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かりそめ嫁になりまして。
かりそめ嫁になりまして。4
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「いくらウサギがついているからって……」
「そりゃそうだろ、あいつら狛兎なんだから」
「え⁉」
思いもよらぬ返事に驚くと、千里が目を丸くした。
「知らなかったのか? この岡﨑神社(おかざきじんじゃ)は、縁結びや子授け安産にご利益がある。そこの神様に仕えているのがあの夫婦狛兎ってわけだ」
「え、ええー!」
もしかしたら自分は、壮大な夫婦げんかに巻き込まれたのかもしれないと今頃ながらに思う璃世である。
すると千里が突然、「さっきの話だけどな」と切りだしてきた。
「さっきの話?」
「おまえがあやかしに襲われずに済む方法」
「ああ!」
そう言えばその話をしている最中だった。アリスが現れたせいですっかり忘れていた。
待ってましたとばかりに前のめりになったところで、千里が口を開く。
「俺の嫁になることだ」
「は⁉」
ポカンと口を開けた璃世に、千里は綺麗なアーモンドアイを細めてニヤリと口の端を持ち上げた。
「俺と夫婦契約を交わせば、俺の気でおまえは守られる」
「気で……」
「妖力の高い俺に、そんじょそこらのあやかしは立ち向かってこない。さっきみたいに一瞬で消されるのが目に見えているからな」
夫婦契約は生気を交換することだと聞いた。ということは、璃世の体の中に入った千里の気で、あやかしが寄りつかなくなるということなのか。
命の危険にさらされるのは嫌だけれど、かといって化け猫の嫁になるなんてそうやすやすと決められるものでもない。
頭を抱え込む勢いで悩んでいると、横から伸びてきた腕に腰をさらわれた。
「わっ!」
「なにをそんなに悩むことがある。嫁になればあまたの厄災から守ってやると言っているんだぞ」
瞬く間にあごを掴まれて上を向かされた。三十センチほどの距離にある整った顔に、璃世の心臓が早鐘を打った。
どうしよう。このままでは“夫婦契約”というのを結ばれてしまう。
危険から身を守ることを考えるならきっとそうするべきなのだ。璃世さえ一瞬我慢すれば弟のことも守れる。
だけど、こんなに簡単にファーストキスを――しかも好きでもない相手と済ませてしまうことに抵抗がある。璃世にだって、人並みに恋愛や結婚に対する憧れがあるのだ。
頭の中で葛藤をくり返しているうちに、いつの間にか目の前の虹彩の色が変わっていた。まるで何万年もかけて宝石になった樹脂のように、飴色の美しい輝きにくぎ付けになる。
気づいたときには、そこに映りこんでいる自分の顔が目前にあった。
「安心しろ。このうえなく大事にしてやる」
壮絶な色香にぞくりとする。身じろぎどころか呼吸すら忘れる。
あと少しで唇が触れる――そのとき。
「待って!」
叫びながら千里の顔を両手で押さえた。
「そりゃそうだろ、あいつら狛兎なんだから」
「え⁉」
思いもよらぬ返事に驚くと、千里が目を丸くした。
「知らなかったのか? この岡﨑神社(おかざきじんじゃ)は、縁結びや子授け安産にご利益がある。そこの神様に仕えているのがあの夫婦狛兎ってわけだ」
「え、ええー!」
もしかしたら自分は、壮大な夫婦げんかに巻き込まれたのかもしれないと今頃ながらに思う璃世である。
すると千里が突然、「さっきの話だけどな」と切りだしてきた。
「さっきの話?」
「おまえがあやかしに襲われずに済む方法」
「ああ!」
そう言えばその話をしている最中だった。アリスが現れたせいですっかり忘れていた。
待ってましたとばかりに前のめりになったところで、千里が口を開く。
「俺の嫁になることだ」
「は⁉」
ポカンと口を開けた璃世に、千里は綺麗なアーモンドアイを細めてニヤリと口の端を持ち上げた。
「俺と夫婦契約を交わせば、俺の気でおまえは守られる」
「気で……」
「妖力の高い俺に、そんじょそこらのあやかしは立ち向かってこない。さっきみたいに一瞬で消されるのが目に見えているからな」
夫婦契約は生気を交換することだと聞いた。ということは、璃世の体の中に入った千里の気で、あやかしが寄りつかなくなるということなのか。
命の危険にさらされるのは嫌だけれど、かといって化け猫の嫁になるなんてそうやすやすと決められるものでもない。
頭を抱え込む勢いで悩んでいると、横から伸びてきた腕に腰をさらわれた。
「わっ!」
「なにをそんなに悩むことがある。嫁になればあまたの厄災から守ってやると言っているんだぞ」
瞬く間にあごを掴まれて上を向かされた。三十センチほどの距離にある整った顔に、璃世の心臓が早鐘を打った。
どうしよう。このままでは“夫婦契約”というのを結ばれてしまう。
危険から身を守ることを考えるならきっとそうするべきなのだ。璃世さえ一瞬我慢すれば弟のことも守れる。
だけど、こんなに簡単にファーストキスを――しかも好きでもない相手と済ませてしまうことに抵抗がある。璃世にだって、人並みに恋愛や結婚に対する憧れがあるのだ。
頭の中で葛藤をくり返しているうちに、いつの間にか目の前の虹彩の色が変わっていた。まるで何万年もかけて宝石になった樹脂のように、飴色の美しい輝きにくぎ付けになる。
気づいたときには、そこに映りこんでいる自分の顔が目前にあった。
「安心しろ。このうえなく大事にしてやる」
壮絶な色香にぞくりとする。身じろぎどころか呼吸すら忘れる。
あと少しで唇が触れる――そのとき。
「待って!」
叫びながら千里の顔を両手で押さえた。
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