めて会った見ず知らずの自分にそんなことを言う彼は、いったいどんな人なのだろう。
この時初めて美寧は怜自身に興味を持ったのだ。

熱で朦朧としている美寧の頭の中は、これまでは自分が破ってしまった約束のことばかりが占めていた。だから彼がどんな人でどうして自分がここにいるのかを、考えようとも思わなかったのだ。

「私…どうして…、あなたは……?」

疑問を口にした美寧に、一瞬目を見開いた怜は次の瞬間、「くくっ」と肩を震わせ笑いを漏らした。

(あ、笑った)

美寧が呑気にそんな感想を抱いていると、怜が笑った顔のまま話す。

「今頃ですか、その疑問……くくっ、面白い子ですね」

そう言ってもう一度笑うと、怜は美寧を拾った経緯を話し出した。

「覚えていませんか?あなたは雨の公園で倒れていたのですよ。俺がたまたま気付いたから良かったものの、あのまま茂みの中で誰にも気付かれずに夜になっていたら、もっと大変なことになっていたかもしれません」

怜の言葉に、美寧にその時の記憶が戻ってくる。

「私…ごめんなさい………」

自分の失態のせいでこの男性にとんでもなく迷惑を掛けた、いや、現在進行形で迷惑を掛けているのだと今更ながらに思い到って、美寧は申し訳なさでいっぱいになった。

「謝らなくていいのです。謝って貰っても、嬉しくなんてありません」

怜の突き放すような言葉に、美寧は更に自分が情けなくなり、自然と俯きがちになる。
けれど、怜の次の言葉に動きを止めた。

「元気になって、『ありがとう』と言って貰える方が何倍も嬉しいですよ、ミネ」

彼の口から放たれた自分の名前が、ひどく優しいものに聞こえる。心の奥に何かじわりと温かなものが滲み込んで来た。
不思議に感覚に美寧が戸惑っていると、手の中から椀が抜き取られた。
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